Blood –Cursed Eyes- File.5 血の本能

 

 

 マナたちを気がかりにしていたレイジは、エリナとともに待っていた。心配を隠せないでいた彼らだったが、ようやくミナミがマナを連れて帰ってきた。ユミとヒカルとともに。

「マナちゃん、やっと帰ってきたよ・・あれ?ユミちゃんにヒカルちゃん・・・?」

 ユミとヒカルもやってきたことに、レイジが疑問を覚える。

「やっとマナちゃんを見つけたよ。それで丁度ユミとヒカルちゃんを見つけてね。」

 ミナミが笑顔を作ってレイジに答える。レイジはマナ、ユミ、ヒカルに眼を向けて笑みをこぼす。

 そのとき、レイジはユミの衣服を見て眉をひそめる。

「ユミちゃん、どうしたんだ・・服、ボロボロじゃないか・・!」

 彼の指摘を受けて、ユミが自分の衣服を見て驚く。彼女の衣服は破れたところが多々見られた。

 ユミはヒカルをかばってアーサーの光刃を受け、体を貫かれた。傷と出血は消えているが、服までは元に戻らなかった。

「ちょっと派手に転んじゃって・・私もビックリしちゃったよ。まさかここまでボロボロになっちゃうなんて・・」

 照れ笑いを浮かべて答えるユミに、レイジが呆れてため息をつく。

「おいおい、その服を何とかするのはお姉ちゃんなんだから。ヤンチャなのは結構だけど。」

「はい。ゴメンなさい。」

 レイジに注意されてユミが頭を下げる。ユミの活発さを知っていたミナミは、ただ笑みを見せるだけだった。

 その中でヒカルとマナは笑みを浮かべていなかった。ヒカルはユミがもはや人間でないことに後悔と不安を感じていた。現時点においても、これから先のことに関しても。

 そしてマナはエリナに眼を向けていた。エリナはレイジたちに見えない位置から、目論見を思わせる妖しい笑みを浮かべていた。

 

 それからユミはミナミから上着を借りて、ヒカルとともに家に帰ることにした。姉の上着は少し大きかったが、ボロボロの服を周囲に見せないようにすることには代えられなかった。

 やっとのことで家に帰ってきたユミ。ヒカルもそのまま家にお邪魔することとなった。

「ふう。やっと帰ってきたって感じがするよ。」

 リビングのソファーに座った途端、ユミが安堵の言葉を口にする。しかしヒカルはユミに対して楽観視していなかった。

「ユミちゃん、大丈夫?・・・どこか、おかしなところとかない・・・?」

「えっ?・・・う、うん。どこもおかしなところはないけど・・今のところ・・・」

 ヒカルの問いかけにユミはきょとんとしながら答える。その返答を聞いても、ヒカルの不安は解消されなかった。

 ブラッドは自らの血を媒体にして、様々な力を使う。だがその力を使わなければ、吸血鬼として血を吸う必要もなく、外見の上で普通の人間と変わらなく見られる。

 だが人間以上に見られるブラッドとしての現象や衝動が存在する。それらが押し寄せてきたとき、ユミはどうなってしまうのか。ヒカルの抱えている最大の不安はそれだった。

「せっかくヒカルちゃんが来てくれたんだから、紅茶ぐらい用意しないとね。」

「あっ、いいよ、ユミちゃん・・」

「いいから、いいから。」

 戸惑いを見せるヒカルに笑顔で答えながら、ユミはキッチンに向かう。だがその途中でユミは足を止める。

 ここに来て彼女はいつもと違う違和感を感じた。一瞬彼女は視界が揺らいだように感じたのだ。

(あれ?・・・どうしたのかな・・・?)

 自分に何が起こっているのか分からず、ユミはキッチンと廊下の隔たりで立ち尽くしていた。

「ユミちゃん・・・?」

 ヒカルがそんなユミの様子に気付くと、たまらず彼女に駆け寄った。

「ユミちゃん!しっかりして、ユミちゃん!」

 恐れていたことが起こったと思ったヒカルの呼びかけで、ユミは我に返る。

「ヒカルちゃん・・・」

「ユミちゃん、大丈夫!?どこもおかしくない!?」

 当惑の面持ちを浮かべているユミに、ヒカルが慌しく呼びかける。

「ううん、大丈夫・・ちょっと、疲れちゃったかな、アハハ・・」

 ユミは作り笑顔を見せて、ヒカルに心配かけまいとする。一瞬笑みを見せるも、ヒカルはまだ安堵できないでいた。

「やっぱり私が用意するね。紅茶とかどこに置いてるの?」

 ヒカルがユミに代わって紅茶の用意を始めた。客人にこんなことさせるわけにいかないと思いながらも、ユミはヒカルの言葉に甘えることにした。

 

 マナの灰色の視線を受けて腕を石化され、撤退を余儀なくされたアーサー。人気のない森の中に身を潜め、彼は足を止めた。

 そして彼は意識を集中し、ブラッドの力を解放する。膨大な力を発動して、石化されていた腕を元に戻した。

 力を浪費したために、アーサーはその場に座り込む。呼吸は荒くなり、体を麻痺が駆け巡っていた。

(まさかここまで力を使うことになるとは・・血を吸わなければ、これ以上は力が使えないか・・)

 胸中で毒づいて、アーサーは街の方向へ眼を向ける。

「あのような小さな町でも、獲物はいくらでもいるか。」

 元に戻った腕の感覚を確かめてから、アーサーは夜まで身を潜めた。闇に紛れて行動したほうが、余計な騒ぎを出さなくて済むと彼は思っていた。

 

 夕方になり、レイジ、ミナミ、マナ、エリナが帰ってきた。彼らの帰宅にユミとヒカルが顔を見せていた。

「おかえりなさい、お姉ちゃん♪」

「ただいま、ユミ。あれ?ヒカルちゃん、うちに来てたんだね。」

 笑顔を振りまくユミと微笑むヒカルを見て、ミナミが声をかける。

「ミナミさん・・はい。でもこれから帰るところでしたから。」

 ヒカルは何とか笑みを作ってミナミに答える。

「それは残念ですわね。これから私が夕食を作ろうとしていましたのに。」

 エリナが落胆の素振りをしてみせる。

「本当にすみません、エリナさん。近いうちにご馳走になりに来ますので。」

 ヒカルも残念そうにエリナに頭を下げる。

 そのとき、笑みを浮かべていたユミが突然倒れた。その事態に周囲が騒然となった。

 

 意識を失ったユミはレイジに抱えられて、彼女の部屋のベットまで運ばれた。それから時間を置かずに、ユミはすぐに意識を取り戻した。

「ユミちゃん。よかった。気がついたんだね。」

「レイジお兄ちゃん・・ここは・・?」

 レイジが笑みを見せ、ユミが周りを見回して自分がどこにいるのかも含めて記憶を巡らせた。

「そうか・・私、気絶しちゃったんだね・・・」

「いきなり倒れたからビックリしちゃったよ。今、ミナミがタオルを濡らしてきてるから。」

 微笑んだユミに、レイジが気さくに答える。するとミナミが部屋に入ってきた。

「あれ?ユミ、起きてて平気なの?」

「お姉ちゃん・・心配かけてゴメンね。やっぱり疲れてたみたいだね・・・」

 心配の声をかけるミナミに、ユミが小さく頷く。

「エリナ、夕食の支度してるんだよな?オレ、ちょっと手伝ってくるから、ミナミ、ユミちゃんを見てて。」

「分かったけど、エリナさんやマナちゃんにヘンなことしないでよ。」

 念を押すミナミに苦笑いを浮かべながら、レイジは先に部屋を後にした。彼を見送ってから、ミナミはユミに視線を移す。

「ユミ、もう少し寝たほうがいいわよ。その様子だとお医者さんを呼ばなくてもいいと思うけど、倒れたんだからね。」

「うん・・」

 ミナミの言葉を受けて、ユミはベットに横になった。ミナミは濡れたタオルを絞り、ユミの額に当てた。

「ゴメンね、お姉ちゃん。また迷惑かけちゃったね・・」

「いいのよ、ユミ。私はこうしてユミと一緒にいる時間が1番いいんだから。いっぱい迷惑かけていいんだからね。」

 沈痛の言葉を口にするユミに、ミナミは微笑んで答える。

 2人の両親は数年前に亡くなり、今ではミナミがユミの世話をしている。親戚たちが同居することを望んだが、ミナミもユミも自分たちだけの力だけで頑張っていきたいと懇願。親戚たちはこれを了承しながらも、援助をしていくことを2人に告げた。

 親のいないミナミとユミ。ミナミにとってユミはこの上なくかけがえのない存在なのである。

「私も、何かできればいいんだけど・・・」

「何言ってるのよ。ユミは食事の支度とか掃除とか手伝ってくれるし、何より・・」

 ミナミは唐突にユミを優しく抱きしめた。その抱擁にユミが戸惑いを覚える。

「ユミは私にいろいろなものをくれたから・・・」

「お姉ちゃん・・・」

 ミナミの優しさにユミは安らぎを覚える。ミナミがユミを想っていると同様に、ユミもミナミを強く想っていた。

 そのとき、ユミは何かに囚われる感覚を覚え、意識が揺らいだ。自分で抑えきれない衝動に駆られて、ユミはミナミの首筋を見据えて口を開き、牙を光らせる。

(ユミ・・?)

 ユミの様子がおかしいことに気付いたミナミ。ユミが首に噛み付こうとしているのを眼にして、ミナミはたまらずユミを突き飛ばした。

 ベットに倒れこんで、ユミは我に返る。ミナミが完全に動揺しているのを目の当たりにして、ユミは物悲しい笑みを浮かべる。

「ユミ、どうしたのよ・・・!?」

「お姉ちゃん・・私、何を・・・?」

 ミナミとユミが動揺を隠せず、なかなか言葉を切り出せないでいた。

「それは吸血鬼として起きることだよ・・・」

 そこへ2人に向けてかけられる声。2人が振り向いた窓の前には、沈痛の面持ちを浮かべているヒカルの姿があった。

「ヒカルちゃん・・・?」

「ゴメンね、ユミちゃん・・私がずっとそばにいればよかったんだね・・・」

 困惑を見せるユミに、ヒカルが笑みを作って答える。

「ヒカルちゃん、これって・・・!?」

 動揺を隠し切れずにいるミナミがヒカルに問いかける。

「ユミちゃんはもう人間じゃないんです・・私と同じ吸血鬼、ブラッドなんです・・・」

「ブラッド・・・!?」

 ヒカルの言葉にミナミはさらに動揺の色を見せる。

「ユミちゃんが今ミナミさんにしようとしたのは、吸血鬼として血を吸おうとしていたの。ブラッドとしての力を抑え切れなかったり、血が足りなくなったりすると、理性を失って血を吸おうとするの・・・」

「それじゃ、私がお姉ちゃんを・・・!?」

 自分が姉にしようとしたことに恐怖し、自分の体を抱きしめて絶望するユミ。するとヒカルがたまらずユミに駆け寄り、震える体を押さえる。

「大丈夫!大丈夫だよ、ユミちゃん!ユミちゃんはユミちゃんだから・・・!」

 ヒカルの悲痛な言葉に、ユミは次第に心を落ち着かせていった。困惑を覚えていたミナミが、部屋に入ってきたマナに気付く。

「悪いのは私だ・・私がユミを・・」

「マナちゃん・・?」

 マナの言葉の意味が分からず、戸惑いを返すミナミ。

「ユミとヒカルを襲ってきたブラッドによって、ユミは傷ついた。ユミが生きたいと強く願って、私はユミの血を吸った。」

 悲痛さを噛み締めるマナに対し、ミナミはいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。妹を人間でないものにされたことに憤りを感じていたが、ミナミはマナやヒカルを責めることができなかった。ユミをブラッドにしたことが2人にとっても苦渋の決断だったことを分かっていたからだ。

「マナさんは悪くないよ、お姉ちゃん。マナさんは私のわがままを聞き入れてくれただけ・・」

「ユミ・・・」

 そこへユミが弁解を入れ、ミナミがさらに戸惑いを見せる。

「・・・ユミをこんなことにしたのを、私は快く思っていない・・でも、これもユミを助けるためで、ユミがこれを願って、少なくともユミが感謝しているから・・・」

 ミナミは悲痛さを口にした後、ユミを再び抱きしめた。さっきの優しいものではなく、想いを込めた強い抱擁だった。

「お姉ちゃん、苦しいよ・・私、もう大丈夫だから・・・」

「ゴメンね、ユミ・・でも、しばらくこのままでいさせて・・・」

 ミナミの悲痛さを込めた言動に、ユミはこれ以上言葉を切り出せなかった。

「ユミ、これからもずっと私に迷惑かけていいから・・もしもまた血を吸いたくなったら、私のを吸っていいから・・・!」

 ユミを思うあまり、ミナミは眼から涙を流す。そのあたたかさに、ユミも涙をこぼし、ヒカルも涙をこらえることができなくなっていた。

 マナもミナミとユミの抱擁を見て微笑んでいた。

 そんな彼女たちの様子を影から見つめ、エリナが妖しい笑みを浮かべていた。

 

 気を落ち着けたミナミたちは、後から部屋に入ってきたエリナに呼ばれ、リビングにやってきた。そこでは既に夕食の支度が整えられており、レイジが先に食べていた。

「コラコラ、レイジ。みんなを待たないで食事するなんて不謹慎よ。」

「いやぁ。どうにも今日は空腹が我慢できなくて、つい・・」

 ムッとするミナミに、レイジが苦笑いを浮かべる。

「お気になさらず。今日はいろいろあったのですから。」

 エリナがミナミに笑顔を見せてレイジを弁解する。

「私もおなかすいちゃったよ。お姉ちゃん、私たちも早くご飯を食べようよ。」

「そうね・・いただきましょうか。」

 ユミにせがまれて、ミナミは笑顔を見せて頷いた。

 人間とかけ離れた吸血鬼となってしまった妹とどう接していけばいいのだろうか。今までどおりの生活が送れるのだろうか。信じたい気持ちを抱いていながらも、ミナミは不安を拭い去ることができないでいた。

「ミナミ、早く食べないと冷めちゃうよ。」

「もう、レイジったら。お行儀が悪いわよ。」

 食べ物を口に含んで言いかけるレイジに、ミナミはついに詰め寄った。2人のやり取りを見てユミは微笑み、ヒカルも笑みをこぼしていた。

 その中でマナは心密かに切実な願いを抱いていた。今のような屈託のない日常がいつまでも続けばいいと。

 しかしその一途な願いも、血塗られた運命に引き裂かれていくのだった。

 

 日は落ち夜になり、町には静寂が訪れつつあった。人々はそれぞれ家路に着き、昼間の活動での疲れを癒す。

 しかし闇に生を成す者にとって、夜こそ活動を始める時期だった。

 裏道に差し掛かったところで誰かにつけられているような気分を覚え、神社裏に駆け込んできた1人の女性。女性は息を荒くしながらも後ろに振り返り、警戒心を研ぎ澄ませる。

 周囲には誰もいない。しかし女性の不安は解消されていなかった。

 そのとき、女性は首筋に何かが刺さったような痛みを感じる。痛むほうに眼を向けようとしたときだった。

(あれ?・・体が・・動かない・・・)

 体の自由が利かなくなり、その場に立ち尽くす。彼女の首筋には青年の牙が刺さっていた。

 音もなく突如女性の背後に現れた青年、アーサー。彼は力の回復のため、女性の血を吸い取っていた。

(私の糧となれることを光栄に思うがいい。)

 アーサーが血を吸い取りながら、胸中で女性に語りかける。

(褒美に、お前を美しき姿に変えてやろう。そうすることで、お前は死を逃れられる。)

 アーサーは女性から牙を離すと、女性を押さえていた両手に光を宿す。その金色の光が、立ち尽くしている女性の体を包み込んでいく。

 やがて全身を包み込んだ光が消えると、黄金の像と化した女性が現れた。

「これでお前は死から免れた。その美しい姿で、永遠を生きるがいい。」

 アーサーは低い声音で女性に告げ、音もなくその場から姿を消した。そして彼は次の獲物を求めて行動を開始した。

(まがいもののブラッドの娘などいつでも葬れる。問題はあの女だ。)

 夜の町を見下ろして、アーサーはマナに敵意を向けていた。

(以前のように石化を受けたりはしない。お前は2度とその石の視線を私に向けることはできない。)

 不敵な笑みを浮かべて、アーサーは再び動き出した。自らの手でマナを葬り去るために。

 満月が、暗躍する彼の姿を捉えていた。

 

 

次回予告

 

封じられた記憶。

忘れ去られた思い出。

紅い運命は、少女と少年の心にすれ違いを生む。

闇に紛れ、再び襲い来る黒き刺客。

灰色の視界に映るのは、優しき過去と、忌まわしき破滅。

 

次回・金色の舞

 

 

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