Blood –Blue Fiend- File.11 漆黒のきらめき
ハヤトはエドガーによって封印された。エドガーがヤヨイを封印しようとしたところへ、ハヤトは彼女を守ろうと飛び込んできたのだ。
「バカな・・・ハヤト、お前はこれほどまでに愚かに成り果てたというのか・・・」
そのハヤトの言動に歯がゆさを募らせるエドガー。彼の手の中には、ハヤトとヤヨイを封じ込めている水晶があった。
「もはや私が望んでいるお前は存在しないというのか・・私が手に入れようとしていたのは、ただの虚像でしかなかったのか・・」
エドガーの中に絶望感が広がっていく。そしてそれをヤヨイへの憎悪に変えるが、彼は彼女に牙を向けることができないでいた。
ヤヨイはハヤトとともに封印されている。もしこのまま水晶を握りつぶせば、ハヤトが巻き添えになる。
「これが宿命・・しがらみということか・・・惨めだな・・・」
エドガーは苦笑を浮かべて、この場を後にした。結局、彼はヤヨイを葬ることができなかった。
エドガーの突然の出陣にイオスは飛び出してきていた。エドガーに何かが起きてはならないと思ったのだ。
(エドガー様に限ってそのようなことはありえないが、何かよからぬことが起きる気がしてならない・・・)
一抹の不安を感じながら、エドガーの行方を追うイオス。彼はエドガーの強大な力を察知して、森の中を駆け抜けていた。
そんな彼に向けて一蹴が飛び込んできた。察知したイオスが進行の軌道を変えて回避する。
着地した彼の前に現れたのは、ヴィーナスのヴァルキリアの1人、アルテミスだった。
「貴様・・こんなときに・・・!」
「ハヤトの監視に向かう途中で、サターンの死徒と遭遇するとは・・・」
イオスとアルテミスが毒づき、互いを見据える。
「このままお前たちにうろつかれるのも都合がよくない。この場で始末させてもらうぞ!」
「このまま見逃しては見逃してはくれないようね・・なら、ここでお前を倒させてもらう!」
戦意を見せた2人は、距離を置いて臨戦態勢を取る。2人は身構えると、攻撃の機会をうかがった。
長く感じられた沈黙の後、先に飛び出したのはアルテミスだった。彼女が繰り出した拳を、イオスは姿勢を低くしてかわす。
そこからイオスはアルテミスに向けて右手をかざす。その手のひらから衝撃波が放たれ、彼女を突き飛ばす。
「うっ!」
「真正面から飛びかかって、意表を突かれると思ったのか?私もずい分となめられたものだな。」
うめくアルテミスを見下ろして、イオスが不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「私も時間を割いている余裕がないのでな。すぐに決着を着けさせてもらうぞ。」
「私も同じ・・すぐにあなたを倒して、すぐに任務に戻るわよ・・」
互いに言い放ち、イオスとアルテミスが同時に飛びかかる。彼女の一蹴をかわし、彼が突きを出す。その突きをかわして彼女が拳を振り下ろす。
一進一退の攻防が加速化で行われていく。時間と体力が消費され、傷が増えていく。
やがて攻撃の手を止めて呼吸を整えるアルテミスとイオス。
「肉弾戦ではなかなかのものだ。だが私はそれだけではないぞ。」
イオスは不敵な笑みを浮かべると、アルテミスに向けて右手をかざす。その指先から糸が放たれ、彼女の体を絡め取る。
「し、しまった!」
驚愕の声を上げるアルテミス。必死に糸を振り払おうとするが、糸は頑丈で振り払うことができない。
「これはクモの糸を流用した捕獲用の糸だ。しかもこれは時間がたつごとに硬質化し、全身に巻きつければ鉱物の像にすることもできる。」
「お、おのれ!・・体が、固まっていく・・動けない・・・!」
イオスが言い放つ前でアルテミスが必死にもがく。しかし糸は彼女の体をどんどん包み込んでいき、彼女の自由を奪っていく。
「言ったはずだ。私には時間の余裕がないと。このままお前の動きを封じて、次の行動に移らせてもらう。」
イオスはさらに言いかけて、アルテミスに向けてさらに糸を伸ばしていく。彼女の体が糸に包み込まれていく。
(こ、これでは・・・このままヤツを逃がすくらいなら・・・!)
いきり立ったアルテミスが、右手に向けて力を振り絞る。それは彼女にとっての禁断の技だった。
エネルギーを一点集中させて、具現化直後に発火する爆弾を作り出す。威力は高いが、確実に自分も巻き添えを食らう諸刃の攻撃。
「このまま逃がすと思うか?・・ここで、道連れに・・・」
イオスに言い放つアルテミスの体が完全に糸に包まれて固まる。彼女が最後に残した言葉に、イオスが眉をひそめる。
その彼の眼に、彼女の右手からこぼれ落ちた紅い光が飛び込んできた。
「まさか!?」
イオスが気付いたときには対処が間に合わなかった。身動きができないアルテミスと、逃げ遅れたイオスを巻き込んで、紅い光は巨大な爆発を引き起こした。
ハヤトとヤヨイを封印したエドガーは、サターンの本拠地に戻ってきた。だがハヤトに封印という末路を与えたことを悔やみ、エドガーは困惑していた。
「エドガー様、お怪我はありませんでしょうか!?」
そこへ数人の兵士が駆けつけ、エドガーに呼びかける。
「エドガー様、東条ヤヨイは・・・?」
困惑気味に訊ねてくる兵士たち。エドガーは彼らに向けてハヤトとヤヨイを封じている水晶を見せた。
「こ、これは、天城ハヤト・・・エドガー様・・・」
「しばらく1人にさせてもらう・・何があっても入ってくるな。緊急時はイオス、ヒュースの指示を仰げ・・」
エドガーは兵士たちに呼びかけて、自分の部屋の戻ろうとする。
「それが、先ほど入った連絡で、イオス様の遺体が発見されました・・・」
そこへ兵士からの声がかかり、エドガーが足を止める。
「ヴィーナスのヴァルキリア、アルテミスと遭遇、交戦。彼女の自爆に巻き込まれ、命を落とした模様です・・」
「そうか・・・愚か者め。私の勝利が見えなくなるとは・・」
イオスの行動を危惧するエドガーだが、その声は弱々しかった。彼は改めて、自分の部屋へと戻っていった。
「えっ!?ハヤトとヤヨイさん、アルテミスまで・・!?」
現状報告を耳にしたディオネが声を荒げる。エドガーによってハヤトとヤヨイは捕まり、アルテミスもイオスと交戦し、命を落としたことに、彼女も動揺の色を隠せなかった。
その報告を耳にしたアテナも、冷静さを揺さぶられていた。
「それで、エドガーはそれから・・?」
「はい・・それが、あれから夢遊病者のようにあの場から撤退して・・」
ディオネの問いかけにシスターが答える。その報告にディオネは疑問を感じていた。
「あのエドガーが、精神的に追い込まれているということなのでしょうか・・これまでの彼にない動きですね・・・」
深刻な面持ちを浮かべて、ディオネが考え込む。しばらく思考を巡らせたところで、彼女はアテナたちに言いかける。
「準非常体勢を取ります。アテナを指揮官として、サターンの動きを捕捉。状況によっては突入と交戦を想定していてください。」
「分かりました。」
ディオネの呼びかけを受けて、アテナとシスターは動き出した。王室に1人残されたところで、ディオネは再び考え込む。
(これも運命なのでしょうか・・これが彼らが選んだ道の末路だというのでしょうか・・・そんな不条理、許されてしまうものなのでしょうか・・・いいえ。彼らなら、その運命を打ち破れるはずです。そうですよね、ハヤト、ヤヨイさん・・)
迷いを振り払って、ディオネは祈った。神に、そして運命に立ち向かう若者たちの決意に。
私室に戻り、椅子へと腰を下ろすエドガー。彼の心は定まっておらず、虚無感に包まれていた。
(これが私の追い求めていたものだというのか・・もう2度と、ハヤトのすばらしい戦いを見ることはできないというのか・・・)
ハヤトへの渇望が打ち砕かれ、エドガーは絶望していた。
(水晶の封印を解除すれば、ハヤトを解放することができる。だがそれは同時に、この女をも解放することにもなる・・)
求めている選択肢が、滑稽の選択にもつながる。どうすることもできず、エドガーは自分を見失いそうになっていた。
(今の私を癒すのは、無常に流れ行く時の流れだけ・・・)
エドガーは考えを巡らせることもままならなくなり、眠りに付くことにした。彼の前の机の上には、ハヤトとヤヨイを閉じ込めている水晶が置かれていた。
漆黒に彩られた虚無の世界。その中でハヤトとヤヨイは流れていた。
その中でヤヨイが意識を取り戻し、自分の置かれた現状を確かめた。
(ここは・・・そうか・・私はエドガーに・・・ハヤトと一緒に・・・)
眼を開いたヤヨイの視界に、ハヤトの顔が飛び込んでくる。彼はまだ意識を取り戻しておらず、眠りについたままだった。
(ハヤト・・・私を守るために、一緒に・・・私のせいで、ハヤトまで・・・)
ヤヨイは悔やんでいた。自分のためにリサとエリを巻き込み、ハヤトを危険にさらしたことを。
(けじめをつけたいとは思ってる・・でも、今の私には何も・・・)
やがて自分の無力さを痛感し、顔を歪めるヤヨイ。彼女の眼から大粒の涙があふれてくる。
「あなたは、それで満足なの・・・?」
そのとき、ヤヨイは突如響いてきた声に驚きを覚える。周囲に視線を巡らせるが、声の主の姿はない。
「あなたは何もできないと、ここで諦めてしまうの・・・?」
「あなたは誰?・・どこにいるの・・・?」
さらに響いてくる声に、ヤヨイが不安を込めた声を返す。すると彼女の前にひとつの人影が現れる。
その姿にヤヨイは戸惑いを覚える。それは自分と酷似した少女だった。
「あなたは・・私・・・!?」
「それはハズレ。私もちょっと驚いちゃったかな・・」
声を荒げるヤヨイに少女が無邪気な笑顔を見せる。
「自己紹介してなかったね。私は石川サツキ。あなたは確か、東条ヤヨイだったね。」
「サツキ・・・もしかして、ハヤトの言ってた・・!」
名乗ってきた少女、サツキにヤヨイは当惑を浮かべる。
「ずっと見てたよ。ハヤトのこと、そしてあなたのことを・・」
「私のこと・・・どこから・・・?」
「・・・高い高いお空から・・ううん。ハヤトのずっとそばから・・」
ヤヨイの問いかけにサツキが笑顔で答える。彼女の意味深な答えにヤヨイがさらに困惑する。
「そんな深い意味じゃないよ。私とハヤトは、心でつながってるから・・・」
「いえ・・そういうことを聞きたいのではなくて・・・」
「あなたは違うの?あなたはハヤトと、ちゃんと分かり合えているんじゃないの?」
困惑するヤヨイに、サツキがからかうように言いかける。
「あなたはハヤトに出会った。その中であなたは傷ついたけれど、ハヤトに新しい命をもらった。そしてあなたはこの日々の中で、私以上の絆の強さを持った・・」
「でも、それでもハヤトを理解できた自信が今でもないです・・あなたには敵わない・・・」
サツキの励ましを受けても、ヤヨイは気落ちするばかりだった。するとサツキが近づき、ヤヨイの頭を優しく撫でる。
「確かにあなたより私のほうが上だっていうものがいくつかあるけど、全部を合わせたらあなたのほうが上になるって、私は思ってるのよ。」
「そんな・・私なんて・・」
「後は自信が持てれば、私はあなたの足元にも及ばなくなるわね・・」
困惑するヤヨイに言いかけて、サツキが肩を落とす。彼女は自分がヤヨイに敵わなくなったことを実感していた。
サツキの口から出たため息は、その事実を受け入れてのヤヨイに対する嫉妬を表していた。
「あなたならハヤトを支えてあげられる。私以上にね。あなたはハヤトのそばにいるし、命もある。」
「でも私は迷惑をかけた。ハヤトだけじゃない。リサとエリ、ディオネさん、たくさんの人にも・・」
「迷惑をかけちゃうのは誰だって同じ。肝心なのはそこからどのように考えて動くか。あなたは最高の選択肢を選ぶ。真っ暗闇の中から、かすかに輝いているきらめきをつかみ取れる。私はそう信じてる・・」
「サツキさん・・・」
サツキからの信頼を受けて、ヤヨイがようやく笑顔を取り戻す。
「ヤヨイちゃん、あなたには強さがある。力以上に、どんなことにも真っ直ぐに向かっていく心の強さが。だから自信を持って。あなたの中にある本当の強さを。」
「サツキさん・・・ありがとうございます。サツキさんに勇気付けられて、私、どんなことにも進んでいけそうな気がしてきました。」
サツキの言葉を受けて、ヤヨイが自信を取り戻す。彼女の心から迷いが振り払われていた。
「それじゃ、ちょっといいかな?」
「はい?」
サツキは言いかけると、眠るハヤトをヤヨイから引き離す。そしてヤヨイの体を優しく抱きしめる。
「あ、あの、サツキさん・・これって・・・!?」
動揺を浮かべるヤヨイを抱き寄せて、サツキは安堵の笑みを浮かべていた。
「やっぱり私と似た感じがする・・ハヤトが気が向くわけだね・・」
サツキはヤヨイへの共感を抱いていた。彼女は改めて、ハヤトの心を理解したような気がしていた。
しばらく抱擁したところで、サツキはヤヨイから体を離した。
「ゴメンね、いきなりこんなことして・・・でもおかげで、私も安心することができたよ・・ありがとうね、ヤヨイちゃん・・」
「そんな・・サツキさんの気が済むなら・・・」
「さて、そろそろハヤトを起こしてあげないとね。あんまりのけものにしたら悪いからね。」
サツキはヤヨイに言いかけると、ハヤトに近づく。
「ハヤト、起きて・・起きて・・・」
サツキに呼びかけられて、ハヤトは眼を覚ます。眼前に彼女の顔があったため、彼は驚きを覚える。
「サツキ・・サツキ!?お前、なぜここに・・!?」
あまりの出来事に気が動転するハヤト。その様子を見てサツキが笑みをこぼす。
「やっと眼が覚めたのね。よかった。まだ塞ぎ込んでるわけじゃないのね。」
「お前がなぜここに!?・・お前はオレの前で、エドガーに・・!?」
声を荒げるハヤトに、サツキは微笑んで答える。
「そう・・確かに私はエドガーにやられた・・でも私は後悔も未練もないよ。ハヤトがこうして光をつかみ取ろうとしてるから。」
「そんな・・ならばなぜ戻ってきた!?・・なぜオレの前にまた・・・!?」
サツキの言葉にハヤトが困惑を見せる。彼は改めて自分が、サツキへの切実な感情を抱いていることを実感していた。
「最後にもう1度、あなたの気持ちを確かめたいと思ってね・・でももう心配しなくていいかな。」
照れ笑いを浮かべるサツキだが、ハヤトは歯がゆさを募らせるばかりだった。
「ハヤト、私は信じてる。あなたが光を手に入れることを。私よりももっともっと強い光を・・」
「だがサツキ、お前はこれでよかったのか?・・ヤヨイのように生に執着しなかったことを、後悔しなかったのか・・・!?」
「言ったでしょ?後悔も未練もないって。あなたを支えてくれる人がいるって分かったから・・」
サツキの言葉を聞いて、ハヤトは当惑したままヤヨイに眼を向ける。ヤヨイはハヤトとサツキに対して戸惑いを感じていた。
サツキを失った彼を支えたのは、ヤヨイの純粋な気持ちだった。どんな苦境においても、ヤヨイは苦悩しながらもハヤトのために尽力を注いできた。それがハヤトに人の心を宿したのである。
「本当に、お前は行ってしまうのか・・・!?」
「うん・・・でも私はいつでもそばにいるから。ハヤトの、そしてヤヨイちゃんの・・・」
ハヤトの声に答えたサツキの姿が徐々に薄らぎ始めた。
「サツキ・・・!?」
「サツキさん・・・!」
消えていこうとするサツキに、ハヤトとヤヨイが声を荒げる。戸惑いを見せている2人に、サツキは満面の笑顔を見せて言いかける。
「あなたたちなら、どんな道だって進んでいける・・・だから、自分を信じて・・・」
「サツキ・・・」
全てを託してきたサツキ気持ちを受け止めたハヤトは、ヤヨイをしっかりと抱きとめる。2人が見つめる先で、サツキは笑顔を見せたまま姿を消した。
(サツキ、オレはもう迷わない・・オレはオレの信じる道を進んでいく・・・)
(ありがとう、サツキさん・・私はハヤトと一緒に、これからを強く生きていきます・・・だから、これからも見守っていてください・・・)
サツキへの想いを胸に秘めて、ハヤトとヤヨイは意識を集中した。
自暴自棄になりかかったまま眠りについていたエドガー。だがその彼の前に置かれている水晶が、突如おびただしい閃光を発した。
「んっ!?」
その異変に気付いたエドガーが眼を覚まし、腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「この光・・・まさか、ハヤトが・・・!?」
水晶に起きている現象に声を荒げるエドガー。彼の見つめる先で、水晶が閃光に揺さぶられてヒビが入る。
そして水晶が完全に弾け飛び、その中からハヤトとヤヨイが飛び出してきた。水晶の封印が解かれて、2人が解放されたのである。
「こ、こんなことが・・・私の力で封じ込められて、自力で出ることなど・・たとえ、ハヤトであろうと・・・!」
驚愕をあらわにして後ずさりするエドガー。力を使い果たして疲弊しきっていたハヤトとヤヨイがその場にひざを付く。
「ヤヨイ、大丈夫か・・・!?」
「ハヤト・・・うん、平気・・ちょっと力を使いすぎちゃったかな・・・それに、私たち丸裸だし・・」
ハヤトの呼びかけにヤヨイが照れながら答える。
「・・どうやら、身なりを気にしていられる状況ではないようだな・・・」
エドガーに眼を向けたハヤトが眼つきを鋭くする。
「なぜだ・・・お前、どうやって私の力を・・・!?」
「・・・サツキが導いてくれた・・・オレを、オレたちを・・・」
問い詰めてくるエドガーに、サツキの想いを背に受けたハヤトが言い放った。