Blood –Cursed Eyes- File.2 氷の雨

 

 

 レイジとミナミの招きにより、屋敷に居候することとなったマナ。この日の夕食の後、彼女はミナミとともに皿洗いをしていた。

「ありがとうね、マナちゃん。後片付け、手伝ってくれて。」

「私のできることといったら、これくらいしかないから・・」

 感謝するミナミに、マナは微笑んで答える。

「いいのよ、いいのよ。自分のやること、やりたいことはこれからゆっくり見つけていけばいいんだから。」

「でも、それまでレイジとミナミに迷惑をかけてしまうんじゃ・・」

「大丈夫。ここなら大いに甘えちゃって結構だから。」

 戸惑いを見せるマナにミナミが笑顔で励ます。だが視線を移したミナミからすぐに笑顔が消える。

「むしろあのグータラくんのほうに迷惑してるくらいなんだから。」

 ムッとした面持ちを見せながら、ミナミは食器を洗う手をいったん止めて、レイジを呼びに向かう。大学の講義の予習に備えると言っていたが、彼女には部屋で休んでいるとしか思えなかった。

 その間にもマナは食器洗いを続けていた。その中で彼女は自分の忌まわしき眼を思い返していた。

 感情が高まると開き、視界に入れただけで何もかも石にしてしまう右目。自分の意思に反して石化を解除することさえできない呪われた眼。

 だが潰してしまおうとは思わなかった。その右目が自分の存在の証となっていたからだ。

 もしもこの眼がなかったら、今頃自分はここにいなかっただろう。忌まわしく邪な力でありながらも、それが自分の存在を確立させているのも否めなかった。

 そして彼女は吸血鬼種族、ブラッドである。瞳の色が昼間では赤く、夜では蒼く染まるのが特徴で、自らの血を媒体にして様々な力を使う。

 そのブラッドの1人であるマナだが、彼女の呪われた右目は灰色になっている。また常に力が発動されている状態にあるこの力は、制御が利かない代わりなのか、血の消費を必要としていない。

 何であれ、マナ自身はこの力を快く思っていなかった。ただでさえその能力ゆえに畏怖されているブラッドであるのに、見ただけで人を石に変えるために、彼女はさらに周りから忌み嫌われてきた。

(近いうちに、ここを出たほうがいいのかもしれない・・・)

 マナは胸中で、レイジとミナミへの気遣いをしていた。

「分かった!分かりましたから!」

 レイジがミナミに引っ張られて姿を見せたのはその後だった。

 

 そしてその翌日、新たな出来事が起こった。

 新しい生活に疲れていたためか、レイジは普段よりなかなか起きれなかった。

 いくら休みの日であっても、あまり遅くまで寝ているわけにはいかない。そう思った彼は眼を覚ます。疲れが残っている手足を大きく伸ばして起床を果たそうとする。

 事前に届いていた荷物はまだ整理は完全にはついていなかったが、目覚まし時計は机の上に置いていた。

 時間を確かめるべく、レイジは時計に手を伸ばそうとしたときだった。

「んん、んんー・・・!」

「えっ?」

 シーツから聞こえてきた声にレイジが驚く。何事かと思って彼は恐る恐るシーツをつかむ。

 シーツの下には見知らぬ少女が、何事もなかったかのように眠っていた。黒のショートヘアにかわいらしい顔、中学生ぐらいに見えた。

「な、な、なっ!?どうなってるんだ・・・!?」

 レイジが少女に驚愕する。

(い、いつの間にこんなところに入ってきたんだ、この子・・・!?)

「もう、レイジ、いい加減起きなさい。」

 困惑しているところへミナミが部屋に入り、レイジが慌しい様子を見せる。

「ち、違うんだ、ミナミ!起きてたら、勝手にもぐりこんでたみたいなんだ!」

 レイジが必死に弁解しようとしている中、ミナミがベットで寝ている少女に眼を向けて呆れ顔を見せる。

「いい加減いい年なんだから、他の人が寝ているベットにもぐりこんで寝るのをやめなさい、ユミ。」

 ミナミが呼びかけると、少女、ユミはようやく眼を覚ました。ゆっくりと体を起こして、眼をこすって眠そうにしている。

「違うよ、お姉ちゃん・・起きたらいつの間にか、違うベットや布団で寝ちゃっていたんだよ・・」

「えっ?お姉ちゃん?」

 レイジが驚いてユミとミナミを見比べる。するとミナミが笑みをこぼして答える。

「そういえばまだ紹介してなかったわね。私の妹の天笠ユミ。昨日まで旅行に行ってて、夜のバスで帰ってきたばかりなのよ。」

「へぇ。けっこう元気なんだね。オレは・・」

「知ってるよ、杉田レイジさん。」

 レイジに気を遣ったミナミが紹介し、レイジが笑顔を見せる。自己紹介をしようとした彼に、ユミも笑顔を見せて答える。

「今からレイジお兄ちゃんと呼ぶことにするね。ここで暮らすわけだから。」

「もう、ユミったら、しょうがないんだから・・・」

 満面の笑顔を振りまくユミに、ミナミは肩をすくめながら頷いた。

「それより、いい加減起きなさいよ、レイジ。もうお昼近くよ。」

「えっ?もうお昼?・・あ、ホントだ。」

 ミナミの指摘に、レイジは時計の時刻を見て納得の反応を見せる。時間はもうすぐ12時になろうとしていた。

「さぁ、みんなでお掃除タイムよ。分担してこの家をきれいにしましょう。」

「りょーかいでーす♪」

 ミナミが全員に指示を出すと、ユミが元気よく返事をする。レイジは反論できず、ため息をつくしかなかった。

「そうだ!今日、お友達が来るから。」

「そうなの?じゃ念入りにやっておかないとね。」

 思い出して声を荒げたユミに、ミナミが笑顔を崩さずに頷いた。

 

 掃除が終わり、レイジは疲れた顔をしてテーブルに突っ伏した。しかしユミの元気に昼食の準備の手伝いする様子に、彼は休まる気分がしなかった。

 そんな中での食事を終えたところで、家のインターホンが鳴った。

「あ、ヒカルちゃんだ。」

 ユミが足取り軽く玄関に向かう。気になったレイジがリビングから顔を出す。

「お邪魔しますね、ユミちゃん。」

「どうぞ、ヒカルちゃん。丁度掃除終わったばかりだからきれいになってるよ。」

 ユミが招き入れたのは、少しおっとりした雰囲気の少女だった。諸星(もろぼし)ヒカル。ユミのクラスメイトであり親友である。

「マナちゃん、レイジとユミとヒカルちゃんを見てて。私は紅茶とケーキを用意してくるから。」

 マナに声をかけてキッチンに向かおうとしたミナミが、唐突に足を止めて振り返る。

「レイジ、マナちゃんにヘンなことしないでよ。」

「えっ!?し、しないって・・」

 念を押してくるミナミに、レイジは苦笑いを浮かべて答えた。

 

 ユミとヒカルが繰り広げている楽しい談話を、レイジとマナはテーブル席から見つめていた。笑顔を見せるユミたちに笑みをこぼすレイジの横で、マナはきょとんとした面持ちを浮かべていた。

「こういうのって、何だかいいよね・・?」

「えっ・・・?」

 唐突にレイジに問いかけられて、マナが疑問符を浮かべる。

「親友同士で楽しい時間を過ごす・・いいや、時間がたつのも忘れて楽しく過ごすって言ったほうがいいかな・・」

「親友・・・私は、そういうのはよく分からない・・そういうもののそばにいなかったせいなのかもしれない・・・」

 マナのこの言葉に意味深さを感じて当惑するレイジ。

「だったら、オレたちがマナの友達になるよ。」

「レイジ・・・?」

 微笑みかけるレイジに、マナが戸惑いを見せる。

「オレはマナちゃんを友達だと思ってるし、ミナミもユミちゃんも、マナちゃんをきっと受け入れていると思うよ。」

「レイジ・・・」

 レイジの言葉に励まされて、マナが笑みをこぼす。するとレイジが再び笑顔を見せて、

「そうやって笑っているほうが、けっこうかわいいよ。」

「へぇ、そうやってマナちゃんを口説いて、何を考えているのかなぁ?」

 そこへミナミの低い声音と冷たい視線がかかり、レイジの表情が強張る。振り返るとミナミの笑顔があったが、明らかに眼は笑っていなかった。

「か、勘違いしないでよ、ミナミ・・これはこの家の一員として、みんなとうまく溶け込めるようアドバイスみたいなことを言っただけで・・」

「だったらそんなニヤニヤ顔を見せないの!」

 ふくれっ面を見せるミナミに、レイジが必死に弁解を入れようとする。そんな中で、マナはヒカルが視線を向けてきていることに気付く。

「ユミちゃん、このお姉ちゃん、誰?ミナミお姉ちゃんの知り合い?」

「えっ?う、うん。ちょっとワケありでね。マナお姉ちゃんだよ。」

「マナお姉ちゃんっていうんだ・・・」

 ユミの答えにヒカルが頷いて、マナをじっと見つめる。その視線に何らかの目論見があるとマナは感じていた。

 おもむろに席を立ったマナに、レイジとミナミも眼を向ける。

「マナちゃん、どうしたんだ?」

「ちょっと外で風に当たってくる・・・」

 レイジに言いかけてから、マナはリビングから出て行った。

「私、トイレに行ってくるね。」

「ヒカルちゃん、お手洗いの場所・・」

 ユミが言いかける前に、ヒカルもリビングを出て行ってしまった。少し不安を感じながらも、ユミはすぐにはこの場を動かなかった。

 

 ひとまず家から外に出たマナ。人気のない草原まで移動したところで彼女は足を止める。

 そよ風が静かに草花を揺らしていた。その中でマナの視線は冷徹だった。

「ついてきていることは分かっている。隠れていないで姿を見せたらどうだ・・・」

 振り向かずに低い声音で言い放つマナ。そんな彼女の背後に現れたのは、同じく家を飛び出してきたヒカルだった。

「ユミちゃんたちの前で正体を見せるわけにいかなかったから。しばらく様子を見てたんだよ。」

「ずい分とおとなしくしているんだな。私と同じ吸血鬼、ブラッドでありながら・・」

 淡々と答えるヒカルに、マナがようやく不敵な笑みを浮かべて振り返る。

「確かに私はあなたと同じブラッド。でも私は人を襲うようなことはしない。普通の人間のように暮らしているよ。」

「普通の人間?ずい分なことを言うのね・・」

「不可能なことじゃないよ。能力を無闇に使わなければ、ブラッドも普通の人間と大差ない。現にユミちゃんも私のことを人として見てくれてるし。」

「それは単に、ユミがお前がブラッドだということを知らないだけだ。私たちの正体を知れば、人間は必ず恐怖を覚える・・」

 マナの言葉にヒカルは当惑を抱えた。だがすぐに真剣な面持ちに戻った。

「確かに私たちブラッドは吸血鬼。それだけの存在だってことは私も分かってる。でも、必ずしも人間が受け付けないとは限らない。」

 言い放つヒカルに、マナは鋭い視線を向ける。しかしヒカルは顔色を変えず、引き下がる様子も見せない。

 2人は分かっていた。これから先に言葉は意味を持たない。力を行使して争うことになると。

「戦う前にひとつ、私がよく使う力を見せてあげますよ。」

 ヒカルが空に向けて高らかと手を掲げる。するとマナの上空に無数の氷の破片が出現する。

 氷はマナに向かって勢いよく降下していく。マナはとっさに動いて回避し、目標を失った氷の刃は次々と地面に突き刺さっていく。

「これが私の力。氷を操る力。氷を作るものは全て私の力の範囲内。」

 ヒカルがマナに淡々と言い放つ。マナは顔色を変えずに体勢を整え、ヒカルに鋭い視線を向けていた。

 

 その頃、レイジたちはマナとヒカルが戻ってこないことに対して心配を隠せなくなってきていた。そんな中、レイジは唐突にひとつの疑問をミナミに投げかけた。

「なぁ、ミナミ・・マナちゃんが眼帯をしている右目・・気にならない?」

「えっ?いきなり何よ?」

「いや・・ちょっと気になったもんだから・・」

 眉をひそめるミナミに、レイジが照れ笑いを見せる。

「言われてみれば、気にならないわけじゃないわよ。でも本人に直接聞くって言うのもどうかと思うわよ・・」

「そりゃそうなんだけど・・・ただのものもらいならいいんだけど・・」

「でもものもらいでもお医者さんに見せに行ったほうがいいわね。」

 談話を繰り返すも自分たちだけの見解でしかならず、レイジもミナミもため息をつくしかなかった。

「あたし、ちょっとヒカルちゃんを探してくる。この広い家だから、多分迷ってると思う・・」

 ヒカルが気がかりになったユミが、リビングを飛び出していった。彼女に任せることにして、レイジとミナミはマナの帰りを待つことにした。

 

 神楽町を駅から見渡している1人の少女。彼女が身につけているドレスは、黒を基本として白も織り交ぜられていて、動きやすさを強調されている。背中にかかりそうなほどの黒髪に、女性としては長身に入りそうな背丈。

 越水財閥の1人娘、越水(こしみず)エリナである。高い資産を有する家柄の人間は、運転手や使用人、ボディーガードが付き添っているイメージがあるが、エリナの場合はそれを嫌い、両親も彼女の言い分を認めている。

「どうやらここのようですわね。古きよき時代を受け継いでいるすばらしい町ですね。」

 神楽町の風景を見渡して、エリナが大きく息を吸う。

「この町のどこかに、レイジさんがいるのですね・・・さて、どこから探したものか・・」

 エリナがため息をひとつついて、再び町を見渡す。都会と比べて探す範囲が狭いといえども、人が探すにはあまりにも広すぎた。

 そんな彼女の眼に、町から少し離れた場所に位置する1件の屋敷が飛び込んできた。

「あの家の方々なら、ここに詳しいし、話も通じると思いますわ。ちょっと行ってみるとしましょうか。」

 エリナは足取りを軽く、駅を駆け出して町へと赴く。彼女の心にはレイジに対する思いでいっぱいだった。

 彼女がここにやってきたのは、レイジに一刻も早く会いたかったからだ。入学する大学も同じなのだが、彼女はそれまで待ちきれなかったのだ。

「待っていてください、レイジさん。この越水エリナ、全身全霊を賭けて、あなたのために尽くしたいと思っていますわ。」

 レイジに会えることへの喜びを満面に表して、エリナは屋敷へと急いだ。

 

 

次回予告

 

そよ風揺らめく草原で繰り広げられる冷徹な争い。

少女が放つ氷の力が、全てを凍てつかせ、波紋を呼ぶ。

力に抗う者と、力を行使する者。

激情の最中、忌まわしき眼光が不気味に輝く。

 

次回・情意の果て

 

 

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