Blood -Cursed Eyes- File.12 石化
今まで自分の意思でも解けることがなかった石化。そして見つめても石化することがなくなった右目。マナは次々と押し寄せる疑問に困惑を隠せないでいた。
「どうなっているんだ・・石化の力が消えるなんて・・・こんなこと、今までなかったのに・・・!?」
困惑を抱えたまま、マナは鏡を見つめる。鏡の中に写った自分の右目は灰色ではなくなっていた。
「さっきのように灰色ではない・・他のブラッドと同じ、紅い眼だ・・・!」
完全に困惑しきってしまったマナ。なぜ右目の呪いが今になって消えたのか、彼女はその答えを見出すことができなかった。
“もうやめてよ!”
そのとき、マナの脳裏に幼い頃のレイジの悲痛の叫びが蘇る。
「そうだ・・あのとき、突然レイジの声が聞こえて、その途端にヒカルにかけていた石化が解けたんだ・・・」
マナは悟った。呪われた眼に抑制をかけていたのは、初めて心を許したレイジの存在だったことを。
「闇の中にいた私を支えてくれていたのはレイジ、お前だったのだな・・・お前が・・私を・・・」
押し寄せてくる歓喜と高揚のあまり、マナは思わず涙をこぼす、こらえようとするが、涙は彼女の眼から次々とあふれてきていた。
「レイジ、ミナミ、みんな・・・すまない・・・」
マナは立ち上がり、もう1度レイジと話し合うために外へ出た。自分の本当の気持ちを、相手にしっかりと伝えるために。
ユミとヒカルを石に変えたエリナは、力の媒体となる血を蓄えるために人気のない場所に来ていた。そこへ通りがかった1人の少女を捕まえ、石化をかけて動きを封じ、恥じらいを見せている少女の首筋に牙を入れて血を奪っていた。
(私は人間ではない。レイジをものにするためだったら、どんなことにも手を染める。)
少女の血を吸い取りながら、エリナは自分の気持ちを確かめていた。やがてある程度まで血を吸ったところで、エリナは少女から牙を離した。
「さて、死なないようにしっかり石にしておかないとね。安心なさい。今すぐ快楽を与えてあげるから。」
ピキッ パキッ パキッ
エリナの意思を受けて、少女にかけられていた石化が再開される。衣服が全て剥がれ落ち、呆然としている少女の面持ちを固めていく。
フッ
やがて少女は石化に完全に包まれ、一糸まとわぬ石像と化した。口からかすかに垂れていた血を指先で拭って、エリナは笑みをこぼす。
「力を使うのに必要な血は十分吸い取った。あの女を痛めつけるには申し分ないわ。」
マナに対する敵意をかみ締めて、エリナは再び転移した。
自らを石化させたマナを目の当たりにして、レイジは平穏さを失っていた。何をすればいいのか分からず、彼は途方に暮れていた。
そんな彼を追いかけて、ミナミが駆け込んできた。
「レイジ、待って!」
ミナミの呼びかけにレイジが足を止める。ゆっくりと振り返り、彼女に活力のない面持ちを見せる。
「レイジ、信じてあげて。マナちゃんは必ず帰ってくるって。レイジが信じてあげないでどうするのよ・・・!」
ミナミがレイジに呼びかけるが、レイジに活力は戻らない。
「マナちゃんが、今のあなたの心の支えになっていることは私にも分かる。でもマナちゃんにとっても、あなたが心の支えになっているのよ!」
「ミナミ・・・」
ミナミの言葉にレイジが気のない返事をする。
「とりあえず戻ろう、レイジ。戻ってマナちゃんともう1度話をしてみよう。」
「でもミナミ、マナちゃんは・・・」
なかなか戻ろうとしないレイジに対し、ミナミはムッとしてレイジの腕をつかむ。
「ああ、もうじれったいわね!いつまでもそんな意気地のない顔しないで!」
ミナミに引っ張られるままに、レイジは抗う様子もなく家に引き戻されてしまった。
その腕を引っ張られる感覚から、レイジは昔を思い返していた。お祭りなどの行事で、レイジはよくミナミに引っ張りだこにされていた。
(無理やり引っ張りまわされて、表向きでは嫌そうにしてたけど・・本当はそういうひと時が楽しかったんだ・・・)
レイジは思わず微笑をこぼしていたが、マナとの和解に躍起になっていたミナミは、その微笑が見えていなかった。
やがて家に到着する2人。そこでミナミはレイジの腕を放して、マナのいるはずの廊下に向かう。
「マナちゃん、帰った・・よ・・・あれ・・・?」
ところがその場に立ち尽くしていたはずのマナの姿がない。驚きを見せるミナミが周囲を見回すが、マナは見つからない。
「いない・・マナちゃんが・・・レイジ!」
ミナミが慌ててレイジに駆け寄った。慌しい様子の彼女に彼は当惑を見せる。
「ミナミ・・・?」
「レイジ、大変!マナちゃんがいないの!」
「マナちゃんが・・!?」
レイジがここにきて初めて驚きをあらわにする。レイジはミナミとともに家の周囲を探してみるが、マナの姿はどこにもなかった。
「マナちゃん、どうしたんだろう・・」
「あれから石化が解けたはずだよね・・・それとも、誰かに連れてかれて・・・」
よからぬことを口にして、ミナミがとっさに口を手で塞ぐ。その言葉にレイジがさらなる不安を募らせる。
「誰かの部屋の中ってことはないのか・・!?」
「分からないけど・・とにかく探してみる。レイジは自分の部屋をお願い。あとリビングとキッチンをもう1度。」
ミナミの言葉にレイジは頷き、2人は改めて家の中を捜索した。
レイジはすぐに自分の部屋に向かった。おもむろに部屋に来ているのかもしれないと思って、彼は部屋のドアを開けた。
そこで彼は信じられないものを眼にした。部屋の中に裸の少女の石像が2体佇んでいた。
「う、うわっ!」
レイジが赤面しながら、たまらず部屋のドアを閉めた。ドアを背にしてレイジが息を絶え絶えにする。
半ば混乱しかかっていたところ、ミナミがやってきた。ミナミはただならぬ様子のレイジを目の当たりにして、当惑しながら眉をひそめた。
「どうしたの、レイジ?マナちゃんがいたの?」
「ミナミ・・いや、それが・・・」
「・・・ちょっと入るね。」
言葉を切り出せないでいるレイジに断ってから部屋のドアを開け、2人の少女の石像を目の当たりにする。
「ちょっと、何よ、コレ!?・・・レイジ、ちょっと!」
ミナミに呼ばれて、レイジは動揺を押し隠して部屋に入る。
「ど、どうしたんだよ、ミナミ・・・?」
「レイジ・・この石像、ユミとヒカルちゃん、だよね・・・!?」
ただならぬ様子のミナミの声に、レイジも石像へ眼を向ける。彼女の言うとおり、彼にも2人の像の姿に見覚えがあった。
「ユミちゃん・・ヒカルちゃん・・・!?」
レイジもミナミも確信した。眼の前にいる2人の石像は、間違いなくユミとヒカルであることを。
「ま、まさかマナちゃんが・・・!?」
「バ、バカなことを言うな!マナちゃんが2人にそんなことするはずがないじゃないか!第一、マナちゃんがこんな・・・!」
ミナミが口にした不安に、レイジがたまらず声を荒げる。2人は気を落ち着けてから、真犯人を模索する。
「やはりここにいらしたのですね、レイジさん、ミナミさん。」
そのとき、レイジとミナミが突然声をかけられ、背後に振り返る。そこには妖しい笑みをこぼすエリナの姿があった。
「エリナ・・大変なんだ。ユミちゃんとヒカルちゃんが・・・」
レイジに呼びかけられて、エリナがユミとヒカルの変わり果てた姿を目の当たりにする。
「ユミさん・・ヒカルさん・・・」
「いったい誰がこんなこと・・・!?」
歯がゆさを見せるレイジ。その傍らで、エリナが一瞬妖しい微笑みを浮かべた。
「もしかして、マナさんが・・・ブラッドであるあの人なら、不可能なことでは・・・」
「バカなことを言うな!マナちゃんはそんなことはしない!アイツは感情的になったとしても、オレたちを傷つけるようなことはしない!」
エリナが口にした言葉にレイジが感情をあらわにする。その言動にエリナが戸惑いを見せる。
そのとき、レイジはエリナの瞳の色が紅いことに気づき、眉をひそめる。
「エリナ、どうしたんだ!?・・眼が赤いぞ・・・!」
レイジの指摘にエリナがさらに戸惑う。その直後、エリナの瞳の色が紅から蒼に変化していく。
「エリナ・・お前・・・!?」
レイジが愕然となりながら後ずさりする。するとエリナが突然妖しい笑みを浮かべる。
「もう夕暮れ時なのね・・・ブラッドは昼夜で眼の色が変わるんだった・・・」
「エリナさん・・あなた、まさか・・・!?」
レイジに寄り添ったミナミが不安を口にすると、エリナは笑みを強める。
「さすがに最後まで隠し通すことはムリだったようね・・・」
いつもの優雅さを取り払ったエリナの眼に紅い眼光が宿る。
「そうよ。私がユミさんとヒカルさんを石にしたの。レイジやみんなと一緒にいられるように。」
「エリナ・・何を言ってるんだ・・・こんなことをして、オレたちが喜ぶと思ってるのか!?」
レイジが声を荒げるが、エリナは顔色を変えない。
「私はレイジが好きなの。レイジをものにしたくて仕方がなくなってしまったのよ・・・」
「エリナ・・・すぐにユミちゃんとヒカルちゃんを元に戻すんだ!今ならまだ間に合う!」
「ムリよ・・・」
レイジの呼びかけをエリナは頑なに拒む。
「私はブラッドになって、人であることを捨てた。それは全てレイジを愛しているからなのよ・・・」
「エリナさん・・・それは違うよ。そんな一方的な愛じゃ、誰も受け入れてはくれない・・・」
ミナミが切実に呼びかけるが、それは逆に彼女の感情を逆撫ですることとなった。
「アンタに何が分かるのよ!私がどれほどレイジを思っていたか・・レイジを愛していたか・・・!」
「私には分からないかもしれない。でもどんなに強く愛しても、どんなに強く想っても、一方的に押し付けても相手を傷つけるだけ・・・!」
「勝手を言わないで!私の想いはレイジを傷つけるようなものじゃない!なぜなら、私はレイジのことを誰よりも理解しているから・・・」
エリナが勝ち誇るかのような態度をあらわにした直後、レイジがエリナの頬を叩いた。何が起こったのか分からず、エリナは叩かれた頬を手で押さえて呆然となる。
「いい加減にしろ、エリナ!そんなことをしてもオレは全然嬉しくない!お前の自己満足なだけだ!」
「自己満足・・・」
憤慨をあらわにするレイジの言葉に当惑するエリナだが、すぐに妖しく微笑む。
「自己満足でも構わない・・レイジが受け入れてくれなくても構わない・・・私は・・私はレイジが・・・!」
エリナの体から紅い奔流が現れ始める。その衝動にレイジとミナミが驚愕を見せる。
そしてエリナの瞳が紅から灰色に染まろうとするときだった。
「危ない!」
レイジがとっさにミナミを引き寄せて部屋を飛び出す。その直後、エリナの眼からまばゆい光が放たれる。
「エリナ、やめろ!お前はこんなことをして満足なのか!?」
「満足?・・えぇ、もちろんよ。レイジをものにするためだったら、もう手段は選ばない。」
狂気に満ちたエリナの微笑に、レイジもミナミも動揺を浮かべる。エリナはレイジを手に入れるために、人間であることを完全に捨て去ってしまっていた。
「レイジ、私はユミさん、ヒカルさん、そしてミナミさんを石に変えて、レイジとかけがえのない時間を過ごすの。でもマナだけは完全に別。アイツだけは徹底的に痛めつけて、息の根を止めてやるのよ・・!」
次第に笑みを消していくエリナの言葉に、レイジとミナミは驚愕をあらわにする。
「どういうことだよ・・エリナ、マナちゃんに何で・・・!?」
「だって、あの女がいなければ、レイジが傷つくこともなかったし、ユミちゃんがブラッドになることもなかった!アイツが、レイジやレイジの周りのものを無茶苦茶にしたのよ!」
愕然さをあらわにしながらも問いかけるレイジに、エリナが憤りをあらわにする。しかしレイジはエリナの言葉を否定する。
「違う!マナちゃんはオレのかけがえのない人の1人だ!それに、マナちゃんはオレを大切な人だと思ってくれている!マナちゃんとオレの過ごした時間は、絶対に悪いことばかりじゃない!」
「どうして・・どうしてレイジはあんな女をかばうのよ!?・・どうしてあの女を受け入れようとするのよ・・・!?」
必死に説得するレイジだが、エリナはあくまで否定しようとする。次の瞬間、エリナは困惑を隠せないでいるミナミに狙いを定める。
「私は全てを手に入れる。私のレイジに対する想いを叶えるために・・・!」
「ミナミ、逃げるんだ!」
力を発動させるエリナから、レイジはミナミを連れて逃げ出す。ひとまず外に出て人ごみに紛れようとレイジは考えた。
だが玄関を開けた先にはエリナの姿があった。先回りされたレイジとミナミが後ずさりする。
「もう逃がさない・・ミナミさん、あなたもユミさんやヒカルさんと同じようにしてあげるわ・・・」
エリナがミナミに向けてブラッドの力を発動させる。
カッ!
灰色の閃光が解き放たれるが、ミナミは動揺しきっていて動くことがままならない。
「ミナミ!」
そこへレイジが飛び込み、ミナミをかばおうとする。彼の乱入にエリナも驚きを覚える。
ドクンッ
閃光の影響で強い高鳴りが襲う。ミナミだけでなくレイジも。2人ともエリナの力の影響を受けてしまったのだ。
それを察していたエリナも動揺を感じていた。彼女はレイジには石化をかけるつもりではなかったが、彼もミナミも石化の力を受けてしまった。
「レイジ、何、今の・・・!?」
「もしかして、ユミちゃんとヒカルちゃんを石にした力じゃ・・・!?」
ピキッ ピキッ ピキッ
レイジが不安を口にした瞬間だった。2人の両足が白く固まり、はいていた靴下が引き裂かれて素足がさらけ出される。
「ほ、本気なのか・・・!?」
変わり始めた自分の体に、レイジとミナミが驚愕する。その様子を見てエリナが妖しく微笑む。
「本当はレイジを石にするつもりじゃなかったんだけど・・・もういいわ。どっちにしても、これでレイジをものにすることに変わりないから・・・」
ため息をついてみせながら、エリナはレイジとミナミに近づく。そして困惑しているレイジの頬に優しく手を添える。
「レイジ、特別に許してあげる。ミナミさんと裸の付き合いをさせてあげる。あなたの心と体を、私が奪う代わりに・・」
「エリナ、オレは君に何も預けるつもりはない。今の君はエリナじゃないから。オレの知っているエリナじゃないから・・・!」
「・・・そうね。もう私は、今までの私じゃないから・・・」
ピキッ ピキキッ
エリナが言い終わると石化が進行し、レイジとミナミの下腹部を侵食する。2人が動揺し、頬を赤らめる。
「レイジ、あなたの気持ちを私に教えて。もう何も隠すことはない。私が包んであげるし、ミナミさんもそばにいるから・・」
エリナが妖しく微笑み、石になったレイジとミナミの下腹部に手を伸ばす。さらなる感情の高まりに2人は思わず声を荒げそうになる。
「エリナさん、やめて・・これはレイジのためにならないよ・・・!」
「それはあなたが決めることじゃない。もう私が決めることになっちゃってるのよ・・・」
ミナミの言葉にも耳を貸さず、エリナは彼女たちの体を弄ぶ。
ピキキッ パキッ
石化がさらに進行し、レイジとミナミの衣服を全て剥ぎ取った。全裸にされた2人の赤面を、エリナは歓喜を覚えながら微笑んでいた。
「そろそろ終わりにしましょう。レイジ、ミナミさん、あなたたちは私のもの。私の中で安らぎを感じてください・・・」
「レイジ!」
エリナが呆然としているレイジとミナミに語りかけた瞬間、マナの声が響いた。笑みを消した振り向いたエリナの視線の先に、慄然としているマナの姿があった。
「レイジ、ミナミ・・お前たち・・・!?」
変わり果てた2人の姿を目の当たりにして、マナは驚愕して眼を見開く。
「マナちゃん・・・帰ってきたんだね・・・」
レイジがマナの姿を見て笑みをこぼす。そのそばでエリナが妖しい笑みをマナに向ける。
「お帰りなさい、マナさん。遅かったわね。ご覧のとおり、レイジたちは石像になるのよ。」
「エリナ・・・お前、ブラッドに・・・!?」
人間でなくなったエリナに、マナはさらなる驚愕を覚える。
「マナちゃん・・・」
パキッ ピキッ
石化に包まれようとする中、レイジが必死に笑みを見せる。その微笑みにマナが戸惑いを覚える。
「帰ってきたんだね・・・お帰り・・・」
ピキッ パキッ
声を振り絞るレイジの唇も固まっていく。
フッ
やがて瞳にもヒビが入り、レイジとミナミも一子まとわぬ石像と化した。エリナの手によって、マナの周りの人間は石に変えられてしまった。
マナの心に、かつてないほどの虚無感と孤独感が押し寄せていた。それはレイジと会う以前よりも深く、そして悲しかった。
次回予告
少女の心を、欲情という闇が凍てつかせる。
灰色の石のごとく固めていく。
凍りついた心を解かすのは、紅い狂気なのか。
それともあたたかな想いと安らぎなのか。
灰色の瞳だけが、安らぎの居場所を映し出している・・・