Blood Blue Fiend- File.2 蒼の死霊

 

 

 サターンの死徒の1人、ディンを葬った青年、ハヤト。その戦慄にヤヨイは動揺の色を隠せなかった。

 その場から動けないでいる彼女に、ハヤトが歩み寄ってきた。

「どうした?この戦いに恐れをなしたのか?」

 ハヤトが冷たい視線を投げかけるが、ヤヨイはその声に答えられないでいる。

「これが現実だ。日の光を浴びて平和に暮らしているお前たちの裏の世界で起きている出来事だ。その事実を知った以上、お前もそこから眼を背けることはできない。」

「イヤよ・・こんなこと、現実にあっていいわけ・・・」

「現実逃避をしたところで意味はない。目の前の現実を受け入れて、そこから抗うほかない。」

 冷徹に言い放つハヤトの言葉に、ヤヨイは反論できなかった。

「ここまで来たら仕方がない。オレが外まで連れ出してやる。後は2度とここに戻ってくるな。次はお前が惨たらしく息絶えようと、オレの知ったことではない。」

 ハヤトが言いかけて離れようとすると、ヤヨイはただただ頷いて、彼の後を追った。

 

 ディンの死亡の報告は、真っ先にエドガーの耳に入った。だがエドガーはそのことを予見していたかのように、顔色ひとつ変えていなかった。

「やはりハヤトか・・彼を止めることができるのは、私しかいないということか・・」

 不敵な笑みを浮かべて、エドガーがハヤトの力を確信する。

 そんな彼のいる部屋に、レモン色のショートヘアの少女を連れた兵士たちとともに、1人の男が入ってきた。

「エドガー様、美少女を連れてまいりました。お気に召しますでしょうか・・・?」

 男が丁寧に言いかけると、エドガーは振り返る。怯えている少女を眼にすると、エドガーは笑みをこぼす。

「イヤ・・家に帰して・・家に帰りたいよ・・・」

「怯えることはない。オレがお前をその辛さから解き放ってやろう。」

 悲鳴を上げる少女に淡々と言いかけると、エドガーは両手に力を込めた。その手から稲妻のような力が放たれ、少女を絡め取る。

「何、コレ!?・・ヘンな気分になっちゃうよ・・・!」

「心配は要らない。時期にその感覚に慣れて心地よくなる。」

 声を荒げる少女に、エドガーはなおも淡々と告げる。やがて力の刺激に快感を覚えるようになり、少女は安堵を見せる。

「そうだ。それでいい。このまま私に全てを委ねるのだ。」

 エドガーは少女に言いかけると、稲妻を発している両手にさらに力を込める。その衝撃で少女が身につけている衣服が引き裂かれる。

 やがて稲妻がまばゆいばかりの光となって少女を包み込む。光が治まった先には、水晶に閉じ込められた少女の姿があった。

「これでまた1人、上玉の美女が解放された。彼女たちの鑑賞も、実に有意義なひと時だ。」

「その意見には私も同意いたします。しかし・・」

 そこへ男が口を挟むと、エドガーが眉をひそめる。

「あの蒼の死霊が、我々に牙を向けないとも限りません。ディンがたやすく葬られたところから、これは忌々しき事態として警戒するのが得策かと思いますが。」

「ヤツが彼を甘く見すぎたこともあるのだがな・・・ならば、お前が彼に挑んでみるか?」

「エドガー様の仰せのままに。このロック、必ず蒼の死霊を仕留めてみせましょう。」

 男、ロックが言い放つと、エドガーが不敵な笑みを見せる。

「せいぜい余興を見せてくれ。何事も退屈はよくないからな。」

 エドガーの言葉を背に受けて、ロックはハヤト妥当のために出撃していった。

 

 ハヤトに案内されて、ヤヨイはようやく外に出ることができた。その場は街から少し離れた森の中の小さな岩場だった。

 外は既に暗くなっており、街の明かりが淡くきらめいていた。

「ここまで来ればいいだろう。ここからは1人で帰れ。」

 ハヤトが夜空を見上げて、ヤヨイに言いかける。するとヤヨイが微笑んで、ハヤトに感謝の言葉をかける。

「ありがとう・・あなたが助けてくれなかったら、外に出られなかった・・・」

「ただの気まぐれだ。次も今のように助けられると思うなよ。」

 ハヤトは冷淡な態度を崩さずに答えると、ヤヨイの前から去っていった。

(・・・それにしても、あんなことが現実に起きるなんて・・・何だか怖くなってきちゃったよ・・・)

 日常ではありえないはずの出来事。血塗られた争いを垣間見て、ヤヨイは一抹の不安を覚えていた。

 

 ディンの抹殺とヤヨイの介入で精神的に参っていたハヤト。彼は森の奥に点在する教会の前にたどり着いていた。

 表向きは西洋教会であるが、実体はサターンと敵対する強大な勢力「ヴィーナス」である。ヴィーナスの面々はサターンを始めとした邪な存在の排除のために、その手を汚してきている。ハヤトもヴィーナスの一員として暗躍をしているのだ。

 教会の裏口から中に入り、地下へと進んでいくハヤト。その奥の王室を訪れると、そこには1人の初老のシスターがいた。

 ディオネ・カリス。ヴィーナスの統括者であり、ハヤトを保護した人物でもある。だがハヤトはディオネを慕ってはおらず、あくまでサターンと対立するために身を置く存在としてでしか考えていなかった。

「サターンのクズたちとディンとかいう死徒を始末した。このまま連中が“オレ”に眼を向けてくれれば、オレもやりやすいしお前たちも楽だろう。」

「軽率な行動は慎みなさい。あなたの行動で、このヴィーナス全体の基盤を揺るがすことにつながるのですよ。」

 憮然とした態度で告げるハヤトに、ディオネが毅然とした態度で答える。

「勘違いするな。オレはヤツらを根絶やしにするために動いている。その拠点としているのがここであるだけだ。」

「復讐ですか?・・あまり感心しません。復讐を遂げたところで、最後に残るのは虚しさだけです。」

「知った風な口を叩くな!お前たちにオレの心は理解できない!」

 ディオネに反発すると、ハヤトは苛立ちを浮かべたまま王室を出て行った。その態度に、ディオネは深刻さを感じていた。

「彼は誠実ではあるのですが、憎悪と過去に囚われている節がありますね・・・」

 ディオネは落胆の面持ちを浮かべて、ひとつ吐息をつく。そこへ1人のシスターが王室に入ってきた。

 そわそわした幼さの残る雰囲気の少女。ディオネの秘書、リンである。

「サターンの兵士の動きが活発になってきています。こちらも迂闊な行動は慎んだほうがいいかもしれません。」

「そうですか・・くれぐれも注意を怠らないように。特にハヤトの行動には。彼はサターンに・・エドガーに対して強い憎悪を抱いております。早まった行動を取らないように、監視を強めてください。」

 報告を告げるリンに、ディオネが落ち着きを払って答える。

「分かりました。武装隊員たちにその旨を伝えておきます。」

 リンはディオネに一礼して、王室を後にした。

 

 教会を離れて森の中にいたハヤト。彼の心の中には、エドガーに対する憎悪が渦巻いていた。

(エドガー・・ヤツだけは必ずオレが始末してやる・・たとえ闇の底に堕ちようとも、必ず・・・!)

 ハヤトが右手を強く握り締めて、内に秘める怒りを強めていく。

 そのとき、ハヤトは周囲から漂ってくる殺気を感じ取り、立ち上がる。

(またサターンの連中が動き出したのか・・こうして藪を突いてやれば、蛇が出てくるのか・・・)

 サターンの用兵たちを始末していけば、いつかエドガーを引きずり出すことができる。そう信じて、ハヤトは再び行動を開始するのだった。

(今のうちに覚悟しておくことだな、エドガー・・お前を引きずり出して、その首をかき切ってくれる・・・!)

 

 非日常的な出来事にさいなまれたヤヨイは、その不安を抑え込みながらようやく寮に戻ってきた。

「ふぅ。やっと戻ってこれた・・一時はどうなるかと思ったよ・・・」

 大きく吐息をついて肩を落とすヤヨイ。自分の部屋に戻ろうとしたとき、リサとエリが駆け寄ってきた。

「もう、ヤヨイ。どこほっつき回ってたのよ。」

「管理人もあなたがなかなか帰ってこないから心配してたよ。」

 リサとエリがヤヨイに向けて心配の声をかける。

「ゴメン、リナ、エリ。管理人さん、怒ってた?」

「う〜ん、怒ってはなかったけど、やっぱり心配してたよ。」

 苦笑いを浮かべるヤヨイに、エリが淡々と答える。

「今は遅いから、明日の朝にでも謝りに行ったほうがいいと思うよ、ヤヨイ。」

「そうだね・・分かったよ。今夜はゆっくり休んで、明日にでも行くよ。」

 リサの言葉にヤヨイは頷く。

「それじゃ、リサ、エリ、また明日ね。」

「うん。おやすみ、ヤヨイ。」

 リサ、エリに挨拶を送り、ヤヨイは自分の部屋に戻っていった。ようやく寝床につけたと思い、ヤヨイは閉めた玄関のドアにもたれかかった。

「今日は本当に疲れちゃったよ・・このままベットに飛び込んだら、すぐにでも眠れそう・・・」

「なら子守唄は必要ないかな?」

 安堵をついていたところに突然声をかけられ、ヤヨイは息を呑んだ。恐る恐る前方に眼を向けると、明かりの付いていない部屋に1人の男が立っていた。

「誰、あなた!?・・玄関も窓もちゃんと鍵をかけたはずなのに・・・!?

 ヤヨイが一気に恐怖を募らせて声を振り絞る。男は悠然とした態度でヤヨイに答える。

「そのような施錠など私の前では意味を成さないよ・・自己紹介しておこう。私はサターンの死徒、ロック。蒼の死霊の抹殺のため、君を利用させてもらうよ。」

 男、ロックがヤヨイに向かって歩を進める。危機を覚えたヤヨイが玄関のドアを開けて外に飛び出す。

 廊下には誰もいない。リサもエリも自分の部屋に戻ってしまっている。

「助けを呼ぶなら呼ぶといい。だがその人の命は保障しかねるけどね。」

 ロックが発した言葉に駆り立てられるかのように、ヤヨイはたまらず駆け出して寮を飛び出した。迂闊に助けを呼べば、ロックは情け容赦なくその人を手にかけるだろう。

 疲弊している体を突き動かして、ヤヨイは走る。やがて彼女は、まだ賑わいのある街中の群集に飛び込んだ。ここで何かが起これば必ず騒ぎになる。サターンも迂闊なことはできなくなるだろう。彼女はそう考えた。

 だがロックはそのことを恐れる様子もなく街に踏み込んできた。だが人込みのためにヤヨイと距離を離されてはいた。

 呼吸を整えるために近くのビルの入り口の前で足を止めたヤヨイ。近くにサターンの人間がいないことを確かめながら、彼女は息をつく。

「鬼ごっこはおしまいかな?それとももう逃げ切れたと思ったのかな?」

 そのとき、ヤヨイは背後から声をかけられて戦慄を覚える。振り向いた先には、悠然としているロックの姿があった。

「ど、どうしてここまで・・・!?

「私は気配に敏感でね。君の気配はずっとつかんでいたから、真っ直ぐここに行き着くことができたわけだよ。」

 追い詰めるヤヨイに、ロックは淡々と答える。恐怖を覚えたヤヨイがたまらずビルの中に飛び込んでいく。

 中にある階段をひたすら駆け上り、ヤヨイはビルの屋上に駆け上る。

「そんなことって・・そんなことって・・・!」

「逃げられないということはいい加減理解できると思うのだが?」

 落ち着こうとしたヤヨイの前には、既にロックが先回りしていた。もはや逃げられないと悟り、ヤヨイはその場でしりもちをつく。

「大人しくしてもらうよ。これ以上逃げるなら、すぐに気絶させるから。その気になれば瞬殺することもできるのだから。」

 ロックはヤヨイに向けて手を差し伸べる。もうどうにもならないと思い、ヤヨイは眼をつぶる。

「もはや逃げることも叶わないか。1度闇を見てしまった者は・・」

 そのとき、どこからか声がかかり、ロックが手を止める。彼とヤヨイが声のしたほうに振り向くと、そこにはハヤトの姿があった。

「あなたは・・・」

「まさかあなたのほうから姿を見せてくれるとはね・・蒼の死霊、天城ハヤト・・」

 驚きを見せるヤヨイと、笑みをこぼすロック。ハヤトは冷淡な面持ちで2人を見据えていた。

「サターンの手の者か。ならオレの手で始末してやる。」

「残念ですがそれは叶いません。私は他の用兵やディンとは違います。」

 ハヤトが鋭く言い放つと、ロックも悠然とした態度で言葉を返す。

「このお嬢さんとあなたの首、貰い受けますよ。」

 ロックは狙いをハヤトに変えて、大きく跳躍する。見上げるハヤトに向かって、ロックが急降下する。

 ロックは紅い剣を具現化させて、ハヤトに一閃を放つ。眼を見開いたハヤトも紅い障壁を作り出して、ロックの剣を受け止める。

「その力・・お前もブラッドか・・」

「転び立てではありますけどね。それでもある程度、戦闘に併用できるように慣らしてはいますけど。」

 低い声音で言いかけるハヤトに、ロックは不敵な笑みを浮かべて答える。ロックは剣を振り抜いて、ハヤトの障壁を打ち破る。

「あなたと引けは取りませんよ。あまり油断していると、あっさり幕引きになってしまいますよ。」

 ロックは眼つきを鋭くして剣を振りかざす。だがハヤトは右手から紅い光を発して、剣を受け止める。

「何っ!?

 力を込めての一閃を軽々と受け止められて、ロックが笑みを消す。

「思い上がるな。転び立ては所詮転び立て。結局は赤ん坊がやっとのことで立ち上がったに過ぎない。しっかりと歩いてみせているヤツに追いつけるはずもないだろう。」

 ハヤトはロックに告げると、光を発している右手を振りかざして剣を跳ね除ける。そして光を鞭のように振りかざし、ロックの右のわき腹を切り裂いた。

「ぐあっ!」

 ハヤトから攻撃を受けて苦悶の声を上げるロック。後退してハヤトとの距離を取る。

「まさかこれほどの力を備えているとは・・赤子の手をひねられるほどに打ち負かされるとは・・・」

「今さら自覚したところで遅い。お前はオレの手にかかって朽ち果てるしかない。」

 焦りの色を見せるロックを鋭く見据えるハヤト。業を煮やしたロックは再び後退し、困惑したままのヤヨイを背後からつかみ上げた。

「これで形勢逆転ですよ、天城ハヤト!」

 勝気を見せるロックと、恐怖を膨らませて体を震わせるヤヨイ。それを目の当たりにしても、早とは顔色を変えない。

「この状況でも顔色ひとつ変えないとは。冷たいというか戦い慣れしているというか。だが君はこの状況をどうするのかな?攻撃を出すものなら、私だけでなく、この娘も傷つけることになる。その非情さが君にあるのかな?」

「・・・言いたいことはそれだけか?」

 冷淡に告げるハヤトの返答に、ロックが眉をひそめる。

「人質を取れば、少なくとも劣勢を跳ね除けられると本気で信じているのか?・・甘いな。」

 ハヤトは右手をかざすと、その人差し指から紅い光の弾を放つ。弾はヤヨイの右の胸に当たって貫通し、ロックの体をも貫いた。

「なっ!?

「えっ・・・!?

 ロックが驚愕の声をあげ、ヤヨイもこの一瞬に何が起こったのか分からなかった。ハヤトの冷たい視線の見つめる先で、2人が力なく倒れる。

 ヤヨイの意識が次第に薄らいでいく。彼女の見つめる星の輝きが散りばめられた夜空がぼやけていく。

「これがお前の不幸、お前の弱さだ。」

 そんな彼女に向けてハヤトの低い声が響いてくる。

「お前は踏み入れてはならない領域に足を踏み入れ、自分の手に余ることに関わった。こうして命を落とすことは予測できることだったはずだ。」

「私は・・・」

「それでも納得できないものか・・それでお前はどうするつもりだ?」

 ハヤトが問いかけてくるが、ヤヨイにはまともに答える力さえ残っていなかった。

「人間として天に逝くか、それとも死人として闇に生きるか・・選ぶのはお前だ。」

 ハヤトから向けられた選択。一瞬その苦渋の選択に葛藤するが、ヤヨイは何かに駆り立てられていた。

(・・生きたい・・こんな無茶苦茶なことに振り回されて、何もできずに死にたくない・・・)

 生に執着するヤヨイの眼から涙がこぼれる。彼女は無意識のうちに、ハヤトに向けて手を差し伸べていた。

「それが、お前の出した答えか・・・」

 ハヤトはその手を取り、ヤヨイを引き上げる。そしてハヤトはヤヨイの首筋に鋭い歯を差し込んだ。

 差し込まれた牙から血を吸い取られていく。その瞬間、彼女は今まで感じたことのない刺激を覚える。

「・・んあ・・あぁぁ・・・」

 押し寄せる恍惚にヤヨイはたまらずあえぎ声を上げる。それが彼女が人間でなくなる瞬間だった。

 

 

File.3

 

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