Blood –Cursed Eyes- File.8 灰色の世界
マナとアーサーの戦いを目の当たりにしたレイジ。マナの呪われた力の前に、レイジは忘れていた過去を思い返していた。
7年前に出会った1人の少女。ぶっきらぼうだが心優しい、右目を眼帯で隠していた少女。それが今眼の前で石化の力を発動させていたマナだったのだ。
「そうだ・・・あのとき君は、オレの眼の前でモエを・・・」
レイジは忌まわしき記憶を蘇らせて、その絶望感を改めて噛み締める。その動揺にマナも落ち着きを保てなくなっていた。
「レイジ・・・」
マナがおもむろに近寄ろうとするが、レイジは恐怖して彼女から離れようとする。
「オレは・・オレは君を・・・!」
「レイジ・・・」
完全にマナを避けようとするレイジ。その反応にマナは考えがつかなくなり、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
そこへ一条の刃が飛び込み、マナの頬をかすめる。足を止めたマナの背後にはアーサーの姿があった。マナに向けられた刃は、アーサーが持っていた金色の剣だった。
「お前は私の相手をしているのだ。余所見をしている余裕があるとでもいいたいのか?」
鋭く言い放つアーサーに、マナは振り返らずに答える。
「今はお前の相手をしている暇はない。後で葬ってやる。」
「何だと・・・ふざけるな!」
マナの言葉に、アーサーが始めて憤慨をあらわにした。金色の剣を手にしてマナに飛びかかる。
マナも紅い剣を手にして受け止めるも、レイジが気がかりになってアーサーとの戦いに集中できなかった。
アーサーの攻撃を受け止めながら、マナはレイジを気にする。だがレイジは襲い来るアーサーも相まって、この場から逃げ出していた。
「レイジ!」
マナがたまらず声をかけるが、レイジには届かない。その隙を突いて、アーサーが剣を突き出してくる。
「くっ!」
マナもとっさに剣を突き出して迎え撃とうとする。2つの刃は互いの肩を射抜き、鮮血を撒き散らしてマナとアーサーに苦痛を与える。
2人は即座に剣を引き、互いの距離を取る。
「くっ・・功を焦ったか・・私としたことが、こうも取り乱すとは・・」
「これではどの道、戦うのは望めそうもない・・どうする?」
互いに歯がゆさをあらわにし、マナがアーサーに問い詰める。
「今回はここまでだ。だが次こそは・・次こそは必ず・・・!」
アーサーは苛立ちをかみ殺しながらもマナの言葉を受け入れ、音も立てずに姿を消した。戦意が下がったマナが思わずその場に座り込むが、レイジが心配になり、力を振り絞って再び立ち上がる。
「追いかけないと・・レイジを・・・!」
マナはレイジを追って体を突き動かす。しかしその中で彼女は迷いを拭えずにいた。
(だが、私はレイジに何を言えばいいんだ・・・)
レイジにかける言葉が見つからず、マナは途方に暮れていた。
忌まわしき記憶を呼び起こしたレイジは神社を抜け出し、ひたすら家に向かって走り出していた。もしかしたら誰か家に帰ってきている人がいるかもしれない。
心境が揺さぶられていたレイジには、誰かにすがりつくことしか考えられなくなっていた。
そして彼はついに、家である屋敷にたどり着く。だがそこでもレイジは当惑を見せる。
あの出来事以来、レイジとマナが久しぶりに出会った場所だったからだ。さらなる恐怖にさいなまれたレイジがたまらずその場に座り込む。
「マナちゃん・・・オレ・・オレはどうしたら・・・!」
「あら?レイジさんではないですか?」
絶望感を覚えていたレイジに声をかけてきたのは、帰宅をしていたエリナだった。その声に引かれるように、レイジがゆっくりと振り返る。
「エリナ・・・」
「どうしたのですか、レイジさん!?・・何だか顔色が優れないようで・・・!」
レイジの異変を目の当たりにして、エリナが血相を変えて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、レイジさん!?・・よろしければ、私にお話していただけないでしょうか?・・もしかしたら、私、レイジさんのお役に立てるかもしれません・・・」
「エリナ・・・」
心配してくるエリナに、レイジは覚悟を決めた。
「・・・信じられないことだけど、聞いてくれないか・・・?」
深刻な面持ちのレイジに、エリナは固唾を呑んで頷いた。
レイジは7年前のマナとの出来事を話した。マナが町や人々、モエさえも石にしていったことを。
「そんなことが・・・とても信じられませんわ。マナさんが・・・」
「オレだって信じたくないよ・・・だけどモエは確かにオレの眼の前で・・・!」
当惑を見せるエリナの前で、レイジが感情をあらわにする。
「オレ、これからどうしたらいいんだ・・マナちゃんとどう接していけばいいんだ・・・!?」
「レイジさん・・・大丈夫です。私がついてますから・・・」
怯えているレイジを、エリナは優しく抱き寄せた。その抱擁にレイジは抗うことができなかった。
「レイジさんが辛くなったら、私が励ましますから・・レイジさんが傷ついたら、私が癒しますから・・・」
エリナはひたすらにレイジをなだめた。レイジの心から恐怖が取り除かれること。それがエリナの何よりの望みだった。
何とか気を落ち着けたレイジは、エリナの介抱を受けてベットで眠った。記憶を取り戻した際の精神的な疲れによるものだった。
レイジが眠っているのを確かめてから、エリナは庭に出た。彼女の顔は普段見せている平穏さや優雅さはなく、憤りが表れていた。
「マナ・・アンタはレイジさんの心を・・・!」
怒りに震えるあまりに、強く握り締めるエリナの右手から血がにじみ出る。
「レイジさんを傷つけたアンタを、私は許さない・・絶対に・・・!」
エリナの心は、マナに対する憎悪で完全に満たされていた。
レイジを追い求めて町をさまよっていたマナ。しかしレイジを見つけることはできず、マナは町の外に出たところで足を止めた。
(そう・・私はレイジを信じようとするあまり、逆にレイジを傷つけてしまった。レイジを惑わすもの、傷つけるものを全て取り除いてしまえばいいと、思い込んでしまった・・・)
小さな丘に登ったところで、マナは町に振り返った。
(私は呪われた存在。私の右目が見たものは全て石に変わってしまう・・・)
マナは右目を隠していた眼帯を外し、とある家の風景に眼を向けた。怯えて泣いている少女と、少女を虐待している若い母親が見えた。
だがマナの灰色の視線に見つめられて、2人は灰色になって動かなくなった。呪われた右目の力で親子が物言わぬ石像と化した。
(私はこの力を恨んだ。この力のせいで周りから忌み嫌われてきた。しかし、憎いはずのこの力で、私は自分の中の憎しみを打ち消そうとしていた・・・憎みながらも愛していたということか・・・)
自分に矛盾があることに対して、マナは皮肉を込めた笑みを浮かべた。そして彼女はさまようように、レイジを求めて再び歩き出した。
日が傾き始めた夕暮れ時、ミナミも遅れて帰宅してきた。帰りの途中でユミ、ヒカルと会い、3人は一緒に帰ってきたのだ。
そこでミナミたちはエリナから、レイジの様子がおかしくなったことを告げられて動揺を浮かべた。
「まさかレイジさんに、そのような辛いことがあったなんて・・・」
「エリナさんも知ってしまったのね・・レイジの過去とモエちゃんのこと・・・」
「えっ!?・・・ミナミさん、知っていたのですか・・・!?」
落ち着きを保っているミナミに、逆にエリナが動揺を見せる。
「教えられなかったの・・レイジが傷つくのがイヤだったから・・それにモエちゃんやみんなを石にしたのがあのマナちゃんだったなんて思わなかったから・・・」
ミナミはエリナ、ユミ、ヒカルに後ろめたい面持ちを見せる。ミナミは7年前のレイジとマナの間で起こった出来事を知っていた。不明確ではあったにしろレイジに教えることができたのだが、ミナミはそうしなかった。レイジが絶望しかねなかったからだ。
自分を責めるような面持ちを浮かべているエリナに、ミナミは笑みを作って弁解を入れる。
「エリナさんは何も悪くないわ。それどころか、エリナさんはレイジを気遣ってくれた・・・」
「ミナミさん・・・」
ミナミに励まされて、ようやく笑みを取り戻すエリナ。
「とにかく、マナちゃんが帰ってくるまで、みんなで待っていよう。そして今夜はパーティーよ。」
「パーティー?今日は誰かの誕生日だった?」
笑顔を見せるミナミの提案に、ユミが疑問を投げかける。するとミナミは笑顔を崩さずに答える。
「何にもないけど、パーティーをするの。」
念を押すミナミの言葉に、ユミは渋々頷いた。
「エリナさん、今夜は腕によりをかけてくださいね。」
「えぇ。私は構いませんが・・」
エリナにも指示を送るミナミ。エリナは戸惑いを見せながら頷く。
「あと、ヒカルちゃん、ちょっといいかな?」
「えっ・・・?」
ミナミに呼ばれて、ヒカルは戸惑いを見せる。夕食の準備を進めるエリナとその手伝いをするユミと別れて、2人は別の場所へ移動した。
ミナミとヒカルは家の裏庭に来ていた。同じブラッドであるヒカルならマナの居場所が分かると、ミナミは考えていた。
「ヒカルちゃん、お願い。マナちゃんがどこにいるのか、探してもらえないかな?」
「ミナミさん?・・・それは、探せないことはないのですが・・・」
ミナミの頼みに対してヒカルが口ごもる。
「多分、私が見つけても、マナさんが戻ってくるかどうか分かりません。それに、マナさんと会って、レイジさんがどうするのか・・・」
ヒカルのこの言葉を聞いて、ミナミも困惑を浮かべる。レイジとマナの間にできた溝を埋められるかどうか、ミナミにもヒカルにも難しいことに思えてならなかった。
「とにかくお願い。マナちゃんを探して。レイジが傷ついたままじゃ、私・・・」
必死にヒカルに懇願するミナミ。彼女の思いを汲んで、ヒカルは小さく頷いた。
「分かりました、ミナミさん。とりあえずやってみましょう。」
「ありがとう、ヒカルちゃん・・・」
ヒカルの言葉にミナミが笑顔を見せる。ヒカルの邪魔にならないよう、ミナミはひとまずその場を離れた。
人間でいようとしているヒカルは、あまりブラッドの力を使用しない。だがミナミ、マナ、レイジ、そしてユミのため、ヒカルは力を使ってマナを探すことを心に決めた。
ブラッドは普通の人間以上に五感が研ぎ澄まされており、聴覚も鋭くなっている。周囲に巻き起こっている音の数々から、ヒカルはマナの鼓動を探っていた。
生物は活動する上で必ず動きを見せる。動きがあればその衝動によって音が生まれる。生物は音の塊といっても過言ではない。
そしてついに、ヒカルはマナの居場所を捉えたのだった。
「見つけました。私、今から行って迎えに行ってきます。」
「いいえ。ヒカルちゃん、ここからは私が行くわ。ヒカルちゃんはユミたちをお願い。」
呼びかけてきたヒカルに、ミナミは優しく微笑んだ。
「でもミナミさん、普通の人間のあなたが行ったら、どんなに危険なことか・・・」
「普通の人間だからこそ、私が行くべきだと思うの。危険なのも重々分かってるわ。」
「ミナミさん・・・分かりました。でも、危なくなったらすぐに逃げてください。ユミちゃんを傷つけたブラッドも近くにいる可能性もありますから。」
「大丈夫。私はレイジみたいにムリはしないから。」
ミナミの申し出を受け入れたヒカル。ミナミは笑顔を見せて、出かける準備のために家の中に入っていった。
だが、ミナミやヒカルより先に、2人の話を聞いていたエリナが家を飛び出していた。
神楽町の片隅にある小さな丘。そこからマナはミナミたちの家を見つめていた。アーサーに傷つけられた肩に軽く手を当て、彼女はその治り具合を確かめていた。
(傷はほぼ完治した。だが今の私には、体の傷よりも心の傷のほうが辛い・・・)
皮肉めいた笑みを浮かべて、マナは肩から手を離し、その手のひらを見つめる。
「私も結局はブラッド・・この手もすっかり血で汚れている・・憎しみと悲しみという名の血で・・・」
その手を強く握り締めて、マナは再び屋敷を見つめた。
「レイジ、戻っているだろうか・・もし私が戻ったら、レイジは、みんなはどう反応するだろうか・・・?」
「そんなのは決まってるじゃないの。」
物悲しい笑みを浮かべているマナに向けて声がかかった。マナが振り返ると、妖しい笑みを浮かべているエリナの姿があった。
「よくここが分かったな。それとも、誰かに手伝ってもらったのか?」
「少し違うわ。とにかく、アンタがここにいることを聞いたから。」
淡々と訊ねるマナに、エリナも淡々と答える。そしてエリナから次第に笑みが消えていく。
「前に言ったよね?・・レイジを傷つけたら、絶対に許さないと・・・」
「私を恨むか?それもいい。今の私は牙が折れている。降りかかるものを振り払うことさえできない。恨むなら好きにするがいい。それがレイジのためになるなら・・」
憤りを見せるエリナに、マナが物悲しい笑みを浮かべて答える。するとエリナは突然マナをあざ笑った。
「ずい分と殊勝なことね。さすがに感心しちゃうわね。」
エリナの言葉に対して、マナは顔色を変えない。するとエリナが再び妖しく微笑んで、ゆっくりとマナに近づいてくる。
「アンタは吸血鬼、ブラッド。しかもとんでもない力を持ってるそうじゃない。でもアンタがみんなに与えるのは不幸だけ。自分のことさえコントロールできない。何もできないかわいそうな人。私はアンタのようなヤツは実に不愉快なのよ・・・でも、そんな哀れで愚かなアンタにも、ひとつだけいいところ、私が大好きなところがあるのよ。」
エリナがマナの眼前に立ったときだった。マナの胸に鋭いものが突きたてられていた。エリナが持っていたナイフをマナに突き刺したのだ。
「それはね、往生際がいいってところよ。ヘンに抵抗されるより、ずっといいわ・・・」
満面の笑みを浮かべてマナの顔を見つめるエリナ。マナはこの一瞬、自分のみに何が起こったのか理解できなかった。
鋭い刃から滴り落ちてくる紅い雫。これが自分の血であることに気づいたマナは、次第に愕然さをあらわにしていく。
たとえブラッドでも、心臓を突かれては死は免れない。押し寄せる痛み、抜けていく体の力、遠のく意識で、マナはそのまま仰向けに倒れる。
体から血をあふれさせたまま動かないマナを、エリナが妖しい笑みを浮かべて見下ろす。
「これでアンタも終わりよ。人間じゃないから即死というわけにはいかないけど・・そこでたっぷり苦しんで死んでいくといいわ・・・」
歓喜の哄笑を上げながら、エリナはその場を立ち去っていく。その後ろ姿を見送ることもできず、マナはただただその場で眠りにつくだけだった。
次回予告
壊れていく心と命。
崩れていく想い。
些細なことでさえ、望むものが次々と崩壊していく。
灰色と血の色で彩られた月下の宴。
少女を救ったのは、かすかに残っていた思い出の欠片。