Blood –Cursed Eyes- File.4 転生

 

 

 怒涛の1日が過ぎ、そして一夜が明けた。

 セットしていた目覚まし時計のベルを耳にして、レイジは眼を覚ました。リビングに向かうとマナとユミが既に朝食を取り、キッチンではミナミとエリナが朝食の支度を続けていた。

「おはようございます、レイジさん。すぐに出来上がりますので。」

 エリナがレイジに笑顔を向けると、レイジは笑顔を見せてテーブル席に向かう。

「もう。大学に行くのにそんな寝ぼけ眼でいるつもり?もう少しシャキっとしなさいよ。」

「あぁ。昨日、一昨日といろいろあって疲れてるんだ。」

 レイジの愚痴を聞いてミナミが大きくため息をつく。

「全く・・これ食べて元気出しなさい。」

 ミナミがレイジの分のトーストとハム入りスクランブルエッグをテーブルに置いた。

「あまりレイジさんを邪険にしてはいけませんよ。レイジさんもレイジさんなりに大変なんですから。」

「いくらこっちが食事の面で健康管理をしても、それ以外だと自己責任になってしまうのよ。少しぐらい自分の体に注意を払うべきだと思うんだけど。」

 微笑みかけるエリナにも、ミナミは注意を入れる。

「それなら心配要りませんわ。レイジさんは普段から元気いっぱいでしたから。」

 しかしエリナは気にした様子を見せなかった。

「そうだ。マナちゃんも一緒に行こうよ。」

「えっ・・・?」

 レイジが唐突に口にした提案に、マナが疑問符を浮かべる。

「オレたちの勉強しているところがどういうところなのか、マナちゃんにも知ってもらおうかなと思って。」

「でもその顔見たら、みんな怖がるんじゃないかな・・」

 レイジの言葉にミナミが心配の声を上げる。

「それに、大学は楽しいことばかりではありませんわ。マナさんには退屈になってしまうのでは・・」

 続いてエリナも心配の言葉をかけるが、レイジは2人に笑みを返してきた。

「大丈夫だよ。少人数じゃなければ指されることもないだろうし、ヤバくなったら出て行けばいいし。」

「もう、レイジったらいい加減なんだから。どうなっても私は責任は持たないからね。」

 あくまで前向きに考えるレイジに、ミナミは完全に呆れ果てていた。

 

 結局、レイジはマナを大学に連れて行くことにした。ミナミもエリナも不安を拭え切れなかったが、レイジが面倒を見るということで渋々受け入れていた。

「どうだい、マナちゃん?これが学校だよ。勉強が中心だけど、楽しいこともたくさんある。」

 レイジが笑顔で説明を入れていくが、マナは戸惑った様子だった。

「と、とにかく、授業の様子も見てみよう。意外と楽しく感じるかも。」

 レイジは笑みを崩すまいとしながら、マナを教室へと案内する。そんな2人の様子にミナミは気が気でならなかった。

 この日の最初の講義は、レイジ、ミナミ、エリナとも同じだった。もっともエリナの場合は、レイジと同じ講義なら何でもいいと考えていた。

 やがて人が集まり、チャイムが鳴り、講義が開始された。成績のいいミナミとエリナは苦にしていなかったが、レイジは内容についていけないところがあり、集中できなくなっていた。

 こんな調子で午前は過ぎていき、昼休みとなった。4人はこの日は校内の食堂か購買部で何か買うことにした。

 しかし食堂も購買部も込み入っていて、とても食べたり買えたりできる状況ではなかった。

「ダメだ。これは近くのコンビニのほうが買いやすいな。」

「それじゃ、私とレイジで買ってくるから。」

 ため息をつくレイジの横で、ミナミが案を申し付ける。

「それなら私が行きますわ。レイジさんの手は煩わせませんわ。」

 そこへエリナが声をかけるが、ミナミは首を横に振る。

「この辺りに詳しいのは私だけだし、レイジを残すとマナちゃんにヘンなことしかねないからね。」

「おいおいミナミ、オレはそんなハレンチなことはしないって。」

 不審な視線を向けるミナミに、レイジが苦笑いを浮かべて弁解する。

「そういうことでしたら仕方がありませんわ。それではお願いしますね。」

 ミナミの言い分を受け入れて、エリナはレイジとミナミを見送った。2人の姿が見えなくなったところで、マナが口を開く。

「レイジと一緒にいられなくて、寂しいか?」

 マナの言葉に、エリナが笑みを消す。

「別にこんなことでムキにならなくても、チャンスはいくらでもあるから大丈夫よ。」

「お前のような傲慢な考えの持ち主では、誰の心もつかむことはできない。人は自分の気持ちでさえ満足に把握しきれないというのに。」

「ずい分と勝手なことを言うじゃないの・・それじゃアンタも自分のことを分かっていないような口ぶりじゃないの。」

「そうだな。というよりも、私は私を制御しきれていない・・だが、お前は自分を制御しようともしていない。」

「制御?そんな必要なんてどこにあるの?私はレイジさんが好き。好きでたまらない・・」

 マナの言葉をはねつけて、エリナがレイジに対する想いに馳せる。

「あなたはずい分と他人に干渉してくるのね・・でもね、あなたには私のこの気持ちは理解できない。」

「愚問だな。私はお前のようなヤツの考えなどに興味はない。だがどうしても見えてしまう。聞こえてしまう。私の周りにある全てが・・・」

 マナが口にした言葉をエリナは鼻で笑う。そして妖しい笑みを見せてマナの頬に優しく手を添える。

「何にしても、レイジさんは私がものにしてみせる。でもあなたはレイジさんにはふさわしくないわ。あなたのように身勝手な考えしか持ち合わせていないあなたには。」

「身勝手はどっちだろうな・・・」

 互いに鋭い視線を向け合うエリナとマナ。2人の気持ちの衝突は、まさに一触即発の状況へと持ち込まれていた。

「ただいまー、マナちゃん、エリナ。」

 そこへ昼食の買出しからレイジとミナミが戻ってきた。するとエリナが突然右手を押さえて顔を歪めた。

「ど、どうしたんだ、エリナ・・!?」

「わ、分かりません・・いきなりマナさんが突き飛ばしてきて・・・」

 慌てて駆け込んできたレイジに対し、エリナが沈痛な面持ちを見せる。

「違う。私は何もしていない。エリナが勝手に・・」

「何を言うんですの、マナさん!?私は、私は・・・!」

 弁解を言いかけるマナに対し、エリナがさらに沈痛さをあらわにする。

「マナちゃん、これはどういうことなんだ・・・!?」

 レイジが深刻な面持ちでマナを問い詰める。彼の眼差しが疑いのものに思えて、マナは困惑を覚える。

「違う・・私じゃない・・私じゃない!」

 押し殺していた感情をあらわにして、マナはその場から駆け出した。

「あっ!マナちゃん!」

 ミナミがとっさにマナを追いかけていった。2人のことを気にかけながらも、レイジはエリナのそばを離れることができなかった。

 錯綜する思いの影で、エリナがレイジに気付かれないように、冷ややかな微笑を浮かべていた。

 

 たまらずレイジのそばから駆け出し、学校からも離れていってしまったマナ。いつしか彼女は、近くの小学校の前まで来ていた。ユミとヒカルが通っている小学校である。

 この日のこの学校の授業は午前中のみで、下校していく生徒たちが目立っていた。そしてその中に、ユミとヒカルの姿もあった。

 マナはじっと2人を見つめ、そしてゆっくりと後を追いかけた。感情が不安定になっていると自覚していた彼女は、ヒカルに気付かれることを覚悟していた。ところがヒカルは気付いているのかいないのか、振り返る様子を見せず、ユミとの会話を楽しんでいた。

(私は、いったい何にすがっているんだ・・何を求めているんだ・・・)

 自分の気持ちさえ分からなくなりそうになり、マナは困惑を噛み締めた。その気持ちを押し殺して、彼女は再びヒカルたちに眼を向ける。

 そのとき、マナは眉をひそめた。ユミとヒカルの前に1人の青年が立ちはだかっていた。首元まである金髪に、紅い眼をした青年。

(ブラッド・・・!?)

 マナは悟っていた。青年が自分と同じ吸血鬼、ブラッドであることを。そして同じブラッドであるヒカルも、青年の正体に気付いていた。

「あの・・何か・・・?」

 ところが人間であるユミは青年の正体に気付かず、唐突に問いかける。だが青年、アーサーの視線はヒカルのみに向けられていた。

「お前、人間ではない・・・ブラッドだな?」

「えっ・・?」

 アーサーが口にした言葉に、ヒカルだけでなくユミも驚きをあらわにする。彼の言動に危機感を感じたヒカルが、たまらずユミの手をつかむ。

「ユミちゃん、こっち!」

「えっ!?」

 再び驚きの声を上げるユミを引っ張って、ヒカルは駆け出した。今この場を2人で離れないと、ユミに危険が及びかねない。

 逃亡を試みる2人を、マナもアーサーにも気付かれないように追跡を開始した。だがアーサーはヒカルたちを追う様子を見せていなかった。

 

 アーサーからの逃亡を試み、ヒカルとユミは神社裏の林の中に駆け込んでいた。呼吸を荒くする中でヒカルが振り返るが、アーサーが追いかけてくる様子は見られなかった。

「ヒカルちゃん、いったいどうしたの・・・?」

 状況が理解できていないユミがヒカルに問いかける。ヒカルは動揺を見せながらも、ユミに話すことを決める。

「ユミちゃん・・落ち着いて聞いてほしいの・・・」

 ヒカルが言いかけると、ユミは無言で頷いた。

「実は私、吸血鬼なの・・・」

「えっ・・吸血鬼・・・?」

 突然の言葉に、ユミは一瞬意味が分からなかったような反応を見せる。

「吸血鬼の一族、ブラッド・・血を消費していろいろな力を使うことのできる吸血鬼・・でもこれだけは分かってほしいの。私はブラッドだけど、力を使わず誰も襲わず、人として生きていこうとしていることは・・」

 必死の思いでユミに言いかけるヒカル。だがヒカルは胸中で、ユミに嫌われることを覚悟し、不安に感じていた。ブラッドや吸血鬼は、その能力ゆえに人間に忌み嫌われている。ブラッドである真実を聞いて、受け入れてくれる人間などまず考えられなかった。

 ところがユミはヒカルを怖がるどころか、微笑みかけていた。

「たとえ吸血鬼でも、人間じゃなくても、ヒカルちゃんはヒカルちゃんだよ。」

「ユミちゃん・・・!?」

 予想していない反応が返り、ヒカルは戸惑いを見せる。

「たとえ吸血鬼でも、人間らしさを持ってるなら、ヒカルちゃんは立派な人間だよ・・」

「ユミちゃん・・・」

 ユミの言葉を受けて、ヒカルは自分を締め付けていた何かが解けたような感覚を覚える。安堵を感じながら、ヒカルはユミに寄り添う。

「ありがとう、ユミちゃん・・・ユミちゃんにこういう風に言ってもらえて、私、すごくうれしい・・・」

 ユミの思いに支えられて、ヒカルは思わず涙を浮かべていた。

「これからも、私たちはずっと友達だよ、ヒカルちゃん・・」

「ユミちゃん・・・」

 互いに笑みを浮かべ、喜びを分かち合うユミとヒカル。

 だがその直後、ヒカルは背後に現れた血塗られた気配を感じて顔を強張らせる。

「逃避行は終わりか?ならば血の旋律を奏でるとしようか。」

 ヒカルが振り返った先には、紅い眼光を灯しているアーサーの姿があった。

「ユミちゃん、下がってて!」

 ヒカルはユミをかばって、アーサーを見据える。

「お前は純粋なブラッドとはいえない。人の心を持っているお前など、純粋なブラッドである私の相手ではない。」

 アーサーが右手を掲げ、力を込める。その手の上に光が出現し、やがてそれは輝く剣と化した。

(金色の剣!?・・おかしい。ブラッドが作り出す剣や鞭などの武器は紅い血の色のはずなのに・・・)

 ヒカルはアーサーの剣に疑念を抱く。剣は金色の輝きをまとっていた。

「案ずることはない。これは私が主に使う力に共鳴しているだけだ。これから血の色で描かれるお前たちには、知ったところで意味のないことだが。」

 アーサーがヒカルに向けて剣を振り上げる。ヒカルはとっさに空気を冷却して氷の壁を作り、振り下ろされた剣を受け止める。

 だがアーサーの剣は氷の壁を簡単に打ち破ってしまった。たまらずヒカルは回避行動を取り、間髪入れずに氷の刃を出現させて発射する。

 これもアーサーの一閃によってなぎ払われてしまう。その一閃の余波で生まれたかまいたちが、見えない刃となってヒカルの体に突き刺さる。

「ヒカルちゃん!」

 たまらず叫ぶユミの眼前で、貫かれたヒカルの体から鮮血が飛び散る。致命傷には至らなかったが、ヒカルは全身に痛みを覚えて自由に動くことができなくなっていた。

 剣を少し下げて、アーサーが冷淡な視線をヒカルに向ける。

「これで分かったはずだ。お前では私には及ばない。ブラッドとしての自覚を失ったお前では。」

「そんなことは分かってる・・それでも私は、ユミちゃんを守らなくちゃならない・・ユミちゃんは、私を受け入れてくれた友達だから・・・」

 傷だらけになりながらも、ユミを守るために必死に立ち上がるヒカル。しかしアーサーに敵わないことは明らかだった。

「実に滑稽だな。そんな考えを持つブラッドなど、存在そのものが滑稽というもの。」

 アーサーは低い声音で言い放って、ヒカルの傷ついた体を一蹴する。ヒカルは横転し、押し寄せる苦痛に顔を歪める。

「今度こそ終わりだ。お前自身の浅はかさを恥じるがいい。」

 アーサーが剣を槍状の光刃に変えてヒカルに放つ。満身創痍のヒカルはその場を動くことができない。

「ヒカルちゃん!」

 そこへユミがたまらず飛び出してきた。アーサーの光刃が、ヒカルをかばったユミの胸に突き刺さる。

「ユミちゃん!」

 ヒカルが叫ぶ前で、光刃が貫いたユミの体から鮮血が飛び散る。妨害を受けたことにアーサーが舌打ちする。

「邪魔が入ったが、わずかに永らえたに過ぎん。」

 アーサーが不敵な笑みを取り戻し、再び光刃を出現させる。だが光刃を放とうとして彼は手を止める。

「また邪魔が来たか・・」

 アーサーが振り返らずに背後の気配を察する。マナがアーサーに鋭い視線を向けていた。

「お前もブラッドのようだが、この娘と違って期待できそうだな。」

 淡々と声をかけるアーサーに気を留めずに、マナは傷ついたヒカルとユミを眼にする。

「お前か・・この2人をやったのは・・・?」

「愚問だな・・私はブラッドを偽る愚か者と、その始末を邪魔した娘を手にかけただけだ。」

 マナの問いかけにアーサーが淡々と答える。その態度にマナの眼つきが鋭くなる。

「自分勝手な言い分だな。それはお前の同士への手向けや誇りの防衛などではなく、ただの自己満足だ。」

「勝手なのはお前だ。我ら同胞を愚弄するなら、たとえ同じブラッドであろうと許さん。」

 アーサーがここでようやく振り返るが、マナは鋭い視線を向けたまま構えない。

「それで私を相手しようというのか?・・笑止千万!」

 アーサーが掲げた右手から金色の閃光が放たれる。その光に巻き込まれたマナの左腕が金色に染まり、動かなくなる。

「これは・・」

「これがオレの本来の力。あらゆるものを金に変えることができる。その能力の余念が他の能力に伝達して金色に染まるなどの効果が現れている。」

 眼を見開くマナに、アーサーが顔色を崩さずに答える。

「どんな能力を備えていたか知らないが、これではまともに戦うことはできないだろう。このまま退くならその腕を元に戻してやる。」

 不敵な笑みを浮かべるアーサー。マナは金と化した左腕を右手で軽く押さえてから、ゆっくりと移動を始める。

「その行動は退くとは言わない。何をしようというのだ?」

 アーサーの声を無視して、彼とヒカルたちの間に入る位置で止まる。そして右目を隠していた眼帯を外す。

 呪われた右目の灰色の視線が、アーサーの姿を捉える。危機感を覚えたアーサーが即座に回避を行うが、彼の左腕も灰色になって動かなくなった。

「これがお前の力。眼にしただけで石にしてしまう・・何という力だ・・・」

 アーサーがマナの力を目の当たりにして、初めて動揺の色を見せる。

「だがこれだけの力・・制御するには生半可な精神では敵わぬはず。だがこれで私もまともには戦うことができなくなってしまった。ここは退いたほうがよさそうだ。」

 アーサーは大きく跳躍してマナ、ヒカル、ユミを飛び越える。マナは右目を眼帯で隠してアーサーに振り返る。

「今回はここまでだ。その娘はいつでも始末できるし、隣の娘も間もなく命を落とすだろう。」

 アーサーはそう言い残して、音もなく姿を消した。戦意を治めたマナが、傷ついたユミに必死に呼びかけるヒカルに眼を向ける。表面的には落ち着いて見せていたが、マナは胸中で深く動揺していた。

「ユミちゃん!しっかりして、ユミちゃん!」

「ヒカル、ちゃん・・・無事だったんだね・・よかった・・・」

 ユミが笑顔を作ってヒカルに呼びかけるが、すぐに沈痛の面持ちになる。

「このまま死んじゃうのかな・・・イヤだよ・・まだやりたいこと、たくさんあるのに・・お姉ちゃんやレイジお兄ちゃん、マナさんやヒカルちゃんと一緒にいたいのに・・・」

「ユミちゃん・・・」

 ユミの悲痛さに、ヒカルもたまらず涙を流す。するとユミがヒカルにゆっくりと手を伸ばす。

「ヒカルちゃん、吸血鬼なんでしょ・・・お願い・・私の血を・・」

「ダメだよ、ユミちゃん!そんなことしたら、ユミちゃんもブラッドになっちゃうよ!」

 ユミの願いにヒカルが感情をあらわにして否定する。それでもユミはヒカルに懇願する。

「お願い・・ヒカルちゃんやみんなと離れたくないよ・・・!」

「でも・・・!」

「私がやろうか。」

 そこへマナが2人に呼びかけた。するとヒカルがたまらずマナを呼び止める。

「やめて!あなたも知ってるでしょ!?ブラッドに血を吸われた人間もブラッドになる!ユミちゃんに私たちと同じになってほしくないよ・・・!」

「・・私は、ヒカルちゃんと同じになれるなら、どんなものになってもいいよ・・・」

 だがユミはブラッドになることを拒んではいなかった。彼女の心境にヒカルはこれ以上反論できなかった。

「覚悟はできているか?・・後悔はしないか・・・?」

 念を押すマナに、ユミは微笑んで頷いた。彼女の思いを汲んで、マナは彼女の体を抱えて首筋に顔を近づける。

 ブラッドの牙がユミの首に突き刺さる。その瞬間、ユミは今まで感じたことのない快感を覚える。

(何だかすごいよ・・体中の血が動き回ってるのが分かる・・・)

 人間から吸血鬼へと変わっていく変貌に、ユミの心は揺らいでいた。その心地よさの中、ユミの傷と出血が消えていく。

「ユミちゃん・・・」

 沈痛の面持ちを浮かべているヒカルの頬に、ユミがゆっくりと手を添える。

「帰ってきたよ、ヒカルちゃん・・・ありがとう、マナさん・・・」

 ヒカルとマナに優しく声をかけるユミ。その瞳は紅く染め上げられていた。

「マナちゃーん!」

 そこへマナを探しにやってきたミナミがたどり着いてきた。

「お姉ちゃん・・・?」

「あれ?ユミ、ヒカルちゃんも一緒だったの?」

 ミナミが疑問符を浮かべると、ユミは笑顔で答える。

「うん。ちょっとバッタリ会ってね・・ね、ヒカルちゃん。」

「えっ?・・うん、そうだね・・・」

 ユミの言葉にヒカルは戸惑いを感じながらも頷く。しかしヒカルは胸中で歯がゆさをも覚えていた。

 マナに血を吸われて、ユミはもう人間ではない。その証拠に彼女の眼は、ブラッドを証明するように紅く染まっていた。

 

 

次回予告

 

体を駆け巡る黒き血潮。

抑えきれない紅き衝動。

人の心の揺らぐ様を目の当たりにして、少女は悲痛さを噛み締める。

運命と苦悩は、さらなる深みと漆黒さに彩られていく。

 

次回・血の本能

 

 

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