Blood –Blue Fiend- File.5 聖者の決闘
ハヤトとともに血塗られた戦いに身を投じることを決意したヤヨイ。彼女はハヤトに連れられて、西洋教会に向かっていた。
「ここが、ヴィーナスっていう組織の・・・」
教会を見つめて、ヤヨイが戸惑いを浮かべる。
「ここでお前に会いたがっているヤツがいる。面倒だがそいつに会ってもらうぞ。」
「その人、誰なの?・・もしかして、そのヴィーナスを・・」
ハヤトの言葉にヤヨイが疑問を投げかける。するとハヤトは小さく頷いた。
「ヴィーナスの統率者、ディオネ・カリスだ。」
ハヤトが口にした言葉に、ヤヨイは固唾を呑む。2人は裏口から教会の中へと入っていった。
クロウ死亡の知らせがエドガーの耳にも届いた。だがエドガーは顔色を一切変えず、この結果が当然であると見越していた。
「やはりハヤトの相手は私以外には務まらないか・・だがこれは私にとって好都合といえるな。」
悠然とした態度で1人呟くエドガー。そんな彼の後ろに、3人の黒ずくめの男たちが姿を現した。
「エドガー様、召集を受け、我らただ今参上いたしました。」
3人のうちの真ん中の男が声をかけると、エドガーは振り返る。
「悪いがお前たちがハヤトと戦うことはない。」
「えっ!?それはどういうことですか・・・!?」
エドガーの言葉に男たちが驚愕の声を上げる。
「エドガー様、たとえ蒼の死霊が相手であろうと、我々がいっせいにかかれば・・・」
「数で何とかできる相手ではない。力量においても死徒であろうと絶対の勝機があるわけでもない。彼を相手にできるのは、もはや私、エドガー・ハワードしかいない。」
男の言葉にエドガーが不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「エドガー様自ら出陣なさるのですか!?し、しかし・・」
「いい加減彼の力量を把握しろ。彼を食い止められるのは私だけ。ここから先は、私と彼にしか踏み込めない領域だ。」
動揺の色を隠せなくなる男たちに、エドガーは笑みを消さずに答える。
「おそらく、そろそろヴィーナスの連中が本格的に動き出すことだろう。あのヴァルキリアが・・」
エドガーが口にした言葉に、周囲にいた者たちが固唾を呑んだ。
「ヴァルキリア・・ヴィーナスの精鋭たちが、ついに・・・!」
「何を恐れることがある?たとえ何者であろうと、私たちを阻むことはできない。たとえハヤト、お前であろうと。」
眼を見開いて笑みを強めるエドガー。彼の狂気に周囲の者たちが奮い立たされた。
「そうだ・・エドガー様に敵う者が存在するはずがない・・」
「たとえヴィーナスだろうと、蒼の死霊だろうと・・」
「我らサターンの支配は、目前へと近づいているのだ・・・!」
兵士たちが歓喜の声を上げていく。黒ずくめの男たちもこれからの戦いを見据えていた。
「イオス、ヒュース、ノーデス、お前たちはヴァルキリアとの戦闘に備えろ。蒼の死霊、天城ハヤトは、私が相手をする。」
エドガーの言葉に男たち、イオス、ヒュース、ノーデスが敬礼を送った。
ハヤトとともに西洋教会の中を訪れたヤヨイ。その王室で待っていたのはディオネだった。
優雅さと慄然さを兼ね備えたディオネに、ヤヨイは思わず引き込まれそうになるするとディオネは微笑みかけ、ヤヨイは落ち着きを取り戻す。
「そんなに緊張することはありませんよ、東条ヤヨイさん。はじめまして。」
「は、はじめまして・・・」
ディオネが声をかけると、ヤヨイは苦笑いを浮かべて答える。
「私はヴィーナスの総責任者、ディオネ・カリス。ヤヨイさん、あなたのことは調べさせていただきました。あなたが吸血鬼、ブラッドに転化したことも。」
「あの・・私に会いたいとのことでしたけど・・・?」
ヤヨイは恐る恐るディオネに質問を投げかける。するとディオネは笑顔を崩さずに答える。
「あなたをこの事態に巻き込んでしまったことは、私たちの予期していないことでした。本当に申し訳ありません。」
「いえ、そんな・・・」
あまりにあっさりとディオネから謝罪されて、ヤヨイは思わず弁解を入れてしまった。
「こうして謝罪したところで、失われた日常を取り戻すことは叶わないでしょう。罪滅ぼしということではないのですが、私はあなたを保護したいと考えています。」
「私の保護を・・?」
「正確には、あなたの申し出を極力受け入れたいとも思っている。あなたが戦うことを望むなら、私はそれを止めません。」
ディオネが真剣な面持ちでヤヨイに声をかける。その言葉に、ヤヨイも真剣に耳を傾ける。
「私たちヴィーナスは、聖者を名乗りながらもその手を血で汚してきた者たちが集まっています。そして魔を滅するために心を殺し、非情に徹し、命を奪うことも厭いません。」
「ですけどディオネさん、今はこうして優しく語りかけてきてくれてるじゃないですか・・・」
「それはあくまで戦いのないときでのことです。戦いに身を投じれば、私たちは情け容赦ない戦闘を繰り広げることになります。」
ディオネの言葉と表情に、ヤヨイは思わず息を呑んで後ずさりする。
「私たちが相手にしている邪な存在は、私たち以上に冷徹で、命を簡単に切り売りする者たちです。死ぬことなど軽視され、優しさは弱さと同列に扱われてしまう・・私たちがいるのは、そんな世界なのです・・・」
「そんなに・・そんなに人って、簡単に死んでいいんですか・・・!?」
「この世界では、それが許されるのです・・・」
ディオネが口にする言葉の重さに押されて、ヤヨイはこれ以上言葉をかけられなかった。今自分がいるところが、かつていた日常から遠くかけ離れていることを、彼女は痛感するのだった。
「戦いを避けるか、自ら戦いに赴くか。ヤヨイさん、まずはあなたの答えを聞かせてください。私たちはその答えを考慮して、次の行動を選択したいと思います。」
「そんな・・私のためにそこまで・・・」
「言ったはずです。私たちはあなたに、せめてもの謝罪の意を示したいのです。」
切実に述べてくるディオネに、ヤヨイは心を揺さぶられる。その横で憮然とした態度を取っているハヤトに眼を向けて、ディオネは声をかける。
「ハヤト、あなたも少なからず、ヤヨイさんを巻き込んだことに責任を感じているのでしょう?」
「何を愚問を。ヤヨイがブラッドになったのは、彼女が生にすがり付いてそれを望み、オレがそのための施しを与えたに過ぎない。」
言いかけてくるディオネだが、ハヤトは憮然さを崩さずに答える。
「もしも責任を痛感していなければ、わざわざ彼女をここまで連れてくることはなかったでしょうに。」
「勝手なことを言うな。これはただの気まぐれだ。でなければ放置しても構わなかった。」
「ウソです。」
ハヤトの答えをディオネは即座に否定する。その言葉にハヤトが眉をひそめる。
「あなたは重ねているのでしょう?ヤヨイさんと、あなたの・・」
「言うな!」
ディオネが言いかけた言葉をハヤトが一蹴する。普段見せない感情をあらわにした彼に、ヤヨイは困惑を覚える。
「そのことを口にするなら、寿命を縮めることになる。お前も、肝に銘じておいたほうがいいぞ。」
ハヤトはディオネに鋭く言い放つと、憮然とした態度で王室を出て行った。彼のその様子にヤヨイは困惑を隠せなかった。
「すみません、ヤヨイさん。お見苦しいところを見せてしまって・・」
「いえ、ディオネさんのせいではないですよ、今のは・・でもハヤト、何が・・・」
謝罪するディオネにヤヨイが弁解を入れる。その直後に投げかけたヤヨイに疑問に、ディオネは沈痛の面持ちで答える。
「ハヤトは、サターンに親しかった人を殺されているのです。」
「親しかった人を・・・!?」
ディオネの言葉にヤヨイが驚愕を見せる。
「私も詳しくは知りません。彼は自分のことをあまり他人に打ち明けようとしませんから・・」
「ハヤト・・・」
「ですが、もしかしたらあなたなら、ハヤトの心を開くことができるかもしれません。」
「えっ・・・!?」
ディオネから予想だにしていなかった言葉をかけられ、ヤヨイが当惑する。
「私が、どうして・・・!?」
「彼はあなたに直接名乗っています。それは彼がわずかながら、あなたに心を開きかけているということなのでしょう。」
「それは、その親しかった人と私を、重ねているだけなのでは・・・」
ヤヨイはディオネに言いかけて沈痛の面持ちを浮かべる。自分がその人物の幻影にされていて、彼女は少なからず心が痛くなったような感覚を感じていた。
「私が頼むことではないのですが・・ハヤトをお願いしますね。」
「ディオネさん・・・はい。頑張ってみます。」
ディオネが笑顔で言いかけると、ヤヨイは戸惑いを浮かべながら頷いた。
そしてディオネはシスターにヤヨイを寝室に案内させた。その後、ディオネは3人の少女たちを王室に呼び寄せていた。
彼女たちはヴィーナスの精鋭部隊「ヴァルキリア」。癒しのアテナ、力のアルテミス、技のルナで構成されており、ディオネの信頼と命令を受けて行動している。
「お呼びですか、ディオネ様?」
3人が頭を下げ、アテナが声をかける。
「もうじき、サターンが本格的な進攻を開始するでしょう。死徒だけでなく、エドガー・ハワードも戦場に赴いてくるでしょう。」
「なるほど。我々も本格的にサターンと対峙することになるわけですか。」
ディオネが説明すると、アルテミスが不敵な笑みを浮かべて言いかける。
「ご心配なさらずに、ディオネ様。私たち3人が結集すれば、どのような邪であろうと敵ではないですよ。」
ルナも続けて自信のある言葉を言い放つ。サターンの猛威に臆する様子を一切見せないヴァルキリアの面々に対し、ディオネは真剣な面持ちで言いかける。
「私はあなたたちを信じています。ですが、私が心から願っていることは、あなたたちを含めたみなさんの無事です。そのことだけは、肝に銘じておいてください。
「そのお言葉、痛み入ります。ですがご心配なく。我々は簡単に命を落とすほどやわではありません。」
ディオネの心配に感謝の意を示すアテナ。3人が敬礼を送ると、ディオネは小さく頷いた。
「部隊をまとめて戦闘態勢を整えておいてください。あなたたちが前衛となり、サターンの進攻を阻止してください。」
「お任せください、ディオネ様。全身全霊を賭けて、ヴィーナスに栄光をもたらしてみせます・・・!」
ディオネの命令を受けて、アテナたちは臨戦態勢に入り、行動を開始しようとしていた。
街中にあるライブハウス。そこでは人気が出始めてきているインディースバンドのライブが行われていた。
女性に人気が集中していたこのバンド。そのライブの中に、1人の黒ずくめの男がいた。
「なかなかの熱気のようだ。だがあまり熱くなりすぎるのも感心しないな。」
男が不敵な笑みを浮かべて呟くが、会場内は歌と歓声に包まれ、さらに客たちはライブに熱中しているため、その呟きが耳に入らない。
「少し熱を冷ましてやるのがいいだろう。」
男は言いかけると、唐突に指を鳴らした。すると彼の足元から白い空気が発せられ、広がっていく。
その空気に呑まれた観客たちが突如白くなって動かなくなる。それを期に、盛り上がっていたライブが中断される。
男が放った冷気によって、バンドのメンバーも観客たちも逃げることもできないまま凍結した。低くなった気温とともに、会場は静寂に包まれた。
「少しやりすぎてしまったか。思いやりを持つとついついやりすぎてしまう傾向になるな、私は。」
「やり過ぎもやり過ぎだ。どう後始末するつもりだよ。」
男、ヒュースが苦笑を浮かべると、もう1人の男、ノーデスが憮然とした態度を見せてきた。
「別にわざわざ後始末する必要はないと思うのだが?ただの奇怪な出来事で扱われ、警察連中もこの実態を解明できないまま事件は迷宮入り。表舞台の連中は所詮その程度でしかないということだよ。」
「楽天的すぎるお前よりはまともだと褒めてやりたいところだがな。」
悠然と振舞うヒュースに、ノーデスが呆れ果てる。そこへさらに男、イオスが姿を見せる。
「お前たち、こんなところで油を売っている場合ではないぞ。」
「オレは違うぞ!ヒュースだけが勝手に・・!」
叱責するイオスにノーデスが弁解する。だがイオスは気に留めず、ヒューズとノーデスに呼びかける。
「いいか。我々の果たすべき責務は、天城ハヤトを除くヴィーナスの勢力を押さえ込むことだ。エドガー様が円滑に行動を行えるよう、全てを尽くして戦いに臨む。」
「任せておけ。オレたちがやれば、本来ならエドガー様が赴くこともないほどの力の差を見せ付けられるんだ。」
イオスの呼びかけにノーデスが不敵な笑みを浮かべて言いかける。
「ヴィーナスの連中を震え上がらせるか。面白い余興になりそうだ。」
ヒュースも続いて歓喜の笑みをこぼした。3人は笑みを浮かべて、小さく頷いた。
「では行くぞ。聖者を語るヴィーナスを、真の支配者が誰か教えつつ、徹底的に葬り去ってやるぞ・・・!」
イオスは呼びかけると、きびすを返して歩き出す。ヒュースとノーデスもそれに続いて、凍てついたライブハウスを後にした。
自分の身に起こっていることも含めて、様々な思惑が錯綜していることにヤヨイは困惑していた。特にハヤトに対して困惑が募っており、これからどう接していけばいいのか迷いを感じていた。
(ハヤトが、私に心を開きかけてる・・でも、それは他の大切な人を想っての・・・)
ハヤトの考えていることが読めず、ヤヨイは動揺を膨らませていた。直接聞けばいいことではあるが、彼女は素直にそれを実行することができないでいた。
同じ頃、ハヤトも過去を思い返して、動揺を抱えていた。かつての幸せが崩れた元凶であるエドガーに向けて、ハヤトは強い憎悪をたぎらせていた。
(エドガー、いつまでもお前をのさばらしておくわけにはいかないぞ・・必ずオレがお前の首を切り落としてやるぞ・・・!)
ハヤトは怒りに駆り立てられて、拳を強く握り締める。その怒りと力が強すぎてしまい、彼の握る手に指の爪が刺さり、血があふれてきていた。
そのとき、ハヤトはこの教会に向かってくる邪な気配を感じ取り、緊迫を覚える。私室の窓から外を見るが、異変は見られない。
(大きな気配の変動を見せてはいない。だが確実にゆっくりと進行してきているな。)
ハヤトは眼つきを鋭くして、蠢いている気配の動きを探る。
(ディオネも気付いていることだろう。わざわざ知らせてやる義理もない。そこの目障りな連中を叩くだけだ。)
ハヤトは胸中で言いかけると、私室を出た。彼は単独で迫り来る気配に立ち向かおうとしていた。
ヴィーナスに攻め入るため、イオス、ヒュース、ノーデスはその本拠地である西洋教会に向かっていた。周囲からの奇襲を警戒しつつ、3人は歩を進めていく。
「深い森だな。これだけ深いと、普通の人間には迷子になってお陀仏になっちまうな。」
「その森の中心に教会を偽装すれば、これほどいい隠れ蓑はない。もっとも、欺くのは表舞台の連中のみのようだが。」
ノーデスとヒュースが屈託のない会話を交わす。しばらく進んだところで、イオスが唐突に足を止める。
「やはり、手厚い歓迎が待っていたようだ。」
イオスが表情を変えずに言いかける。彼らの前には、ヴィーナス防衛のために動くアテナ、アルテミス、ルナの姿があった。