Blood –Cursed Eyes- File.6 金色の舞

 

 

 ユミに起こった出来事とヒカルの正体を知ったミナミ。実は身寄りもなく住むところもままならないことをも聞いたミナミは、ヒカルを家に招き入れることを決めた。

 ヒカルは始めは抵抗を感じていたが、ユミにも誘われてその申し出を受けることにした。

「今日からこの家でお世話になります、諸星ヒカルです。よろしくお願いします。」

 ヒカルはレイジたちに対して深々と一礼する。ミナミたちやレイジは、ヒカルを快く受け入れた。

 自分に住む家を与えてくれたミナミたちへの恩に報いるため、ヒカルは一生懸命に働いた。掃除や洗濯を器用にこなし、ミナミやエリナを感服させていた。

 ユミとも楽しく過ごしているヒカルを見て、マナも微笑をこぼしていた。

 

 夕暮れの庭に1人たたずむマナ。揺らぐ心を落ち着かせようと思い、彼女は外の風に当たっていた。

 そんな彼女に近づく1人の少女がいた。妖しい笑みを浮かべているエリナである。

「1人でこんなところで何をしているのかしら?」

 エリナがマナをねめつけるが、マナは振り返りもしない。

「知ってるのよ。あなた、ブラッドとかいう吸血鬼なんだってねぇ。」

 構わずに続けるエリナのこの指摘に、マナが眉をひそめる。

「いくら助けるためだからって、ユミちゃんをあんなふうにしちゃうなんて。もしもレイジさんが知ったら、どんなことになるのかしら?」

「脅迫のつもりか?それで私をどうにかできると思ったら、とんだ間違いだ。」

「勘違いしないで。私はただこれからどうなっていくのか、楽しみにしているだけ。でもね・・」

 マナをからかうエリナから笑みが消える。

「レイジさんを傷つけるようなことがあったら、私はあなたを許さない。たとえあなたが吸血鬼であっても・・・!」

 マナに鋭い視線を投げかけるエリナ。マナは引き下がることなく、エリナに鋭い視線を返す。

「私を殺すつもりだったら、やめておいたほうがいいわよ。追い詰められるのはあなたのほうなんだから。」

「殺す?思い上がるな。お前のようなヤツなど、手にかける価値すらない。」

 マナのこの言葉にエリナが憤慨をあらわにする。それを気に留めず、マナは家の中に入っていった。

(マナ・・このままでは済まさないわよ・・アンタは私がたっぷりと苦しめてやるから・・・!)

 エリナはマナに対して激しい憎悪をたぎらせていた。

 

 ヒカルも加わり、さらに賑わいが増したレイジたち一同。この日の夕食も終わり、ミナミ、エリナ、ユミ、ヒカルが後片付けをしている中、レイジは1人部屋に戻っていった。

 しかし今回は、ミナミはレイジを呼び止めようとしなかった。

「珍しいですわね。ミナミさんがレイジさんを注意しないなんて。」

 エリナが声をかけると、ミナミは皿を洗っていた手を止める。

「・・明日は、レイジの家族の命日だって・・・」

「命日・・・ごめんなさい!私、知らなくて・・・!」

 沈痛さを込めて答えるミナミに、エリナが慌てて謝罪する。するとミナミも慌てて笑顔を作る。

「き、気にしないで、エリナさん。言わなかった私が悪いんだから・・・」

「ミナミさん・・・」

 弁解を入れるミナミに、エリナだけでなく、ユミ、ヒカル、そしてマナも沈痛さを感じていた。

「レイジは家族の命日が近づくと、妹のモエちゃんの写真を、1人部屋にこもって見てるのよ。そのときのレイジ、周りの声に全然耳を貸さないから・・」

 ミナミの話を聞いて、マナは困惑を覚えた。レイジも一途の悲しみを抱いていることを知り、彼女はいたたまれなくなっていた。

「しばらくそっとしておいて。気を休めれば、いつものレイジに戻るから。」

「そうですか・・・それでは声はかけないでおきましょう。」

 ミナミの言葉を受けて、エリナは渋々頷いた。

「さ、早く後片付けを済ませて、寝るとしましょう・・・あれ?マナちゃん?」

 周りを見渡したところで、ミナミはマナがいないことに気づいた。ミナミに眼を向けられて、ユミもミナミも首を横に振るだけだった。

 

 レイジは自分に部屋に戻り、1枚の写真を見つめていた。幼い頃の自分と妹のモエの映っている写真である。

 記憶を失っていても、家族のことはしっかりと覚えていた。思い出はレイジの心の片隅に追いやられていても、家族の絆は彼の心の中でしっかりと刻まれていた。

「今年もこの日が来たよ、モエ・・・」

 物悲しい笑みを浮かべて、レイジは写真の中のモエに語りかけていた。もうその笑顔を見ることはこの写真の中以外ない。

「もう7年になるのか・・時間がたつのも早いもんだな・・・お兄ちゃん、もう大学生になったんだよ。でもなかなか勉強についてこれなくて・・・アハハハ、情けないよな・・・」

 思わず照れ笑いを浮かべながらも、レイジはモエとの時間に浸る。その部屋のドアをゆっくりと開けてマナが入ってきたが、レイジは全く気づいていない。

 レイジのこの様子を目の当たりにして、マナも胸が締め付けられるような感覚にさいなまれていた。

「レイジ・・その・・あの・・・」

 何とか声をかけようとするマナだが、家族を、妹を想っているレイジに対して、うまく言葉をかけられないでいた。

「レイジ・・レイジ・・・」

 マナがたまらずレイジに呼びかけ、ゆっくりと近づいていく。

「レイジ!」

 そしてマナはレイジを背後から抱きしめた。悲しみの共感による衝動だった。その抱擁を受けて、レイジはようやく我に返る。

「マナちゃん・・・?」

 何事なのか分からず、呆然となるレイジ。今まで見せたことのない悲痛さをマナは見せていた。

「レイジ、お前も辛かったんだな!寂しかったんだな!・・分かるよ・・お前の悲しみが、私の中に伝わってきている・・・!」

「マナちゃん・・君は・・・?」

 初めて見せるマナの涙を目の当たりにして、レイジは当惑する。

「私はお前の妹にはなれない・・でも、お前の喜びも悲しみも、全部受け止めたいと思ってる・・・!」

 マナは言い放って、さらにレイジにすがりつく。彼女の気持ちを理解して、レイジは彼女の髪を優しく撫でた。

「ありがとう、マナちゃん・・確かにモエがいなくて辛いって言うのはホントさ・・だけど、心底寂しいというわけじゃないよ・・・」

「えっ・・・?」

「マナちゃんやミナミ、みんながオレのそばにいてくれるから、オレは元気でいられるんだ・・・」

 レイジはマナを優しく抱きしめた。彼のあたたかな抱擁と言葉に、マナは心からの喜びを感じた。

「おやおや、いったい何をしているのですかね、レイジくん?」

 そこへミナミの声がかかり、レイジが一瞬硬直する。恐る恐る振り向くとミナミが笑顔を見せていたが、眼は笑っていなかった。

「いや、ミナミ・・これは、その・・」

 何とか弁解しようとするも、責められることを覚悟するレイジ。だがミナミはため息をつくだけだった。

「今回はモエちゃんに免じて許してあげる。だけど、今回だけだからね。」

「いや、だから違うって・・」

 微笑んで言いかけるミナミだが、レイジはマナから手を離して肩を落とすばかりだった。

 その様子を見ていたユミとヒカルも、互いの顔を見合わせて笑みをこぼしていた。その傍らで、エリナは影からマナに対する怒りを覚えていた。

 

 そして翌日。レイジはいつものような平穏さを取り戻し、ミナミ、エリナとともに大学に向かった。この日はそれぞれ違う講習を受けるため、マナは連れて行けないと彼は告げた。

 マナはそれを受け入れ、ユミとヒカルも学校に向かい、家で1人留守番することとなった。

 実際には違うと思いながらも、家の中の光景がもたらす孤独感にさいなまれ、マナは動揺を感じていた。ブラッドや呪われた眼の持ち主であるため、孤独が常に付きまとっていたと彼女は悟っていた。慣れていると思いながらも、彼女はその孤独感を拭えないでいた。

 その寂しさを噛み締めていたとき、マナは右目に激痛を覚えて顔を手で押さえる。強い孤独感による苛立ちが、逆に彼女の身体に影響を及ぼしていた。

(この寂しさと怒りが、私の心と体を蝕んでいるのか・・・)

 憎悪と苦痛が和らぎ、マナは気を落ち着けた。呼吸を整え、彼女はみんなの帰りを待つことにした。

 そのとき、マナはただならぬ気配を感じ、身構えて庭に出る。そこで彼女は1人の青年の姿を目撃する。

「お前は・・!」

 マナは低い声音で呼びかける。眼前の青年、アーサーが不敵な笑みを浮かべる。

「久しぶりだな・・そういえばお前の名を聞いていなかった。私はアーサー・ヴァインスキー。」

「私はマナ。苗字はない。幼い頃の記憶がないんだ・・」

 互いに名乗ったところで、アーサーがマナの記憶喪失を知って眉をひそめる。

「過去を失ったブラッドか・・お前は過去を追い求めているのか?それとも未来を見据えているのか?」

「過去、未来・・・さぁな。その選択ですら、今の私は選べないでいる・・・」

「実に滑稽だな。過去にすがりつく以上に。後ろに振り返らず、前へ進もうともしない。愚かこの上ない。」

「同感だな・・・」

 互いに言葉を交わすと、アーサーは金色の剣を具現化する。その剣を手にしてその切っ先をマナに向けるが、マナは構えようとしない。

「なぜ構えない?それともお前の力はその“右目”だけか?」

「答える前に、場所を変えるぞ・・・」

 マナの言葉に、アーサーは不敵な笑みを浮かべた。

「好きにしろ。」

 

 この日、講習のスケジュールが違うレイジたち。一緒に帰るよう、ミナミ、エリナと連絡を取るレイジだが、2人とも先生に聞きたいことがあったため、彼は先に帰ることとなった。

「やれやれ。2人とも勉強熱心だね。オレもそのくらいの意気込みがあればな・・」

 大きくため息をつくと、レイジは1人家に戻ることにする。

 下町の風景を堪能しながら、レイジは1人岐路に着く。何か買ってつまみ食いしようと考えたが、ミナミに注意されそうと思い断念した。

 そして彼は神社前を通りがかった。そこでは昨晩起きた奇怪な事件で、警察が警戒を見せていた。

「へぇ。くわばらくわばら。危険な橋は渡らないに限る。」

 レイジは早々に家に帰ることを思い立つ。だが神社を背にしたところで、レイジは唐突に足を止めて振り返る。

 彼はその神社に何かを感じるような気がしていた。正門は警察が封鎖しているため、裏門からまわっていくことにした。

 事件のために騒然となっている正門と違い、裏門はさほど騒々しくなかった。その静けさを堪能しながら、レイジは石段を登っていった。

 その中で、レイジは奇妙な感覚を覚えていた。初めて来たような気がしなかった。記憶がないからと彼は割り切った。

 やがて石段を登りきり、レイジは周囲を見回した。そこは社だけでなく、小さな庭が点在していた。

(確かに見覚えがある場所だ・・その先に丘のような庭が・・)

 レイジはかすかに流れ込んでくる記憶を頼りに、神社の敷地内を歩いていく。そしてその記憶の通り、丘に似た庭に出た。

 そこで彼が見たのは、マナと見知らぬ青年が対峙している光景だった。

 

 マナの申し出を受けて場所を移動したアーサー。人気のない庭で、彼はマナと対峙していた。

「ここをお前の死に場所に選んだわけか。」

 アーサーが不敵な笑みを浮かべて言い放つが、マナは顔色を変えない。やがてアーサーから笑みが消え、視線が鋭くなる。

「それとも、誰もいない場所で戦おうなどと、浅はかな考えによるものなのか?」

「面倒なのはお断りと思うだけだ。闇に隠れて獲物を狙うのは、人間でないものの性分だろう。」

 マナがそう答えると、アーサーは思わず笑みをこぼした。

「フッ。そうだったな・・では思う存分、お前を葬ってやるとしようか。」

 アーサーは改めて身構え、再び金色の剣を具現化して手にした。マナは右目を隠していた眼帯を外し、その眼をゆっくりと開く。

 その瞬間、アーサーは素早く動き、マナの灰色の視線を回避する。彼女の視線を受けて、その先の草木が石に変わる。

 マナは周囲に注意を向けるが、アーサーの姿はどこにも見当たらない。

「お前のその眼は強力だ。眼を向けただけでその対象を石化させる。だがもはや私には通用しない。」

 どこからともなくアーサーの声が響き渡る。マナはゆっくりと歩を移しながら、アーサーの行方を追う。

 そして踏みとどまった瞬間、マナの背後にアーサーが姿を現し、剣を振り下ろしてくる。マナは振り返らずに横に移動し、金色の一閃をかわす。

 だがマナが振り向いた先には、アーサーの姿は再びなくなっていた。

「その石化の眼にも弱点は存在する。その眼で見なければ石化はかけられないということだ。」

 アーサーのこの指摘にマナが毒づく。

「そしてお前はそれ以外の力を使うのは稀でしかない。つまり、その眼を封じてしまえば、私はお前に敗れることはない。」

「口数の減らないヤツだ。それで勝ったつもりでいるのか。」

 マナが嘆息をつくと、アーサーが眉をひそめる。再び彼が剣を振り下ろすが、マナは剣を出現させてそれを受け止める。

 ぶつかり合い火花を散らす紅と金の光刃の衝突。互いに剣を振り抜いて、マナとアーサーは距離を取る。

「私は戦いを好まないが、他の力が使えないとは言っていない。勝手な解釈は死を招く。お前のほうが理解していると思っていたが・・」

「そういうことか。それは手加減するな、という警告と取っていいわけだな?」

 アーサーが再び不敵な笑みを浮かべた。そして再び剣を振りかざし、マナに襲い掛かる。

 マナは金色の剣を紅い剣で受け止めながら、右目でアーサーの姿を捉えようとする。だが一閃してはすぐに姿をくらませるアーサーの戦術の前に、彼女は石化をかけられないでいた。

 右目の視界に包まれた庭が次々と灰色に染め上げられていく。無関係なものに被害を及ぼしていると察して、マナは眼帯で右目を隠す。

「フン。お前もあの娘と同じ、見下げ果てたブラッドだったということか。」

「見くびるな。制御できない力を野放しにするのは愚かの証だ。」

 あざ笑うアーサーに対し、マナが苛立ちをあらわにする。

 そのとき、マナは誰かに見られているような感覚を覚えて、周囲に気を向ける。アーサー以外の誰かがそばにいる。

 振り返ったマナが、信じられない光景を目の当たりにする。それは驚愕を隠せないでいるレイジの姿だった。

「レイジ・・・!?」

 レイジの姿を見てマナも動揺をあらわにする。レイジは彼女たちのいる周囲の灰色の光景に、かつてない恐怖感を覚えていた。

 それは少女と少年の、あたたかい思い出と忌まわしき記憶によるものだった。

 

 

次回予告

 

幼い少年が出会った不思議な少女。

自身の忌まわしき力に苦悩していた少女に、少年は優しく微笑み、手を差し伸べる。

2人は分かち合い、そして互いになくてはならない関係となっていった。

だがそれは、2人の悲劇の始まりだった。

 

次回・消された過去

 

 

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