Blood –Endless Desire- File.4 季節はずれの粉雪
人間でなくなったことが周知の人々に知られ、トモミは居場所をなくした。彼女はやむなく、ミーアと行動をともにすることにした。
トモミはひどく気落ちしていた。今まであったものが全てなくなってしまったことを、彼女は素直に受け入れることができないでいた。
「やはり今までの生活が恋しいか・・・」
そこへミーアが声をかけてきた。するとトモミが小さく頷いてきた。
「誰だって、今まで過ごしてきた日常が変わるのをよくは思わないだろう・・私もそんな気分を何度も味わってきたために、かえって慣れてしまい、対して動じなくなってしまった・・まるで麻痺したかのように・・・」
「そんなこと言われたって、全然気分がよくならないよ・・・」
ミーアの言葉を聞いて、トモミが沈痛さを募らせる。
「・・・それでも、1人になる辛さにはどうしても慣れない・・私には・・・」
「だから、私がほしいと思ったの・・・?」
「惚れたのもあるがな・・わがままだが、私は望みが叶ってよかったと思っているぞ・・・」
不敵な笑みを見せてきたミーアに、トモミは心を揺さぶられていた。困惑していた彼女は、ミーアの言葉にすがるしかなかった。
「もしもこれ以上状況が悪くなったら、絶対に許さないから・・・」
「分かっている・・肝に銘じている・・・」
トモミが投げかけた言葉に、ミーアが思いつめた面持ちで小さく頷いた。
夜中の静寂な小道。暗闇の広がるその道の真ん中で、1人の女性が恐怖を膨らませていた。
彼女の前には1人の男が立っていた。彼が掲げている右手からは、白い液があふれ出てきていた。
「ちょっと・・何なのよ、あなた・・・!?」
「いけないなぁ・・そんなムチャクチャに色をつけちゃって・・本当にきれいなのは、雪のような真っ白なんだから・・・」
恐怖の声を上げる女性に、男が不気味な笑みを浮かべる。彼が右手をかざすと、液体が女性に向けて放たれる。
「やめて!助けて!キャアッ!」
その液体を浴びた女性が悲鳴を上げる。液体は一気に固まり、女性の動きを完全に止めた。
「そう・・そんな感じに真っ白になっていたほうが・・・」
固まった女性を見つめて、男が笑みを強める。彼が放った液体は蝋で、彼の意のままに固めることができる。液を浴びた女性は蝋人形にされてしまったのである。
「さて、この調子でどんどん女性をきれいにしていこうか・・・」
男は次の標的を求めて、小道を歩き出した。その場には真っ白な蝋人形となった女性だけが取り残され、物静かに立ち尽くすだけとなっていた。
立て続けに起こっている新たなる奇怪な事件。数日の間に十数人もの女性が蝋で固められていた。
このことはトモミとミーアの耳にも入ってきていた。
「また邪な存在の仕業か・・・」
「変質者の仕業だって噂も出てるし・・・」
事件について呟きかける2人。警察が捜査に乗り出していたが、何も手がかりをつかめないでいた。
「普通の人間が手に負えることではない・・今までの事件を見てきて、お前も熟知できているだろう?」
「それじゃ、今度も私たちが・・・」
「私たちに手出しをしてくるのならな・・万が一私たちに危害を加えようとするならば、私は容赦なくその相手を葬る・・トモミ、お前を狙ってくるなら尚のことだ・・」
自分の決心をトモミに告げるミーア。だがトモミは力を使うこと、戦うことに肯定的ではなかった。
「どうしても戦いたくないというならば、私はお前に戦ってほしいとは思わない。お前に傷ついてほしくないのが、私の本音だ・・」
「私の体が目当てで近づいてきたくせに・・・」
本心を打ち明けるミーアだが、納得のいかないトモミにふくれっ面を見せられることとなった。
「ではそろそろ、体の付き合いというものをやってみようか・・」
「だから冗談じゃないって!」
にやけ顔を見せるミーアに、トモミが怒鳴り散らしていた。
その日の夜が訪れた。事件の防止と犯人の確保のため、警察は昼間以上に警戒を強化していた。
その監視の目をかいくぐるように、ミーアとトモミは移動していた。
「やっぱり夜に出歩くのはやめたほうが・・」
「今回の事件は夜に起きている・・夜に動かなければ効果はない・・」
不安を口にするトモミだが、ミーアは聞き入れなかった。しかしトモミは警察に不審に思われることを恐れていた。
「心配するな。今の私たちは、人間の警察などに捕まるようなことはない・・」
「そういう問題じゃないんだけど・・・」
不敵な笑みを見せるミーアに、トモミが呆れる。
「人のいないほうに行ってみよう。自分が囮になって敵をおびき出すなら、そっちのほうが敵は現れやすいからな・・」
「私は気が進まないんだけど・・・」
ミーアとトモミが人気のない場所に向かって移動していく。2人は街灯のない通りにやってきていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか・・」
「吸血鬼の私たちがそういうこと言えないと思うんだけど・・・」
ミーアが口にした言葉に、トモミは再び呆れる。しかしミーアは気にせずに、自分たちを狙う邪な存在の気配をうかがっていた。
しばらく周囲に注意をうかがっていると、ミーアは笑みを消して目つきを鋭くした。
「トモミ!」
直後、ミーアがトモミを横に突き飛ばした。ミーアもすぐに反対のほうに動いた。
2人が先ほどいた場所に、白い液体が降り注がれる。
「何、この液体・・固まっていく・・・!?」
トモミが液体を目の当たりにして、驚愕を覚える。ミーアは周囲を伺って、敵の気配を探る。
「かわされたか・・けっこう敏感だなぁ・・・」
男が不気味な笑みを浮かべて、ミーアとトモミの前に姿を現した。
「お前か・・今回の騒ぎを起こしていたのは・・」
「騒ぎだなんて人聞きの悪い・・ただ君たちを綺麗にしてあげようと思ったのに・・」
声をかけるミーアに、男がため息混じりに答える。
「狙った相手を蝋人形にしていく・・それがお前の手口か・・」
「君たちも真っ白にしてあげるよ・・そのほうがずっと綺麗だし・・・」
声をかけるミーアに答えて、男が右手から蝋をあふれさせる。
「悪いが、私はブラッド。血塗られた存在だ。どんなに綺麗に装うとも、表向きにしかならない・・」
「そんなこと言わないでよ・・綺麗になるのは同じなんだから・・・」
「それに、私は美しさには興味がないのでな・・固執しても逆に醜く見えるだけだからな・・・」
「ダメだって・・そういう意地悪なことを言ったら・・・」
不敵に言いかけるミーアに、男が不満を浮かべる。
「こうなったら君から真っ白にしてあげる・・喜ぶと思うよ・・・」
いきり立った男が、ミーアに向けて蝋を放出してきた。ミーアは素早く動いて、蝋を回避する。
「そんなもので私を捕らえられると思ったのか?」
「よけないでよ・・せっかく真っ白く綺麗にしてあげようとしているのに・・・」
余裕を見せるミーアに、男がさらなる不満を口にする。
「そんなドロドロとしたものをかけられても、綺麗になれるとは思えないが・・」
「そういう意地悪なこと言わないでよ・・真っ白になってみればすぐに気分がよくなってくるから・・・」
ミーアが投げかけた言葉に反発する男。そのとき、彼の視界にトモミの姿が入ってくる。
「あんまり逃げられてばかりだと時間ばかりが過ぎてしまう・・・」
男が呟きかけた言葉に、ミーアが眉をひそめる。目を見開いたが男が、トモミに向けて蝋を放出した。
「貴様!」
怒号を上げるミーア。トモミが慌しくその蝋から逃げていく。
「こうなったら、先にその子から真っ白にしてあげる・・・」
「トモミを狙ってくるとは・・そうはさせるか!」
不気味な笑みを浮かべる男を、ミーアが食い止めようとする。だが飛び出そうとしたとき、彼女は両足に違和感を覚える。
地面には蝋が散りばめられており、ミーアは固まったその蝋に足を取られていた。
「気を取られたせいで注意が弱くなったみたいだね・・これですぐには抜け出せない・・」
笑みをこぼす男が、トモミを狙って蝋を吹き付ける。トモミはたまらず紅い剣を手にして、蝋をなぎ払う。
だが刀身に蝋がまとわりつき、トモミが身動きが取れなくなってくる。
そこへ男が放った蝋が飛び込み、トモミに降りかかる。
「キャアッ!」
悲鳴を上げるトモミが蝋をかけられる。蝋が固まり、彼女は微動だにしなくなった。
「やった・・まず1人、真っ白く綺麗になった・・・」
「トモミ!」
歓喜の笑みをこぼす男と、声を上げるミーア。蝋を浴びたトモミが蝋人形にされてしまった。
「トモミ・・・」
固まったトモミを目の当たりにして、ミーアの心が揺れる。その動揺は強い怒りへと変わっていった。
「貴様・・よくもトモミを・・・!」
「心配しなくても、君も真っ白にしてあげるから・・・」
声を振り絞るミーアに、男が不気味な笑みを浮かべる。彼は右手から蝋をあふれさせていた。
だがその蝋が突如切断され、男の前の地面にこぼれ落ちる。ミーアが放ったかまいたちが、男の蝋を切り裂いたのである。
「えっ・・・!?」
突然のことに男が目を疑う。ミーアが彼に向けて鋭い視線を向けてきていた。
「このようなマネをして、無事でいられると思っているのか・・・!?」
怒りを膨らませるミーアから紅いオーラが発せられる。彼女のブラッドの力が、怒りによってあふれてきていた。
「そ、そんなに怒んないでって・・真っ白になるのはすごくいいことなんだから・・・」
男が呼びかけていたときだった。一条の紅い刃が、彼の体を貫いていた。
ミーアがブラッドの力で紅い刃を作り出して投げつけていた。その動作があまりに速く、男は反応できないまま刃を刺されていた。
「消えろ・・お前の顔を見ていると気分が悪くなってくる・・・!」
冷淡な態度で告げるミーア。事切れた男が刃が刺さったまま脱力して動かなくなった。
刃を消したミーアが肩の力を抜くと、蝋人形にされていたトモミに目を向ける。
「トモミ・・・」
変わり果てたトモミを見つめて、ミーアは胸が締め付けられるような気分に駆られる。男が力尽きたことで、トモミにまとわり付いている蝋が消失した。
「トモミ、しっかりしろ!目を覚ますのだ!」
ミーアがトモミに駆け寄って呼びかける。するとトモミが失っていた意識を取り戻す。
「んん・・・私・・・?」
「トモミ・・目が覚めたか・・安心したぞ・・・」
意識を取り戻したトモミに、ミーアが安堵の笑みをこぼす。
「お前に何かあるだけで、私は心が痛くなる・・・」
「私・・・蝋をかけられて確かに苦しかったけど・・死ぬほどじゃなかったって・・・」
気落ちするミーアに、トモミが困り顔を浮かべる。
「私に辛い思いをさせた罰だ・・そろそろ2人きりの時間を過ごさせてもらうぞ・・・」
「ち、ちょっと!?あなた、何を言って・・!?」
悩ましい笑みを見せてくるミーアに、トモミが赤面する。
「何度も言わせるな・・私はお前の体に魅入られたのだぞ・・・」
「やめてって・・やめてったら!」
不気味な笑みを見せて迫ってくるミーアに、トモミが悲鳴を上げた。
その後、トモミはミーアに町外れの小さな小屋に連れてこられた。そこで2人は裸の付き合いをすることになった。
「女同士だけど、やっぱりこういうことで裸になるのはいい気分じゃないよ・・・」
トモミが恥ずかしさを覚えて、自分の体を抱きしめる。その彼女にミーアが寄り添い、笑みを見せてきた。
「すぐにいい気分にさせてやる・・どうやら初めてのことのようだから、優しくやってやろう・・・」
ミーアは言いかけると、トモミの胸に手を当ててきた。
「う・・ぅぅ・・・」
トモミが胸を撫でられてうめく。この接触に、彼女は高揚感を感じていた。
「何、この感じ・・・血を吸われた時と同じ気分・・・」
「感じたか・・このような接触も吸血も、体や流れる血に刺激を与える・・その衝動が恍惚となって、体の中を駆け巡っていくのだ・・・」
息を荒くしていくトモミに、ミーアが淡々と語りかける。
「おかしい・・こんな気分、好きになれないのに・・・気分がよくなってくる・・・」
「そうだ・・このまま気分をよくしていけ・・そうすれば、イヤな気分を和らげることができる・・・」
あえぎ声を上げるトモミに、ミーアが囁きかける。
「ダメ・・我慢・・できないよ・・・」
さらに息を荒げるトモミ。彼女の秘所から愛液があふれてきた。
「やはり経験がないようだ・・すぐに解放されたようだ・・・」
「解放・・・私、解放されているのかな?・・・このまま、気持ちよくなっていいのかな・・・?」
「気にするな・・今ここにいるのは、私とお前の2人だけだから・・・」
ミーアに促されるまま、トモミが快感に身を委ねていく。2人のいる部屋の床を、愛液がぬらしていく。
(これでもう、本当に戻れない・・今まで過ごしてきた日常に・・・)
トモミが心の中で呟きかける。
(体は吸血鬼になり、いけないことにも手を出している・・もうこのまま、ミーアについていくしかない・・・)
今の自分に皮肉を覚えるトモミ。理性を保てなくなった彼女は、ミーアに全てを委ねることにした。
トモミが次に目覚めたとき、時計は5時を指し示していた。
「あれ?・・・私、いつの間に・・・」
「お前にとって刺激的だったのだろう。興奮で意識が飛んだのだろう・・」
当惑しているトモミに向けて、隣にいたミーアが囁いてきた。
「どうだ?肌と肌を触れさせた気分は・・?」
「・・・正直、複雑な気分・・・イヤなはずなのに、とても気持ちがよくなって、本当に楽になれた・・・」
ミーアが感想を訊ねると、トモミが深刻な面持ちを浮かべる。彼女自身、今感じている気持ちがどういうものなのか分からなくなっていた。
「時期に分かってくる・・気楽に構えていればいい・・・この次は、お前が私を弄べばいい・・・」
「弄ぶって・・そんなこと、後味が悪くなるよ・・・」
「このまま私が一方的にお前を弄ぶのでは、お互い気分が萎えるだろう・・私のことは気にするな。気分がよくなるなら、それに越したことはない・・」
「・・・本当に、気にしなくていいの?・・・後で仕返ししたりしないの・・・?」
「好きにすればいい。強いて言うなら、お前が私にやることのほうが仕返しだ・・」
「仕返し・・・イヤな仕返しの仕方だね・・・」
笑みをこぼすミーアに、トモミが苦笑いを浮かべる。
「もっとも、私が弄ばれるのは、お前が慣れてからの話になりそうだな・・」
「ミーア・・意地悪なんだから・・・」
からかってくるミーアに、トモミが肩を落とす。
「ではそろそろ出るぞ。ここは夜はともかく、昼は誰か来るかもしれないから・・」
「ち、ちょっと待って!その前に服を着させて!」
呼びかけるミーアに、トモミが慌てて服を着ていく。着終えたところで彼女はため息をつく。
(・・・さようなら・・今までの私・・・)
かつての自分に別れを告げて、トモミはミーアとともに歩き出していった。