Blood Endless Desire- File.1 血に飢えた悪魔

 

 

BLOOD

自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼

その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在

 

 

 都会から少し距離を置く小さな町。その中心地の学園に、1人の少女が通っていた。

 一之瀬(いちのせ)トモミ。高校1年生である。

 感情を出しすぎず抑えすぎず。明るく振舞いながらも冷静沈着。それがトモミの表向きの性格だった。

「ねぇねぇ、おかしな事件が起こってるみたいだよ・・」

「例の氷付け事件でしょ?・・ホント、怖いよねぇ・・・」

「季節的におかしいって、氷付けなんて・・・」

 トモミが教室に入ってきたとき、クラスメイトたちが会話をしていた。最近多発している奇怪な事件についてだった。

 被害者は全員氷付けにされて凍死していた。犯人の目撃も手がかりも見つからず、警察も捜査の難航に手を焼いていた。

「こんなすごいこと、人間にはとてもできないって・・・」

「もしかしたら怪物の仕業なんじゃないかな?例えば吸血鬼とか・・」

「ちょっと、トモミに聞こえてる・・・!」

 盛り上がる話を1人のクラスメイトが止める。その話を聞いて、トモミが沈痛の面持ちを浮かべていた。

 トモミは両親を殺されている。2人とも全身の血を抜き取られていて、吸血鬼の仕業であると噂されるほどになった。

 こういった経緯から、トモミは吸血鬼を嫌悪していた。

「ゴメンね、トモミちゃん・・気にしないで・・・」

「ううん、大丈夫だよ・・私、気にしてないから・・」

 謝るクラスメイトに、トモミは笑顔を見せる。彼女は暗い雰囲気にならないように努めながら、自分の席に着いた。

 

 その日はトモミの日直の日だった。クラスメイト全員がいなくなってから、彼女は教室を出ることになった。

「ちょっと、遅くなっちゃったかな・・・」

 苦笑いを浮かべて、トモミは教室を後にした。既に外は夕日に照らされて、オレンジ色に煌いていた。

 岐路に着いていたトモミが、事件のことを思い出して不安を覚える。

「まさか、犯人が出てくることなんてないよね・・・?」

 作り笑いを浮かべるトモミだが、彼女の中にある不安は増すばかりだった。夕日は沈み、町に夜が訪れた。

 そのとき、トモミが歩いている通りに冷たい空気が流れ込んできた。

「えっ・・・!?

 突然の寒気にトモミが足を止める。周りで何かが起こっていると、彼女は直感していた。

「またきれいな女の子・・あそこの学園は制服もいいから、凍らせ甲斐があるっていうもんだ・・・」

 不気味が声が耳に入り、トモミは振り返る。その先には冷気をまとっている不気味な風貌の男がいた。

「あなた・・もしかして、あの氷付け事件の犯人・・・!?

「この辺りの女の子はみんなかわいい・・でも凍らせてやったら、もっときれいになった・・・」

 恐怖を膨らませるトモミに、男が不気味に笑う。

「お前もきっときれいになってくれると思うな・・・」

 男は言いかけると、全身をまとっていた冷気を一気に放出する。巻き起こった吹雪に煽られて、トモミがふらつく。

 次の瞬間、トモミの体を氷が覆い始めた。吹雪によって彼女は氷付けにされていた。

「か、体が・・・!?

 凍り付いていく自分の体に、トモミが驚愕する。抵抗しようとする彼女だが、徐々に競り上がってくる氷から逃れることができない。

「いいよいいよ・・もっともっと凍り付いてよ・・・」

 凍り付いていくトモミを見つめて、男が喜びの笑みをこぼす。

「ダメ・・・誰か・・たす・・け・・・」

 全身が氷に包まれて、トモミが意識を失いそうになった。

 そのとき、トモミを覆っていた氷が突如粉々に砕けた。男が驚愕を覚えて目を見開き、氷から解放されたトモミが地面に倒れる。

「どうしたんだ!?・・いきなり、氷が・・・!?

「氷付けで遊んでいたのはお前だったか・・・」

 声を荒げる男に向けて声がかかった。彼の前に姿を見せたのは、肩にかかるほどの長さの黒髪をした、大人びた雰囲気を放つ少女だった。

「きれいな女の子・・あの子もいいかも・・・」

「その女は私が目を付けたんだ。悪いが引っ込んでいてもらおうか。」

 歓喜の笑みを浮かべる男と、不敵な笑みを見せる少女。

「ダメだよ・・その子も氷付けにしていい感じだったんだ・・それを邪魔するなんていけないな・・・」

「その女は私が目を付けたと言ったはずだ。邪魔をするなら葬り去るぞ。」

「できるもんならやってみれば・・・?」

 少女の言葉にいきり立った男が、再び吹雪を放つ。

「こうなったら2人一緒に氷付けにしてあげる・・とってもきれいになれるから・・・」

 男が歓喜を膨らませて、吹雪を吹き付ける。だがその吹雪が突如巻き起こった旋風で吹き飛ばされる。

「えっ!?

 この事態に驚きの声を上げる男。少女は全く凍り付いておらず、不敵な笑みを保っていた。

「どうした?これではクーラーにもならないぞ?」

 言葉を投げかける少女の瞳が闇のように蒼く輝く。彼女の殺気を感じて、男が畏怖を覚える。

「も、もしかして、ブラッド!?・・あの最上級の吸血鬼の・・・!?

「ほう?知っていたか。大人しく消え失せるなら、命を奪うようなことはしない・・」

 声を荒げる男に少女が呼びかける。しかし男は退こうとせず、不気味な笑みを浮かべる。

「こうなったら近づいて、直接一気に凍らせてやるんだから!」

 いきり立った男が少女に迫る。直接凍らせようと、男が少女の右手をつかんだ。

 だが次の瞬間、少女をつかんでいた男の両腕が突如切り裂かれて跳ね飛ばされた。

「えっ・・・!?

 両手を失って血をあふれさせる両腕に、男は眼を疑った。彼が視線を少女に戻すと、彼女の手には紅い剣が握られていた。

 吸血鬼の中でも上位の力を備えた存在、「ブラッド」。ブラッドは自身の血を媒体にして、様々な能力を使うことができる。

 少女が具現化した剣も、ブラッドの力によるものだった。

「薄汚い男には触れられたくないものだ・・」

 少女は呟きかけると、男に向けて剣を振りかざす。彼女の放った鋭い一閃が、男の体をも切りつけた。

「ぐあぁっ!」

 絶叫を上げる男が、鮮血をあふれさせて昏倒する。彼が力尽きて動かなくなったところで、少女は剣を消してトモミに目を向ける。

「起きろ。お前を凍らせようとしたヤツは始末したぞ。」

 少女が呼びかけると、トモミが意識を取り戻して目を開ける。見上げた先にいた見知らぬ少女に、彼女は当惑を覚える。

「私・・確か、氷付けにされたんじゃ・・・?」

 記憶を思い返すトモミが、不敵な笑みを見せている少女に緊張を覚える。

「私がお前を助けた・・だが私は正義の味方というわけではない・・・」

 淡々と語りかける少女が手にしていた紅い剣を見て、トモミは息を呑んだ。彼女は少女が普通の人間でないと感じ取っていた。

「気付いたか。私はブラッド。人間から見れば、吸血鬼の類になるな・・」

「吸血鬼・・・!?

 少女が口にした言葉に、トモミの心が大きく揺れる。家族を殺した吸血鬼が目の前にいることが、彼女の怒りを膨らませていた。

「もしかして、あなたが私の家族を・・・!?

「ん?お前と会うのは今日が初めてのはずだが?」

 目つきを鋭くするトモミに、少女が疑問符を浮かべる。

「とぼけないで!あなたが父さんと母さんを襲って、血を吸って殺して・・・!」

「確かに私は人の血を吸う吸血鬼だ。だが私は他の野蛮な吸血鬼のように、無闇に血を吸ったりするようなことはしない。」

「信じられない!・・返して・・父さんと母さんを返して!」

 不敵に言いかける少女に、トモミがつかみかかろうとした。

 そのときトモミの体から鮮血が吹き出した。突然のことに彼女だけでなく、少女も目を見開いた。

 トモミの体から氷の刃が突き出していた。彼女の背後には男が起き上がってきており、腕から氷の刃を発して貫いてきていた。

「もう許しちゃおかない・・氷付けにできないなら、ひと思いに殺してやる・・・!」

 男が狂気に満ちた笑みを浮かべて、声を振り絞る。氷の刃が引き抜かれ、トモミが鮮血をまき散らしながら倒れ、少女に支えられる。

 少女はトモミの体に触れた瞬間、直感した。彼女が出血多量のために命が持たないことを。

「次はお前だよ・・刺されるか凍らされるか、どっちか・・・!」

 男が哄笑を上げながら言い放ったときだった。彼の体が紅い刃で貫かれた。

「第3の選択肢・・お前が死ぬという選択肢だ・・・!」

 少女は鋭く言いかけると、男を刺していた剣を振り上げた。体を縦に切り裂かれて、血をあふれさせた男が事切れた。

 血まみれになったトモミを見つめて、少女が深刻な面持ちを浮かべる。そのとき、トモミが彼女に向けて手を伸ばしてきた。

「死にたくない・・せっかく吸血鬼が・・家族を殺した犯人が見つかったっていうのに・・・」

 声と力を振り絞るトモミ。彼女が伸ばしてきた手が、少女の服をつかんできた。

「そんなに生きたいのか?・・どんなことになっても、死にたくないか?生きたいのか・・・?」

 問い詰めてくる少女を、トモミが見つめてくる。その眼差しを、少女は疑問への答えと受け取った。

「そこまで生きたいというなら、覚悟を決めておけ・・自分が憎んでいる存在に、自分がなることになっても・・・」

 少女は言いかけると、トモミに顔を近づける。彼女の首筋に、少女の牙が入り込んだ。

 その瞬間、トモミは奇妙な感覚を覚えた。彼女にとって今まで感じたことのない衝撃度のある感覚だった。

(何、この感じ・・たまらなく、気分がよくなってくる・・・)

 この感覚に高揚感を覚えていくトモミ。血を吸われている苦痛や恐怖よりも、押し寄せてくる恍惚のほうが強くなっていた。

 これが吸血による恍惚だった。吸われていく血の流れが激しくなり、その衝動が性欲、恍惚といった過度の興奮を与えていたのである。

 少女に血を吸われていくごとに、トモミに付けられた体の傷が消え、その出血が止まっていく。だが恍惚を抑え切れなくなり、彼女は失禁してしまう。

(私、血を吸われてる!?・・イヤ・・このまま吸血鬼になんてなりたくない・・・!)

 血を吸われていることを悟り、トモミが吸血鬼になることを拒絶する。

(でも・・この感じ・・気分がどんどんよくなってくる・・自分でも、止められない・・・)

 だが吸血の高揚感が、その拒絶よりも大きくなっていた。

 やがて血を吸い終わり、少女がトモミの首から顔を離す。ゆっくりと開かれたトモミの目は、夜の闇のように蒼く染まっていた。

(私・・私は・・・)

 涙をあふれさせたトモミが再び目を閉ざし、意識を失った。

 

 トモミが目を覚ましたのは人気のない裏路地。時間は夜中になっており、街灯も差し込んできていなかった。

「目が覚めたようだな。思ったより早かったな・・」

 起き上がったトモミに、少女が声をかけてきた。その彼女にトモミが緊迫を覚える。

「そう警戒するな。私はお前に何かするつもりはない。というより、意識を失う前にしたのだがな・・」

 少女が不敵に言いかけた言葉に、トモミは困惑する。彼女は血を吸われたことと、その衝動を感じたことを思い出した。

「私・・血を吸われて、吸血鬼に・・・!?

「正確にはブラッドという吸血鬼だ。それに、そうでもしなければお前は死んでいた。」

 憤りを浮かべるトモミに、少女が態度を変えずに語りかける。

「それに、これはお前が生きたいと願った結果でもある・・生きたい、死にたくないと強く願っていたから、私はそれに応えた。それだけだ・・」

「違う!吸血鬼は家族の仇!私がその吸血鬼になんて、なりたいなんてありえないじゃない!」

「私としては、あまり人から血を吸いたくはないのが本心だ。お前の体を、純粋なまま欲していたからな・・」

「なっ!?・・あなた、何を言って・・・!?

 少女が口にした言葉に、トモミが動揺して自分の体を抱きしめる。

「私が求めるのは血よりも体。私はお前のビンゴなボディスタイルに魅入られたのだ・・」

「ふざけないで!吸血鬼な上に変態だなんて、あなた、本当に最低よ!」

「変態か・・確かに私は変態だな・・」

 怒鳴りかけるトモミに少女が哄笑を上げる。その笑いを終えると、少女は真剣な面持ちを浮かべる。

「ブラッドは普通の吸血鬼とは違う。私が先ほど見せたような力を使わなければ、血を吸う必要はない。普通の人間と大差なく暮らせる・・」

「だから許してっていいたいの!?許せるわけないじゃない!」

「そこまでいうなら私を殺すか?私への憎しみをブラッドとしての吸血衝動と混同させて、私を血まみれにして葬るか?」

 少女に問い詰められて、トモミは言葉を詰まらせる。

「それでも私は構わない。だがその後はどうする?治まりの利かない憎しみに振り回されて、無関係の人を襲っていく気か?」

「それは・・・」

「・・私に全てを委ねろ。お前のその綺麗な体を私に預けろ。」

 困惑を膨らませるトモミに、少女がゆっくりと近寄ってくる。

「その代わり、お前も私を好きにしていいぞ。血に狂ったときは私に牙を向けろ。私が受け止めてやるから・・」

「どうして、そこまで私のことを・・・!?

「言っただろう?私はお前の体に惚れ込んだと・・お前を手にできれば、もしかしたら私は満たされるかもしれない・・私に血を吸われたときのお前のように・・」

 困惑するトモミの言葉に、少女が感嘆の言葉をかける。するとトモミが、血を吸われたときに感じた恍惚を思い出し、体を震わせる。

「そのような気持ちよさを味わう・・それが私の最大の目的だ・・」

 少女は言いかけると、困惑して言葉が出なくなっているトモミを抱き寄せる。

「私はミーア・ヴァン・ファウスト。ルーマニア人と日本人のハーフだ・・」

 少女、ミーアに、トモミは身を委ねるしかなかった。2人の血塗られた物語が、このとき幕を開けるのだった。

 

 仄暗さを漂わせる夜道を、1人の少女が駆け抜けていた。町の学園に通うポニーテールの女子で、そこの制服を着ていた。

 女子は自分を追ってくる影から逃げていた。疲れを感じる余裕もないまま、彼女はひたすら逃げ続ける。

 やがて追跡者の影がないと思った女子は1度足を止めて振り返る。姿がないのを確かめると、彼女は息を切らしたまま安堵の笑みを浮かべた。

 だが直後、女子は再び寒気を覚えた。彼女の背後には再び不気味な影が姿を見せていた。

 その姿は小さな少女だった。ドレス調の服を身にまとっている彼女は、人形のようにも見えた。

「私のお人形になって・・お姉ちゃん・・・」

「来ないで!お願いだから助けて!」

 囁くように言いかける少女に、女子が悲鳴のような声を上げて、再び逃げ出そうとする。

 その瞬間、少女の目が不気味に煌いた。すると駆け出そうとした女子の動きが止まる。

「ウソ!?・・体が、動かない・・・・!?

 思うように動けなくなる女子。少女の眼光に照らされた彼女が、徐々に小さく収縮されていく。

 やがて小さくなった女子が地面に落ちる。彼女は少女の眼光によって人形にされてしまったのである。

「これでまた、お人形が増えた・・・」

 人形となった女子を手にして、少女が微笑みかける。彼女は音も立てずに姿を消した。

 また新たな奇怪な事件が起こり、町に不安を植えつけることになった。

 

 

File.2

 

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