Blood -Cursed Eyes- File.13 眼光
ユミ、ヒカル、そしてレイジ、ミナミ。エリナによって周囲の人々が皆、一糸まとわぬ石像と化してしまった。
マナの胸に、かつてないほどの虚無感と孤独感が押し寄せていた。彼女の悲痛な様を、エリナは妖しく微笑んで見つめていた。
「これでレイジは私のもの。ミナミさんもユミさんもヒカルさんも。」
エリナのその言葉を聞いて、マナはたまらずレイジの部屋に駆けつけた。そこではレイジとミナミと同様に石化されていたユミとヒカルの姿があった。
「ユミ・・ヒカル・・・お前たちまで・・・!」
愕然となるマナが、背後にやってきていたエリナにゆっくりと振り返る。
「エリナ・・お前の仕業なのか・・・!?」
マナがエリナに問い詰める。マナもエリナの眼が蒼くなっていることに気づいていた。
「どうして・・・どうしてお前が、レイジたちにこんな・・・!?」
マナが悲痛の叫びを上げると、エリナが哄笑を上げる。
「これも全て私のレイジへの想いの証なのよ。レイジがそばにいれば、私の心は満たされるのよ・・・」
喜びをあらわにするエリナだが、次第にその笑みが消えていく。
「でもマナ、アンタだけは石にはしない。アンタは私の手で殺してあげるわ。この上ない苦痛を徹底的に与えてあげる。」
「エリナ、やめろ!そんなことをしたって、何の解決にもならない!私が同じことをしたから、その虚しさが・・!」
「分かってたまるものか!アンタなんかに、私の想いなど!」
必死に呼びかけるマナだが、エリナは憤りを強めて言い放つ。
「外に出ましょう。ここでやったらレイジたちに悪いでしょう?」
エリナが部屋を出て行くと、マナはレイジとミナミに眼を向けた。
(レイジ、ミナミ、みんな・・必ず元に戻すから・・私の罪は、私自身で償うから・・・)
マナは沈痛の面持ちを浮かべて頷くと、エリナを追って部屋を飛び出した。
エリナとマナは家の庭に出ていた。様々な思いと動揺を抱えているマナと、妖しい笑みを浮かべているエリナが対峙していた。
「ここなら思う存分やれるわね。」
「エリナ、私はお前とは戦いたくない。お前を傷つければ、レイジたちが悲しむ・・」
マナが沈痛の面持ちで声をかけると、エリナが哄笑を上げる。
「何言ってるの?思う存分やれるのは、私が、アンタを痛めつけることよ!」
眼を見開いたエリナの眼に不気味な眼光が宿る。彼女の両手から紅い触手が伸び、マナを狙って襲い掛かる。
マナはすぐに回避するが、触手はさらに伸びて彼女を捕まえようとする。
「さて、鬼ごっこはどこまで続くのかしらねぇ。」
触手をかいくぐっていくマナを見つめながら、妖しく微笑むエリナ。ひたすら回避を続けるマナだが、反撃を見せる様子はない。
「どうしたの?少しは抵抗を見せなさいよ。でないと面白くならないじゃないの。」
エリナが挑発するが、それでもマナは攻撃に転じない。その動きが、エリナにさらなる憤りを植えつけていた。
「どこまで私をおちょくれば気が済むのよ・・アンタは!」
エリナは感情の赴くままに触手の数を増やす。マナが回避できる範囲が次第に狭まっていく。
やがてマナは左腕と右足を触手に縛られ、動きを封じられる。マナは眉をかすかに動かす程度で、大きな反応を示さない。
「とうとう捕まえた。それなのに全然顔色ひとつ変えないんだから・・・」
マナの顔を見て微笑むエリナだが、その笑みが消えていく。
「ホント・・・腹が立ってくるわね!」
エリナが紅い矢の群れを出現させて、身動きのできないマナに狙いを定める。その中でマナはエリナに沈痛の眼差しを向けていた。
「お前を仕留める以外に、レイジたちを助ける手段はないのか・・・?」
「そういうことになるのかしらね。でもそれもできない。アンタは私にボロボロにされるからよ。」
エリナがマナに矢の群れを発射する。無数の紅い刃に体を切り刻まれ、マナは苦痛に顔を歪める。
「そうよ!その顔よ!アンタの苦痛を覚えるその顔が、私の心に安らぎを与えるのよ!」
その苦痛にエリナが歓喜を見せる。傷だらけのマナの体から紅い血が滴り落ち、口からも吐血がもれる。
「さて、そろそろ抵抗するか、さもなかったらひざまずいて謝ったらどう?何にしても、私はアンタを許すつもりはないんだけどね。」
エリナがマナに勝ち誇った笑みを見せる。その前でマナは自分の心と向き合っていた。
(私は私の周りの全員が幸せになればいいと思っていた。そうなればどんなにいいことか。誰もが思うことだ。)
狂気をあらわにしているエリナを目の当たりにして、マナが虚無感に駆られる。
(エリナの幸せは私の不幸。私が幸せになるためには、エリナに不幸を与えなければならない・・・)
マナの思いに呼応するように、彼女の前にレイジが姿を現す。
(私がレイジやみんなのためにすることなら、レイジは受け入れてくれるだろうか・・・?)
マナがじっとレイジを見つめていると、レイジは微笑んで頷いた。その直後、レイジの姿は霧のように消えていった。
彼の気持ちを理解したと感じて、マナは小さく頷いた。
「私はもう迷わない・・私は・・・」
決意を告げるマナに、エリナが眉をひそめる。
「私は罪の十字架を背負うから・・・」
「まだ奇麗事を言う力が残っているのね。でもアンタの罪は、私が償わせるから・・」
マナの決意をあざ笑い、エリナが紅い剣を出現させ、その切っ先をマナの眼前に突きつける。
「今度こそ終わりよ。いい加減死になさい、この悪魔が!」
怒号をあらわにしてエリナが剣を突き出す。だがその剣が突如真っ二つに折れる。
「なっ・・!?」
一瞬何が起こったのか分からず、動揺を見せるエリナ。だがすぐにこれがマナの仕業であることに気づく。
「アンタ・・まだそんなムダな足掻きを・・・!」
エリナが声を荒げた直後、マナの手足を縛っていた触手が断ち切れる。マナはブラッドの力を解放して思念を送り、触手を破壊したのだ。
「レイジやみんなの幸せのため、私はお前を倒す・・・!」
マナも紅い剣を出現させて、エリナを鋭く見据える。
「ほざけ!忌まわしい悪魔は、私が始末してやる!」
感情の赴くままにエリナがマナに飛びかかる。振り下ろされたエリナの剣をかわし、マナがエリナの右肩に剣を突き立てる。
エリナから鮮血が飛び散り、エリナが眼を見開く。だが彼女が顔を歪めたのは肩の痛みではなく、マナに一撃を受けた怒りと不快感による痛みだった。
彼女から引き抜いた剣を下げたマナが、エリナに沈痛の眼差しを向ける。
「もうやめてくれ、エリナ。でなければ私はお前を殺さなければならない・・・」
マナが低い声音で言い放つ。これ以上誰かを傷つけたくないのが彼女の本音だった。
しかしエリナは傷ついた体に鞭を入れて、再び紅い剣を具現化させる。出血している中での力の発動はかなりの負担をかけるのだが、エリナは感情の赴くままにそれを強引に発動させた。
「小娘の分際で、調子ブッこいてんじゃないわよ!」
かつてないほどの怒りの形相でマナに言い放つエリナ。マナは左手で自分の右目を隠す。
「私のこの視界に入るな。でなければお前は石に変わる。」
「誰に向かって、もの言ってんのよ!」
マナの忠告を聞かずに、エリナが剣を振りかざして飛びかかる。マナは手で隠していた右目をゆっくりと開く。
その右目は紅ではなく灰色に変色していた。それは彼女自身が悩まされていた呪われた眼の効力の発動を意味していた。
その視界の中に入り、エリナが突然硬直する。呪いの眼の効果で彼女の体が石に変わり始めたのだ。
「か、体が石に・・・こ、こんなもの・・・!」
エリナもブラッドの力を発動させ、マナがかけた石化を解こうとする。しかし石化は解けるどころか、進行が止まる気配もない。
「ど、どうして!?同じブラッドの力なら、解けないはずがないのに!」
「これはブラッドの力ではない。私でも制御の利かなかった特殊な力なんだ。」
驚愕するエリナに、マナが沈痛の面持ちで語りかける。
「今この力は私の意思を受けて発揮しているが、おそらく私の決意と覚悟を受け入れてくれているのだと、私は思う・・・」
「勝手な解釈をしないで!早く石化を解け!」
声を荒げるエリナだが、マナは首を横に振る。
「私が長く制御できなかった力だ。感情をむき出している状態で解けるなら、私もはじめからそうしている・・・」
「このままでは・・このままでは・・・」
必死に抗おうとするものの、エリナはマナがかけた石化に完全に包まれた。憤慨の表情のまま、エリナは物言わぬ石像と化した。
憎悪に駆られた少女の姿を、マナは沈痛の面持ちで見つめながら近づいていく。
「これが憎悪という名の情意に駆られた者の末路・・・お前が犯した罪は、私が背負っていく・・・」
マナは手にしていた紅い剣でエリナの石の体を貫いた。完全なる絶命に陥ったエリナの体が、砂のように崩れて消滅した。
悲しみにくれて涙を流すマナが握り締めている剣が、音もなく消滅した。
エリナの死によって、石化されていたレイジ、ミナミ、ユミ、ヒカルが解放された。
「レイジ・・・」
「・・オレたち、助かったのか・・・・うわぁっ!」
当惑を見せていたミナミとレイジだが、自分たちが裸であることに気づいて赤面する。ところが周囲に自分の身を隠すものが見当たらず、2人はたまらず抱き合うしかなかった。
「そういえばオレたち、エリナに石にされたとき、服までやられてたんだ・・」
「もう・・何でこんなことに・・・」
完全に動揺してしまい、レイジとミナミはおもむろに呟いていた。
「レイジ、ミナミ・・・」
そこへマナが沈痛の面持ちで声をかけてきた。彼女の登場にレイジがさらに頬を赤らめる。
「ち、違うんだ、マナちゃん!これは、その・・・!」
「いいんだ、レイジ、ミナミ。分かっている。石から元に戻れたんだな・・・」
弁解しようとするレイジに、マナは微笑んで頷いた。
「すまなかった、レイジ・・全ては私が招いた罪だ。もう私に、お前たちを愛する資格はない・・・」
「マナちゃん・・・」
自分を責めるマナに、ミナミが戸惑いを浮かべる。そしてレイジがマナに向けて呼びかける。
「誰かを好きになることに、誰かを愛することに資格なんて必要ないじゃないか。オレは今でも、マナちゃんを好きだという気持ちは変わりないんだ・・」
「レイジ・・・」
レイジの言葉にマナの心は揺らぐ。しかしマナは歯がゆさをかみ締めて、自分の決意を口にする。
「ダメだ、レイジ。お前は、私なんかを好きになってはいけない。私は忌まわしき力を持った吸血鬼。モエを石にして、お前の心を傷つけてきた・・」
「・・確かに君はモエを石にした。そのことを許すことはできない・・・それでも、君はオレにとってかけがえのない人になってくれた。」
自分の正直な気持ちを伝えようとするレイジだが、マナはそれを頑なに拒み続けた。
「レイジ、お前は人として、ミナミとともに生きろ。私なんかに関わってはいけない。忌まわしい呪いに踏み込むことはないんだ・・・」
マナは物悲しい微笑みを浮かべて、レイジとミナミに近づいた。
「どうしても私を好きでありたいなら、これだけは覚えていてほしい。私はレイジ、お前のことが・・・」
言いかけてマナはレイジに額に唇を当てた。その瞬間、レイジは当惑を隠せなくなった。
そしてマナは続けて、ミナミの額にも唇を当てた。同様にミナミも戸惑いを見せた。
(私は、レイジが好きなんだ・・・)
言葉を切り出せないでいるレイジとミナミに想いを伝え、マナは微笑みかけた。
「ミナミ、レイジを幸せに・・・」
ミナミに自分の想いの全てを託して、マナは振り返る。罪と悲しみ、喜びを背に受けて、彼女はレイジの前から立ち去っていく。
「マナちゃん、待って!」
レイジがマナを呼び止めようとするが、ミナミに背後から抱きつかれて止められる。
「ミナミ、何を・・!?」
「レイジ、行かないで!マナちゃんのことを想うなら、行かないで!」
止められたことに驚くレイジに、ミナミが必死に呼び止める。
「放してくれ、ミナミ!このままじゃマナちゃんが・・!」
「分かってる!私だってマナちゃんを止めたい!でももしここでマナちゃんを呼び止めたら、マナちゃんは罪を償えないと思い込んでしまう!」
ミナミのこの言葉にレイジは当惑する。マナが自分の罪を償おうとしていることを、レイジは改めて悟った。
「マナちゃんは必ず帰ってくる。だからレイジ、あなたが不幸になったらいけないんだよ・・・」
「ミナミ・・・」
マナの気持ちを受け入れるあまり、レイジは悲しみにさいなまれ、たまらずミナミを抱きしめた。自分が今していることがあまりにも矛盾したことだと分かっていながらも、レイジは誰かにすがらずにはいられなかった。
いつしかレイジとミナミは見つめ合っていた。そして2人はゆっくりと口付けを交わした。
あたたかなぬくもりを感じながら、レイジとミナミは横たわる。2人とも互いのあたたかさにすがり付いていた。
レイジがミナミの胸に手を当てて、優しく撫で回していく。その接触にミナミがあえぎ声を上げる。
それからレイジはミナミの肌と体を撫で回し、弄んでいく。高まっていく感情と快感の中、レイジとミナミが想っていたのはマナだった。
幼い頃に現れた、右目に呪縛を宿している吸血鬼の少女。彼女の出会いがレイジの心を揺るがした。
思い出と悲劇を心の奥底に隠したまま2人は再会し、再び幸せのひと時を過ごした。忌まわしき記憶が呼び起こされなければいいと思っていたかもしれない。
しかし記憶は蘇ってしまった。2人の心は再び大きく揺れ動き、すれ違ってしまった。
それでも分かち合えなくなるわけではない。心の傷を互いに癒していくことはできる。
マナの想いは、レイジにとってかけがえのないものとなった。
その想いを無碍にしないために、レイジはミナミと幸せになる道を選んだ。ミナミもマナの気持ちを汲んで、レイジを愛することを受け入れた。
2人の抱擁を、ユミもヒカルも影から見守っていた。
「お姉ちゃんたち、何してるのかな・・・?」
「ユミちゃん、ここは2人だけにしておこう・・」
疑問符を浮かべているユミを連れて、ヒカルは部屋に戻ることにした。
それから月日が流れていた。マナはたったひとりの、罪を背負っての旅は続いていた。
様々な町や人々を見て回り、その在り方を心に留め続けてきた。そしてそこから自分の見解と、自分の罪の意識を見出していった。
その旅の中でも、マナはレイジのことを想い続けていた。そしてその想いは次第に強まり、レイジやミナミたちのいる場所が恋しくなってしまっていた。
マナは再び神楽町に戻ってきていた。レイジたちと生活をともにし、喜びと悲しみ、喜劇と悲劇が入り乱れた場所。
(いろいろな場所を歩いてきたが、やはり私の居場所はここしかないか・・・)
駅から町を見つめて、マナは微笑んでいた。
(私がいる場所は、レイジ、ミナミ、お前たちがいるこの場所しかないんだ・・・)
レイジたちと再会できることに喜びを感じているマナ。が、同時に不安も感じていた。
自分の気持ちばかり押し付けて、1人だけで家を出て、思い出への恋しさに導かれるままに今こうして家に戻ろうとしている。そんな自分を、レイジたちが許してくれるかどうか。
その不安を胸に秘めたまま、マナは駅から歩き出した。
商店街や人々。懐かしい風景にマナは笑みをこぼしていた。レイジたちこの風景の中にいることは分かっていた。
今まで彼女を苦しめてきた右目に宿っていた力は、今は発動されていない。使うことを望んでいないからか、それとも力そのものが消えてしまったのか。マナはそれを知る術を持ち合わせておらず、知ろうとも思っていなかった。
今思っているのは、レイジたちと再び会うこと。マナの思いはそれだけだった。
そして彼女はついに、思い出の家の前へとたどり着いた。彼女は足を止めて、屋敷を見上げていた。
(変わっていないな・・だが、変わっていなくて、私は嬉しい・・・)
一途な喜びを感じながら、マナは家の玄関に眼を向けるが、それより先へ一歩が出ない。
未だに不安を拭い去れないでいるマナ。外見は変わっていなくても、家の中の風景が見違えているかもしれない。
そんな不安を抱えているうちに、玄関のドアが開いた。ユミとヒカルが顔を出してくると、マナの姿を見つけて笑顔を見せる。
「あっ!マナお姉ちゃんが帰ってきたよ!」
歓喜の声を上げるユミ。マナは2人を見つめたまま呆然となる。
そしてレイジとミナミも顔を見せてきた。懐かしく、会いたかった人を前にして、マナの心は大きく揺らいだ。
彼女を眼にしたレイジも、彼女と同じように戸惑いをあらわにしていた。
「帰ってきたんだね・・マナちゃん・・・」
「あぁ・・レイジ・・・」
戸惑いを隠せないまま、レイジとマナが声を掛け合う。
「今まですまなかった、レイジ・・みんな・・・」
「・・そういうのはなし。マナちゃんは少し旅行に行っていて、今マナちゃんは家に帰ってきた。それだけのことじゃないか・・・」
「そうよ、マナちゃん。マナちゃんのおかげで、私もレイジも今を生きていられる。レイジを取っちゃって悪いとは今でも思っているけど・・・ありがとうね、マナちゃん・・・」
レイジとミナミに励まされ、ユミとヒカルに見守られて、マナは一途な安らぎを感じていた。
(みんな・・ありがとう・・・間違いではなかった・・・この家が、この場所が、私のいるべき場所なんだ・・・)
やさしく迎えてくれるレイジたちの心に、マナは満面の笑みを浮かべた。
「おかえり・・マナちゃん・・・」
「ただいま・・・レイジ・・・」