Blood –Cursed Eyes- File.3 情意の果て
マナに対して自らの力を発動させたヒカル。氷の刃が次々と迫っていくが、マナはそれを簡単にかわしていく。
しかしマナは反撃に転ずる様子を見せなかった。
「どういうつもりですか?なぜ戦おうとしないのです?」
ヒカルがついにマナに問い詰めた。するとマナは逆にヒカルに問い返した。
「ならなぜ、お前は戦おうとする?」
「それは、あなたからユミちゃんやみんなを守るためよ。」
ヒカルの返答にマナが眉をひそめる。
「あなたからは危険な感じがする。血に植えた吸血鬼とは違うけど、何かを傷つけようとする敵意が感じられる。このまま放っておいたら、ユミちゃんやみんなが大変なことになる。」
「・・・ずい分と浅はかに見られたものだな・・勘違いするな。お前は私のことを何も分かっていない。」
ヒカルをあざ笑うと、マナは鋭く言い放つ。
「私の中には、お前のような子供には計り知れない、深く大きな闇を宿している。その闇が私自身に苦痛を与えているんだ・・・」
「闇・・・」
「吸血鬼としての宿命だけで満足しているお前などに・・」
マナが右目を隠していた眼帯を外す。
「私の闇は理解できない・・・」
閉ざしていたマナの右目がゆっくりと開かれる。その灰色の瞳が見開かれる直前に、ヒカルは危機感を覚えて回避行動を取っていた。
彼女が察したとおり、マナの視界に入った大木が突如灰色に染まった。ヒカルは木陰に隠れてマナの動きを伺う。
(あの右目・・視界に入っただけで、その対象を石にしてしまう・・・)
ヒカルが胸中でマナの力に毒づく。
(いくら私でも、あの眼に見つめられたら対抗する手段がない。マナさんに見られる前に、凍りつかせて動きも力も完全に封じれば、私にも勝ち目がある・・・!)
思い立ったヒカルが移動を開始した。その草木の小さな動きにマナが振り返り、灰色の視線を投げかける。
(確かにあの力は強力・・でも、速さでは私のほうが優位・・・!)
マナの視界に入らないよう、ヒカルは素早く動き回る。巡らせていくマナの視線が、次々と草木を灰色に染め上げていく。
だが、マナはヒカルの居場所を見失っていた。そしてヒカルはついに、マナの背後を捉えた。
(今がチャンス!振り返ってくる前に一気に凍らせて、石化の力を完全に封じる!)
ヒカルは意を決して飛び出し、マナへの接近を試みる。ヒカルの速さなら、石化を受ける前にマナを凍てつかせることができる。
(とった・・・!)
「ヒカルちゃん!」
そのとき、ヒカルに向けて声がかかった。彼女の眼に、駆け込んでくるユミの姿が飛び込んできた。
(ユミちゃん!?)
「ユミちゃん、ダメ!」
ユミの危機にたまらず叫ぶヒカル。同時に彼女の動きが鈍り、その声にマナが気付いて振り返る。
灰色の視線が眼を見開くヒカルを捉える。彼女の胸元と伸ばしかけていた右手が灰色に染まっていく。
「えっ・・・」
その瞬間にヒカルだけでなく、ユミも当惑をあらわにする。部外者を巻き込みかねないと察したマナが、右手で右目を隠して、左手で念動波を放つ。
集中された衝撃を受けて、ユミはその場に倒れこむ。一瞬安堵の吐息をついてから、マナはヒカルに視線を戻す。
「この一瞬が、お前の命運を分けたな・・これでお前は、ここで石に変わっていくだけ・・」
「そんな・・・そんなことって・・・!?」
淡々と告げるマナの前で、ヒカルが困惑を見せる。ヒカルの体が徐々に石化し、彼女の自由を奪っていく。
「辛いか?怖いか?・・だが、そんな恐怖を与える私自身にも苦痛を与えているのよ。たとえ全身を石にされたとしても、誰も私のこの恐怖は理解できない・・・」
「ダメ・・ユミに手出しはさせない・・・たとえこの体が違うものにされても・・私は・・・」
ヒカルが必死にマナに呼びかける。しかし呪われた眼による石化が彼女の体を蝕んでいく。
「何度も言わせるな。私はこの力を快く思っていない。こんな力、なくなればどんなにいいことか・・」
マナが右目に眼帯を付け直すと、きびすを返してこの場を立ち去ろうとする。ヒカルの体は首から下が完全に石化してしまっていた。
「お願い、やめて!ユミちゃんたちには手を出さないで!」
ヒカルが必死の思いで声を振り絞る。
“やめてよ!”
そのとき、マナの脳裏に悲痛な叫びがこだました。それはヒカルの声ではなく、マナの心に刻まれた人間の悲痛の叫びだった。
その声を思い返し、マナが苦痛を覚える。平穏を保てなくなり、脳髄に響き渡るような激痛にさいなまれる。
その瞬間、ヒカルにかけられていた石化が突如解けた。灰色の束縛から解放されたヒカルがその場に座り込む。
「どうして・・石化が、解けた・・・!?」
ヒカルは石化の解除に疑念を抱いた。制御の利かない力の効果がすぐに解けることなどまず考えられないからだ。
苦痛にさいなまれたマナがその場に倒れこみ、そして意識を失って動かなくなった。
(どうなってるの・・いったい何が・・・!?)
なぜ石化が解けたのか分からず、ヒカルは困惑していた。それからしばらくしてユミが意識を取り戻し、2人はマナを連れて家に戻ることにした。
マナ、ユミ、ヒカルが戻ってこず、レイジとミナミはついに探しに行くことを決めた。そのとき、家のインターホンが鳴り出した。
「誰だろう、こんなときだっていうのに・・・?」
レイジが玄関に向かい扉を開けた。その先にはドレス姿の少女が立っていた。
「突然の訪問、失礼します。お尋ねしたいことがありまして・・・」
一礼して顔を上げたところで、少女が突然きょとんとなる。そして次の瞬間、彼女はレイジを見るなり満面の笑顔を見せる。
「ここにいらしていたのですか、レイジさん!まさかここだとは思っても見ませんでしたわ!」
「えっ!?越水!?お前、何でこんなところにいるんだ!?」
少女、エリナの登場にレイジが驚きをあらわにする。
「ちょっとレイジ、いったいどうしたのよ・・?」
その声を聞きつけて、ミナミが顔を出してきた。するとエリナが突然驚きの表情を見せる。
「レイジさん、この方は・・・!?」
「私はこの家の管理を行っている、天笠ミナミです。それと料理が苦手なレイジくんに代わって調理もやっています。それでレイジくん、この人は誰なのでしょうか?」
エリナの問いかけに答えると、ミナミが疑いの眼差しを向けてレイジを問い詰める。
「いや、ミナミ、エリナはな・・・」
「私、レイジさんと同じ高校でした、越水エリナと申します。私、レイジさんにいろいろとお世話になりまして。」
「何言ってるんだよ・・お前が入り浸ってきたから、仕方なくいろいろ手伝ってやったんじゃないか。」
朗らかな笑顔で答えるエリナの言葉に対し、レイジが呆れながら弁解を入れる。しかしミナミは不機嫌さを消していなかった。
「それはそれは、仲のいい高校生活でしたわね。」
「それで私もレイジさんと同じ大学に通うことになりまして・・どうせなら私もここに住まわせてもらってもよろしいでしょうか?」
「えっ!?」
エリナの申し出にレイジとミナミが同時に驚く。
「もちろんご迷惑になるようでしたら諦めますけど・・・」
「・・いや・・簡単に追い返すような無碍なことはしたくないけどさ・・」
沈痛の面持ちを見せるエリナにレイジがぶっきらぼうに答え、ミナミが続ける。
「この家ではみんなそれぞれやることをやって、助け合って生活していくことが大前提だからね。住むには何かしてもらわないと・・」
「その心配は要りませんわ。私、越水財閥の娘ですけど、家事全般は人並みにはできますわ。」
ミナミの指摘にエリナが淡々と答える。
「よろしければ、その腕前を披露して差し上げますわ。」
「ハァ・・エリナの腕は本物だ。オレに散々見せ付けてくれたからね。」
エリナの言葉を、レイジはため息をつきながら受け入れる。
「丁度いい時間ですし、何かお菓子かデザートでも。材料はありますか?」
「えっと・・パンケーキぐらいしか・・あとは生クリームと・・・」
「それだけあれば十分ですわ。飾り気のあるものを作りましょう。」
苦笑いを見せるミナミに、エリナが満面の笑顔を見せた。
そのとき、ユミとヒカルがマナを連れて帰ってきた。突然のことにレイジたちが驚きを見せる。
「マナちゃん、ユミちゃん、ヒカルちゃん、どうしたんだ!?」
「あ、あの・・突然マナさんが倒れて・・」
声を荒げるレイジに、ヒカルが答える。彼らは意識を失っているマナをベットまで運んだ。
それからしばらくして、マナは眼を覚ました。彼女の左目の視界に、レイジ、ユミの顔が飛び込んできた。
「あ、気がついたようだね、マナちゃん。」
「えっと・・ここは・・・?」
レイジが安堵の笑みを見せる前で、マナが上半身だけを起こして部屋の中を見回す。
「いきなり倒れたみたいだよ。それで、ユミちゃんとヒカルちゃんが運んできたんだ。」
「ヒカルが・・・?」
レイジの言葉にマナが眉をひそめる。視線を巡らせると、ユミと一緒に笑顔を見せているヒカルの姿があった。
「その様子だと、たいしたことはなさそうだ。今、ミナミとエリナがパンケーキを作ってくれてる。」
「エリナ?」
「オレの知り合い。オレを追いかけてわざわざ来てくれたんだよ。」
疑問を投げかけるマナに、レイジは呆れながら答える。彼のそんな様子を気にしつつ、マナはヒカルに眼を向けた。真剣な眼差しを向けてくるヒカルに対し、マナはあえて休戦を選んだ。
その頃、ミナミとエリナはキッチンにて特製パンケーキを作っていた。といっても主に作っているのはエリナであり、彼女の見事なまでの腕前にミナミは唖然となり、材料を揃える以外にできることがなくなっていた。
「うわぁ・・本当に見事としか言いようがないわね・・これじゃ私の出番が・・・」
「そんなことありませんわ。ミナミさんが材料を提供して下さらなかったら、私が調理することも叶いませんでしたわ。」
落ち込むミナミに笑顔で弁解するエリナ。
「ミナミさん、そろそろ仕上がりますので、レイジさんたちを呼んでください。」
「わ、分かったわ・・」
半ば唖然としながらも、ミナミはエリナの指示を受けてレイジたちを呼びに行った。
エリナが作ったパンケーキは、一般的なものとは思えないような豪勢な飾りが施されていた。生クリームと少ない種類のフルーツだけを使っての豪勢さに、レイジたちはただただ唖然となっていた。
「おい・・ホントにパンケーキか・・・?」
「そんなこと私に聞かないでよ・・・」
小声で言葉を交わすレイジとミナミ。その横でユミとヒカルが喜んでパンケーキを口にしていた。
「さ、レイジさんもミナミさんも遠慮なさらずに。」
エリナに勧められるまま、レイジとミナミもパンケーキを口に運ぶ。その食感にまた度肝を抜かれる2人だった。
「マナさんはまだベットですか?私、運んできますわ。」
エリナはそういって、1人分のパンケーキを持ってマナのところへ向かった。
エリナが部屋に入ると、マナは体を起こして彼女に眼を向ける。
「はい。これがあなたの分ですわ。お召し上がりになってください。」
エリナがマナにパンケーキを差し出す。
「レイジさんには本当にお世話になりました。これから私はレイジさんのために全てを捧げていきたいと思っています・・少し言いすぎでしたわね・・」
「何だか、自分に都合のいいように物事を進めているような言い方だな。」
マナのこの言葉に、エリナの満面の笑みが消える。
「お前は自分の思い通りになるように事を運んでいるだけだ。おそらく、レイジが目当てか。レイジを自分のものにしたいがために、明るく振舞って自分に惹かれさせようと・・」
「お黙り!」
マナの言葉をさえぎって、エリナが声を荒げる。以前の優雅さは完全に消え、憤怒を満面に表していた。
「あなたに、私の何が分かるって言うのよ・・・何にも知らないくせして、分かったようなこと言わないでもらいたいわね!」
突然怒号をあらわにして鋭い視線を向けるエリナ。しかしマナは冷淡な態度を崩さない。
「マナちゃん、どうだった、エリナのパンケーキは?」
そこへレイジが顔を見せてきた。するとエリナは笑みを取り戻してレイジにすがり付いてきた。
「いかがですか、レイジさん?お菓子だけでなく、料理もある程度ならこなせますわ。」
「いや・・オレは別にいいんだけど・・ここに住めるかどうかを決めるのは、管理人をしているミナミなわけだから・・」
レイジが苦笑を浮かべると、エリナは後からやってきたミナミに眼を向ける。話を聞いていたミナミは、エリナに頷いてみせる。
「合格。これだけ見事で、断る理由なんてないわね。部屋は空いてるところだったら、好きなところを使っていいから。決まったら私に言って。」
「光栄ですわ。レイジさんとひとつ屋根の下で暮らすことができて。」
ウィンクを見せるミナミの了承を受けて、エリナが満面の笑顔を浮かべた。
「住んでいいことにはなったけど、あんまりオレにベタベタしないでくれよ。」
レイジがため息をつきながら言いかけるが、エリナは聞いていない様子だった。
「これからは交替で調理を行っていきましょう。これからもよろしくお願いしますね、名料理人さん。」
「そんな大げさですわ、ミナミさん。」
おだてるミナミに笑顔を振りまくエリナ。そんな中で彼女はマナに一瞬だけ鋭い視線を向けた。笑顔の中に潜む謀略にマナは薄々感づいていた。
満月が浮かぶ夜。その草原の真ん中に1人の青年が立っていた。
彼の名はアーサー・ヴァインスキー。純粋のブラッドである。
「また美しい月が出たな・・全てを映し出すような満月は、血塗られた運命が起こる前兆である場合が多い。」
アーサーは満月を見上げて1人呟く。
「この近くにブラッドがいる。それも2人・・大きな動きを見せてはいない。暗躍をしているか・・」
アーサーは月夜から眼前の町並みに眼を向ける。
「よかろう。私がその小さな水溜りに大きな波紋を起こしてやろう。人間は私の血の糧でしかない・・」
新たな行動を開始するため、アーサーは行動を開始しようとしていた。
次回予告
血塗られた宿命。
人と人でない者の交錯が、様々な思いを打ち砕いていく。
血を巡る運命が、少女たちの心を脅かす。
そしてその魔性の牙が、紅い呪縛を生み出す。