Blood Blue Fiend- File.9 二人の決意

 

 

 ヤヨイを庇ってエドガーの紅い弾丸を受けたハヤト。その激痛に顔を歪めるハヤトが吐血し、その場にうずくまる。

「ハヤト・・・!?

 ヤヨイが愕然となり、ハヤトに駆け寄る。

「ハヤト!しっかりして、ハヤト!」

「お、お前・・・なぜ来た・・・!?

 呼びかけるヤヨイに、ハヤトがうめくように言いかける。

「だって、ハヤトのことが心配で・・・!」

「余計なことは考えるな!すぐにここを離れろ!死にたくなければな!」

 悲痛さを見せるヤヨイの手を振り払い、ハヤトは傷ついた体に鞭を入れて立ち上がろうとする。そんな彼にヤヨイが肩を貸す。

「あなたの言うとおりにする。あなたと一緒にね。」

「お前・・・!?

「私は、私のせいで誰かに傷ついてほしくない・・だから・・・!」

 声を荒げるハヤトを、ヤヨイが必死に連れて行こうとする。2人の様子を目の当たりにしていたエドガーが、抑えきれない怒りを募らせる。

「ハヤトに馴れ馴れしく近づきおって・・忌々しい女!」

 いきり立ったエドガーが、ヤヨイに向けて敵意を向ける。彼女に向けて紅い弾丸を発射する。

「ヤヨイ、離れろ!」

 それに気付いたハヤトがヤヨイを突き飛ばし、紅い光を放って紅い弾丸を叩き落とす。彼の行動にエドガーが眉をひそめる。

「どういうつもりだ、ハヤト?・・私はお前のためにその女を・・」

「オレのため?相変わらずお前は自己満足だな。そんなこと、オレが望んでいることだと?」

 疑問を投げかけるエドガーを、ハヤトがあざける。

「思い上がるな、エドガー。お前が望んでいるのはオレではない。お前が勝手に作り変えているオレの虚像だ。」

「惑わされるな、ハヤト!お前はあの女に毒されている!思い出すのだ・・私とお前の、戦いに明け暮れた日々を・・」

「エドガー、忘れたわけではないだろう?オレを突き動かせるのは、オレだけだと。」

 声を荒げるエドガーに、ハヤトが冷淡に告げる。

「お前の理想とするオレを欲するなら、オレを殺すことだ。それ以外に、オレを思い通りにする術はない。」

 ハヤトに言いとがめられて、エドガーは感情を大きく揺さぶられていた。そしてその怒りの矛先は、ヤヨイへと向けられた。

「・・・お前のような愚か者が、ハヤトを・・・!」

 エドガーがヤヨイを狙って紅い弾丸を放つ。ヤヨイはとっさに飛び上がって、弾丸を回避しようとする。

 だが、ヤヨイは自分が飛び上がっている姿に驚いていた。自分がハヤトを抱えて森を抜け出るほどに飛び上がっていたことに、彼女自身動揺を隠せなかった。

「すごい・・私、こんな力を持っていたの・・・!?

「余所見をするな!狙ってるぞ!」

 驚いているところへハヤトに声をかけられ、ヤヨイが我に返る。エドガーが再び放ってきた紅い弾丸が、彼女の眼前に迫ってきていた。

 ハヤトは傷ついた体に力を入れて、衝撃波を放つ。紅い弾丸が衝撃に巻かれて爆発を引き起こす。

 その反動で森の中に落下するハヤトとヤヨイ。エドガーが気配を探るが、2人の行方をつかめなかった。

「逃がした・・・このまま逃がしてはおかない・・あの女・・ハヤトを堕落させようとする存在は、何であろうと消し去ってくれるぞ!」

 憎悪をたぎらせるエドガーが、ヤヨイを追って森の中を駆けていった。

 

 森に落ちたハヤトとヤヨイは、一路、西洋教会に引き返してきていた。そこでならサターンが攻め込むことはないからだ。

 裏口から入ってきた2人を、イオスとヒュースの猛攻をかいくぐってきたアテナとアルテミスが迎え入れた。

「大丈夫か、2人とも・・・!?

 アテナがハヤトとヤヨイに歩み寄り、声をかける。

「私は大丈夫です!それより、ハヤトが・・!」

「オレに構うな。オレに群がるな。」

 ヤヨイが答えると、ハヤトがアテナが差し伸べた手を振り払う。

「何を言っているの、ハヤト!?みなさん、あなたを心配して・・!」

「余計なマネをするな。オレはオレのやるようにやる。誰かの施しを受けるつもりはない。」

 心配の声をかけるヤヨイに、ハヤトが一蹴の言葉を返す。その態度を見かねて、アルテミスが肩を落とす。

「放っておけ。相手は介抱されることを望んでいないようだ。その相手に無理矢理介抱したところで逆効果だ。」

「アル・・・」

 アルテミスの言葉に一瞬当惑するも、アテナも彼女の言い分に賛同する。

「すまない、娘よ。私も頑なに拒む者にまで、施しを与えるつもりはない。」

「悪いわね。とりあえずディオネ様には報告しておく。あの人なら、あなたたちが頼れるから・・」

 アテナとアルテミスは言いかけると、ハヤトとヤヨイの前から去っていった。ヤヨイはいたたまれない気持ちを抱えながら、ハヤトを連れて寝室に向かった。

 

 寝室にたどり着いたハヤトとヤヨイ。ベットに横たわったハヤトの傷は、ブラッドとしての高い治癒力で塞がれていた。

「ゴメン、ハヤト・・私のせいで・・・」

「気にするな。オレが勝手に醜態をさらしただけだ。」

 謝罪の言葉をかけるヤヨイに、ハヤトは憮然とした態度で答える。

「私、何とかしたくて・・それで、私は・・・」

「己の力量を理解してから行動しろ。自分の手に負えないことに意味なく突っ込むのは、無謀以外の何者でもないぞ。」

 忠告を告げるハヤトに、ヤヨイはこれ以上言葉をかけられなかった。

「あの人、エドガーはなぜハヤトを・・・」

 ヤヨイが疑問を覚えると、ハヤトは体を起こして、遠くを見るような眼つきをする。

「エドガーは、オレに対して強い欲情を抱いている。病ともいえるほどの・・」

「欲情・・それほどまでにハヤトのことを・・・」

「ヤツは己の理想としてのオレを欲している。その理想をけがそうとするものを、ヤツは徹底的に排除しようとしている。」

 ハヤトがいつも見せない深刻さを浮かべて語りかけると、ヤヨイが困惑を覚える。

「今回も、お前がオレを取られたと思い込んでのことだろう。滑稽だが、それを指摘されることさえ、ヤツにとってはこの上ない侮辱なのだろう。」

「そしてサツキも、エドガーの毒牙にかかったのです。」

 ハヤトが言いかけていたところへ、寝室を訪れたディオネが声をかけてきた。

「ディオネさん・・・」

「ディオネ、余計なことは言うな。でなければ、お前とて容赦はしないぞ・・・!」

 当惑を見せるヤヨイと、憤りを浮かべるハヤト。ディオネは顔色を変えずに話を続ける。

「ハヤトの心の芽生えは、かつてのヴィーナスの戦士、石川サツキがもたらしたといっても過言ではありません。」

「余計なことを言うなと言ったはずだ・・・!」

「ハヤト、エドガーはヤヨイに敵意を向けているのです!ヤヨイさんがこれからどうしようとも、このことはヤヨイさんに伝えなくてはなりません!」

 鋭い視線を向けるハヤトに、ディオネが一蹴の言葉を放つ。彼女があまり見せない感情をあらわにして、ハヤトは言葉を控える。

「ヤヨイさん、私がこれから話すことはハヤトの、私たちの悲劇です。どうか、心して聞いて下さい・・・」

 深刻な面持ちを浮かべてみせるディオネに、ヤヨイは真剣な面持ちで頷いた。

 

 ハヤトとヤヨイを見失ったエドガーは、サターン本拠地に戻ってきていた。だがヤヨイに対する憎悪が治まらず、彼は苛立ちを隠せなかった。

(あの女・・私が始末したはずなのに・・しぶとく・・・!)

 エドガーはヤヨイを、かつて自分が命を奪ったサツキと重ねて見てしまっていた。だが彼にとってその区別は意味のないことだった。

 その憤りの様子を、イオスもヒュースも固唾を呑んで見守るしかなかった。

 しばらくして、エドガーはようやく冷静さを取り戻し、イオスたちに視線を向ける。

「すまなかったな・・あまりにも滑稽で我慢ならない事態が起きたのでな・・・」

 エドガーが言いかけると、イオスたちが敬礼を送る。

「申し訳ありません、エドガー様。我々の力不足のために・・」

「いや、これは私が取り乱したためだ。すまなかった・・」

 さらに深く頭を下げるイオスに、エドガーが弁解を入れる。

「1時間の休息を与える。次の戦闘に備えておけ。」

 エドガーはイオスたちに言いかけると、1人王室を後にした。

 

 ディオネからハヤトの過去を聞かされたヤヨイは、困惑の色を隠せなかった。

「そんな・・ハヤトに、そんなことが・・・!?

「サツキを失ったことは、私たちも辛い出来事でした・・彼女は常に明るく前向きで、普段はとても暗殺を生業にしているとは思えないくらいでした・・」

 そんなヤヨイに、ディオネが深刻さを浮かべて答える。

「思えば、あなたからは彼女の面影を感じます。ハヤトが共感を抱いたのも、エドガーが憎悪を宿したのも、頷けることかもしれません。」

「そんなに重なっているんですか、私とサツキさんは・・・?」

 ヤヨイの問いかけにディオネが答える。

「あまりオレの心に入ってくるな。不愉快だ。」

 そこへハヤトが憮然とした態度で口を挟んでくる。するとヤヨイが沈痛の面持ちをハヤトに向けてきた。

「ハヤト、私もあなたの力になりたい・・今の私の命は、あなたがくれたもの。だから、あなたの気持ちを、もっと知りたい・・・」

「そういうのを余計なお世話というんだ。オレが命を救ったのは、お前が人としての死を捨てて、生にしがみつくことを選んだからだ。」

 切実な思いを伝えようとするヤヨイだが、ハヤトは冷淡に言いかける。

「それでも、あなたは命の恩人だから・・・余計なお世話といわれてもいい。今度は私が、ハヤトを助けたい・・・」

「ヤヨイ・・・」

 あくまで助けようとするヤヨイに、ハヤトがついに困惑を浮かべる。

「・・・ディオネ、ここから出て行ってもらおう。2人だけで話をする。」

「ハヤト・・・分かりました。何かありましたら、言ってください・・・」

 ハヤトの言葉をディオネが受け入れる。彼とヤヨイの心境を察しながら、ディオネは部屋を後にした。

「ヤヨイ、助けになりたいといったな・・・なら、お前の血を分けてもらうぞ。」

「えっ・・・?」

 突然のハヤトの申し出にヤヨイが戸惑いを覚える。

「前に話しただろう。ブラッドは力の行使のために、自らの血を代償にする。先ほどエドガーに手傷を負わされて、さらに出血もある。お前の血を使わせてもらうぞ。」

「でも・・・私は大丈夫なのかな・・・?」

「心配するな。全てを吸いきるわけではない。必要最小限に留める。」

 不安を浮かべるヤヨイに、ハヤトが淡々と答える。彼の言葉に安堵して、ヤヨイが微笑みかける。

「ありがとう、ハヤト・・・でも、その前に・・・」

 ヤヨイは言いかけると、自分の着ていた衣服を突然脱ぎだした。裸身をさらけ出した彼女に、ハヤトが当惑を覚える。

「別に裸になる必要はないぞ。ただ、お前の血を吸い取るだけだ。」

「ううん・・前にあなたに血を吸われたとき、気持ちよくて、自分の体を押さえられなくなってた・・だから・・・」

「だからといって、わざわざそんな姿になることはないのだがな・・・いいだろう。」

 半ば呆れながら、ハヤトはヤヨイに近づいた。そして彼女の体を抱きしめて、彼女の鼓動を確かめる。

「これが、お前の鼓動なのか・・・オレの体に、心に響いてくる・・・」

 ハヤトがおもむろに感嘆の声をもらしていた。それは彼が安らぎを感じていることを表していた。

 常に戦いを追い求めていた自分が、それ以外の、人との交流を欲している。そしてそれを不快に思わず受け入れている。ハヤトはそう感じ取っていた。

「ヤヨイ、少しオレに付き合ってもらうぞ・・・」

「えっ?・・・うん、いいよ・・・」

 ハヤトの申し出を、ヤヨイは微笑んで受け入れた。

 ハヤトはヤヨイを抱えて、ベットに飛び込んだ。そして彼は彼女の右手をつかみ、その人差し指の先をじっと見つめる。

 その小さな指先に、ハヤトは牙を入れた。ヤヨイの中に、かつて血を吸われたときの高揚感が蘇ってきていた。

(またあのときの気分・・全部の血がものすごい速さで駆け巡って、体中がおかしくなってる・・・)

 押し寄せる快感に、ヤヨイが吐息をもらす。

(指を噛まれているんじゃない。まるで指をくわえられて、しゃぶられてるみたい・・)

「うぁ・・ぁぁぁ・・・」

 刺激に耐え切れなくなり、ヤヨイがあえぎ声を上げる。ハヤトがヤヨイを強く抱きしめて、彼女が暴れるのを止める。

 彼女の秘所から愛液があふれ出し、ベットのシーツをぬらしていく。

「我慢・・我慢できないよ、ハヤト・・・」

「我慢しなくていい。ヤヨイ、お前はオレに全てをさらけ出せ。それをオレが受け止めてやる。」

 息を荒げるヤヨイの指から口を離し、ハヤトが彼女を強く抱きしめる。彼にすがるように、彼女も強く抱きしめた。

 ハヤトがヤヨイの胸を優しく撫でていく。その接触に、彼女はさらなる恍惚を募らせる。

(これも気持ちいい・・このまま、ハヤトの腕の中にいたい・・・)

 ヤヨイはハヤトを強く求めていた。それは彼の過去を知ったことが大きく起因していた。

 サツキとの出会いによって、ハヤトは人間の心を得た。それが彼の大きな転機となった。だがそれが彼の心に楔をかけていることにもつながっていた。

 過去に囚われている彼を助けたい。彼から命を与えられたヤヨイは、そう決意していた。

(私もハヤトを守りたい・・ハヤトと一緒に、これからを生きていきたい・・・)

 決意を固めたヤヨイが、ハヤトに身を委ねる。彼の抱擁の中で、彼女は高揚感を膨らませて、一夜を過ごした。

 

 ハヤトと一夜を過ごしたヤヨイは、先に眼を覚ました。未だに眠りについているハヤトの顔を見て、ヤヨイが笑みをこぼす。

 ヤヨイから血を分けてもらい、ハヤトの傷は完治していた。

(ありがとう、ハヤト・・・ハヤトのおかげで、私も決心がついたような気がするよ・・・)

 ヤヨイの微笑みに次第に曇りが宿っていく。やがてその笑みが消え、代わりに深刻さが現れる。

(だから、私も戦う・・・どこまでできるか分からない。もしかしたら、何もできないかもしれない。それでも私は、これから戦っていくから・・・)

 ヤヨイは1人ベットから降り、衣服を身にまとう。

(終わらせる・・あなたの過去を・・・エドガーを止めることで・・・!)

 エドガーの暴挙を食い止めるため、ヤヨイは単身、部屋を飛び出していった。

 

 水晶に閉じ込めた美女たちの中から選択し、その血を吸い取っていたエドガー。心身ともに疲弊していた彼は、それらを養う必要があった。

(やはり美女の清らかな生き血はすばらしい。力の蓄えになるだけでなく、心の潤いにもなる。)

 血を吸い取りながら、エドガーが胸中で呟く。

(だが、私の本当の安らぎは、ハヤトを取り戻した先にある。そのためには、あの女の存在がどうしても邪魔になる・・必ず葬ってくれる。この私、エドガー・ハワードの手で・・)

 吸血を終えたエドガーがヤヨイへの敵意を強めていく。息絶えたその美女を横たわらせて、彼は立ち上がる。

「出撃の準備は整っているな?これより、ヴィーナスへの攻撃を開始する。」

 エドガーが部下たちに向けて呼びかけたときだった。部屋を出た彼の前に、1人の兵士が飛び込んできた。

「申し上げます!この本拠地に侵入者1人!」

「何?」

 その報告にエドガーが眉をひそめる。

「蒼の死霊と行動をともにしていた女、東条ヤヨイです!」

「何だと!?あの女が、ここに・・!?

 さらなる報告に、エドガーが驚愕をあらわにする。そして歓喜と狂気に満ちた哄笑をもらす。

(まさか、あの女がここに乗り込んで来るとはな・・わざわざ出向く手間が省けたというもの・・・)

「監視を徹底させろ。あの女との戦闘は極力避けろ。」

「ですが、それでは・・・」

「構わん・・東条ヤヨイは、私自らが相手をする・・・!」

 エドガーは兵士に言いかけると、自らの手でヤヨイを倒すべく、行動を開始しようとしていた。

 

 

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