Blood –Endless Desire- File.3 果てなき感情
ブラッドに転化してから数日後。様々な思惑を抱えたまま、トモミは起床した。
トモミはミーアに対して疑念を膨らませていた。ブラッド、血に飢えた吸血鬼のはずなのに、人間のような感情を持っている。このことが矛盾に思えてならず、トモミは困惑していた。
「ホントにおかしい・・吸血鬼なのに、何で私にそこまで・・・」
「お前を欲していると言っているだろう?純粋にただそれだけだ。」
深刻な面持ちを浮かべるトモミに、物陰に身を潜めていたミーアが声をかけてきた。
「そろそろお前との抱擁を楽しみたいところだが、時間的に気が乗らない・・」
「だから冗談じゃないって!何にしたってあなたは吸血鬼なんだから!そんなのに体を弄ばれたくないよ!」
淡々と言いかけるミーアに、トモミが赤面して声を荒げる。
「トモミ、起きてるのー?」
そこへクラスメイトからの声がかかってきた。慌てふためくトモミだが、ミーアは音を立てることなく姿を消していた。
「トモミー?開けていいのー?」
「あ、うん、いいよー。」
さらにクラスメイトに呼びかけられて、トモミが答える。ドアが開かれて、クラスメイトたちが入ってくる。
「トモミ、もしかして今起きた・・?」
「う、うん・・何だか寝起きが悪かったみたいで・・エヘヘヘ・・・」
呆れ気味のクラスメイトに、トモミが苦笑いを浮かべる。
「トモミ、最近何か様子がヘンだよ・・大丈夫・・?」
「う、うん、大丈夫・・ここのところいろいろあって、疲れが出たのかな・・・」
疑問を投げかけるクラスメイトに、トモミが作り笑いを見せて答える。
「それならいいんだけど・・早くしないと遅刻しちゃうよ・・」
「えっ!?もうそんな時間!?」
クラスメイトに指摘されて、トモミが慌てる。
「ゴ、ゴメン!すぐに追いつくから先に行ってて!」
「そう?だったら先に行っちゃうけど、遅刻しないでよ・・」
呼びかけるトモミに半ば呆れながら、クラスメイトたちは部屋を後にして登校していった。
「ふぅ・・誤魔化せたかな・・・」
安堵を浮かべるトモミだが、時計を目にした途端に慌てふためく。
「急がないと、ホントに遅刻しちゃう!」
すぐに着替えて部屋を飛び出したトモミ。その直後に、身を潜めていたミーアが姿を現す。
「お楽しみは今夜に取っておくとするか・・」
不敵な笑みを浮かべてから、ミーアは音もなく部屋を出て行った。
急いで学園に向かうトモミ。彼女が来たことに気付いて、クラスメイトたちが歩の速さを遅くして手招きする。
「ほーら、トモミー♪」
「急がないと置いてっちゃうよー♪」
クラスメイトたちに急かされて、トモミがさらに足を速める。
そのとき、トモミはそばの道でボール遊びをする子供に気付く。その子供がボールを追って道路に飛び出してしまう。
「車が!戻って!」
トモミが呼びかけるが、子供はボールに夢中になっていて声が耳に入っていない。そこへ1台のトラックが走ってきた。
「逃げて!」
トモミが子供を助けようと道路を飛び出す。子供を突き飛ばして道路から追い出すことができたが、トモミがトラックにはね飛ばされてしまう。
「トモミ!?」
クラスメイトたちが慌ててトモミに駆け寄る。トラックの運転手も慌てて降りて姿を見せる。
「トモミ、しっかりして!トモミ!」
呼びかけるクラスメイトたちだが、トモミが起き上がるはずがないとも思っていた。
「誰か、早く救急車!トモミが・・!」
そのとき、はねられたはずのトモミが何事もなかったかのように起き上がってきた。起き上がった彼女を目にして、クラスメイトや周囲の人々が驚きを覚える。
「トモミ!?ぶ、無事なの!?」
「う、うん・・確かにはねられたはずなのに・・・痛くも、骨が折れたって感じもしない・・・」
困惑するクラスメイトに、トモミが戸惑いながら答える。彼女の言った通り、骨折はなく軽いすり傷ができた程度だった。
「トモミ、どうしちゃったの!?・・こんなの、人間じゃありえないって・・・!」
クラスメイトが口にした不安の言葉を機にして、周囲の人々がトモミに対して恐怖をあらわにする。
「そうだ・・あれは人間じゃない・・バケモノだ!」
「バケモノなら車にはねられて生きてても不思議じゃない!」
恐怖の声を上げる人々に、トモミが困惑を募らせる。
「違う・・私はバケモノじゃない・・バケモノなんかじゃない!」
必死に抗議の声を上げるトモミだが、人々は聞き入れようとしない。
「トモミ・・ホントに人間じゃないの・・・!?」
クラスメイトからも疑いの眼差しを向けられて、トモミが体を震わせる。
「違う・・・私は・・私は・・・!」
声を振り絞るのもままならなくなっていたトモミ。
そのとき、突如紅い光がトモミたちのいる道路に煌いた。その光のまぶしさに周囲の人々は目をくらまされる。
「何、この光・・・!?」
たまらず声を上げるトモミ。その瞬間、彼女は誰かに腕をつかまれ、引っ張られていった。
光が消失したときには、道路にはトモミの姿はなかった。
「いない・・・どこに行ったんだ・・・!?」
「トモミ・・・」
周囲を見回す人々と、不安を募らせるクラスメイトたち。町の中はトモミに対して騒然となっていた。
紅い光で目がくらんでいる間に連れ出されたトモミ。彼女を引っ張り出したのはミーアだった。
「何とか逃げ出せた、という感じか・・」
「私・・あなたに連れ出されたの・・・?」
肩を落とすミーアに、トモミが戸惑いを浮かべる。ミーアを責めようとしたトモミだが、すぐに沈痛の面持ちを浮かべる。
「あれが、吸血鬼の体なの・・・?」
「吸血鬼は力が強い。車にはねられたくらいではケガもしない・・そうでなくても、ブラッドの力ですぐに治癒できる・・・」
トモミに向けて語りかけるミーア。ブラッドになったことにトモミは困惑を膨らませていた。
「これでもう、周りはお前を人間とは思わない。吸血鬼や怪物だと思うだろう・・」
「そんなことはない!学園のみんなが、私を嫌うなんて・・ずっと一緒だったのに・・ずっと仲良くやってきたのに・・・!」
「だが、それは人間としてのお前だ。今は違う・・」
「それはあなたが!・・・私はまだ、人間なんだから・・・」
ミーアの言葉に反論できなくなり、トモミは困惑を募らせていく。
「人間ならば、車ではねられれば即死になっていても不思議ではない、少なくともまともに立てるはずがない・・」
淡々と言いかけるミーア。その非情な言葉に胸が締め付けられるような気分を覚え、トモミは愕然となっていた。
「これが現実だ・・お前はもうブラッドなんだ・・・」
ミーアから言い渡された非情の現実。絶望に打ちひしがれて、トモミは平穏さを失ってしまっていた。
完全に自分の居場所をなくしてしまったトモミ。学園にも寮にも戻ることができず、彼女はミーアとともに途方に暮れていた。
「今まで、ずっと何の問題もなく過ごせたはずだったのに・・・家族を失った私には、友達が支えになってたのに・・・」
非情な現実に耐えられず、トモミは震えていた。
「これではもう、お前は今までの日常には戻れない・・私のところに来るのが最善手だ・・」
「何が最善手よ!?あなたのところに行ったって、いいことなんて何もないじゃない!」
「私はこれ以上、お前に悲しい思いをしてほしくないんだ・・・!」
声を張り上げるトモミに対し、ミーアは感情をあらわにしてきた。普段見せない彼女の姿を目の当たりにして、トモミが当惑を覚える。
「これは全て私の罪・・私が償いをするのは当然のこと・・・」
「どうして、そこまで私をほしがるの・・・?」
「私はお前に惚れた。そのお前を欲するのはごく自然のことではないのか?」
「それじゃ変質者じゃないの、もう!」
疑問符を浮かべるミーアに、トモミが不満を見せる。するとミーアがおもむろに笑みをこぼしてきた。
「それは悪かった。しかしブラッド、吸血鬼である時点で、人間からすれば十分変質者だろうに・・」
気さくに振舞うミーアに、トモミは呆れ果てていた。
そのとき、ミーアは異質の気配を感じ取って、真剣な面持ちを浮かべる。
「どうしたのよ、いったい・・・?」
「また邪な存在が現れたようだ・・・」
疑問を投げかけるトモミに、ミーアが低い声音で答える。
「戦いに巻き込まれたくないというならここにいろ。私が終わらせてくる・・」
「そんなの、ここにいたって同じだって・・・」
言いかけるミーアにトモミが不満を口にする。ミーアはトモミに背を向けて、気配のするほうに駆け出していった。
「やっぱり、私だけ何もしないわけにいかないって・・・!」
しかしトモミはじっとしていることができず、ミーアを追いかけていった。
異質の気配を追って、通りに差し掛かったミーア。彼女は通りの真ん中で足を止めて、周囲を伺う。
「私を狙っているのだろう?姿を見せたらどうだ?」
ミーアが振り向くことなく声をかけてくる。すると突然、彼女の足元から光が発せられた。
ミーアはとっさにその光から回避する。光は柱のように伸びて、すぐに消失した。
「まさか逃げてみせる人がいるとは、人間ではないのか・・?」
ミーアの前に1人の男が姿を現した。男は不敵な笑みを浮かべて、ミーアを見据えていた。
「私はブラッドだ。この程度のものをよけることなど造作もない・・」
「そうか・・ブラッドの美女・・この手にできたら、コレクションが一気に昇華されるぞ・・・」
淡々と言いかけるミーアに、男が喜びを覚える。
「コレクション?あの光に捕まれば、私はお前のものとなっていたようだが・・」
ミーアは言いかけて、紅い剣を手にして構える。
「あの程度の速さの光では、私は捕らえられないぞ・・・」
「甘く見るな。私の力はそれだけではないぞ・・」
不敵な笑みを見せる男が、周囲に無数の光の弾を出現させる。
「これだけの光を、その剣1本で切り抜けられるかな?」
「お前こそ私を甘く見るな。ブラッドの能力は、剣を作り出すことだけではないぞ。」
笑みを強める男に対し、ミーアも笑みを見せる。男が放った光の弾を、彼女は剣を鞭のように変化させてなぎ払った。
直後、ミーアの足元に光が発生する。だがこれも彼女はかわしてみせる。
「そのような小細工など無意味だ。私には通用しない。」
「本当に手強い・・一筋縄ではいかないか・・・」
淡々と言いかけるミーアに対し、男は焦りの色を膨らませていた。
「ミーア!」
そこへミーアを追って、トモミが駆け込んできた。彼女を目にして、男が笑みを取り戻す。
「丁度いい・・彼女からものにしてみようか・・・」
「待て!貴様の相手は私だぞ!」
男が口にした言葉に、ミーアが声を荒げる。彼女の言葉に耳を貸さず、男がトモミに向けて光の柱を放とうとする。
「逃げろ、すぐに!」
「えっ・・・!?」
呼びかけてくるミーアに、トモミが当惑する。光がトモミを捕らえようと、輝きを強めていた。
動けずにいたところで、トモミは突如ミーアに突き飛ばされる。トモミを庇ったミーアが、男の放った光の柱に閉じ込められる。
「ミーア!」
声を上げるトモミの見つめる先で、ミーアが光の中で力を失っていく。
「トモミ・・お前は逃げろ・・このようなことで、私が・・・」
声を振り絞ってトモミに呼びかけるミーアが、強まる光の中に消えていった。その光が消失すると、その場にはミーアが眠るように水晶に閉じ込められていた。
「ミーア・・私を助けようとして・・・」
「これは思わぬ収穫というべきか・・意外なことで彼女をものにできるとは・・・」
愕然となるトモミと、哄笑を上げる男。トモミを封じ込めた水晶を手にして、トモミが震える。
「どうしてそこまで私を・・そんなになってまで、私を・・・」
「心配することはない・・君も彼女と同じようにものにしてあげるから・・・」
困惑するトモミに、男が悠然とした態度で歩を進めてくる。
「本当にバカだよ・・私のためにそうまでして・・・」
そのとき、トモミの体から紅いオーラが煙のようにあふれ出てきた。この現象に男が眉をひそめる。
「何だ、これは・・・?」
「そんなバカみたいなことをしたって・・私は全然、嬉しくない・・・!」
低い声音で言いかけるトモミが、男に向けて右手をかざす。すると男が笑みを取り戻してきた。
「君も私のものにしてあげるよ・・君は辛く考えなくていいから・・・」
男が優しく声をかけたときだった。彼の体を一条の光が貫いてきた。
「なっ・・・!?」
一瞬何が起こったのか分からず、目を見開く男。トモミのかざした右手の指から、紅い光線が放たれていた。
「お前も、ブラッドだったとは・・・こんなことで、朽ち果てることになるとは・・・」
男が笑みをこぼしながら事切れて、血まみれになって消滅した。力を制御できなくなったトモミは、意識を失ってその場に倒れ込んだ。
男が死んだことで水晶の封印が解かれた。水晶が割れたことで、ミーアは封印から解放された。
「元に戻れた・・・しかし、誰が・・・?」
現状を確かめようとするミーア。彼女の目に、倒れているトモミの姿が入ってくる。
「まさか、トモミがやったのか・・・トモミが、1人で・・・!?」
ミーアはトモミに対して緊迫を覚える。
「私が封じ込められてからそんなに時間はたっていない・・ヤツを倒したのならば、それだけの血を消耗していることに・・・!」
トモミの力の発現に、ミーアは危機感を覚えた。トモミが貧血で命が危うくなっているのではないかと思ったのだ。
倒れているトモミを抱えて、ミーアが彼女の安否を確かめる。
(まだ生きてはいる・・私の血を飲ませるしかないか・・・!)
ミーアがトモミに血を吸わせようと、自分の首元を差し出す。するとトモミが意識がないまま、ミーアに噛み付いてきた。
「ぐっ!・・これが吸血衝動というものか・・血を求めることしか行おうとしない・・・!」
トモミに血を吸われてミーアがうめく。同時に彼女は血を吸われることで起こる恍惚にも襲われていた。
「何度やられても、血を吸われるこの気分にはどうにもならないな・・自分を保てるかどうか、確信が持てない・・・!」
押し寄せる恍惚にあえぐミーア。彼女の血がトモミに流れ込み、恍惚の強まりのあまりに失禁してしまう。
その高揚感に促されるように、ミーアはトモミを抱きしめていた。
「やはり、私はお前がほしい・・私にとってお前は必要なのだ・・・!」
自分の想いを口にするミーア。彼女から血を吸って、トモミは彼女から顔を離していた。
ミーアから血を吸って、そのまま意識を失ったトモミ。彼女が目を覚ましたときには、既に夜が明けていた。
「わ・・私・・・いったい何を・・・?」
「ようやく目が覚めたか・・・」
まだ意識がハッキリしていないトモミに、ミーアが声をかけてきた。
「お前にとって、血の枯渇は相当の疲労のようだったな。もっとも、力を使ったのが初めてだったのもあるが・・」
「血の枯渇って・・・もしかして私、力を・・・!?」
ミーアの言葉にトモミが耳を疑う。
「力を出してあの男を葬っていなければ、私はまだ水晶の中にいたぞ・・」
「本当に、私が・・・!?」
「できることなら、お前に力を使ってほしくなかった・・だが、私を助けてくれたことを、私は感謝している・・・」
困惑するトモミにミーアが微笑みかける。しかしトモミは深刻な面持ちを浮かべるばかりだった。
「これでもう、私は本当の吸血鬼なんですね・・普通の人間では、なくなっている・・・」
「・・確かにお前はもうブラッドだ・・だが、まだ人の心は失ってはいないのだろう・・・?」
怖さを覚えて震えるトモミに、ミーアが言葉を投げかけてきた。それを聞いたトモミが戸惑いを覚える。
「まだ、私は私のままだよね・・・?」
「少なくとも私はそう思っている。他の者が変わっていると思い込んでいてもだ・・」
トモミの問いかけにミーアが答える。彼女に励まされて微笑んだトモミが、ゆっくりと寄り添ってきた。
「しばらく、このままでいさせて・・まだ、疲れが抜けないみたい・・・」
「私も疲れが大きいと思う・・お前と一緒に、しばらく休ませてくれ・・・」
呼びかけあうトモミとミーア。2人は寄り添いあったまま、眠るように休息を取るのだった。