Blood –Endless Desire- File.5 永遠への封印
暗闇に満ちた部屋の中、1人の少女が恐怖しながら後ずさりする。彼女の前には黒ずくめの男が立ちはだかっていた。
「イヤ・・・何をするつもりなの・・・!?」
震えながら声を振り絞る少女。すると男が彼女に向けて右手をかざした。
その手から衝撃波が放たれ、少女の衣服が引き裂かれた。
「キャアッ!」
悲鳴を上げる少女が、裸にされて自分の体を隠す。恥じらう彼女を見て、男が笑みを浮かべる。
「やはりきれいな体をしている・・・心配することはない・・これから楽になれるのだから・・・」
男は淡々と言いかけると、少女に向けている右手に力を込める。すると少女の体をまばゆい光が包み込んだ。
「な・・何、この光・・・!?」
「怖がることはない・・すぐに楽になれるから・・・」
声を上げる少女に、男が淡々と言いかける。強まっていく光の中に、少女の姿が消えていく。
やがて光は徐々に形を変えていく。四角くなったところで、光が消えていった。
現れたのは凝固された板。そこに少女が板と同じ質感になって埋め込まれていた。
「これでまた1人、美しい女性が永遠の解放を果たした・・」
固まった少女を見つめて、男が満足げに微笑んで頷く。
「美しい女性が埋め込まれた姿・・この永遠の形を見ると、たまらなく胸が躍る・・・」
呟きかける男が振り返った先には、同様に板に埋め込まれる形で固められた美女たちが並べられていた。全員男の力でカーボンフリーズを施されたのである。
「だが世界に美女はまだまだいる・・まだまだ私の心は満たされない・・・」
男が笑みを消して渇望を募らせる。
「本当に美しい・・私の心を引き寄せる女性を見つけて解き放たなければ・・」
次の標的を求めて、男は行動を再開した。
町外れの森の中を歩いていくトモミとミーア。ミーアとの夜の時間を過ごして、トモミは困惑を抱えていた。
おかしく感じる肌の触れ合いと高揚感に疑問を感じずにいられない。それともこの感じが今の自分にとっておかしくないことなのだろうか。
考えれば考えるほどに疑念が膨らんでくる。この自分のトモミは平穏を保てなくなっていた。
「どうしたのだ、トモミ?」
ミーアがトモミに向けて声をかけてきた。しかしトモミはうまく答えることができず、口ごもる。
「・・昨日のことを気にしているのか・・?」
「えっ!?いや、そんなことは・・!」
ミーアが投げかけた疑問に、トモミが動揺をあらわにする。その反応を見て、ミーアが笑いを見せる。
「ウソがつけないのだな・・何を企んでいるのか分からないヤツより、正直者のほうが私は好きだぞ・・」
ミーアが投げかけた言葉に、トモミは当惑するばかりだった。
「もやもやした気分があるなら消してしまえばいい。そのために私を使っても構わないぞ・・」
「だから、私のことでどうしてあなたが出てくるのよ!?」
「昨日のことを踏まえて、私とお前はもはや一心同体となった。だから私を使うことは悪いことではない・・」
声を荒げるトモミに、ミーアが淡々と言いかける。
「それにお前のこれまでの日常を私が壊したのは事実だ。恨まれることなど先刻承知だ・・」
「・・確かに許せないわよ・・でもそれ以上に、そんなあなたに体を預けた私が許せない・・・!」
不敵な笑みを見せるミーアに憤りを見せるトモミ。するとミーアがトモミを優しく抱きしめてきた。
「本当に好きにしろ・・今抱いている私をそのまま突き刺してやればいい・・」
ミーアが投げかけてくる言葉に、トモミは困惑を募らせる。ここで息の根を止めても生かしても、自分が納得できる結末にならないと思い知らされて、彼女は辛くなっていた。
沈黙を貫いているトモミから、ミーアが体を離した。
「時間はあるんだ・・ゆっくり考えていけばいい・・・」
トモミに言葉を投げかけると、ミーアは振り返って歩き出していった。もやもやした気分を拭うことができないまま、トモミも歩いていった。
町の近くに戻ってきた2人。その町ではまた奇怪な事件が発生していた。
また新たに発生した失踪事件。またしても美女たちが夜な夜な忽然と姿を消していた。この事件に、ミーアとトモミは邪な存在の仕業であると察知していた。
「やっぱり、またおかしな人の仕業なの・・・?」
「おそらくな。さらった女を何かに変えているのだろうな・・」
トモミが口にした疑問に、ミーアが淡々と答える。
「今度のヤツも、もしかしたら私たちを狙ってくるかもしれないぞ・・」
「もう、脅かさないでって・・」
「心配するな。お前は誰にも渡さないぞ・・」
「だから、私はあなたのものじゃないって・・・」
自分たちのために躍起になっているミーアに、トモミは呆れ果てていた。
「私がどうするかは私が決める・・吸血鬼にされたり体を弄ばれたり・・私はあなたの都合で生きてるわけじゃないんだから・・」
「何を言っているのだ?もはや私とお前は運命共同体なのだぞ・・」
「だからそんなの勝手に決めないでって!」
ミーアの考えに反発するトモミ。怒りを見せる彼女に、ミーアが当惑を覚える。
「私の生き方は私が決める・・あなたが自由にできるものじゃないんだから!」
トモミはミーアを突き放すと、涙ながらに走り出していった。
「トモミ・・・」
彼女の後ろ姿を、ミーアはただ見送ることしかできなかった。
ミーアに弄ばれていると思い、トモミは胸を締め付けられる気分にさいなまれていた。彼女は何も考えられず、ひたすら町の中を走り続けていた。
(ミーアは・・ミーアはやっぱり吸血鬼なんだね!・・私をものにすることしか考えていない・・・!)
ミーアへの不満を膨らませていく。
(もう関わらないほうがいい・・関わるだけで、ミーアの思い通りにされちゃう・・・!)
ミーアへの拒絶の気持ちばかりが膨らんでいく。自分の気持ちを前に突き出すように、トモミはひたすら走り続けていた。
日が傾き始め、空がオレンジ色に変わる。町外れの道の真ん中で立ち止まり、トモミは呼吸を整える。
(もう誰かに振り回されたくない・・私の生き方は、私が決める・・・!)
迷いを振り切ろうとして、トモミは気持ちを落ちつけていった。
「おや?今夜は早々に美女を見つけることができた・・」
そこへ声がかかり、トモミは緊迫を覚える。彼女が振り返った先には、1人の男がいた。
「あなたは誰ですか?・・・もしかして、人間じゃない・・・!?」
「ほう?そんなことを聞いてくるなんて・・そういう君も人間ではないのでは?」
息をのむトモミを見て、男が悠然と言いかける。
「そんなことはない・・私は人間・・人間なんだから・・・!」
「どっちつかず・・まぁ、私にとっては些細な問題でしかない。少し手間がかかるかどうか、その程度のことだ・・」
声を振り絞るトモミに対し、男が笑みをこぼす。
「私と一緒に来るのだ・・そうすれば、君を苦しみから解放してあげるよ・・・」
「ど、どうして!?・・・私に何をするつもりなの・・・!?」
手招きをしてくる男を前にして、トモミが後ずさりする。
「解放するだけさ・・君も苦しみや辛さがなくなれば、本当の意味で幸せだろう?その幸せをもたらそうというのだ・・」
「ふざけたことを言わないで!そんな意味の分かんない幸せってありえないって・・!」
悠然と言いかける男に声を荒げるトモミ。そんな彼女に男が近づいてくる。
「言葉で分からないなら実際に見てもらったほうがいいかもしれない・・」
男は言いかけると、右手を掲げて力を込める。すると彼らのいる場所の周辺が歪み出した。
「これって、まさか・・・!?」
周囲を見回して声を荒げるトモミ。彼女は男の放った力によって別の場所へと引きずり込まれた。
押し寄せてきていた困惑を何とか押し殺して、ミーアはトモミを探しに歩きまわっていた。その最中、ミーアは異様な気配を感じ取った。
「この気配・・まさか、トモミに何か・・・!?」
一抹の不安を覚えて、足を速めるミーア。気配の発せられた方向に進んでいたが、気配の正体もトモミの姿も見当たらない。
「この辺りのはずだが・・やはり何かあったのでは・・・!?」
ミーアは焦りを膨らませて、トモミを求めて周囲を見回す。
「どこにいるのだ・・トモミ・・・トモミ!」
必死に呼びかけるミーアだが、トモミは姿を見せない。
「もしかしたら、別の空間に飛ばされたのかもしれない・・異空間・・ここから遠く離れた場所・・・」
ミーアは目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。たとえどこに引きずり込まれても、その気配の糸口がわずかでも感じ取れれば、ミーアは居場所を見つけることができるのである。
(力が発せられたのはさっきだ。異空間でなければそう遠くへは行っていないはずだ・・・)
思考を巡らせながら、ミーアがトモミの行方を追う。しばらくして、彼女はついにトモミの居場所を感じ取った。
「この近く・・・あの屋敷か・・・!」
振り返ったミーアが、町外れの森の中に点在する屋敷を目撃する。ミーアはトモミを求めて、屋敷に向かって駆け出していった。
男の力に引きずり込まれ、意識を失っていたトモミ。彼女は薄暗い部屋の真ん中で目を覚ました。
「ここは・・・私は・・・?」
「目が覚めたようだね・・・」
起き上がるトモミに向けて、男が声をかけてきた。彼を目にして彼女は身構える。
「あなた・・・あなたがここに・・・!?」
「ここは私の屋敷だ・・ここならば人目を気にすることもないだろうから・・・」
淡々と声をかけてくる男から、トモミが後ずさりする。だが背中が壁にぶつかり、彼女は追い込まれた。
「逃げることはない・・今から私が、君を解放してあげるのだから・・・」
男がトモミに向けて右手をかざし、力を込める。その手から衝撃波が放たれ、トモミの衣服を引き裂いた。
「キャアッ!」
悲鳴を上げながら自分の裸を隠すトモミ。その姿を見て、男が笑みをこぼす。
「思った通り、きれいな体をしている・・解放されればさらにすばらしい姿になる・・・」
「何をするのよ、この変態!?私を裸にしてどうするつもりなの!?」
笑みを強める男に、トモミが赤面して叫ぶ。
「これから君を解放するそのためには服は不要だから・・・」
「ふざけないで!こんなことで私をどうかしようなんて!」
「心配しなくていい・・すぐにその恥じらいを消してあげるから・・・」
声を張り上げるトモミに向けて、男がさらに力を込める。すると光が発せられ、トモミを包み込んだ。
「何、この光!?・・・体が、いうことを聞かない・・・!?」
光に引き込まれていくトモミが困惑を膨らませる。光から逃れようとする彼女だが、その意思に反して光に吸い込まれていく。
「逃げたり逆らったりする必要はない・・君も幸せに向かうのだから・・・」
「な・・・何とかしないと・・・意識がなくなりそう・・・!」
トモミが力を振り絞って、男の光に抗おうとする。彼女はブラッドの力を振るい、男の力を打ち破ろうとする。
「ブラッドの力で跳ね除けようというのか・・たとえブラッドでも、解放に逆らうのは滑稽だよ・・」
男は言いかけると、トモミを捕らえている光に力を込める。光に犯されて、トモミがあえぎ声を上げる。
「誰だって解放を望んでいる・・頭で拒絶しようとしても、本能で望んでいる・・君も無意識に、解放を望んでいる・・・」
男が淡々と言いかける前で、トモミが力さえも封じられていく。
「その本能に、心も体も委ねてしまえばいい・・・」
「ダメ・・・もう、力が・・入ら・・ない・・・」
男の力に抗うことができなくなるトモミ。彼女の体から紅い光が消失し、腕がだらりと下がる。
「ミーア・・・私・・は・・・」
声を振り絞るトモミが、完全に光に包まれていった。その光が徐々に形状を変えていく。
「さぁ、見せてくれ・・君の解放された姿を・・・」
笑みを強める男の前で、光が弱まっていく。その中から板の中に埋め込まれて固まったトモミが現れた。
「すばらしい・・血塗られたブラッドである彼女が、その運命からも解放されたかのようだ・・その解放感が、私の心さえも解き放っていく・・・」
固まったトモミを見つめて、男が喜びをあらわにする。彼は手を伸ばして、彼女の裸身に触れていく。
「このきれいな体が、ブラッドの運命によって傷ついていくのは耐えられない・・このままこうしておくのがもっともだ・・・」
トモミの裸身を撫でまわしてから、男は手を離した。
「でも、まだまだ解放されていない女性はいる・・私が解放してやらないと・・・」
男は次の標的を求めて歩き出す。彼はトモミを背にして、部屋を出ようとした。
だが突然、男は部屋の真ん中で足を止めた。
「この気配・・・今日は血に飢えた客人が多いな・・・」
笑みをこぼし、男は改めて部屋を出ていった。
トモミの気配を頼りにして、ミーアは屋敷の近くに来ていた。
「あの屋敷にトモミがいる・・何もなければいいのだが・・・」
一抹の不安を口にするミーア。彼女は正面から屋敷の玄関へと向かっていった。
策略や姑息はない。トモミを助けること以外に何も考えていない。それが今のミーアの正直な気持ちだった。
「誰かいるのか?いるなら返事をしろ・・いないなら勝手に入るぞ・・」
ミーアが呼びかけるが、屋敷の中からの反応はない。ミーアは戦意を保ったまま、屋敷に入っていった。
廊下には明かりがついておらず、暗闇が広がっていた。それでもミーアは真っ直ぐに廊下を進んでいた。
(誰も現れない・・だが私を狙う敵意は確かに存在している・・この屋敷の中で・・・)
ミーアは敵の存在を察していた。いつどこから不意打ちを仕掛けられてもすぐに対応できるように、彼女は警戒を強めていた。
しばらく廊下を進み、ミーアは大きな扉の前にたどり着いた。
「本当に誰もいないのか?この扉を開けるぞ・・」
ミーアが再び声をかけるが、またしても返事がない。彼女は扉を開けて中に入った。
その先は大広間だった。長いテーブルが置かれており、客室のようだった。
「まさかここを訪れてくる美女がいるなんて・・・」
そのとき、ミーアの背後に男が姿を現した。彼の存在に気付いていたミーアは、振り返らずに言葉を返す。
「やはり待ち伏せして私を陥れようとしていたか・・だが私に小細工など通用しないと心しておけ・・」
「その割には私の懐に入り込んできたね・・冷静沈着に見えてかなり感情的になっている・・・」
「そんなことはどうでもいい。トモミを・・お前が少し前に連れていった女を返してもらおうか。彼女は私の連れなのでな・・」
「トモミ?あのブラッドの美女か・・たった今、私が解放させたところだ・・・」
ミーアに返事をする男。その言葉に、平静を装っていたミーアが感情をあらわにする。
「お前・・トモミに何かしたのか・・・!?」
鋭く言いかけるミーアが、紅い剣を出現させる。彼女が握ったこの剣に、淡い輝きが発せられる。
「生きて今夜を過ごせると思うな・・・!」
殺気に満ちた視線を向けると同時に、ミーアが男に飛びかかる。彼女は彼に手にしていた紅い剣を突き出した。