Blood Blue Fiend- File.3 紅の渇望

 

 

 ハヤトとサターンの戦いに巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったヤヨイ。彼女は死に抗い、生にしがみつこうとした。

 そんな彼女の首筋に、ハヤトは鋭い歯を差し込み、血を吸い取り始めた。体中の血液が尋常でない速さで駆け巡っているような感覚と刺激にさいなまれ、彼女はこの上ないほどの快感を感じていた。

(何、この感じ・・私がヘンになってくよ・・・ダメ・・抑え切れない・・・)

 押し寄せる恍惚にたまらずあえぎ声を上げるヤヨイ。我慢がならなくなり、彼女は失禁してしまう。

 ハヤトがヤヨイの顔に視線を向けると、彼女の瞳が紅く染まっていくのを眼にする。彼女が人間から吸血鬼、ブラッドへと転化したことを表していた。

 ヤヨイが突然唸り声を上げる。ブラッドに転化したことで吸血衝動が湧き出したのだ。

 狂気に駆られたヤヨイがハヤトの首筋に噛み付く。だがハヤトは抵抗することなく、ヤヨイに血を吸わせる。

 やがて我に返ったヤヨイがハヤトから顔を離して呼吸を整える。ハヤトは何事もなかったかのように立ち上がり、ヤヨイを見下ろす。

「私・・どうなっちゃったの・・体が、おかしく感じる・・・」

 ヤヨイが自分の両手を見つめて、自分の身に起こった現状を確かめようとする。

「それに、私は確か・・・」

「そうだ。お前はサターンの死徒に人質にされ、オレに殺された。だがそれでも生に執着していたお前は、私に血を吸われることでブラッドとなったのだ。」

「ブラッド・・・!?

 ハヤトが説明を入れてくるが、それでもヤヨイは疑問を払拭することができないでいた。

「オレはヤツもろともお前を殺した。右の胸から背中にかけて貫通させた。即死は免れたが、助かる状態でもなかった。だがお前は私に血を吸われてブラッドになったことで、九死に一生を得たのだ。人間としての生を切り捨てることを代償にしてな。」

「それじゃ、私は人間じゃなくて、吸血鬼に・・・!?

 ヤヨイは不安を抱えたまま立ち上がり、屋上の出入り口のドアの窓ガラスを見る。反射して映った自分。その瞳が暗闇のように蒼くなっているのを彼女は目の当たりにする。

「それがブラッドの特徴だ。ブラッドの眼は、昼間は紅くなり夜は蒼くなる。」

 ハヤトから言われ、ヤヨイは自分が人間でなくブラッドになっていることを実感する。

「お前が望んだことだ。お前は人間としての死よりも、闇に堕ちることで得られる生を望んだ。だがそれには、人間としての全てを切り捨てることとなった・・オレが警告したにもかかわらず、お前はそれを望んだのだ。」

「私が、ブラッドになってまで、生きることを望んで、選んだ・・・」

「お前がこれからどうしようとお前の自由だ。だが人間を捨てたお前は、これまで過ごしてきた日常には決して戻れない。」

 ハヤトがかけたこの言葉に、ヤヨイは不安を膨らませた。これまでの平和な日常がこの一瞬で全て壊れてしまったことに、彼女はいたたまれない気持ちに駆り立てられていた。

「どんなに否定しようとも、この宿命だけは拒むことはできない。1度闇に堕ちた者には、決して日の光は希望を与えることはない。」

「そんなこと・・そんなことは・・・」

 ハヤトの忠告を受けても、ヤヨイは血塗られた運命を受け入れられないでいた。ハヤトは吐息をひとつもらして、再びヤヨイに声をかける。

「ならばお前自身で確かめるがいい。お前の一途な願いがもはや受け入れられないものとなっていることを。」

 この言葉にヤヨイは感情をあらわにして、この屋上を飛び出していく。ハヤトはため息をつくと、遅れて屋上から姿を消した。

 

 サターンの要塞の奥底にあるエドガーの私室。そこには彼によって水晶に封じ込められた女性たちが、棚に並べて置かれていた。

「やはり優雅であり壮観というものだな。これだけの美女が集まり、私のために存在している。これを歓喜と呼ばずに何という・・」

 高揚感と優越感を堪能するエドガー。そのとき、部屋にある通信機が受信を知らせて鳴り出した。

「どうした?」

“ロック様がやられました。蒼の死霊、天城ハヤトです。”

 エドガーが声をかけると、連絡をしてきた兵士が報告を告げてきた。ロックの死という知らせを受けても、エドガーは顔色を変えなかった。

(やはりすばらしいものだな、お前は・・ハヤト、早く私のところに来い。その戦慄を私に見せてくれ。私の前に立ちはだかるものを、私とともに根絶やしにしようではないか。)

 ハヤトに対する感情を胸中で呟きかけるエドガー。

「いくら死徒といえど、単独で攻め入ったところで敵わないことは明白であろう。力だけでなく、連携を駆使して挑んではどうか?」

“死徒の皆様には報告いたしますが、素直に聞き入れてくださるでしょうか・・・?”

「聞かないならば私が力ずくにでも突き動かしてやるさ。お前は何も恐れずに事を進めておけ。」

“分かりました。力添え、感謝いたします。”

 エドガーからの助力を得た兵士は通信を終える。エドガーは不敵な笑みを浮かべて、水晶に閉じ込めている女性たちを見つめる。

「さて、そろそろ美女の血をすするとしようか。ワインも長い年月を置くことで美味へと昇華していくからな。味を確かめておくのも一興だな。」

 エドガーは並べられている水晶の中の少女たちを吟味する。そしてその中から1人を選び出し、その裸身を見つめる。

「今日はこの娘にしよう。その滑らかな肌に牙を刺し、そのけがれなき生き血をしたためる。これが私の恍惚だ・・・」

 エドガーは笑みを強めて、少女の意識を掌握しつつ、水晶の封印を解いた。

 

 これまでにないほどの不安と恐怖を募らせたまま、ヤヨイは再び寮に戻ってきた。既に寮の人たちは寝静まっており、彼女はその人たちに気を遣いながら自分の部屋に戻った。

 ヤヨイは部屋の明かりをつけなかった。夜目が利いていて周りが何とか見えていたのもあったが、気持ちの整理がついていなかったからというのが大きな理由だった。

「私、どうなっちゃったの・・これからどうなっちゃうの・・・」

 一抹の不安を呟きかけるヤヨイ。だが彼女はすぐに、日常への帰還を望むようになっていた。

「私は戻ってきた・・いつものように、過ごしていくの・・・」

 自分に言い聞かせていくヤヨイ。心身ともに疲れ果ててしまっていた彼女は、ベットに横たわった途端に眠りについていた。

 

 ロックを倒したハヤトは、ヴィーナスの拠点である西洋教会に戻ってきていた。彼が自分の私室のベットで横たわっていると、ディオネがやってきた。

「どうした?まだオレの行動に不満があるのか?」

 憮然とした面持ちを浮かべて言い放つハヤト。だがディオネは深刻な面持ちを浮かべたまま声をかける。

「民間人、東条ヤヨイをブラッドに転化させましたね。」

 ディオネのこの言葉にハヤトが眉をひそめる。

「あなたは何の関係のない人間を巻き込んだ。そのことに非は感じているのですか?」

「あの娘が迷い込んできただけだ。1度この裏の争いに介入してしまえば、2度と逃げることはできない。それはお前も十分に分かっていることだろう。」

 問い詰めるディオネに対し、ハヤトは冷淡に返事をする。

「もはや日常に戻ることも、血塗られた運命から逃げることもできない。その運命を受け入れつつ、抗う以外にない。」

「・・・彼女はどうしてるのですか?まさか、あのまま放置してきたのですか・・・!?

「オレはあの娘の保護者ではない。オレの知ったことではない。」

 眼を見開くディオネに対し、ハヤトは憮然とした態度を変えない。

「彼女が見ていたら、喜ぶと思いますか?」

「知りもしないくせに、勝手なことを言うな!」

 ディオネのこの言葉にハヤトが感情をあらわにする。

「消え失せろ・・いくらお前でも、愚弄するならオレは容赦しないぞ・・・!」

 ハヤトが鋭い視線を向けるが、ディオネは顔色を変えない。

「いずれ後悔することになりますよ。くれぐれも軽はずみな行動は慎んでください。」

「たとえお前でも、オレの行動を妨げることはできない。お前こそ後悔しないように努めることだな。」

 ハヤトは憮然とした態度のままベットに横たわってしまった。もはやこれ以上声をかけても意味はないと思い、ディオネは部屋を出た。

 サターン、エドガーに対する因縁。今のハヤトを突き動かしているのは、そこに起因している憎悪だった。

 

 ヤヨイが眼を覚ましたときには、既に日は昇りきっていた。リサとエリが登校の際に呼びに来たのだろうが、ヤヨイがなかなか出てこないために先に行ってしまったようだった。

「もう、こんな時間・・・私、こんなに寝てしまってたの・・・」

 もうろうとする意識の中で、ヤヨイは周囲を見回す。そして彼女は昨日の出来事を思い返し、不安を覚える。

 おもむろに眼を向けた鏡に映っている自分の姿。その瞳の色が血のように紅くなっていた。

「私、人間じゃなくなってるってことなの・・・」

 ヤヨイは一気に恐怖を膨らませた。それは自分に押し寄せている絶望への恐怖と反抗へとつながった。

 絶対に日常に戻る。いつもどおりの生活を送る。ヤヨイはそう言い聞かせていた。

「遅いけど、行こう、学校に・・・」

 ヤヨイは何とか割り切って、学校に行くことを決めた。血に染まっている制服を脱ぎ、予備の制服に着替えて彼女は寮を出た。

 しかし道を歩く途中も、彼女は不安を拭えずにいた。自分の中にある何かが暴走して、周りに危害を加えるかもしれないと感じていたのだ。

 そんな不安を抱えたまま、ヤヨイは学校の近くにたどり着いた。だが彼女はそこで不安を募らせて、学校の敷地に踏み込むのをためらっていた。

 しばらくしていると、下校時刻になってしまった。家や寮に帰る生徒が、校舎から姿を見せてきた。

 その中にはリサとエリの姿もあった。ヤヨイはたまらず近くの物陰に隠れる。

 ヤヨイの姿に気付くことなく下校していく生徒たち。リサとエリもヤヨイのいる物陰を通り過ぎていったと思われた。

 安堵の吐息をついたときだった。ヤヨイは突如肩を叩かれて、過敏に反応する。その驚きの様子に手を出してきていた相手も驚きを見せた。

「ち、ちょっと、ヤヨイ!?ビックリしちゃうじゃないのよ・・・!」

「リ、リサ!?・・ビックリしたのは私のほうだよ・・・」

 きょとんとなるリサとエリに、ヤヨイは肩を落とした。

「それにしてもどうしたのよ、ヤヨイ?朝どんなに呼んでも返事ないし、今になって学校に来るなんて・・」

「ゴメン・・疲れちゃってて・・リサたちが起こしに来たのも気がつかなくって、眼が覚めたのがお昼過ぎだったよ・・」

「呆れた。夜遅くまで何してたのよ、まったく・・」

 ヤヨイから事情を聞いたリサが呆れ、エリも苦笑いを浮かべるばかりだった。そこでエリがヤヨイの顔に向けて眼を凝らしてきた。

「ヤヨイ、何だかヘンじゃない?眼の辺りが何か・・」

「えっ・・・!?

 エリの指摘にヤヨイは恐怖を覚える。これまでのヤヨイでないことをリサとエリが感付きだしたのだ。

「そういえばそうよね。眼も紅いし・・充血、ってわけじゃないよね。紅いのは瞳のほうだし・・」

 リサが見つめようとすると、ヤヨイはたまらず眼を閉じる。その様子にリサとエリが深刻さを覚える。

「ヤヨイ、ホントにどうしたのよ?何か事件に巻き込まれたとか・・」

「リサ・・・」

 困惑を見せるヤヨイを、リサが困惑の面持ちのまま抱きしめてきた。その抱擁が、今のヤヨイには痛々しく感じられた。

 そのとき、ヤヨイは突然意識を揺さぶられる。そして何かに取り付かれたかのように、ヤヨイがリサの首に噛み付こうとする。

「ヤヨイ!リサ!」

 そこへエリの声がかかり、ヤヨイが我に返る。同時にリサが危機を覚えて、たまらずヤヨイを押し倒す。

 突然の出来事にヤヨイ、リサ、エリが唖然となる。

「ヤヨイ・・・あなた・・・!?

「・・・アハ・・アハハハ・・おかしな話だよね・・吸血鬼だなんて・・・」

 驚愕しているリサに向けて、笑い事ではないと分かりながら苦笑いを浮かべるヤヨイ。

「正直まだ分からないことだらけだけど・・やっぱり私、もういつもどおりに暮らすことはできないのかもしれない・・・」

「ヤヨイ、何言ってるのよ・・こんなこと、絶対普通じゃない!ちゃんと説明してくれないと納得できないわよ!」

「ダメだよ・・これは話しちゃいけないことなの・・話したら、リサとエリまで巻き込むことになるから・・そうなったら私、本当に立ち直れなくなっちゃうから・・・」

 打ち明けようとしないヤヨイに、リサもエリもいたたまれない気持ちを拭えなかった。

「おやおや。転び立ての小娘、こんなところにいたのか。」

 そのとき、ヤヨイの背後から声がかかり、彼女が振り返る。そこには黒服を身につけた巨漢が立っていた。

「あなた、誰よ・・ヤヨイに何の用だって言うのよ・・・!?

 リサが声をかけると、男は不敵な笑みを向けてきた。

「悪いがこれはこの娘とオレの話し合いだ。部外者が口出しすると、後戻りが聞かなくなるぞ。」

「そ、そんなことあからさまに言われて、素直に聞けるはずがないでしょ!」

 男の答えにリサがさらに反発する。すると男が哄笑を上げる。

「あまり大人を困らせるものではないぞ、お嬢さん。でなければ、怒られる程度じゃすまなくなるぞ・・これが最後だ。すぐにここから離れろ。」

 男が呼びかけるが、リサもエリも離れようとしない。

「見上げた覚悟だと褒めてやりたいところだが・・お前たちのこの選択は自殺志願に等しいぞ!」

 眼を見開いた男が太い腕を振り上げる。その光景にヤヨイが危機感を覚える。

「逃げて、リサ、エリ!」

 ヤヨイが声を上げて、振り上げている男の腕につかみかかる。そして彼女はそのまま彼に背負い投げを見舞う。

 突然のことに仰向けに倒れる男。だが男は投げられたことを苦にせず、笑みを取り戻して立ち上がる。

「やはり普通の人間でなくなったということか。オレを投げるとは大したものだ。」

 男が哄笑を上げてヤヨイをねめつける。

「ではお前から相手してやることにしようか。体に傷をつけなければ、エドガー様もご立腹にはならないだろう。」

「エドガー・・!?

 男が口にした言葉にヤヨイが眉をひそめる。

「悪いが手荒な扱いになるが、我慢してもらうぞ・・・!」

「粗暴なやり方を好む者が差し向けられたものだな。」

 そこへ声がかかり、男が笑みを消して振り返る。その先には、不敵な笑みを浮かべたハヤトの姿があった。

「これはこれは。まさかこんなところに蒼の死霊が現れるとは・・」

「ほう?予期せぬ事態に驚いているのか?」

「確かに予期せぬ事態だ。この上なく、嬉しい事態だぞ!」

 歓喜の笑みを浮かべた男がハヤトに飛びかかる。ハヤトは跳躍して男の拳をかわすと近くの木の枝に飛び移る。

「オレはサターンの死徒、ヴァル。天城ハヤト、貴様の首、このオレがいただくぞ!」

「フン。力任せで狩れるほど、オレは甘くはないぞ。」

 男、ヴァルが言い放つと、ハヤトは不敵な笑みを浮かべる。そのやり取りにヤヨイだけでなく、リサとエリも不安の色を隠せなかった。

 そんな彼女たちを狙って、不気味な影が蠢き始めようとしていた。

 

 

File.4

 

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