Blood –Blue Fiend- File.12 ハヤトの出発
サツキの想いを背に受けたハヤトとヤヨイ。2人は意識を集中して力を振り絞り、水晶の封印を内側から打ち破った。
「なぜだ・・・お前、どうやって私の力を・・・!?」
「・・・サツキが導いてくれた・・・オレを、オレたちを・・・」
問い詰めてくるエドガーに、サツキの想いを背に受けたハヤトが言い放つ。もはや彼の心に迷いはなかった。
「エドガー様!」
そこへサターンの兵士たちがこの騒ぎを聞いて駆け込んできた。
「あ、天城ハヤト!?バカな・・!?」
「なぜだ!?エドガー様の水晶封印を自力で破ることなど不可能のはずだ!」
ハヤトの姿を見た兵士たちが驚愕をあらわにする。
(このままではサターンそのものに影響を及ぼす・・この現状、信じられないが、ここは・・・!)
「うろたえるな!お前たちは本部内を固めろ!逃亡を許さぬよう、陣形を組め!」
冷静さを取り戻したエドガーが兵士たちに呼びかける。
「エドガー様・・・は、はっ!」
エドガーの命令を受けて、兵士たちが答え、即座に行動を開始する。
「ヒュース、お前は東条ヤヨイを始末しろ!氷付けにして、粉々に粉砕してやるのだ!」
エドガーは続けて、遅れて部屋に駆けつけてきたヒュースに呼びかける。
「しかし、それではエドガー様が、天城ハヤトに・・・!」
「お前の力がハヤトに通用すると思っているのか?・・彼を止めるのはこの私、エドガー・ハワードの責務・・」
反論するヒュースを制して、エドガーがハヤトを見据える。その言葉を受け入れて、ヒュースはヤヨイを見据える。
「たとえ蒼の死霊が相手であろうと、エドガー様に敵うものなど存在しません・・・分かりました。その忌まわしき娘の命、このヒュースが頂戴いたします・・・!」
エドガーの言葉を受けたヒュースが、不安を見せているヤヨイに近づいていく。
「ヤヨイ、お前は下がっていろ。ここはオレだけで戦う。」
「ハヤト・・・」
ハヤトがエドガーを見据えたまま呼びかけると、ヤヨイが当惑を浮かべる。だがすぐに真剣な面持ちを見せて、ハヤトの前に躍り出た。
「ちょっとタイム!」
ヤヨイの突然の発言にハヤトが唖然となる。そしてヤヨイはエドガーに歩み寄り、言いかける。
「何か着るものを貸して。いつまでも裸でいるのは・・」
「この状況下で言い放てるものだな・・・いいだろう。何か適当なものを出せ。」
ヤヨイのこの申し出を、エドガーは渋々受け入れた。
ひとまず衣服を身につけることができたハヤトとヤヨイ。彼女の言動にハヤトは半ば呆れていた。
「敵対している相手に向けてあんなことを言うとは・・」
「いくらなんでも、裸で戦うのは正直きついよ。何でもいいから何か着ておかないと・・」
ハヤトが愚痴をこぼすと、ヤヨイが不満を込めて答える。ため息をひとつついてから、ヒュースがそんな2人に声をかける。
「茶番はもう終わりでいいよな?さて、いい加減始めようか。」
ヒュースに呼びかけられて、ヤヨイが真剣な面持ちに戻る。
「ハヤト、私も戦う・・もう負けないから・・・」
「ヤヨイ・・・分かった。だがエドガーは、オレが決着を着けなくてはならないのだ。サツキのため、お前のため、そしてオレ自身のためにも・・・」
ヤヨイの申し出を受け入れつつも、ハヤトはあくまで、エドガーとの対決を望んだ。彼の心境を察して、エドガーも不敵な笑みを浮かべてきた。
「この私を指名してきてくれるとは、感謝の極みといってもいいぞ、ハヤト。」
「勘違いするな。オレはお前の望む蒼の死霊ではない。1人のブラッド、天城ハヤトだ。」
喜びの言葉を口にするエドガーに、ハヤトが言いとがめる。もはや彼は冷徹な暗殺者ではない。守ることを悟った1人の男として、彼はかつての同士と対峙しようとしていた。それは忌まわしき過去への決別と、新たな道の歩みを示唆していた。
「何でも構わん。いずれにしろ、私はお前を欲する。今度は何重にも壁をかけて、2度と封印を破れないようにする。」
「もうオレは、お前の思い通りにはならない・・・!」
エドガーとハヤトは言い放つと、同時に右手に発した光を放つ。2つの紅い光は衝突し、相殺される。
「これまでの時間、私はお前と歩んできた。お前の動きは予測が利くぞ!」
「経験ばかりを頼りにすると、すぐにその首が飛ぶぞ!」
エドガーとハヤトが飛びかかり、紅い光の一閃を放つ。2つの光は火花を散らし、衝撃と破裂音を巻き起こす。
その爆発の中、ハヤトとエドガーが窓から部屋を飛び出す。庭園に転がり、2人は体勢を整えて対峙した。
廊下に飛び出したヤヨイと、それを追うヒュース。ヒュースの放つ冷気が、壁や床を次々と凍てつかせていく。
「どこまで逃げられるかな?トロトロしてると捕まるぞ!」
ヒュースが言い放つと、さらに全身から吹雪を放つ。ヤヨイは右手からの紅い光で、その吹雪を防いでいく。
だが外に出たところで、ヤヨイは足を止められる。彼女が視線を下に向けると、両足が氷に包まれていた。
「し、しまった!・・足が、動かない・・・!」
ヤヨイが毒づきながらもがくが、まとわりついている氷を払うことができない。
「やっと捕まえたぞ。あとはそのまま凍らせていくだけだ。」
ヤヨイに追いついてきたヒュースは不敵な笑みを浮かべる。ヤヨイが右手に意識を向けた直後、吹雪が飛び込んでその手を凍てつかせた。
「うくっ!」
「残念だが、これ以上の勝手は仕舞いだ。蒼の死霊によってブラッドに転化したお前の力は、それなりに厄介だからな。」
うめくヤヨイにヒュースが言い放つ。ヒュースが右手を掲げて、冷気を発する。
「まずはどこから攻めていくか・・左手も厄介か。」
ヒュースが視線を向けた先のヤヨイの左手が凍りつく。
「これでまともに力は使えなくなっただろう・・・さて、下から凍てつかせていくか。」
ヒュースは両足に力を込めて、冷気を放出する。ヤヨイの両足を覆っている氷が競り上がってきた。
「う・・うく・・・このままじゃ・・・」
だんだんと凍てついていく体に、ヤヨイが焦りを覚える。
(何とかして相手に力を通さないと・・氷付けになって意識がなくなったら、どうにもならなくなってしまう・・・!)
打開の糸口を見出そうとするヤヨイだが、凍結は既に彼女の全身に及び、首から上を残すのみとなっていた。
(何でもいい・・何とかあの人に、力をぶつけて・・・!)
力と心を最大限に研ぎ澄ませるヤヨイ。彼女の額から一条の光が放たれた。
光は眼にも留まらぬ速さで駆け抜け、ヒュースの頭を貫いた。ヒュースが気付いたときには、一閃は彼が回避できないほどにまで迫ってきていた。
「なん、だと・・こんなことが・・・!?」
驚愕を覚えるヒュースの体が力なく倒れる。彼の力が失われたことで、ヤヨイを包みかけていた氷がガラスのように割れる。
凍結から解放されたヤヨイがその場にひざを付く。疲れた体を起こして、彼女は呼吸を整えていく。
「バカな・・ヒュース様が、こうもたやすく・・・!?」
「これでは、我々では敵うはずも・・・!」
周囲で包囲網を敷いていた兵士たちが、ヤヨイの力を目の当たりにして愕然となる。落ち着きを取り戻した彼女が視線を巡らせると、兵士たちが恐れをあらわにして退散していく。
ヤヨイは兵士たちを追いかけようとせず、エドガーと対峙しているハヤトのところへと向かった。
花々が咲き乱れている庭園の中央広場。自分の心境と向き合いながら、ハヤトとエドガーは対峙していた。
(オレはサターンに身を置いていたときは、常に己のためだけに生きてきた。オレに執着してくるエドガーでさえも、オレは蚊帳の外にしていた・・だがあのとき、オレの前に現れた2人の女が、オレの心を大きく変えた・・・)
これまでの自分を思い返す中、ヤヨイとサツキを想うハヤト。
(サツキが、オレの心を解き放ってくれた。ヤヨイが、オレの心と真正面から向き合ってくれた・・2人と出会えたから、今のオレが存在するのだ・・だから・・)
想いを巡らせるハヤトが意識を集中し、紅い剣を具現化させてその柄を握る。
「オレは戦う・・オレのこれからの道を切り開くために・・・!」
やがてその想いと決意を言葉に表し、ハヤトは剣を構える。その姿を見据えて、エドガーが重く閉ざしていた口を開く。
「それがお前の答えか・・もはや私が求めるお前は、この世界に存在しないというのか・・・!」
怒りを募らせていくエドガーから紅いオーラが煙のようにあふれ出す。
「ならばお前を葬り、私の求める“天城ハヤト”を掌握する!」
「いいだろう。お前の野心を研ぎ澄ませてみせろ。その野心、オレの全てをもって穿つ・・・!」
叫ぶエドガーに対し、ハヤトが鋭く言い放つ。エドガーも紅い剣を具現化させて、ハヤトの動きを見据える。
(お互いが相手の手の内や思考を知り尽くしている。その状況下で相手の出方を伺うことに意味はない。勝負は一瞬。己の全てを貫き通したほうが生き残る。)
この勝負の状況を見定めるハヤト。手にした剣に込めた心が強い者が勝利を手にする。彼はそう考えていた。
ハヤトが速決を狙っていることを、エドガーも察していた。
(やはり速決で来るか・・長期戦よりも短期戦、それも一瞬で勝負を決する。お前が自分の存在を確立させる戦い方であり、“蒼の死霊”という名の暗殺者の要因ともなっている。)
エドガーも胸中で自身の心境を確かめていた。
(やはりお前は以前から何も変わっていなかった・・私が求め続けてきたお前のままだったのだ・・・!)
答えを見出したエドガーがふと不敵な笑みを浮かべる。その直後、2人は同時に相手に向かって飛び掛った。
ハヤトとエドガーが振りかざした紅い剣の一閃。それは一瞬にして咲き誇り、そして散った一厘の花のようだった。
剣を振りかざした体勢ですれ違い、立ち止まる2人。しばらくの沈黙がたった後、ハヤトの左肩から鮮血が飛び散った。
「ぐっ!」
ハヤトが痛みにうめきながらその場にひざを付く。エドガーが振り返り、うずくまるハヤトを見据える。
「これがお前の出した答えだというのか・・・私にはどこまでいこうと滑稽でしかないがな・・・」
エドガーがハヤトに向けて不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「だが私は嬉しいぞ・・お前が、常に私の理想とするお前でいてくれたことを・・・ハヤト・・・」
エドガーが空を仰ぎ見て哄笑を上げる。その彼の体が横薙ぎに断裂される。
庭園に血飛沫をまき散らして、エドガーの体が崩れ落ちる。様々な色に彩られていた花々が、血の紅に染め上げられる。
ハヤトはゆっくりと立ち上がり、事切れたエドガーの残骸を見下ろす。
「エドガー、お前はそこまでオレを欲していたというのか・・・だがオレの宿命は、オレ自身でしか切り開けない。だからオレは、お前がどれほど望もうとも、お前のものにはなれない・・・」
紅い剣を消して、ハヤトがエドガーに言いかけるように呟く。
「だからお前は見ていろ。オレがこれからどのような道を歩むのか。どのような末路を辿るのか・・・」
エドガーに告げたハヤトがきびすを返し、庭園を後にする。そんな彼の前に、ヤヨイが歩み寄ってきた。
「ヤヨイ・・・」
ハヤトが当惑を浮かべると、ヤヨイは沈痛の面持ちを浮かべてきた。
「エドガーは・・・?」
「終わった・・・ヤツとの戦いも、過去との決別も・・・」
ハヤトが答えると、ヤヨイは悩ましく微笑んだ。
エドガーの死によって、水晶に閉じ込められていた女性たちの封印が解かれた。割れた水晶の中から裸身の女性たちが次々と解放されていく。
「あれ・・あたし・・・?」
「助かった・・・私たち、助かったのね・・・!」
外に出られた女性たちが困惑や歓喜など、いろいろな様子を見せていた。リサも自分が助かったことを実感して当惑していた。
「助かってる・・・ヤヨイが、助けてくれたの・・・?」
ヤヨイの活躍を見据えて、内心安堵するリサ。彼女は同様に困惑しているエリに歩み寄った。
「エリ、大丈夫!?どこも悪くない!?」
「リサ・・・よかった。無事だったんだね・・・」
リサに呼びかけられて、エリが笑顔を見せてきた。
「でも、どうやって助かったの、私・・・?」
「ヤヨイのおかげ・・私はそう信じてるよ。」
戸惑いを浮かべるエリに、リサが微笑んで答える。2人は近くの窓から外をのぞくと、その眼下にハヤトとヤヨイの姿があった。
「ヤヨイ・・・ヤヨ・・!」
エリがヤヨイに呼びかけようとしたところを、リサが手で制する。
「リサ・・・」
「今のヤヨイはもう、私たちの知ってるヤヨイじゃないんだよ・・・」
エリに言いかけるリサは悟っていた。ヤヨイは自分たちと違う道を進もうとしていることを。
(ヤヨイ、私たちは信じてるからね。あなたが後悔のない人生を過ごすことを・・・)
ヤヨイへの気持ちを胸中で囁くと、リサはエリとともに窓から離れた。
こうしてサターンは崩壊し、長きに渡った光と闇の戦いは沈静化した。エドガーによって水晶に封じ込められていた女性たちも、警官に扮したヴィーナスの人間によって保護された。
ヴィーナスはエドガーの被害者たちに、ここでの出来事に関する記憶を消した。彼女たちをこの裏の世界にこれ以上関わらせないための措置だった。
全ての解決を終えたヴィーナス。だがその中にハヤトとヤヨイの姿はなかった。
行方が分からなくなった2人に対してディオネは深刻さを浮かべていた。だが彼女は2人を追跡しようとしなかった。2人を信じてのことだった。
「よろしいのですか、ディオネ様?あの2人を追わなくて・・」
そこへアテナがディオネに向けて声をかけてきた。
「構いません。2人はそのままにしておきましょう。」
「ですが、ハヤトもヤヨイさんもブラッド。放置すれば、何らかの危害が及ぶ可能性は否定できません。仮に彼らにその意思がなくても、吸血衝動によって本能的に人を襲ってしまうかもしれません。」
「大丈夫です。今の彼らは、自分たちの血塗られた本能さえも跳ね除けるでしょう。彼らには、それだけの強さを持っています・・」
苦言を呈するアテナに、ディオネは微笑んで言いとがめる。
「ハヤトもヤヨイさんも、自分たちの手で光を手にしたのです。血塗られた暗闇の中で、かすかにきらめく希望の輝きを、彼らは見出したのです。」
あくまで2人を信じようとするディオネの言葉に、アテナも微笑んで頷いた。
「ディオネ様がここまで信じようとするなら、私も信じるしかないようですね。」
「ムリに信じてほしいとは思っていませんよ。あなたもあなたの道を進んでください。」
「私の道は、ディオネ様のために尽力を注ぐこと。それがアルテミスやルナ、戦いの中で命を散らした者たちの願いでもあると思いますから・・」
互いの心境を語り合うディオネとアテナ。
「では私たちは、私たちのすべきことに力を尽くしましょう。手を貸してくれますか、アテナ?」
「もちろんです、ディオネ様。私はどこまでも、ディオネ様についていきますよ。」
ディオネの声にアテナが微笑んで答える。2人はヴィーナスとしてのこれからの戦いに備えて、一路西洋教会に戻っていった。
森の奥にある古ぼけた小さな小屋。そこでハヤトとヤヨイは束の間の休息を取っていた。
2人は一糸まとわぬ姿で互いの体を寄せ合っていた。
「これでよかったのか?・・別れの言葉くらいはかけることができたはずだ・・・」
「いいの・・それをしたら、後悔が生まれてきちゃうから・・・」
ハヤトが問いかけると、ヤヨイは微笑んだまま答える。
「ハヤト・・お願いがあるんだけど・・・」
「何だ?」
「・・あなたの血を、吸わせてほしいんだけど・・・」
ヤヨイの申し出にハヤトが眉をひそめる。
「私の中に、ハヤトの血を混ぜたい・・もっとハヤトとひとつになりたい・・・」
「ヤヨイ・・・いいだろう。お前の好きにしろ・・・」
ヤヨイの言葉を受け入れて、ハヤトは彼女に身を委ねる。
「ありがとう、ハヤト・・・」
ヤヨイは感謝の言葉をかけると、ハヤトの首筋に牙を入れた。自分の中にハヤトの血が流れ込んでいくのを、彼女は実感していた。
(感じる・・ハヤトの心が・・ハヤトの全てが・・・)
改めてハヤトの心に触れていることに高揚感を覚えるヤヨイ。ハヤトは血を吸われて苦悶の表情を浮かべながら、ヤヨイを抱いて横になる。
やがてヤヨイがハヤトから牙を離すと、間髪置かずに口付けを交わした。2人の血が口の中で混じりあい、快楽に浸っていた。
(私は新しい道を進んでいく・・ハヤトと一緒に・・・たとえ血みどろの未来だとしても、私はもう迷わない・・・)
(オレの進む道には、これからもヤヨイと一緒だろう・・だがこれがオレのあるべき時間だったのだろう・・・オレが、オレたちが見据えるのは、これから紡いでいくことになる未来だ・・・)
胸中でそれぞれの決意を告げるヤヨイとハヤト。2人は一条の光をつかみ、未来を見定めて歩き出していった。