Blood –Endless Desire- File.2 掌握の欲情
トモミがブラッドに転化してから一夜が明けた。朝日の光に照らされて、彼女は目を覚ました。
「ようやく目を覚ましたか。昨日あんなことがあれば、心身ともに滅入るのも仕方のないことかもしれんな。」
起き上がったトモミに声をかけたのは、ミーアだった。ミーアはトモミに向けて不敵な笑みを見せてきた。
「あなたがここにいるってことは・・夢じゃないんだよね・・・?」
「夢ではない。その証拠に、今のお前の目は紅く染まっているはずだ。」
不安を浮かべて言いかけるトモミに、ミーアが淡々と答える。近くにあった水たまりの反射から、トモミは自分の目が紅くなっているのを確かめる。
「それがブラッドの特徴だ。昼間は目が紅くなり、夜は蒼くなる・・」
「それじゃ、私、ホントに・・・!?」
「だが昨日も言ったが、ブラッドは力を使わなければ普通の人間と同じように生活できる・・そんなこと言っても、気休めにもなりはしないがな・・」
ミーアの言葉を聞いて、トモミは愕然となる。自分の体が人間でない、吸血鬼と化してしまったことに、彼女は絶望を感じていた。
「お前の体を私に委ねろ。そうすれば私が、お前の暴走を食い止めてやる・・」
「冗談じゃないって!あなたのせいで、私は何もかもムチャクチャに・・・!」
「これが私の、お前への償いと代償だ。お前を死に追い込んでしまったことへの・・できるなら、人間としてのお前をものにしたかった・・」
怒りをあらわにするトモミに、ミーアが深刻な面持ちを見せる。その表情にトモミが困惑を募らせる。
「私はお前をものにしたくて我慢がならなくなっているところだ。このまま、お前と・・」
「ちょっと、やめてよ・・私の体を、さらにムチャクチャに・・・!」
興奮を見せてくるミーアに、トモミが緊迫して赤面する。
「来ないで・・来ないで!」
危機感を覚えたトモミがたまらず両手を突き出す。その力は強く、突き飛ばされたミーアがその先の壁に叩きつけられる。
「えっ・・・!?」
自分が出した力に驚きを覚えるトモミ。一瞬ふらついたミーアが、トモミに視線を戻して苦笑いを浮かべる。
「アハハハ・・力が強くなっているとは分かっていたが、まさかここまで強くなっているとは・・」
「そんな・・これが、私の力!?・・こんなに強かったの・・・!?」
強くなっていた自分の力に、トモミは驚きを隠せなくなっていた。
「これは単にヴァンパイアだから、というだけなんだが・・」
「ヴァンパイア・・吸血鬼・・・!」
「ヴァンパイアは力の魔物。公にされている情報でもこれは基本とされている。うまく加減しないと、人間相手なら確実に押しつぶすことになるぞ・・」
ミーアからの忠告に、トモミが困惑して体を震わせる。ブラッドになったことで自分の力が格段に上がったことに、彼女は逆に不安を感じていた。
「私相手に加減をつかんでいくといい。私なら多少のことではつぶされることはないからな・・」
「そんなこと言ったって、私は・・・」
不敵な笑みを見せるミーアだが、トモミの体の震えは止まらない。
「まだ少し休んだほうがいい。心もまだ安定していないのだから・・」
ミーアがトモミに心配の声をかける。未だに納得していないトモミだが、ミーアの言葉に反論することもできなかった。
ブラッドになったことへの実感が湧かないまま、トモミは学園の寮に戻ろうとしていた。彼女はやむなく、ミーアを寮に案内することにした。
「案内するだけだからね・・学園のみんなには会わせないから・・」
「安心しろ。暗躍やかくれんぼには慣れている。」
不満げに声をかけるトモミに、ミーアが不敵に笑って答える。彼女に不信を感じながらも、トモミはさらに歩を進める。
2人が寮にもうすぐ到着しようとしたときだった。突如目つきを鋭くしたミーアが、トモミのそばから姿を消した。
「えっ!?ち、ちょっと・・!」
ミーアがいなくなったことに、トモミが慌てふためく。
「あっ!トモミじゃない!」
そこへ学園のクラスメイトたちが、トモミに声をかけてきた。
「もう、どこに行ってたの、トモミちゃん・・・!?」
「先生や寮長が心配してたよ・・」
クラスメイトたちの心配の声を聞いて、トモミが肩を落とす。
「やっぱり、謝ったほうがいいよね・・・」
「あれ?トモミ、目が赤いよ?」
答えたところでクラスメイトに指摘され、トモミが動揺を見せる。
「や、やっぱり寝不足になっちゃうよね・・一夜漬けになっちゃったから・・」
「ちょっとー、一夜漬けになるまで夜遊びしてー・・そんなんじゃ、いつおかしな事件に巻き込まれるか分かんないんだよー・・」
言い訳をするトモミに、クラスメイトが不満を口にする。その言葉を聞いて、トモミが表情を曇らせる。
「そういえばまた事件が起きたみたいだよ。今度は誘拐やら失踪やら・・」
「誘拐・・失踪・・・」
クラスメイトの言葉を耳にして、トモミは昨晩の奇怪な出来事を思い返す。人の姿をした何者かが、常人離れした能力を使ってきた。新しい事件も、その常人離れした何者かの仕業の可能性が高いと、彼女は感じていた。
「それよりもトモミ、すぐに先生と寮長に謝ってきたほうがいいって・・」
「そ、そうだね、アハハハ・・じゃ、怒られてくるよ・・」
クラスメイトの言葉に促されて、トモミが苦笑いを浮かべて寮に向かっていった。その後、彼女は寮長に、学園にて先生に厳しく叱られることになった。
その後、トモミはひどく落ち込みながら寮の自分の部屋に戻ってきた。だが明かりを付けたその部屋には、ミーアの姿があった。
「ち、ちょっと!どうして私の部屋に!?」
「ちょっと力を使わせてもらった。瞬間移動でここに来て待たせてもらったぞ。」
声を荒げるトモミに、ミーアが悠然と声をかける。
「なかなか優しい生徒や教師ではないか。私も安らいだぞ。」
「あなたに褒められても、全然嬉しくない・・」
笑みをこぼすミーアに、トモミは不満を口にする。
「だが、まだ何者かが私欲に駆られて動き出したようだ・・」
「えっ・・・?」
笑みを消したミーアの言葉に、トモミが当惑する。邪な力を宿した存在の暗躍を、ミーアは感知していた。
邪な存在の正体を確かめるべく、ミーアは寮を出て気配を感じていた。そんな彼女に、遅れて寮を出たトモミが追いかけてきた。
「やっぱり気になって・・あなたのためじゃないよ。関係ない人が、あんなことになるのがイヤだから・・・」
「強情なことだ。だがそれも、私がお前を求めた要因のひとつかもしれないが・・」
自分の気持ちを告げるトモミに、ミーアが不敵な笑みを見せる。
「だが私が探している者を見つめれば、確実に戦いになる。力を使いこなせていないお前に、何の危害が及ばない保障はないぞ。」
「それでも行く・・誰かがイヤな思いをしてるのに、黙ってるなんてできない・・」
忠告を送るミーアだが、トモミは引き下がらない。
(私みたいに、悲しい思いをする人が増えたらいけないから・・・)
心の中で決意の言葉を呟くトモミ。彼女の意思を悟って、ミーアが笑みをこぼす。
「やはりお前は強情だ。私をも興奮させる・・そこまでいうなら行くがいい。私にどこまでも付いてくることだな・・」
ミーアは言いかけると、止めていた足を再び前に進ませる。トモミも覚悟を決めてミーアの後をついていった。
夕暮れ時となり、空はオレンジ色に染まってきていた。邪の正体を見つけられず、トモミは肩を落としていた。
「どこにもいない・・間違いじゃなかったの・・・?」
「闇に生きる連中は、文字通り夜行性なのが多い。中には白昼堂々と動き出すヤツもいるが・・」
トモミが質問を投げかけると、ミーアが淡々と語りかける。
「そもそも吸血鬼は昼間は外に出られないとされている。太陽の光を苦手としている種族もいるからな。」
「種族・・?」
「吸血鬼にも種族がある。種族によって様々な弱点を持っているヤツがいる。太陽光、十字架、ニンニク、水・・」
「水?」
ミーアの説明にトモミが疑問符を浮かべる。
「水には清めの効果があるとされている。今は真水は昔と比べて少なくなってきているから、あまり注意しなくてもよくなったが・・」
「それじゃ私、もうお風呂やプールに・・・」
「それは平気。ブラッドは吸血鬼の中では特別でな。吸血鬼特有の弱点はない。」
不安を浮かべるトモミに、ミーアがさらに語りかける。
「強いて挙げるなら、血が足りなくなることが弱点か。ブラッドは力を使う際に血を消耗する。血がなくなれば力も使えなくなる・・」
「その前に貧血で死ぬと思うんだけど・・」
「とにかく、ブラッドは力を持続させるために血を吸っている、ということだ・・」
呆れ気味になるトモミに、ミーアは淡々とした態度を保ったまま答える。2人が話している間に、日はすっかり落ちていた。
「夜になったね・・・」
「夜になれば、少しは騒ぎ出すか・・?」
不安を浮かべながら言いかけるトモミに、ミーアが淡々と呟きかける。
そのとき、トモミとミーアの前に1人の少女が現れた。人形を持ったその少女は、2人をじっと見つめていた。
「どうしたの?こんな時間に1人で外にいたら危ないよ。」
トモミが笑顔を見せて少女に声をかける。すると少女がトモミに微笑みかけてきた。
「お姉ちゃん・・遊んで・・・」
「下がれ!その娘は魔性の存在だ!」
少女が囁いた瞬間、ミーアがトモミに呼びかける。少女の目が不気味に煌き、トモミが動きを封じ込められる。
「か・・体が・・・!?」
声を震わせるトモミの体が徐々に収縮されていく。彼女は少女の力によって人形にされてしまった。
「トモミ!・・人間を人形に変えているのか・・・!」
人形にされて動かなくなったトモミを目の当たりにして、ミーアが毒づく。少女はトモミを拾い上げて、微笑みかける。
「これでまた・・お人形さんが増えた・・・」
「そうか・・遊びたかったのか・・・」
ミーアが少女に向けて低い声をかけてきた。しかし少女は無垢にトモミを見つめていた。
「私の心を脅かすならば、たとえ女子供でも容赦はしないぞ・・・!」
言い放つミーアがブラッドの力を使い、紅い剣を出現させる。彼女はその切っ先を少女に向ける。
「すぐにトモミを元に戻せ・・でなければ苦痛を味わうことになるぞ・・・!」
「お姉ちゃんのお人形さん・・・誰にも渡さない・・・」
ミーアの忠告を聞かず、少女は人形になっているトモミを握り締める。
「そうか・・・覚悟は、できているのだろうな・・・!?」
鋭く言いかけた直後、ミーアが少女をすり抜けた。ミーアの手には人形となっているトモミが握られていた。
ミーアに振り返ろうとした少女だが、自分の体に違和感を覚える。彼女の体には、ミーアが持っていた剣が突き刺さっていた。
「えっ・・・?」
何が起こったのか分からず、少女はきょとんとなる。だが貫かれていた体は、彼女の命を貫くには十分だった。
力を失った少女が倒れていく。その瞬間、刺さっていた紅い剣は粒子となって消滅した。
「忠告は素直に聞くものだ。たとえ子供であっても・・やったらいけないことは学んでいくべきだったな・・」
ミーアが低い声音で言いかけるが、彼女は少女を手にかけたことに罪悪感を感じていた。
少女の命が尽きたことで、人形にされていたトモミが元に戻った。
「あれ?・・私・・・?」
「元に戻ったようだな・・よかった・・」
きょとんとなっているトモミを見て、ミーアが安堵を浮かべる。だが直後、トモミは事切れている少女を目の当たりにして、困惑を覚える。
「もしかして・・ミーアがやったの・・あの子を・・・!?」
「あの娘は魔性の存在だった・・こうでもしなければ、お前は人形から元に戻れなかったし、アイツはさらに人を人形にしていっただろう・・」
声を震わせるトモミに、ミーアが淡々と言いかける。
「納得できないならそれでいい。だがわざわざやられてやるほど、私はお人よしではないのでな・・」
「だからって・・・!」
「私としても、あんな子供を手にかけたくはなかった・・・」
声を荒げるトモミに、ミーアが振り絞るように言いかける。彼女の目から涙があふれていたように見えて、トモミは一瞬当惑を覚えた。
「誰にでも欲と弱さがある。魔性はそこに漬け込んで、その者を魔物に変貌させてしまうのだ・・それは女子供も例外ではなく、欲を暴走させて襲い掛かっていく・・」
「あの子も、魔物になってみんなを・・・」
「少なくとも私は、お前を他のヤツに渡したくはない。忠告をしたにもかかわらず、あの娘は聞き入れなかった・・だからやむなく葬った・・せめてもの手向けになるだろう・・」
「あなた、本当に吸血鬼なの?・・吸血鬼が、そんな気持ちを持っているなんて・・・」
「吸血鬼、ブラッドだ・・だが、ブラッドは他の吸血鬼とは根本的に違うところが多い。お前が違和感を覚えるのもムリはないのかもしれない・・」
さらなる疑問を投げかけるトモミに、ミーアが悩ましい面持ちを見せる。
「何度も言うが、私はお前をブラッドにしたことを、快く思っていない・・人間のままのお前を、この手にしたかった・・・」
「そこまで、私のことを・・・」
ミーアの心境にトモミが困惑する。ミーアが凶悪な吸血鬼とは違うと思い知らされて、トモミは彼女への憎悪を揺さぶられていた。
「今夜はお前の寮に厄介にさせてもらうとするか。心配するな。気付かれないように隠れているから・・」
「ち、ちょっと、勝手に決めないでって・・・!」
再び不敵な笑みを取り戻したミーアに、トモミが不満を口にする。2人は一路学園の寮に戻ることにした。
(本当におかしい・・とてもあの吸血鬼とは思えない・・・)
込み上げてくる疑問を払拭できず、トモミは困り果てていた。
部活動での練習が長引き、帰りが遅くなってしまった女子2人。彼女たちは薄暗くなった道を、慌てて走っていた。
「すっかり遅くなっちゃったね・・・」
「急がないと寮長に怒られちゃうよ・・・」
たまらず声を荒げる女子たち。だが練習後のために2人は疲れを隠せず、道の真ん中で立ち止まる。
「急ぎたいけど・・さすがにもう・・・」
「疲れて・・すぐには走れない・・・」
何とか呼吸を整えようとする2人。彼女たちは寮を目指して再び走り出そうとした。
そのとき、女子のうちの1人が、突如発生した光の柱に包まれた。
「えっ!?」
「ち、ちょっと・・何、この光・・・!?」
驚きの声を上げる女子たち。その1人の姿が、輝きを強めていく光の柱の中に消えていく。
やがて光の柱も集束されていき、ひとつの水晶となっていく。その仲には光に包まれていた女子が、眠るように閉じ込められていた。
「ち、ちょっと・・何なのよ、コレ・・・!?」
もう1人の女子がこの事態に恐怖する。冷静さを失い、彼女はたまらず逃げ出そうとする。
だがそのとき、彼女も発生した光の柱に閉じ込められる。体の自由が利かなくなった女子も、その光の中に封じ込められていった。
同じく水晶の中に閉じ込められたもう1人の女子。2人の女子を、現れた1人の男が見下ろしていた。
「今日はついてる・・2人まとめて手に入れることができた・・・」
歓喜の笑みを浮かべて、男が女子たちを閉じ込めている水晶を拾い上げる。
「2人ともなかなかの上玉だ・・これでまた私のコレクションが華やかになる・・・」
男は水晶を懐にしまうと、次の標的を求めて姿を消した。魔性の力に魅入られた者が、欲情の赴くままに行動していた。