Blood -Cursed Eyes- File.10 胎動
マナのすれ違いが未だに解けていない状態の中、エリナの隠された素顔を目の当たりにして、レイジはさらなる困惑を感じていた。
「全く・・いったい何がどうなっているんだよ・・・!」
「レイジ・・そんなに考え込まないで・・・レイジがそんな顔をしていると、私も辛くなってくるよ・・・」
混乱しかかっているレイジに、ミナミが心配の声をかける。しかしレイジの動揺は治まらない。
「オレ、どうしたらいいのか、何を信じたらいいのか分からない・・分かち合おうとしたら、裏切られてしまうような気がしてならない・・相手が全然そんな気がなくても・・・」
「レイジ・・・」
レイジの心境を察して、ミナミが沈痛の面持ちを浮かべる。このままでは自分の一途で小さな願いさえ叶わなくなってしまう。
辛さを噛み締めたミナミは、突然レイジを抱きしめた、突然の抱擁にレイジはさらに動揺を覚える。
「ミ、ミナミ、何を・・・!?」
「誰かを、何かをどうしても信じられないって言うなら、まず自分を信じてみて。そうすれば次第に周りが信じられるようになってくるから・・・」
「ミナミ・・・」
優しく抱き寄せてくるミナミに、レイジは抗うことができなかった。
「自分を信じる、か・・・マナちゃんもエリナも、自分を信じていたのかな・・・?」
「そう思うよ、私も。ただ、少し間違ってしまっただけ。でも、マナちゃんはもう大丈夫だよ。それは、レイジが1番よく分かっていると思うから・・・」
ミナミに励まされて、レイジは次第に気持ちを落ち着かせていく。この安らぎの中でなら、自分どころか他の誰かを信じることができるようになるかもしれない。
そう思いかけたときだった。
エリナを追って外に出ていたマナが部屋に戻ってきた。そこでマナがレイジとミナミの抱擁を目の当たりにする。
「レイジ・・・!?」
マナのこの声にミナミが振り向く。レイジを抱きしめていたのを見られて、ミナミは愕然となる。
「マナちゃん、違うの!これは、ただ・・・!」
ミナミが弁解しようとする前に、マナはたまらなくなって部屋を飛び出してしまう。
「マナちゃん!」
ミナミも慌ててマナを追って部屋を飛び出した。レイジはどうしたらいいのか分からなくなり、ベットにふさぎこんでしまった。
レイジに裏切られたような気持ちに駆られて、マナはリビングに下りてきていた。その様子にユミとヒカルが戸惑いを覚える。
「マナお姉ちゃん、どうしたの?何だか、とっても辛そうだけど・・・」
ユミがマナに心配の声をかける。するとマナが沈痛の面持ちをユミに見せてきた。
「ユミ・・私は大丈夫だ。ただ少しいろいろありすぎて、戸惑っているだけなんだ・・・」
マナの作り笑顔に、ユミもヒカルも動揺の色を隠せなかった。そしてマナを追いかけてミナミが遅れてリビングにやってきた。
「マナちゃん、ごめんなさい!私、レイジに元気になってもらいたくて・・・!」
「ミナミ・・・」
必死に謝罪するミナミに、マナはさらなる戸惑いを覚える。しかしすぐに微笑を取り戻し、ミナミに言いかける。
「大丈夫だ、ミナミ。お前はレイジを元気付けようと、勇気付けようとしてくれたんだろう?ただ、突然のことだったから少し驚いてしまっただけなんだ・・・」
「マナちゃん・・・」
マナの言葉に逆にミナミが励まされる形となった。しかしマナが浮かべた笑みは物悲しさがこもっていた。
「大丈夫・・・マナちゃん、私も大丈夫だから・・・」
そういってミナミは夢遊病者のような足取りでリビングを出て行った。
「お姉ちゃん・・・」
そんな彼女を、ユミもヒカルもマナも追うことができなかった。すれ違いが広がったまま、そしてエリナが帰ってこないまま、夜が明けた。
大学の旧美術室。誰も入らなくなった古びたこの場所に、エリナがいた。
彼女は妖しい笑みを浮かべて歓喜を感じていた。その眼の前には、衣服が半壊している女子が立っていた。
女子の下半身や腕は白く冷たい石に変わっていた。体の自由が利かなくなり、女子はその場に立ち尽くしたまま動揺をあらわにしていた。
「お願い・・助けて・・・どうなってるの、あたし・・・!?」
女子が悲痛の声を上げるが、その反応にエリナが哄笑を上げていた。
「いいわねぇ。アンタ、けっこういい体してるじゃない。」
エリナが笑みを崩さずに女子に近づき、その石の肌に触れる、あたたかさと冷たさが混じり合うような感覚に、女子はたまらずあえぐ。
「そういうのはみんなに鑑賞されるのが1番いいと思うわ。」
「イヤ・・あたし、飾り物になんてなりたくない・・こんな姿、人に見られたくない・・・!」
「ウフフフ。安心なさい。もしもアンタをさらしものにするつもりなら、こんなところに連れてきたりしないわ。これは私の力を試すためのもの。アンタのおかげで私の力を確かめることができたわ。」
怯えている女子の頬に優しく触れて、エリナがさらに微笑む。女子は怯えたまま、エリナの接触に抗うこともできないでいた。
「さて、そろそろ上のほうも脱がしてみましょうか。どんな体をしているのか、楽しみね。」
ピキッ ピキッ ピキッ
女子にかけられた石化が進行し、上着が引き裂かれる。白く固まった胸元がさらけ出され、女子がさらなる驚愕を見せる。
「いい感じの胸。うらやましいわね。」
「見ないで・・あたしをそんな眼で見ないで・・・」
エリナに素肌を見られて、女子が頬を赤らめる。
「そんなに恥ずかしがることはないわよ。お世辞でも何でもなく、本当に褒めてるんだから。」
そんな女子の反応を確かめながら、エリナは彼女の石の胸を撫でていく。その接触と抱擁に、女子はさらに頬を赤らめる。
「どう?気持ちよくなってきたでしょう?寒くなったときに人肌であたためられると、自然と気分がよくなってきちゃうものなのよ。」
「えっ・・・?」
エリナの言葉に、女子が戸惑いを見せる。この反応をこの抱擁を受け入れていると悟って、エリナはさらに微笑む。
「あなたは私の力の虜。このまま気持ちよく石像になってちょうだいね。」
パキッ ピキッ
女子の石化はさらに進み、エリナが触れている彼女の頬も白く固まる。
ピキッ パキッ
微笑を浮かべたまま、女子の唇が固まり、瞳の輝きが薄れていく。
フッ
その瞳にもヒビが入り、女子は物言わぬ裸の石像と化した。微動だにしないその裸身を見つめて、エリナが妖しく微笑む。
「いいわ。本当にすばらしい力だわ。マナと同じ種類というのは癪に障るけど、それでもすごい力だわ。」
新しく得たブラッドの力に酔いしれるエリナ。女子の石の肌に触れながら、彼女は本来の目的を思い返す。
「覚悟しなさいよ、マナ。レイジはアンタなんかに渡さない・・・必ず私がものにしてみせる・・・!」
マナを追い詰めることを最大の目的としているエリナは、ブラッドの力を最大限に引き出そうと考えていた。
突如発生したブラッドの力を、ヒカルは察知していた。しかしレイジとミナミが気がかりになっているマナとユミは、その気配に気づいていなかった。
彼女の立ちの気を遣いながら、ヒカルは放課後にユミと別れ、単独で探索を始めた。
(これは今まで感じたことのない気配・・誰かがブラッドになったようね・・・)
ヒカルも感づいていた。誰か人間がブラッドに転化したことを。強大な力を備えていることは確かだったが、それが誰なのかまでは分からなかった。
(それにしても何だろう、この気配?・・・初めて感じたような気がしない・・・)
捜索の最中、ヒカルはこの気配に違和感を感じていた。
気配の探索を始めて1時間がたとうとしていたときだった。ヒカルは町外れの草原にたどり着いていた。
「誰を探しているのかしら、ヒカルさん?」
そこへヒカルに声をかけてきたのはエリナだった。彼女の登場にヒカルは驚きを見せた。
「エリナさん・・エリナさんもここに来てたんですか・・」
「えぇ。近くを通りがかったらヒカルさんが見えたので、声をかけたのです。」
振り向いたヒカルに、エリナが優しく声をかける。
「ヒカルさん、こんなところで何をしているのですか?あまり遅くなるとみなさん心配しますよ。」
「分かってます。でも今は私にはやらなくちゃいけないことがあるんです。」
エリナの問いかけにヒカルは真剣な面持ちで答える。するとエリナは頷いてみせた。
「なるほどね。それでそのやりたいことは何かしら?よろしければ教えていただけませんか?」
「エリナさん・・・気持ちは嬉しいのですが、少し危険なことなので・・・」
「危険?あまり危ないことをあなたにさせるわけにはいきませんわ。レイジさんもミナミさんもそういうはずですよ。」
戸惑いながら言いかけるヒカルに、エリナが注意を促す。だがその微笑が次第に妖しいものへと変わっていく。
「それとも、やらなくてはいけないことというのは、私に関係していることかしら?」
その瞬間、エリナの眼が不気味に光りだした。紅い戦慄を漂わせるエリナに、ヒカルは驚愕を覚えた。
レイジとミナミへの気持ちのすれ違いで、マナは完全に打ちひしがれていた。自分の気持ちを打ち明ける自信さえなくし、彼女は迷走していた。
最悪、このまま溝が埋まらないかもしれない。そんなことを考えてしまうときもあった。
(全ては私のせい。私のこの眼のせいなんだ・・・)
そしていつしかマナは、呪われた自分の右目を責めるようになっていた。
(この眼があったせいで、私も辛くなり、レイジたちまで傷つけてしまった。私がいるから、私の周りは不幸になってしまう・・・)
その右目を手で押さえて、マナは悲痛の面持ちを浮かべる。
(そういえば、私自身にこの力をかけようとしていなかったな・・・)
マナが唐突に物悲しい笑みを浮かべた。
マナの持つ眼の力は、鏡などで反射できるものに部類される。そのことを知っていたわけではないが、マナは今まで力の反射を試みようとしなかった。
それは自分の力を自分で受けようとしなかったわけではなく、自分の姿を見つめることに抵抗を感じていたのだ。
(私は自分の姿を見ようとしなかった。自分の気持ちを知ろうとする勇気が持てなかったのだ・・・)
自分の弱さを皮肉って、マナはあざけるような笑みを浮かべた。
(だがもういい・・私はもう、この世界にいてはいけない存在なのだから・・・)
マナは家の廊下にある小さな鏡の前に立っていた。そこで彼女は、右目を隠している眼帯に手をかける。
(私はどうなっても構わない・・私自身の呪いの力で、私を呪ってくれ・・・)
悲しみを瞳に宿らせて、マナは眼帯を外す。灰色の瞳の右目で、彼女は鏡に映っている自分の姿を見つめる。
右目に映し出された灰色の自分。それが鏡に反響して現実のものとなる。
「うっ・・・!」
初めて体感する、体全体が締め付けられるような感覚。眼を見開いたマナは、自分の体が石化し始めていることに気づいた。
徐々に自由が利かなくなっていく自分の体。苦痛を感じながらも、マナは苦にしないようにしていた。
「これでいいのよ・・私が私でなくなれば、誰も不幸にならなくてすむ・・・」
笑みを作って自分に言い聞かせるマナ。両足から始まった石化は下半身を包み込み、さらに上半身に侵食を進めていた。
「マナちゃん・・何をやって・・!?」
そこへレイジの声がかかり、マナが驚愕を覚える。右目を閉じて視線だけを向けると、同じく驚愕をあらわにしているレイジの姿があった。
「レイジ・・・!?」
「マナちゃん、何やってるんだよ!どうして自分にそんなことを・・・!」
「来ないで!」
近づこうとするレイジに、マナが声を張り上げて呼び止める。その声にレイジが足を止める。
「私の視界に入ってこないでくれ。お前まで石にしてしまうから・・・!」
「だけどマナちゃん、そんなことしたらマナちゃんが・・・!」
「いいんだ、私は・・・私のこの力は、私の周りの全てを不幸にする・・・」
マナは困惑するレイジに言いかけて、前に視線を戻す。
「こうしたほうがお前の、みんなのためなんだよ・・・」
自分を戒めようとするマナを、さらに石化が蝕んでいく。微笑を浮かべたまま、彼女の表情が灰色に染まっていく。
「マナちゃん!」
レイジがたまらず手を伸ばそうとするが、マナは彼の眼の前で完全な石像と化した。変わり果てた彼女の姿を目の当たりにして、レイジは愕然としながらも足を止める。
「マナちゃん・・・そんな・・そんなこと・・・」
完全に石化したマナに絶望するレイジ。彼女に触れることもできず、その場に座り込んでしまう。
その様子を目の当たりにしていたミナミも、変わり果てたマナの姿に悲痛さを隠せなかった。
紅い眼光を光らせるエリナに、ヒカルは驚愕していた。
「まさかそんな・・エリナさんが、ブラッドになっているなんて・・・!?」
「ウフフフ。驚いたかしら?これが私の新しい姿よ。」
困惑を浮かべながら問いかけるヒカルに、エリナが妖しく微笑む。
「どうして・・・どうしてエリナさんがブラッドに・・・!?」
「全てはあの女、マナに苦しめるためよ。傷つけて傷つけて、アイツを最高に苦しめてやるのが、今の私の最大の目的よ。」
「マナさんを・・・どうして!?マナさんは悪い人ではありません!あの人は右目に力を宿しているだけで、心優しい人なんですよ!」
「心優しい?教えてあげるわ。」
悲痛の声を上げるヒカルに対して、エリナがあざ笑いを見せる。
「アイツは私からレイジを奪った。それだけで苦しむ理由には十分なのよ!」
憤怒し、怒号を放つエリナがヒカルに向かって飛びかかる。ヒカルはとっさに後退するが、エリナの突進に突き飛ばされて横転する。
人間だったときよりも強力になったエリナの力に、ヒカルは毒づく。口からかすかに流れる血を拭って、ヒカルはエリナの凶器に満ちた笑みを見つめる。
「レイジったら、ずっとあの女のことを気にするんだもの。だからアイツを消してしまえば、レイジはアイツに囚われることなく、私も安心してレイジに寄り添えるのよ。」
「そんな・・・そんなのただの自己満足ですよ・・・マナさんもレイジさんも、みんなのことを想っているだけなのに・・・」
「奇麗事を言わないで!私はずっとレイジを愛していたのよ!私のこの想いを、どこの馬の骨とも分からない小娘なんかに、踏みにじられたくないわよ!」
ヒカルの説得を憤りで一蹴するエリナ。旋律に満ちたエリナの心は、レイジへの愛とマナへの憎悪で満たされていた。
「私は今からマナに会ってくる。力を得た私の姿を疲労してあげないとね、一応。」
エリナがきびすを返して町へ向かおうとする。そこへヒカルが駆け込み、エリナの前に立ちはだかる。
「あなたをここから行かせない!マナさんたちを傷つけさせない!」
「そこをどきなさい。邪魔をするなら容赦しないわよ。」
言い放つエリナだが、ヒカルは退こうとしない。エリナはため息をつくと、再び赤い眼光を光らせる。
「邪魔な子ね。そんな意地悪な子にはお仕置きをしないといけないわね。」
エリナの右手から赤い光が放たれ、地面に突き刺さる。その直後に狙ってくることを察知したヒカルだが、彼女が動く前に数本の赤い触手が地面から飛び出してきた。
「キャッ!」
触手に両手両足をつかまれ、ヒカルが悲鳴を上げる。身動きが取れなくなったヒカルを見つめて、エリナが妖しく微笑む。
「何て力・・・ここまで力が強くなっているなんて・・・!?」
エリナの驚異の力に驚愕するヒカル。
「私はあなたと違って、ブラッドであることを、強い力を強く望んでいる。だから戦いを好まないあなたじゃ、私を止めることはできない。」
笑みを崩さずにエリナがヒカルに近づく。ヒカルが必死に触手を振りほどこうとするが、触手は力強く彼女を捕らえて放さない。
「ムダよ。あなたじゃ私を超えられない。このまま私にいいように弄ばれるしかないのよ。」
「そんな・・・エリナさん・・・!」
「あなたにも見せてあげる。そして体感させてあげる。私の新しい力を。」
困惑を見せるヒカルを見つめたまま、エリナの瞳が紅から灰色に変化する。
カッ!
その瞳から閃光が解き放たれ、動けないヒカルを包み込む。
ドクンッ
その光を受けたヒカルが強い胸の高鳴りを覚える。体中を一気にかつてない快感が押し寄せ、ヒカルは思わず失禁してしまう。
「あらあら。子供には少し刺激が強すぎたかしらね。でも心配しなくていいわ。あなたがそれほど気持ちよくなってるってことだから。」
「エリナさん、今、何を・・・!?」
妖しく微笑むエリナに、ヒカルが頬を赤らめながら訊ねる。
「それに、あなたはこれからもっと気持ちよくなっていくから・・」
ピキッ ピキッ ピキッ
そのとき、ヒカルが着ていた衣服が引き裂かれた。さらけ出された彼女の体は、白く冷たい石に変わっていた。
次回予告
心は砕け散り、欲情は歯止めを失った。
一途な想いからかけられる言葉は、もはや意味を成さないのだろうか?
灰色をも凌駕する白き呪縛の力。
その脅威が、想いの絆を容赦なく断ち切っていく。