Blood –Endless Desire- File.6 解放の2人
殺気に満ちた視線を向けると同時に、ミーアが男に飛びかかる。彼女は彼に手にしていた紅い剣を突き出した。
だが男は跳躍して、ミーアの突きをかわして後ろに着地する。
「怒りがむき出しになっている君の攻撃・・かわすのは難しくない・・」
悠然と言いかける男に、ミーアが鋭い視線を向ける。
「そう怖い顔をしないでくれ・・まずは見てあげるといい・・解放された彼女の姿を・・・」
男は言葉を投げかけると、きびすを返して歩き出した。戦意を抑えながら、ミーアも彼に続いていく。
広間の壁には隠し扉があった。男は扉を開けて、ミーアとともに進んでいく。その先の部屋の中を目の当たりにして、ミーアは息をのんだ。
部屋の中には板に埋め込まれた全裸の美女たちが並べられていた。彼女たちは板と同じ質になって動かなくなっていた。
「これは・・・カーボンフリーズか・・・!?」
「正確にはそうだね。これこそが解放にふさわしい形だから・・・」
声を振り絞るミーアに、男が喜びを浮かべながら答える。
「この中にトモミがいるのではないだろうな・・・!?」
ミーアが問い詰めると、男が悠然としたまま視線を移す。その先に目を向けた瞬間、ミーアは愕然となった。
そこにはトモミがいた。彼女も他の女性と同じく、カーボンフリーズを施されていた。
「トモミ・・・!?」
「彼女も解放されたよ・・ブラッドの血塗られた宿命からも解放されて、幸せになっているのが伝わってくるよ・・・」
目を疑うミーアに、男が笑みを強めて語りかける。トモミは一糸まとわぬ姿で、板に埋め込まれたまま固まり、動かなくなっていた。
「ブラッドを含めた吸血鬼・・その女性は本当に残念でならない・・あれだけ美しく、しかもその美を長く保てるのに、血に飢え、血にまみれているのだから・・・」
「貴様・・・トモミを、こんな姿に・・・!」
ミーアが怒りをあらわにして、再び紅い剣を手にする。それでも男は悠然さを変えない。
「すぐにトモミを元に戻せ・・さもないと貴様の命はない・・・!」
「なぜ戻す必要がある?彼女もようやく血の宿命から解放されたというのに・・」
鋭く言いかけるミーアだが、男は聞き入れようとしない。直後、ミーアが投げつけた剣が、男の顔の横をすり抜け、その先の壁に突き刺さった。
「次は貴様を真っ二つにするぞ・・命が惜しければトモミを元に戻せ!」
「そう興奮しないで・・締め付けられるような君の心が筒抜けだよ・・」
怒号を放つミーアに向けて、男が右手をかざす。すると彼女の周囲に光が発せられる。
「この光・・もしやこれでトモミを・・・!」
緊迫を覚えたミーアが即座に動く。光は標的であるミーアを見失い、霧散するように消失していった。
「逃げないでほしい・・これで君も解放されるのだから・・・」
「ふざけるな!その光を受ければ、トモミのようになってしまう!」
声をかけてくる男に、ミーアが反発する。
「それでいいではないか。君も彼女のように解放されれば、抱えている苦痛から逃れることもできる・・君は長い年月を生きてきたブラッドだろう?味わってきた苦痛も計り知れないものとなっているはず・・」
「お前ならそれを取り除けるとでも言いたいのか?ずい分と浅はかな考えだな・・」
「取り除けるさ・・現に彼女も、こうして解き放たれたのだから・・・」
あざ笑ってみせるミーアだが、男は悠然に振舞うばかりだった。カーボンフリーズを施されたトモミを目の当たりにして、ミーアは困惑していた。
「彼女が心配でたまらない・・でも解放されれば、その悩みも解決される・・・」
その隙を突かれ、ミーアが男の発した光についに捕まってしまう。
「し、しまった!」
声を荒げるミーアが、男の放った衝撃波を受けて衣服を引き裂かれてしまう。彼女の裸身を目にして、男が笑みを強める。
「君もきれいな体をしている・・彼女と同じく、ブラッドであることが残念でならない・・・」
「体に力が入らない・・ブラッドの力で打ち破れないとは・・・!」
「その光は血塗られた力を封じる効果もある・・ブラッドのような力は、僕の力を受けたら全く無力になってしまう・・・」
必死にもがくミーアに、男が淡々と言いかける。光を振り払おうとするミーアだが、力を発揮することができない。
「だが気に病むことはない・・むしろこのままこの解放感に身を委ねるといい・・・」
男が淡々と語っていく前で、ミーアがさらに光に包まれていく。
「くそっ・・・私・・私は・・・」
声を振り絞るも、ミーアは完全に光に包まれた。光は徐々に形を変え、四角となっていく。
光が消失し、板に埋め込まれて固まったミーアが現れた。その姿を見て、男が哄笑を上げる。
「彼女もまた解放された・・ブラッドの血塗られた運命から、彼女も救われたのだ・・・」
歓喜を膨らませていく男が、ミーアにゆっくりと近づいていく。
「離れ離れになることもない・・ずっと一緒に、ここで満たされていくのだから・・・」
満足感を浮かべて、男がミーアの裸身に手を伸ばそうとする。
「君の解放感・・私にも見せてほしい・・感じさせてほしい・・・」
「私の体に気安く触れられると思っているのか?」
そのとき、ミーアの声が発せられ、男が驚愕を覚える。
「声!?・・・ありえない・・解放された女が、声を出すことなど・・・」
「絶対にないか?・・ならばなぜ私は声を出せる?」
笑みを見せた男に向けて、ミーアの声が再びかかってきた。その声が幻聴でないと思い知らされ、男は愕然となる。
次の瞬間、ミーアが埋め込まれていた板がひび割れ出した。崩れ出した板から、生身の彼女が現れた。
床に足を付けたミーアに、男が愕然となる。
「バカな!?私の解放から脱するとは・・!?」
「普通にお前の力を受けていればな・・私はカーボンフリーズを施される直前に、ブラッドの力で膜を張った。だからお前の力からまぬがれることができたのだ・・」
声を荒げる男に、ミーアが不敵な笑みを見せて答える。
「もっとも、破られた服までは元に戻らんが、それは後で何とかすればいい・・」
呟きかけたところで、ミーアが笑みを消す。
「改めて償ってもらうぞ・・トモミを手にかけた罪を・・・」
「君も解放されることを望んでいるはずだ・・ブラッドの運命、君も逃れたいと思っているはず・・・!」
低く告げるミーアに、男が必死に呼びかけてくる。
「私に委ねるんだ・・そうすればブラッドの力からも、君を解き放ってみせる・・・!」
笑みを強めた瞬間、男の体を一条の紅い刃が貫いた。その瞬間に目を疑い、男が笑みを消す。
「私はこれでも長く生きている・・ブラッドの宿命に翻弄されているが、もはや苦痛を感じることもなくなった・・・」
ミーアは呟きかけると、男から刃を引き抜いた。
「苦痛が大きすぎて、感覚が麻痺してしまっているのだ・・・」
皮肉を込めた物悲しい笑みを浮かべるミーア。彼女の前で男が力なく倒れ、動かなくなった。
「私とトモミを狙った時点で、お前の命運は尽きていたのだ・・・」
事切れた男を見下ろして、ミーアが冷徹に告げた。
男が命を落としたことで、カーボンフリーズを施されていた女性たちが元に戻った。トモミも解放されて、その場に膝をつく。
「私・・・今まで何を・・・?」
自分の身に起きたことが分からず、トモミが周囲を見回す。部屋の中に全裸の女性たちがいることに、彼女は動揺を膨らませていった。
「無事に元に戻れたか・・よかったぞ・・・」
そこへ安堵の笑みを見せていたミーアが声をかけてきた。するとトモミが不安を覚える。
「お前はあの男にカーボンフリーズ、炭素凍結を施されたのだ。板に埋め込まれる形でお前は固められた・・私も固められかけたが、完全にカーボンフリーズされるのは防いだ・・」
「それじゃ、ミーアが私を助けたの・・・?」
ミーアから事情を聞かされて、トモミが困惑する。
「やっぱり、私をものにするためなんでしょう・・・?」
「・・・半分はな・・・」
深刻な面持ちを見せて言いかけるトモミに、ミーアは沈痛の面持ちで答える。
「もう半分は、お前に私をものにしてもらうためだ・・また私はお前に弄ばれていないからな・・・」
ミーアが口にした心情に、トモミが戸惑いを覚える。
「前にも言ったが、お前をここまで追いやったのは私だ。だからお前は私を好きにしていい・・弄んでもいいし、ひと思いに殺してくれても構わん・・それが私の罪滅ぼしとなるから・・」
「そこまで私にやられたいっていうの・・・?」
自分に入れ込んでいるミーアに、トモミの心は揺れていた。心をつかまれているような気がして、彼女はミーアに逆らうことができなかった。
「ここから出るぞ・・いつまでもここにいても気分が悪くなるだけだろう・・・」
「でも、こんな格好じゃ外に出られないって・・・!」
ミーアが投げかけた言葉に、トモミが赤面して抗議の声を上げる。
「ならここにあるものを使わせてもらうだけだ。それならば問題ないだろう・・」
「それは、そうだけど・・・」
ミーアの言葉に反論できず、トモミが押し黙ってしまう。
「とにかく急ぐぞ。また騒がしくなる前に・・」
ミーアは言いかけると、トモミを連れて部屋を出ていった。2人は体を覆うものを持ち出して、屋敷を飛び出した。
それからミーアとトモミは新しい衣服に身を包んだ。夜道を歩く中、トモミはミーアに対して困惑を抱えていた。
「本当に馬鹿げてる・・私のために、あの人に利用されそうになって・・・」
「私がお前をブラッドにしたからな。それ相応の見返りがなくてはな・・」
振り絞るようにしてトモミが問いかけると、ミーアが淡々と答える。
「落ち着ける場所に来たら、私を好きにしろ。私をどうするかは、お前の自由だ・・」
「ミーア・・・」
「この前はお前の体を弄んだからな・・当然の報いだろう・・」
自分の身を差し出すミーアに、トモミの心は揺れる。憎悪と情愛が彼女の中を駆け巡っていた。
「・・・もう、どうしたらいいのか分かんない・・考えることもできない・・・」
声を振り絞って、トモミがミーアにすがりついてきた。
「・・もう、あなたの思うようにはさせない・・無茶苦茶にしてやるんだから・・・!」
「トモミ・・本当にすまないな・・・」
突っ張った態度を見せるトモミに、ミーアが謝意を見せていた。
しばらく歩いて、トモミとミーアは古びた小屋にたどり着いた。
「ここなら十分に休めるだろう・・」
「そこであなたを好きにしろっていうの、ミーア・・・?」
呟きかけるミーアに、トモミが不安を投げかける。
「ここならば人目につかない。大きな問題にはならないだろう・・」
「大きな問題にならないって言われても・・・」
困惑の色を消せないまま、トモミはミーアとともに小屋に入っていった。そこでミーアが着ていた服を脱ぎ出した。
「さぁ、これで私は丸腰だ。さっき力を使っているから、反抗する余力もない・・お前は私を思い通りにできる・・」
「それでも、結局はあなたの思い通りに・・・」
全てを受け入れる姿勢を見せるミーアに、トモミが躊躇を見せる。
「お前も私もブラッドであり、お前には私を憎む理由がある。私を弄ぶ理由がある・・だから気に病むことはないのだ・・」
「そこまで言い張るなら・・覚悟はできてるんだね・・・」
ようやく迷いを振り切ったトモミに、ミーアが小さく頷いた。トモミも着ていた衣服を脱ぐと、ミーアの両肩をつかんで押し倒す。
「しばらく力は使わせない・・血を取られたら力は使えない・・・!」
トモミは言いかけると、ミーアの首筋にかみついてきた。
「く・・ぅ・・・」
トモミに血を吸われて、ミーアが高揚感を覚えて顔を歪める。
(吸ってやる・・ミーアに奪われた分だけ、血を吸ってやる・・・!)
開き直りのような気持ちを感じながら、トモミがさらに血を吸っていく。彼女も膨らんでいく高揚感に動揺していた。
(私の中にミーアの血が流れ込んでくるのが、こんなに興奮するものだなんて・・・)
血を吸われるときだけでなく、血を吸っているときにも恍惚を感じ取れることに、トモミは動揺を隠せなくなっていた。
(もう考えられない・・このまま、この気分に吸い込まれていきそう・・・)
ミーアの首から顔を離したトモミは、恍惚に突き動かされるまま、ミーアの胸に顔をうずめてきた。胸に吐息が当たり、ミーアも快感を膨らませていく。
(すごい勢い・・すごい激情・・これがトモミの、私への怒りということか・・・)
ミーアも次第に息を荒くしていく。2人の秘所から愛液があふれ出て、床をぬらしていく。
(もしかして私、ミーアのことが好きになってしまったのかもしれない・・・)
ミーアにすがりついていくトモミが、自分の本当の気持ちを感じて困惑する。
(本当に癪に障る・・血を吸われてブラッドになったときから、ミーアの思うように動かされているような気がする・・どうあがいても、ミーアから抜け出せない・・そんな無茶苦茶が、許せなかったはずなのに・・・)
どういう気分に陥っているのか、自分がどうするべきなのか、どうしたいのか。答えを自分で導き出せず、トモミは戸惑うばかりだった。
(本当に考えられない・・いけないことと分かっていても、ミーアにすがりつくことしかできない・・・)
込み上げてくる衝動に突き動かされて、トモミはミーアを抱きしめていた。
(トモミ・・お前の心を、もっと私に伝えてきてくれ・・お前の全てを、私は受け止めたい・・・)
ミーアはひたすらトモミの感情を素直に受け止めようとしていた。トモミに血を吸われた彼女には、抗う力は残っていなかった。
全ての感情を解き放ったトモミとミーアは、互いを抱きしめ合ったまま、疲れ果てて眠りについた。
感情に満ちあふれた夜が明けた。差し込んできた朝日の光で先に目を覚ましたのはトモミだった。
「朝・・・もう朝になっていたんだね・・・」
トモミが横たわったまま呟きかける。彼女は夜のことを思い返していく。
「バカなことやっちゃった気がする・・ミーアと、あんなこと・・・」
昨晩に自分がしたことを思いつめて、トモミが深刻な面持ちを浮かべる。彼女は自分自身に後ろめたさを感じていた。
「ブラッドや吸血鬼は、性質や感性まで、とことん馬鹿げているのかもしれないな・・」
すると目を覚ましていたミーアが言葉を投げかけてきた。
「人間の常識は通じない・・人間離れしているからな・・・長い時間を生きてきて、私はそのことを思い知らされた・・・」
「ミーア・・・」
語りかけるミーアに、トモミが当惑を覚える。
「だから馬鹿げていて当然だ・・何もかもがおかしいと思ってくれていい・・私そのものも・・・」
「だったら、ミーアにこうして一緒にいる私も、馬鹿げているということだね・・・」
ミーアの話を聞いて、トモミが物悲しい笑みを見せる。
「でも、そんな自分を喜ばしく思っている・・・ミーアと一緒に、これからも一緒にいたいと思っている・・・」
「トモミ・・・ありがとう・・・」
心を寄せてきたトモミに、ミーアも素直に喜んで微笑んだ。