Blood –Endless Desire- File.7 地下の衣裳部屋
暗闇に満ちた部屋の中を、1人の少女が駆け抜けていた。
部屋の中は数多くのマネキンが立ち並んでいた。様々なポーズや服装が見られた。
少女はそのマネキンたちに警戒の眼差しを向けていた。正確にはマネキンの中に紛れている影に。
その影に注意を払って、少女はさらに逃げようとした。だがそのとき、彼女は突如右腕をつかまれる。
「えっ!?」
たまらず声をあげて振り向く少女。彼女の視線の先には、不気味な輝きを宿した目があった。
また新たに発生した美女失踪事件。留まることを知らない事件の多発に、町や周辺に不安が広がっていた。
その重苦しい空気を痛感して、トモミは深刻な面持ちを浮かべていた。
「何だかよくない雰囲気になってきたね・・」
「そうだな・・・」
不安を口にするトモミに、ミーアが淡々と返事をする。
「事件に怖がって、町を出ていく人も多くなってきたし・・」
「自分たちの手に余ることが多発しているのだ。居心地が悪くなるのもムリのない話だ・・」
「その割には落ち着いているね、ミーアは・・」
「そのような光景を何度も見てきているからな・・慣れてしまっているのだ、皮肉にも・・」
困り顔を見せるトモミに、ミーアが物悲しい笑みを見せて答える。
「ミーア、本当に何歳なの・・?」
「さぁな・・長すぎて覚えていない・・・」
トモミが投げかけた疑問を聞いて、ミーアが肩を落とす。
「あまり長い時間を過ごして、いろいろな状況や状態に置かれると、本来の自分が分からなくなってくる・・もはや自分の名前以外の記憶が曖昧になっている・・」
「・・・私もいつか、今の自分を忘れてしまうのかな・・・?」
「トモミ自身が忘れなければ、ずっと覚えていられるはずだ・・」
気さくに答えてくるミーアに、トモミは当惑を拭えずにいた。
「どの道、私たちを狙って敵が姿を見せるだろう・・今までの連中もそうだったから・・」
「もう、気楽にそんな怖いこと言うんだから・・・」
ミーアの発言や態度に、トモミは呆れ果てていた。
夜になるまで時間をつぶそうと、ミーアとトモミは町を歩いていた。その途中、2人はある話を耳にした。
とある古びた地下室にて、マネキン人形が大量に置かれているという話である。しかもマネキンが夜な夜な数が増えているという。
「マネキンが増える・・何かおかしい・・・」
「その地下室に何かいる、か・・・」
考え込むトモミと、不敵な笑みを見せるミーア。
「行ってみるとしようか・・」
「私たちには行く以外の選択がないような気がする・・」
淡々と呼びかけるミーアに、トモミは肩を落とす。2人は噂の地下室のある場所へと向かっていった。
地下室の入口は改装中の地下道の非常口につながっていた。
「こんなところに出入り口があったなんて・・・」
「アリの巣もいろんなほうに伸びているからな。それはそういう道でも同じということだな・・」
出入り口を見て唖然となっているトモミに、ミーアが笑みを見せて語る。
「入るぞ。私たちはここで長居するために来たわけではないぞ・・」
ミーアの呼びかけにトモミが頷く。2人は地下室に通じる道へと進んでいった。
人の出入りがないため、地下道は暗闇に包まれていた。だがミーアもトモミも、地下道の形状を正確に捉えていた。
「すごい・・真っ暗なのにこんなにはっきりと見えるなんて・・・」
「ブラッドは人間を超えた能力を持っている・・夜や暗闇に隠れたものを見分けるのは造作もない・・」
驚きを見せているトモミに、ミーアが淡々と答える。
明かりの一切ない道を進んでいく2人。その2人の視界が、かすかにもれてきている光を捉えた。
「あそこだけ、どうして明かりが・・・?」
「何者かいるというのか・・・?」
疑問を投げかけるトモミとミーア。2人は明かりのある場所へと足を踏み入れた。
そこには数多くのマネキンが立ち並んでいた。様々な服装や格好のマネキンがあり、異様な雰囲気を漂わせていた。
「マネキン・・・こんなにたくさんマネキンがあると、不気味だよね・・・」
「そうでもないぞ。在庫とされているマネキンもそういう感じだぞ・・」
不安を浮かべるトモミに、ミーアが落ち着いたまま言いかける。
「それもそうだけど・・やっぱりこういうのは怖くなってくるよ・・ホラーハウスみたいで・・」
「何を言う?人間からすれば、私たちなど既にホラーだ。ホラーハウスのような騙しなどよりもな・・」
困り果てるトモミだが、ミーアは態度を変えない。
「おそらくこの中に潜んでいる・・事件の犯人がな・・」
「こんなマネキンだらけの中に紛れていたら、もっと怖くなってくるよ・・・」
周囲を視線を巡らせるミーアと、不安を膨らませていくトモミ。かすかな明かりしか照らされていないマネキンは、今にも動き出すような雰囲気をかもし出していた。
どこに犯人が潜んでいるのか分からず、トモミは落ち着きがなくなっていた。
「落ち着け。私たちはブラッド。五感は優れている・・」
そんな彼女に、ミーアが注意を投げかけてきた。
「平常心でいるなら、不意打ちを食らうことはない・・」
「平常心ね・・それを持てるかどうか、とても不安なんだけど・・・」
ミーアの言葉を受けても冷静になれず、トモミは肩を落とした。
そのとき、部屋の中に物音が響き渡った。トモミが一気に緊張を膨らませた。
「な、何・・・!?」
恐る恐る音のしたほうに振り返るトモミ。だがその方向で何かが動いたようには見えなかった。
「気の、せい・・・?」
気になったトモミが物音のしたほうに向かおうとした。
「離れろ!」
「えっ?」
突然ミーアが呼びかけ、トモミが足を止める。彼女のそばにいたマネキンが動き出し、不気味に目を光らせた。
とっさに飛び込んだミーアが、トモミを突き飛ばす。彼女を庇って、ミーアがマネキンの不気味な眼光を浴びてしまう。
「ミーア!」
トモミが叫ぶ前で、ミーアの動きが止まる。その彼女の体が変色し、一気に広がった。
完全に変化したミーアは、全く動かなくなってしまった。
「ミーア・・・!?」
恐る恐るミーアに近づいていくトモミ。ミーアはマネキンへと変わり果てていた。
「またマネキンが増えた・・しかもブラッドのマネキンなんてね・・」
トモミの前にいるマネキンが不気味な笑みを見せる。このマネキンこそが、失踪事件の誘拐犯である。マネキンは目からの光で、連れてきた女性たちをマネキンに変えて地下室に置いていたのである。
「まさか、事件の犯人がマネキンだったなんて・・・!?」
「そうよ・・正確には、マネキンに魂が宿っているんだけどね・・・」
緊迫を募らせるトモミに、マネキンが不気味な笑みを見せる。
「マネキンはいいよね・・等身大で、いろいろな服を着させられるんだから・・・こうしてたくさんのマネキンがいると、本当に爽快よね・・」
「何言ってるの!?・・ここにいるマネキン、元はみんな人間じゃない!」
「だからマネキンにしたの・・みんな着飾ることができて、喜んでいるんじゃないかな・・」
「ふざけないで!マネキンにされて、喜ぶ人なんているわけないでしょ!」
妖しい笑みを浮かべるマネキンに、トモミが声を張り上げる。
「あなたもマネキンにしてあげる・・みんなと一緒なら、怖い思いをしなくて済むよね・・・?」
「そうじゃない!マネキンにされること自体が怖いことなんだから!」
マネキンに変えようとしてくるマネキンに、トモミが言い返す。だがマネキンは聞かずに眼光を放つ。
「当たったら私も・・・!」
トモミがとっさに横に動いて、眼光をかわす。
「逃げないで・・マネキンになれば楽になれるから・・・」
「だからそれが間違いなんだから!」
マネキンが次々と眼光を放つが、トモミにかわされていく。やがてトモミはマネキンの中に身を隠していった。
「マネキンの後ろに隠れてもダメだよ・・どこにいるかはすぐに分かるんだから・・・」
マネキンは呟きかけると、ゆっくりと移動していく。しばらく歩いたところで、彼女は突然足を止めた。
「そこだよ・・」
マネキンが振り向きざまに眼光を放つ。隠れていたトモミが慌てて飛び出してくる。
「こうなったら!」
ブラッドの力を使って紅い剣を手にするトモミ。飛びかかった彼女が、マネキンに向けて剣を振りかざす。
だがマネキンは上半身が下半身から離れて、トモミの一閃をかわした。
「そんな!?」
「マネキンは切り離すことができるからね・・こういうふうによけることもできるのよ・・・」
驚愕するトモミに、マネキンが言いかけてくる。上半身を浮かせたまま、マネキンが眼光を放つ。即座に動いてかわすトモミだが、その弾みでつまづいて倒れてしまう。
「し、しまった・・・!」
「これで終わりだよ・・今度こそマネキンにしてあげる・・・」
声を上げるトモミの前に、マネキンが立ちはだかってきた。
(イヤ・・こんなところで終わってしまうなんて・・・認めたくない・・認めたくない!)
絶望への拒絶が一気に膨らんだトモミから、突然紅いオーラがあふれ出した。マネキンが放った眼光が、彼女からあふれるオーラにかき消された。
「えっ・・・?」
突然の現象に当惑を浮かべるマネキン。閉ざしていた目を開くトモミ。彼女の瞳が血のように真っ赤に染まっていた。
「認めない・・私がここで終わるなんて・・絶対に認めない・・・!」
殺気と狂気をむき出しにするトモミ。彼女の持っている紅い剣の輝きが増していた。
「マネキンになれば、楽になれるのに・・・そうやって辛くなったり、怒ったりすることもなくなるのに・・・」
さらに眼光を放つマネキン。トモミは剣を振りかざして、眼光を切り裂いた。
「そんな・・・!?」
自分の力が破られたことに、マネキンが驚きを見せる。トモミは手にしている剣の切っ先を向ける。
「すぐにみんなを元に戻せ・・でなければ容赦しない・・・!」
「そんなのイヤだよ・・せっかくここまでやったのに・・・!」
忠告を投げかけるトモミだが、マネキンは聞き入れようとしない。
「君もマネキンにして、一緒に楽しく過ごせる・・・」
笑みを強めたマネキンが、直後に胸を紅い剣で貫かれた。トモミの動きが速く、マネキンは捉えることもできなかった。
「えっ・・・?」
何が起こったのか分からず、唖然となるマネキン。彼女の貫かれた胸から、禍々しいオーラがあふれてきた。
胸の中にマネキンに宿っていた魂が収まっていた。その魂によってマネキンは動き、さらには分割や再生を可能としていた。
核となっているマネキンの魂を、トモミは的確に捉えて貫いたのである。
「イヤだよ・・こんなので、消えたくないよ・・・」
「もう消えて・・今更泣きごと言われても聞く気になれない・・・」
悲鳴を上げるマネキンに冷徹に返事をするトモミ。彼女の目の前で、マネキンが崩れて消滅していった。
その後、トモミから紅いオーラが剣とともに消失した。我に返った彼女が、おもむろに自分の両手に目を向けた。
「あれ?・・・私、何を・・・?」
何が起こったのか分からず、トモミは困惑する。
マネキンが消滅したことで、マネキンにされていた女性たちが元に戻った。
「あ、あれ・・・?」
「私、今までどうしたっていうの・・・?」
自分たちに起きていたことが分からず、女性たちも困惑する。その中で、同じく元に戻ったミーアは落ち着いていた。
「どうやら元に戻れたようだ・・・トモミが、やったのか・・・」
状況を把握したミーアが、呆然としているトモミに振り返る。
「トモミ・・大丈夫か・・・?」
ミーアが声をかけるが、トモミは反応を見せず、うつむいたままである。
「お前がやったのか・・・いや、正確にはお前が解放した力と狂気が・・・」
さらに声をかけるミーアだが、それでもトモミは答えない。この反応をミーアは肯定と見た。
呆然となっているトモミを、ミーアが後ろから抱きしめた。
「もういいんだ、トモミ・・今は何も考えるな・・・私に体を預けろ・・・」
「ミーア・・・私・・・」
低く呼びかけるミーアに、トモミが呆然としたまま寄り添う。ミーアはトモミを抱えたまま、地下室から素早く飛び出していった。
地下室から外に飛び出したミーアとトモミ。だがトモミはまだ無気力同然となったままだった。
「誰にでも怒りはある・・少なくともお前には、私への怒りを抱えている・・・」
ミーアが真剣な面持ちで、トモミに語りかける。
「その怒りが頂点に達し、激情のままに暴力を振るう・・お前が今やったのはそういうことだ・・怒りで理性を失った結果だ・・」
「でもあれって、見境がなくなっていたよね・・・それでも私の怒りが原因だといえるの・・・?」
ミーアの言葉に対して、トモミがようやく答えてきた。するとミーアが小さく頷いてきた。
「怒りが膨らみすぎて、意識までも吹き飛んでしまう・・心は奥が深く、私でも理解できずにいる・・・千年かけても、誰も理解できないものかもしれない・・・」
「じゃ、私はどうしたらいいの!?・・・怒ることもできないの・・・!?」
「怒るなとは言わない・・ただ、そのために自分を見失うな・・自分を見失わなければ、見境なく暴れまわることもないだろう・・・」
不安を膨らませるトモミに、ミーアが励ましの言葉をかける。
「自分を見失わなければ・・・できるかな・・・?」
「それはお前次第だ・・私でも苦労したからな・・自分の心と力を制御できるようになったのは・・・」
「ミーアも、自分を見失ったことがあるの・・・?」
「私も心があるからな・・ブラッドの強い力に理性を失いそうにもなったさ・・」
トモミが投げかけた疑問に、ミーアが淡々と答える。
「だがこれも慣れてしまった・・力のある自分に・・自分の力が強すぎると自覚していったら、自然と暴走することがなくなった・・・」
「そうはいっても・・私は慣れそうな気がしない・・・」
「とにかくあまり考えるな・・そうすれば無意識に慣れてくる・・・」
「そうなればいいんだけど・・・」
不敵に言いかけるミーアだが、トモミは不安を解消できないでいた。
「そろそろ行くぞ・・いつまでもいると厄介なことになるかもしれない・・」
ミーアの呼びかけにトモミが頷く。だが彼女は唐突に、歩き出そうとしたミーアの背中にすがりついてきた。
「どうした・・・?」
「ねぇ・・・もし見境を失くして、誰かを傷つけそうになったら・・・」
眉をひそめるミーアに、トモミが弱々しく言いかける。
「・・私を、殺して・・傷つけてしまう前に・・・」
「トモミ・・・何をバカなこと・・・」
彼女が告げた言葉に、ミーアが苦言を呈する。
「私をものにしたいと思っているなら、私が暴走したなら止めて・・・」
「トモミ・・そんなこと、私がすると思っているのか・・・?」
頼み込んでくるトモミに、ミーアが困り顔を浮かべる。
「私はお前をものにしたいと思っていたのだ。そのお前を捨てるようなこと、私がすると思っているのか・・・?」
「でも・・・」
「たとえそんな理由でも、私はお前を殺すつもりはない・・私が殺されることになろうとも・・・」
あくまでトモミを殺すことを拒否するミーア。トモミの存在が、ミーアの今の心の支えとなっていた。