Blood –Blue Fiend- File.6 エドガーの出陣
ヴィーナス防衛のため、アテナ、アルテミス、ルナがイオス、ヒュース、ノーデスの前に立ちはだかった。
「妨害を受けることは分かっていたが、まさかヴァルキリアが先陣を切ってくるとはな。」
「私たちも、まさかお前たち3人だけで攻めてくるとは思っていなかったぞ。」
イオスとアテナが鋭い視線を投げかけながら言葉を交わす。
「お前たちだけで、我々ヴィーナスをどうにかできると思っているのか?たとえ死徒であろうと、それだけの人数で無事では済まないことは、お前たちでも理解できるだろう。」
アテナが忠告を送るが、イオスは突如不敵な笑みを浮かべてきた。
「どうやらお前たちは、我々に見くびられていると思っているらしい。むしろ見くびられているのは我々の方だというのに。」
「いいでしょう。お互い3人。真っ向勝負を仕掛けるには申し分ないということね。」
ルナがこれに口を挟み、悠然とした態度を見せる。だがイオスたちも不敵な笑みを崩さない。
「では受けて立ってやろうか。真正面からの勝負を・・・!」
ヒュースの言葉の直後に沈黙が訪れる。張り詰めた空気の中、ヴィーナスのヴァルキリアとサターンの死徒が対峙する。
そして近くの木々が揺れた瞬間、6人は散開して戦闘を開始した。
サターンの襲撃に気付いたハヤトが、私室を出て教会の外に赴こうとしていた。その彼の前にヤヨイが姿を現した。
「どうしたの、ハヤト?何かあったみたいだけど・・?」
「別に。お前には関係のないことだ。」
ヤヨイの問いかけにハヤトは憮然とした態度で答える。そしてヤヨイの横をすり抜けようとしたときだった。
「サターンの人が来たの?」
ヤヨイが口にした言葉にハヤトは眉をひそめ、足を止める。
「本当なんだね・・普通じゃない、ハヤトやディオネさんとは違う力が近づいてきている・・・」
「お前・・気配を感じ取っているのか・・・!?」
ハヤトが問い詰めてくると、ヤヨイは小さく頷いた。
「どういうことなのか、よく分かんないけど・・頭と体に伝わってきている。そんな感じがする・・・」
「自覚しているわけではなく、感覚として捉えているということなのか・・・」
ヤヨイの研ぎ澄まされた感覚が、サターンの死徒の接近を捉えていた。その感覚に、ハヤトもわずかながら脅威を覚えていた。
「とにかく、あのサターンが来るんでしょう?なら、すぐに行かないと・・」
「お前が行って何になるのだ?」
駆け出そうとしたところで、ヤヨイはハヤトに呼び止められる。
「ハヤト・・でも、それじゃサターンが・・」
「相手はサターンの死徒。数々の戦場を潜り抜け、多くの命を奪ってきた悪魔だ。そんな連中を、お前程度が相手にできると思うのか?」
「それでも、私は・・・」
「ましてや、サターンの統率者、エドガー・ハワードを相手にすれば、お前ではもはや逃げることも叶わない。」
冷淡に告げるハヤトに、ヤヨイは困惑を膨らませていく。
「答えを持って歩いていくのは構わん。だが自分と相手の差を見極められないようでは、寿命を縮めることになるぞ。」
ハヤトは忠告を送ると、その場に立ち尽くしているヤヨイの横をすり抜けて、サターンと対峙すべく歩き出していった。
夜の闇に包まれた森林の中で、ヴィーナスのヴァルキリアとサターンの死徒が対立していた。
イオスが放ってくる衝撃波を、アテナは軽やかな動きで回避していく。
「なかなかの腕前だな。この私の衝撃波を軽々とかわしていくとは。よければお前を、サターンの用兵として迎えてやってもいいぞ。お前なら高い地位に上ることも夢ではないぞ。」
「私は邪な存在と手を組むつもりは毛頭ない。大人しく私たちの洗礼を受けなさい。」
イオスの誘いに対し、アテナは冷淡な口調で言い放つ。
「そうか。ならば仕方がない。お前が下した決断が間違いであることを後悔しながら、地獄に落ちるがいい。」
イオスは言い放つと、再び衝撃波を放つ。アテナはこれも回避すると、旋回して攻撃を見計らう。
「いつまでも逃げ回っていてはムダに体力を浪費するだけだぞ!」
イオスが挑発を言い放ってくるが、アテナはそれに乗らず、冷静に行動していた。しばらくイオスの攻撃を回避したところで、アテナは足を止めた。
「ついに観念したか。それとも攻撃に転じるつもりか?」
「攻撃?厳密に言ってしまえばそうなるわね。」
イオスが口にした言葉に、アテナが淡々と答える。その直後、イオスを中心に白い魔法陣が出現して輝きだす。
「魔法陣・・破邪の効力を備えたものか。」
「そう。並の魔なら何の抵抗もできずに消滅してしまいます。死徒であろうと、動きを封じ込めることは可能のはずです。」
眼つきを鋭くするイオスに、アテナが意識を集中しながら答える。
「力では他の人には及ばないかもしれない。でも力の差が、全ての差になるわけではないのよ。」
アテナは言い放つと、両手に力を込める。すると魔法陣の輝きが強まり、イオスの動きを掌握する。
「これで私の勝機が見えた。あなたなら抜け出せないこともないけど、時間はかかる。あなたにとどめを刺すには十分よ。」
アテナは眼前の地面に両手を当て、再び意識を集中する。
「穿て、破邪の剣!」
「くっ!」
アテナが力を放ち、イオスが毒づく。強引に魔法陣の呪縛に抗い、イオスは足元から飛び出してきた光の刃を見据える。直撃は免れたが、刃は彼の右肩を貫いた。
「ぎっ!」
攻撃をかわせなかったことに毒づくイオス。魔法陣から脱し、彼は眼つきを鋭くするアテナを見据える。
「まさかこれをかわすとは・・それも、強引に魔法陣の呪縛から逃れるとは・・」
「もう遊びはここまでだ。この肩の礼はたっぷりとさせてもらおうか。」
焦りを覚えるアテナといきり立つイオス。2人から放たれる覇気が徐々に強まりつつあった。
ヒュース、ノーデスと対峙するアルテミスとルナ。だがヒュースの凍結能力とノーデスの炎の攻撃に、アルテミスとルナは悪戦苦闘していた。
「どうした?せっかくこの辺りを火の海にしないで遊んでやってるんだから、面白くさせてくれよな。」
ノーデスが不敵な笑みを浮かべてアルテミスとルナに言い放つ。ヒュースは2人の動きを見据えて、いつでも凍結を駆使して動きを封じ込められるよう備えていた。
「炎と氷。厄介ですね。」
「しかも炎の人がしつこいから余計にね。」
歯がゆさを浮かべるアルテミスに、ルナが困り顔を見せる。
「それで、どれがセオリーな方法になるの?」
「迫ってくる炎の死徒を先に叩くのが定石でしょうが、氷の死徒の動きに十分注意しなくてはならないでしょう。」
「で、私とアル、どっちが炎を相手にしたほうがいい?」
「力任せの相手には、そのバランスを崩すのが効率がいいです。私よりルナのほうが適任です。」
「そう。だったら任せてちょうだいね。」
アルテミスの呼びかけに、ルナが笑顔を見せて頷く。その2人を見据えて、ノーデスが不敵な笑みを浮かべる。
「どうした?こそこそと話して。逃げる算段でもしてるのか?」
ノーデスが挑発を言い放つが、アルテミスもルナも顔色を変えない。
「違うって。逃げるんじゃなくて、勝つ算段よ。」
ルナがノーデスに向けて言葉を返す。その直後、アルテミスとルナが素早く動き、それぞれヒュースとノーデスの懐に飛び込んだ。
「くっ!」
毒づいたヒュースが全身から冷気を放出した。それを浴びたアルテミスが一気に氷漬けにされる。
「その奇襲には驚いたな。だが攻を焦ったようだ。」
安堵を含めた不敵な笑みを浮かべるヒュース。アルテミスはヒュースの凍結にかかり、氷塊の中に閉じ込められた。
だがその氷に突如亀裂が生じる。その現象にヒュースが眉をひそめる。
そして次の瞬間に氷塊が粉砕され、アルテミスが解放された。
「そんな!?・・私の氷に閉じ込められながら、自力で脱出するなど・・!?」
ヒュースがたまらず声を荒げる。アルテミスはひとつ息をついて言いかける。
「私はお前の凍結を受ける瞬間に全身に力を込め、完全に凍りつくのを免れたのよ。」
「そうか・・完全に凍るのを防いだというのか・・!」
アルテミスの言葉に毒づくヒュース。ノーデスもルナの体さばきに追い込まれていた。
「くそっ!今までより動きが全然よくなってるじゃないかよ!」
「私があなたの動きを読んでるからそう感じるのよ。」
苛立ちを見せるノーデスに、ルナは悠然と答える。相手の動きを読みきったヴィーナスが優位に立っていた。
「観念することね。あなたたちの動きは見切ってるんだから。」
ルナが無邪気そうに笑ってみせる。追い込まれながらも、ヒュースもノーデスも引き下がるわけには行かなかった。
そのとき、ノーデスの体が突如上半身と下半身に両断される。鮮血を飛び散らせながら、上半身が跳ねて地面に転がる。
「ノーデス・・・!」
突然のノーデスの絶命にヒュースが驚愕する。ノーデスを葬ったのはハヤトだった。
「ハヤト、邪魔しないでよね。せっかくこれからやっつけようと思ってたのに。」
「お前たちの指図に従うつもりはない。邪魔をするなら、お前たちも始末してやるぞ。」
文句を言うルナに、ハヤトは冷淡に答える。不満の面持ちを浮かべるルナの横で、アルテミスはヒュースを見据えていた。
「これはとんだ介入のようですね。これで形勢はこちらが優位です。」
アルテミスの言葉にヒュースが後ずさりをする。自分が追い込まれていることを、彼は痛感せざるを得なかった。
「それはどうかな?」
そのとき、夜の森の闇から不気味な声がかかってきた。その声にハヤトが眼を見開く。
「その声は・・・エドガー・・・!」
ハヤトが低い声音で言いかけた瞬間、ルナが背後から取り押さえられる。彼女の背後に現れたのはエドガーだった。
エドガーがルナの首筋に牙を入れる。吸血鬼に血を吸われて、ルナがあえぎ声を上げる。
「ルナ!・・離れなさい、ルナ!このままではあなたは・・!」
アルテミスが呼びかけて駆け寄ろうとするが、エドガーはルナを抱えたまま飛び上がり、近くの木の上に移動する。ルナは血を吸われて、体をだらりとさせていた。
「アル・・ゴメンね・・ドジっちゃった・・・」
ルナがアルテミスに向けて物悲しい笑みを浮かべた。そしてルナは力尽き、眼を閉ざした。
「フッフッフッフ。刺激のある生き血だ。だがそれでいて恍惚を与えてくれる・・」
吸い取った血の味に喜びを浮かべるエドガー。全ての血を吸い取ったルナを、木の上から投げ落とした。
「ルナ!」
アルテミスが声を荒げてルナを受け止める。さらに呼びかけようとするが、ルナが既に事切れたことに気付いて声をかけられなかった。
「お前たちの血も美味かつ刺激のあるものなのだろうな。その生き血、私の中で長らえさせてやるぞ。」
エドガーが不敵な笑みを浮かべてアルテミスに眼を向ける。するとハヤトがエドガーとアルテミスの間に割って入ってきた。
「ついに姿を見せてきたか・・ずい分待ったぞ、エドガー・ハワード・・・!」
不敵な笑みをエドガーに向けるハヤト。その笑みには、エドガーとの対峙を心待ちにしていた喜びが込められていた。
「ハヤト?・・ここでお前と会うとはな。私もお前と会うのを待ちわびていたぞ、ハヤト。」
エドガーもハヤトに向けて不敵な笑みを浮かべる。2人の歓喜の中には、一方は相手を欲する欲情、一方は相手を憎む殺意が込められていた。
「ヒュース、お前はそのヴァルキリアの相手をしろ。女だから丁重に扱い、くれぐれも殺すな。」
「エドガー様・・・了解しました。あの者の体、献上いたします。」
エドガーがハヤトに眼を向けたままヒュースに呼びかける。ヒュースはそれに答えて、ルナを抱えているアルテミスに眼を向ける。
「お前たちも邪魔だ。オレに殺される前に消え失せろ。」
ハヤトもアルテミスに向けて冷淡に言いかける。その態度に苛立ちを覚えるが、この場でできることがなかったため、アルテミスはルナを連れてこの場を離れた。
「これで邪魔者はいなくなったな。」
「私は別に構わないぞ。あのヴァルキリアの生き血をいただける。それだけのことだ。」
不敵な笑みを浮かべて言い放つハヤトとエドガー。
「私の牙にかかったものは、一気に血を吸い取られてしまう。ヴィーナスの人間とて例外ではない。」
「それで、アイツもやったのか・・サツキを・・・!」
笑みを崩さずに言うエドガーに、ハヤトが眼つきを鋭くする。射抜くような視線を向けられるが、それでもエドガーは笑みを崩さない。
「サツキ?あぁ、あの女か。彼女はお前の牙を鈍らせようとした愚か者だ。息の根を止められて当然の女だ。」
「何だと!?」
「それに、わざわざ血を吸い取り、その生き血を私の中で長らえさせているのだ。この上ない敬意を示しているのだがな。」
「ふざけるな!」
エドガーの言葉に、ついにハヤトが怒りをあらわにした。感情的になった彼の体から紅い光があふれ出し、周囲の木々を切り裂いた。
「そんなに怒ることではないだろう。あの女は私たちの戦いを緩和させようとしていたのだから。それに、私は今は喜んでいるのだよ。お前の牙が衰えていない。むしろ昔より研ぎ澄まされている!」
怒りに満ちたハヤトの姿を見て、エドガーが哄笑を上げる。蒼の死霊として恐れられたハヤトの冷徹非情な姿を見るのが、エドガーにとって何にも代え難い至福だった。
「いいぞ!その力、その狂気!私に恍惚をもたらしてくれる!」
「嬉しいか?ならばもうこの世界に未練はないだろう・・早々に地獄に逝け!」
眼を見開いたハヤトがエドガーに向かって飛びかかる。とっさに回避行動を取るが、エドガーの頬をハヤトの紅い一閃がかすめる。
エドガーも右手に紅い光を宿して振りかざす。ハヤトは身を翻してこれをかわし、再び紅い一閃を放つ。
互いの攻撃をことごとく回避していくハヤトとエドガー。やがて2人は距離を取り、互いを見据えていた。
「その殺気、その威圧感、この私を追い込んでいく・・・!」
エドガーがハヤトとの対峙に歓喜を募らせる。その哄笑が、ハヤトの心を逆撫でしていた。
「ハヤト!」
そこへヤヨイが駆けつけ、ハヤトに向けて声をかけてきた。その声にハヤトが驚愕し、エドガーが眼を見開く。
「おいっ!どうしてここにいるんだ、お前は!?」
「ハヤト・・だって、私も何かしないと・・!」
「バカヤロー!お前にできることは何もない!邪魔だ!」
食い下がろうとするヤヨイを突き放すハヤト。彼女の姿を見て、エドガーが苛立ちを覚える。
「あの女・・・まだ生きていただと!?・・・まぁいい・・次も私の手で引導を・・!」
エドガーの中に憎悪と狂気が芽生えていく。自ら手にかけた少女と、ヤヨイの姿が瓜二つだったのだ。
「そこの女!この場でお前を天に葬ってくれる!」
感情をむき出しにしたエドガーがヤヨイに飛びかかる。ヤヨイがたまらず後退するが、エドガーが放った紅の一閃は、彼女の左肩をかすめた。
迫り来る痛みと殺気に、ヤヨイは顔を歪める。エドガーは間髪置かずに、彼女に向かって紅い光を放つ。
だがエドガーが放った紅い弾丸が貫いたのは、ヤヨイを突き飛ばしたハヤトだった。
「えっ・・・!?」
ヤヨイは眼前の光景に眼を疑った。ハヤトが吐血して、その場でうずくまった。
「ハヤト!」
ヤヨイの悲痛の叫びが、夜の森にこだました。