Blood –Cursed Eyes- File.1 呪われた眼

 

 

BLOOD

自らの血を媒体にして、様々な力を自在に操る吸血鬼

その能力故に、人々から忌み嫌われてきた存在

 

 

 かつて、世界中を恐怖に陥れた、忌まわしき伝説があった。

 それは、世界を崩壊へと導きかねない、1人の吸血鬼の行動だった。

 その吸血鬼には従来の吸血鬼にはない忌まわしい力が備わっていた。それはありとあらゆるものを石にしてしまうものだった。

 吸血鬼の猛威で石化され、死の町となった場所は少なくない。軍や機動隊を出動させたが、吸血鬼によってことごとく石化された。

 だがその吸血鬼はある日、忽然と姿を消した。生死を含めて吸血鬼の行方は依然としてつかめていない。

 そして7年の月日が流れた。

 

 山と海が同時に見渡すことのできる土地、神楽町(かぐらちょう)。にぎやかでも静かすぎでもないこの町に、1人の青年が訪れた。

 杉田(すぎた)レイジ。大学に通うためにこの神楽町にやってきたのだ。

「いい感じの町だ。今まで都会にいたから、ここはけっこう落ち着けそうな場所だな。」

 町の風景を見渡して、レイジは笑みをこぼして大きく背伸びをする。

「やっと到着したって感じね、レイジ。」

 そこへ声をかけられ、レイジが振り返る。その先には長い髪を1つに結わいている少女が立っていた。女性としては長身といえる背丈のこの少女は、レイジの小学校時代の級友、天笠(あまがさ)ミナミである。

「ミナミ、久しぶり。今、着いたとこ。」

「どう?うるさくなくていいところでしょ?空気もおいしいし・・ここで住んでる私が言っても、あんまり説得力ないかも。」

 互いに苦笑いを見せ合うレイジとミナミ。

「さて、こんなところで立ち話してても仕方ないから、とりあえず歩こう。どうする?ミニ観光でもしてみる?」

「オレの新しい住まいの場所を確認しておきたい。自分の住む場所も分からずに迷子になりたくないし。」

 レイジの答えにミナミが笑顔で頷いた。

 

 ミナミに案内されながら、レイジは自分の住まいとなる場所へと向かっていた。その途中、彼は町中の風景に好感を覚えていた。

 駄菓子屋や団子屋など、昔ながらの品々を売っている店が立ち並んでいた。レイジは思わず童心に帰るような心境に陥りそうになった。

「何だか・・懐かしくなるような感じだな・・初めて来た場所なのに、昔のことを思い出してしまいそうだよ・・」

「もう、レイジったら大げさなんだから。」

 レイジの感嘆の声に、思わず苦笑いを見せるミナミ。

「そろそろ着くよ。」

 ミナミが声をかけて、レイジが前に眼を凝らす。その先の光景に彼は当惑を覚えた。

 2人が到着した先には、古くも大きな屋敷だった。

「も、もしかして、ここなのか・・・!?」

「元々は私の親戚が貸し別荘で使ってたところだったんだけど。管理する条件で使わせてくれることになったの。」

 驚きを隠せないレイジに、ミナミが淡々と告げる。

「私が管理することになってるから、一緒に住むことになるわね。」

「えっ!?ミナミと同じ屋根の下で・・・!?」

「もちろん使っていい部屋と使っちゃいけない部屋の指定はするわよ。せめて自分の使ったものの整理、掃除くらいはしてもらう。エッチなことはご法度だからね。」

 困惑してばかりのレイジにミナミが念を押す。

「あと、食事の支度は私がするから。あなた、調理実習のときはいつも失敗ばかりだったんだから。」

「お任せいたします。お任せしますので、あんまり邪険にしないでください。」

 ため息混じりに答えるレイジは、ただただ肩を落とすしかなかった。

 そのとき、庭先に眼を向けたレイジが戸惑いを浮かべる。

「どうしたの、レイジ?」

 ミナミも気になって、レイジが見つめているほうへ眼を向ける。その庭の中心に1人の少女がたたずんでいた。

 滝のような清らかさを漂わせている長髪に、大人びた雰囲気。ひどく落ち着いた様子の中に、冷たい何かが秘められているような魅力を持っていた。

「ミナミ、あれ、この家の人?」

「えっ?違うわよ。ここは私が様子見するくらいで、住んでる人なんていないわ。」

 レイジの問いかけにミナミが少し声を荒げながら答える。

 2人がしばらく見守っていると、少女は突然ふらつきだし、その場に倒れてしまう。

「あっ!」

 レイジとミナミはすかさず少女に駆け寄った。レイジが少女の上半身を支えて呼びかける。

「おい、大丈夫かい!?きみ・・きみ!」

 レイジの呼びかけに答えることなく、少女は意識を失ったままだった。

 

 レイジとミナミは少女をひとまず屋敷の中の1室に運んだ。少女は右目に白い布の眼帯をしていたが、勝手に外してはいけないと思い、2人ともそのままにした。

「それにしてもこの子、いったいどうしたんだろう・・・?」

「迷い込んでしまったとも考えられるわね・・」

 眠っている少女を見つめて、レイジとミナミが呟く。

「とりあえず医者を呼んだほうがいいよ。眼も悪いみたいだから・・・」

 レイジは少女がかけている眼帯を見て、ミナミに呼びかける。

「それじゃ、私が病院に連絡入れるから、レイジはこの子を見てて。ここは大型スーパーからは離れてるけど、病院からは断然近いから。」

 ミナミはレイジに笑顔を見せてから部屋を出た。彼女の笑顔に好感を覚えながら、レイジは少女に視線を戻した。

 そこでレイジは違和感を覚えた。

(どうしたんだろう・・・初めて会った気がしない・・もしかして、オレの・・・)

 レイジは頭に軽く手を当てて、記憶を巡らせる。彼は記憶喪失に陥っており、7年前の記憶がなくなっているのだ。

 記憶喪失に陥った当時は、それ以前の記憶さえも消えていたことがあった。だが病院での療養である程度まで回復することができた。しかし両親や他の家族のことまでは思い出すことができず、また他に最寄がいないため、彼は天涯孤独になりかけていた。

 そんな彼を一時期引き取ってくれたのが天笠家である。高校入学のために上京する際に、彼は天笠家を出ることを決め、ミナミと別れることにしたのだった。

「それにしてもこの子・・よく見たら・・・」

 少女をじっと見つめていたレイジの顔に笑みがこぼれる。

「けっこうかわいいな・・アハハ・・」

「レイジ、今、医者を呼んだから。あと少ししたら、来る・・と・・・」

 そこへミナミが戻ってきたが、少女を見て笑みを見せているレイジを目の当たりにして、心境が一変する。

「ちょっとレイジくん・・何をしているのかな・・・?」

「ミナミ・・うえっ!」

 ミナミに眼を向けた瞬間、レイジが気まずそうな面持ちを見せる。ミナミが怖い顔で彼を睨み付けていた。

「い、いや、違う!違うんだ!ただ、ちょっと見入っちゃっただけで・・!」

「こんな事態に何やってるのよ、あなたは!もう少しで医者が来るから、早く水!」

「は、はいっ!」

 赤面して怒鳴るミナミに、レイジは慌てて部屋を飛び出した。不機嫌そうにため息をついてから、ミナミは眠る少女に眼をやる。

「あっ!いけない。レイジにこの家のこと、まだ話してなかったよ・・」

 ミナミが慌てて、レイジを追って部屋を飛び出した。その直後、眠りについていた少女の左目が見開かれた。

 

 ミナミが不安にしたとおり、レイジは洗面所の場所が分からず廊下をさまよっていた。彼女が代わりに水を運ぶ仕事を受け持ち、彼に部屋に戻って引き続き少女の様子を見るよう言いつけた。

 肩を落としながら、ゆっくりと少女のいる部屋に戻るレイジ。

 そこで彼は眼を見開いた。横になっていたはずの少女の姿がない。

「いない・・・!?」

 レイジは慌てて部屋の中と周囲の廊下、近くの部屋を探してみた。眼を覚ましてふらっと歩き出してしまったのかもしれない。

 しかし周囲のどこを探しても、少女は見当たらない。

「いったい、どこへ行ってしまったんだ・・・!?」

 レイジはさらに少女の行方を追い、その範囲をさらに広げた。

 

 眼を覚ました少女はもうろうとする意識のまま部屋を、屋敷を抜け出していた。呆然と歩く彼女は、いつしか町外れの近くまで来ていた。

 どこへ向かおうとしているのか、何をしようとしているのか。彼女自身はっきりしていなかった。

 そんな彼女の前に3人の女子高生が立ちはだかった。彼女たちの存在に気付いた少女は足を止め、ゆっくりと女子たちに眼を向ける。

「ちょっとツラ貸せよ。」

 女子たちに言われ、少女は路地裏へと連れて行かれる。そこで2人の女子に腕を押さえられて、残りの1人が手招きをする。

「夜の町に1人で出歩くなんて無用心ねぇ。あたしらみたいなのに捕まっちゃうからねぇ。」

「さてここいらでお約束の時間だ。有り金全部渡しな。そうすりゃ他に何もしやしないから。」

 女子たちが少女にお金を要求してきた。少女は今まで重く閉ざしていた口を開く。

「楽しいの?そんなことをいつもやって・・」

「あ?」

 少女が口にした言葉に女子が眉をひそめる。

「弱いものをつかみ上げて、得になるものを力ずくで奪って・・そんな小さいことを繰り返してるんでしょ?」

「このアマ!」

 憤慨した女子が少女の頬を叩く。叩かれて倒れた拍子で、少女がかけていた眼帯が外れる。

「あんまりあたしらをナメてもらっちゃ困るよ!手荒なマネはしないって言ったのに、すっかり気が変わっちまったよ!」

「もういい!アンタは私刑確定だ!アッハハハハ!」

 少女をあざ笑う3人の女子。表面的には落ち着いているように見えたが、少女の感情はひどく荒れていた。

「あくまで自分の思い通りにならないと気がすまないと・・」

「そうよ!文句ある?」

「いいえ、ないわ。ただ・・」

 不気味に囁きかける少女の右目がゆっくりと開かれる。

「・・目障りなだけ・・」

 その右目が完全に開かれた瞬間だった。紅い左目の瞳と違い、右手の瞳は石のような灰色だった。その右目の視界に入った女子たちが突然硬直する。

 女子たちの手足から徐々に灰色に染まり、動かなくなっていった。

「ちょっと、何なのよ、コレ・・!?」

「体、石になってるよ!」

 自分たちの身に起こっていることに驚愕し、混乱する女子たち。その動揺の様を、少女は無表情で見つめていた。

「最後に教えてあげる。私の右目は呪われてるのよ。その眼の視界に入った人はみんな石になる。だから私はいつも右目を隠していたのよ。もっとも、これから石になるあなたたちに言っても無意味ね。」

「お、お願い、助けて!」

 眼帯を拾って付け直す少女に、女子たちが助けを求める。だが少女の口調は冷徹なままだった。

「ムダよ。この効果は私でさえ制御し切れていないもの。操ることもできず、元に戻すこともできない。」

「そんな冗談言ってないで!早く!」

 声を荒げる女子たちの体は、ほとんど石化に蝕まれてしまっていた。

「それに丁度よかったんじゃないの?あなたたち、そこで少し頭を冷やしたほうがいいと思うよ。」

 少女は女子たちに告げると、そのまま裏路地を立ち去った。女子たちは恐怖の色を満面に表したまま、物言わぬ石像と化した。

 

 少女の行方を追って、ついに町のほうまでやってきたレイジ。ミナミも一緒に探しているが、少女は依然として見つからない。

 元気になって無事に帰ったというのがミナミの見解だったが、レイジは少女を見過ごせず、今に至っている。

「もういい加減にしようよ、レイジ。そんなに探し回らなくなって、きっとあの子、無事に自分の家に帰ってるわよ・・」

「いいや。ほっとけないよ。だってあの子、右目に眼帯してたじゃないか。たとえ家に帰ったとしても、あんな体調で1人じゃ外は危ないよ。」

 ため息をひとつついて声をかけるミナミに、レイジはあくまで心配の気持ちを切り替えない。

 そのとき、2人は町の通りを歩いてくる少女の姿を発見する。

「ちょっと、きみ!」

 レイジが慌てて少女に駆け寄る。いきなり両肩をつかまれて、少女は少し驚いた様子を見せた。

「ダメじゃないか!いきなりいなくなったりしたら!・・探したんだから・・・」

「どうして、私を探して・・・?」

 少女が当惑の面持ちで疑問を投げかける。するとレイジは微笑みかけて、

「いきなり倒れた子がいきなりいなくなったら、心配になるのは当然じゃないか・・・」

 その言葉に、少女は強く心を打たれたような感覚を覚えた。自分が無意識のうちに追い求めていたものが、眼の前の青年の中に存在しているのではないだろうか。

「実は、私はさまよっていた・・家もなく、どこへ行ったらいいのかも分からず、ずっと旅のつもりでさまよい続けてきたのよ・・」

 少女はレイジとミナミに自分のことを話す決心をした、話を聞いたレイジたちが微笑んで頷く。

「だったら、オレたちのところに来るといいよ。せめてその何かがはっきりするまで。」

「ちょっとレイジ、勝手に決めないでよ、そういうこと。」

「いいじゃないか、ミナミ。どうせ部屋あまってるし。あんな大きな屋敷、オレとミナミだけじゃ使い切れないだろ。」

 抗議の声を上げるミナミにユウキが気さくに答える。

「いいの?・・私がいてもいいの・・・?」

「いいんだよ。自分の家だと思って甘えちゃっても。」

 困惑を見せる少女に笑顔を見せるレイジ。その笑顔に、少女も思わず笑みをこぼしていた。

「もう、しょうがないわね。でも、ちょっとでもいいから、家のお仕事、お願いね。」

「アハハハ、お客さん扱いしないんだ・・・」

 少しツンツンしてみせるミナミにレイジが苦笑する。

「そういえばあなた、まだ名前聞いてなかったわね?これからひとつ屋根の下で生活していくわけなんだから。」

 ミナミが問いかけると、少女は少し間を置いてから答えた。

「マナ・・それしか分からないの・・・」

「分からないって、記憶喪失ってことなの・・・?」

「分からない・・・ただ自分の名前がマナだっていうことは確か・・・」

 当惑を見せるミナミに、少女、マナも困惑を見せながら答える。

「なるほど・・・なくしたものは、ゆっくり思い出していけばいいよ。」

「ありがとう・・えっと・・」

「オレはレイジ。杉田レイジ。で、こっちがオレの幼馴染の・・」

「天笠ミナミ。よろしくね、マナちゃん。」

「レイジ・・ミナミ・・・ありがとう・・・」

 迎え入れてくれるレイジとミナミに、マナは笑顔を見せた。

 

 だが、マナは自分に関して、まだレイジとミナミに話していないことがあった。それは人間が畏怖しても不思議ではないことだった。

 マナは吸血鬼、ブラッドであり、彼女の右目に隠された石化もブラッドとしての効果の一種だった。だがその石化は常に発動状態にあるため、彼女は右目を閉じて眼帯で防護している形を取っていた。

 それはマナにとっても忌まわしい力であり、レイジたちには知られたくないことでもあった。

 

 屋敷へと戻っていくレイジ、ミナミ、マナ。3人の様子を見つめる小さな影が点在していた。

 それは彼らより少し年下の少女であるが、その眼は夜の闇に呼応しているかのように紅く染まっていた。

 少女は微笑みかけえると、振り返ってその場から姿を消した。

 

 

次回予告

 

平穏な日常の中にとけ込んでいく少女。

戸惑いとすれ違いの中、平穏は淡々と移りすぎていく。

そんな少女の前に現れた幼き吸血鬼。

闇夜の刺客が、少女の平穏を揺るがす。

 

次回・氷の雨

 

 

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