Blood –Blue Fiend- File.1 夜天の吸血鬼

 

 

BLOOD

ヴァンパイアの中でも最も能力の高いとされている

自分の血を媒体にすることで様々な力を自在に操ることができる

その能力故に、人々から忌み嫌われてきた

 

 

 現代の世界は、平和と平穏で満ちあふれている。だがそれは日常で起きている表の世界のことに過ぎない。

 人々の知らない裏の、闇の世界。そこでは表の世界の常識やルールが通用しない無法の荒野といっても過言ではない。

 その闇の世界では、ある噂が囁かれていた。それは「蒼の死霊」と呼ばれる暗殺者のことだった。

 夜空を彩るような蒼い髪と冷たい瞳をしており、旋律を奏でるように無音に軽やかに敵を仕留める。人間離れした能力を使っているとも言われ、そこから吸血鬼ではないかという噂さえ流れていた。

 だがそれはあくまで噂の域を超えておらず、その正体は謎とされていた。

 

 平和の色を彩っている街。その一角に点在する高校に通う1人の少女がいた。

 東条(とうじょう)ヤヨイ。蒼く長い髪をひとつにまとめてポニーテールにしており、明るくも優しい性格をしている。5年前に起こった事件によって両親を亡くし、彼女は以後は親戚との生活を経て、今は高校の寮で暮らしている。

 この日もヤヨイは、級友たちと明るい話題に華を咲かせていた。

「ねぇ、リサ、エリ、今日は一緒に買い物に行かない?」

 ヤヨイが級友であるリサとエリに声をかけるが、2人は申し訳なさそうな顔を彼女に見せる。

「ゴメン、ヤヨイ。今日はどうしても外せない用事があるの。」

「私もみんなに呼ばれちゃって・・今度、ちゃんと埋め合わせするから。」

「そう・・じゃ、また今度ね。」

 リサとエリの事情を聞いて、ヤヨイが微笑んで頷いた。

 

 そしてその日の放課後、ヤヨイは1人街に繰り出していた。1人の時間ができたときには、「冒険」と称していろいろな場所に立ち寄ることにしていた。

 この日は冒険心が強くなっていたため、ヤヨイは街から外れた場所にも足を踏み入れていた。

 この冒険には、ヤヨイの孤独を和らげようとする気持ちも働いていた。人前で涙を見せて、軽はずみな哀れみを受けるのが辛いと思っていたからだ。

 ヤヨイの人生は、まさに気分転換の連続だった。

「さて、今日はちょっと街から離れてみようかな。」

 ヤヨイはこれから進む道を模索していく。そして彼女はいつしか、人気のない細道に行き着いていた。

 そこで彼女は周囲を見回し、一抹の不安を覚えて苦笑いを浮かべた。

「・・迷っちゃった、かな・・・?」

 

 裏世界では今、2つの相反する勢力の存在が他の勢力に対する影響力をもたらしていた。

 神の名の下に異端の者を断罪する「ヴィーナス」と、邪な力を宿すといわれている「サターン」。その2つの勢力の衝突は、まさに神と魔の戦いと呼んでも過言ではなかった。

 そのサターンを治めるのは1人の青年だった。エドガー・ハワード。表の顔は世界をまたに駆けてボランティア活動を行っている大資産家であるが、その素顔は欲望の塊とよべるほどの野心家である。

 エドガーはサターンの面々の中でも特異かつ強大な力を有しており、吸血鬼、しかも「ブラッド」ではないかとも言われている。

 ブラッドは自分の血を媒体にして、様々な能力を使用する。その形状や効果はそのブラッドによって特徴が大きく異なってくる。

 エドガーの能力はその個性が顕著であるといえる。それは対象を水晶の中に封じ込め、その活動さえも完全に封じ込めてしまうものである。

 この日もエドガーの前に、生贄ともいえる1人の少女が連れ込まれてきた。長く薄いピンクの髪のおしとやかな雰囲気の少女である。

「なかなかの上玉だ・・いいだろう。そこから離れろ。」

「は、はい・・」

 エドガーが微笑んで言いかけると、少女を取り押さえていた紳士服の男たちが離れていく。席を立って近づいてくるエドガーに、少女が恐怖を募らせる。

「そんなに怯えることはない。お前は私によって、永遠の解放を堪能することになるのだからな。」

 エドガーが優しく言いかけるが、少女は怯えたままだった。エドガーはそんな少女を見つめながら、両手を掲げる。

 その手から電気のようなものが現れてほとばしる。その力に少女はさらに恐怖を覚えて、たまらず逃げ出そうとする。

 だがエドガーが放った電撃によって少女は動きを封じられてしまう。電撃は球状に取り巻いて少女を包み込んだ。

 その力に掌握されて、少女が苦悶の表情を浮かべて、悲鳴を上げる。その衝撃に巻き込まれて、彼女の衣服が引き裂かれる。

 そして苦痛を感じていた少女が安堵を覚え始める。全身に入っていた力が徐々に抜けていく。

「どうしちゃったんだろう・・体が、すごく楽になってく・・・」

 おもむろに口にした少女の言葉に、エドガーが笑みを強める。

「そうだ。そのまま楽になれ。そして深い眠りに堕ちるのだ・・・」

 エドガーが呟きかけると、両手にさらに力を込める。やがて力がガラス玉のように形を整えるように見えると、まばゆい光を発する。

 光が治まった先には、手に収まるほどの大きさの水晶玉があった。その中には裸身の少女が眠るように閉じ込められていた。

「いいぞ。これこそまさに上玉というものだ。また1人、美女が私の手の中に飛び込んだ・・」

 エドガーがその水晶玉を手にして、中にいる少女をじっと見つめる。彼が美女を求めているのは、単に観賞のためだけではなかった。

 ブラッドは能力の行使に血を代償としている。彼は美女のけがれなき血を好むため、美女を連れ去って封印し、その美を留めた状態で保存していた。まさに冬眠用のエサと呼べる扱いもされていた。

「さて、そろそろ上質の生き血をすすっておかないと。」

 エドガーが自室に戻ろうときびすを返す。だが部屋に入り込んだ気配を感じ取って、彼は足を止める。

「ディンか。どうした?」

 エドガーが振り向かずに背後の男に答える。サターンの幹部「死徒」の1人、ディンである。

「エドガー様、私の出撃許可をいただけませんでしょうか?ヴィーナスのメス豚を、私の暗殺術で家畜にしてごらんにいれましょう。」

「体がなまってきていることを危惧しているのだな・・茶番がなくなってしまうが、いいだろう。」

「ありがとうございます。もしかしたら、あの“蒼の死霊”と会うことにもなるでしょう。」

 ディンの言葉を耳にして、エドガーが笑みを消す。

「ハヤトを甘く見るな。彼は私と肩を並べられるほどだった男だ。」

「それほどの男ですか・・・ならばその男、見事倒してご覧にいれましょう。」

 エドガーの警告を聞き入れていないのか、ディンは不敵な笑みを浮かべて部屋を後にした。エドガーはディンの言葉を聞いて、あざけりの意味を込めた微笑を浮かべた。

 

 非合法の組織間による裏取引の場として用いられている地下街。だがそこは今、戦慄に満ちた戦場となっていた。

 銃を構えて周囲を強く警戒する黒ずくめの男たち。彼らには冷静さは欠片もなかった。

 彼らが相手にしていたのは、常人離れした暗殺者だった。旋律を奏でるかのように赤い鞭を振りかざし、人間の力や武器をことごとく跳ね返していた。

 そして暗殺者は、うろたえている男たちの体を次々と切り刻んでいった。薄暗い地下街が紅い血の海と化していた。

 その中央に1人の青年が降り立った。彼は血と肉と化した男たちに冷たい視線を向ける。

「せめて最初に、そのいかんともしがたい力の差を理解しておくべきだったな。今さら後悔したところで、後の祭りだ。」

 青年は低い声音で言いかけると、平然とした態度でこの場を後にした。

 

 探険のために街に繰り出したものの、遠くまで行き過ぎたために迷ってしまったヤヨイ。記憶を頼りに、彼女は何とか街に戻ろうとする。

 だが足を進めれば進めるほど、ヤヨイはどんどん知らない場所へと入り込んでしまっていた。

 そして彼女はついに、人が立ち入りそうな気配のしてこない地下通路への階段へと差し掛かっていた。

「・・このままこの辺りをウロウロしてもしょうがないし・・ここに入れば、案外元の場所に戻れたりして・・」

 確証のない期待を胸に秘めて、ヤヨイは思い切って階段を下りることにした。

 地下通路は外の明かりが差し込んでくるだけで、ほとんど真っ暗だった。それでもヤヨイは夜目を駆使して、暗い地下通路を進んでいく。

「ふぇ〜、暗いなぁ〜・・ここから出口を見つけ出さなくちゃいけないから、参っちゃうよ〜・・」

 幸先が不安で満たされていきながらも、ヤヨイはさらに地下通路を進んでいった。

 そして広い通路に出たところで、彼女は足を止める。左右どちらの方向に行けば外に出られるのか、彼女は模索していた。

「どっちに行けばいいのかな・・間違ったら、戻ってくればいいし・・」

 それでも込み上げる不安に負けずに、ヤヨイは足を進める。だがしばらく歩いたところで、彼女は足元に違和感を覚えてふと立ち止まる。

「何・・何だか気持ち悪い・・・」

 その不快な感触の正体を確かめようと、ヤヨイは嫌々足元に向けて眼を凝らす。その正体に彼女は恐怖を覚える。

「血・・・!?

 彼女が踏みつけていたのは、人の紅い血。それと断裂されて飛び散った肉片だった。

 ヤヨイが踏み込んでいたのは、人の死骸が転がっている血の海だった。その惨劇の場を目の当たりにして、彼女は言葉を詰まらせていた。

 その直後、彼女は遠くから足音が近づいてくるのを耳にする。音はこの地下通路に反響して、どこから響いてきているのか分からなかった。

 数歩後ずさりしたところで、ヤヨイは恐る恐る振り向く。そこには1人の青年が慄然とした雰囲気を放ちながら立っていた。

「お前は誰だ?・・サターンの回し者にしては、ずい分無用心だな。」

 青年は低い声音でヤヨイに言いかける。ヤヨイは驚きを見せて、青年から離れる。

「あ、あなたは・・・!?

「わざわざ名乗る必要はない。それに、お前はどうやら普通の人間のようだ。お前のようなヤツが、この場に踏み込むべきではない。」

 ヤヨイが問いかけるが、青年は冷淡な態度でそれを一蹴する。

「命がほしければ消えうせろ。今ならまだ戻れる。」

 青年はヤヨイに告げると、振り返ってこの場を後にする。だがヤヨイは不安を浮かべて彼に歩み寄る。

「あの・・外に出る道が分からないの・・」

「ん?お前は何らかの道を使ってここまで来たのだろう?ならその道を逆に辿ればいいだけのことだろう。」

 ヤヨイのこの問いかけに対しても、青年は冷淡な答えを返した。立ち去ろうとする青年に、ヤヨイがさらに近づこうとする。

「いい加減にしろ。そんなに死に急ぎたいのか?」

 青年の蒼い瞳。その冷たい視線にすくみあがり、ヤヨイは固唾を呑んだ。

「ほう?まだこんなところに人がいたとは。暗殺者としては命取りというところか。」

 そのとき、遠くから男の低い声が響いてきた。その声に青年が身構え、その正体の気配を探る。

「もう手遅れだ。お前はこの血塗られた戦いから逃れることはできなくなった。

「えっ・・・!?

 青年の言葉にヤヨイが驚愕する。

「とにかく、ここから離れるぞ。留まっていると格好の標的として朽ち果てるだけだ。」

 青年は毒づくと、ヤヨイを抱えて駆け出した。突然のことにヤヨイは声を上げることもできなかった。

 青年は近づいてくる敵の気配を徐々につかんでいく。敵は彼を狙って姿を消したまま追ってきていたからだ。

 外からの明かりが若干強まっている広場に行き着いたところで、青年は足を止めてヤヨイを降ろす。

「ここなら暗殺もやりにくいだろう。そろそろ姿を見せたらどうだ?」

 青年が低い声音で言いかけ、ヤヨイが恐る恐る周囲を見回す。すると彼の見据える先の暗闇から、しっかりした体格の1人の男が姿を見せてきた。

「正々堂々というのは私の性分ではないのだがな。」

「私も同じだ。本当なら気が合うと褒め称えたいところだがな。」

 男と青年が互いに不敵な笑みを見せ合う。その異様な光景に、ヤヨイは息が詰まる思いだった。

「さて、ご託はこれまでだ。蒼の死霊の力量、直に確かめさせてもらおう。」

 男が青年に向けて言い放つと、右腕を大きく振りかざす。その手の甲、コートの袖に仕込まれていたナイフが突き出る。

「なるほど。どうやらそんな通り名が出来上がっているようだな・・だが、オレがどういう存在か、本当に理解しているのか?」

「ん?」

 青年が口にした言葉に、男が眉をひそめる。だが男はすぐに笑みを取り戻して続ける。

「私の名はディン。サターンの幹部に位置づけられている・・」

「いや、別に名乗る必要はない。なぜなら、お前はオレになす術なく葬られるからだ。」

 自己紹介をする男、ディンの言葉をさえぎる青年。その言葉にディンが苛立ちを覚える。

「若さというものはある意味恐ろしいものだな。己の身の程をわきまえず、自信過剰になる。」

「オレは別に慢心しているわけではない。それに、お前に同じセリフを返そう。あまり自惚れていると、寿命を縮めることになるぞ。」

「貴様!・・少し遊んでやろうと思ったが、そんなに死に急ぎたいなら仕方がない・・!」

 ディンが憤りをあらわにすると、全身に力を込める。体の筋肉が膨れ上がり、強靭なパワーを青年とヤヨイに見せ付ける。

「原型を留めないほどに、踏みにじるのも悪くはないか!」

 歓喜の叫びを上げるディンが、青年に向かって駆け出す。青年は後退して距離を取り、ディンの動きを伺う。

 ディンが振り下ろしてきた拳を、青年は身を翻してかわす。標的を外した拳が地面をえぐり、巨大な穴を作り出した。

「外したか・・だがこれで分かるだろ!貴様も私の力を受ければひとたまりもないことが!」

 歓喜の笑みを浮かべて、ディンがさらに拳を繰り出す。だが青年は姿勢を低くして、ディンの横をすり抜ける。

 青年の振りかざした右手から赤い鞭のような明かりがすり抜ける。その一閃にヤヨイは眼を離すことができなかった。

「すばしっこいな。だがそれもいつまで・・・!」

 ディンが振り返って言い放った直後だった。突如、ディンの左わき腹から鮮血が飛び散った。

「ぐっ!」

 ディンが激痛を覚えてその場にひざを付く。青年が発した力の正体に気付いて、ディンは驚愕する。

「まさか貴様は吸血鬼・・それも、あの特異の種族とされている・・・!?

「ブラッド・・自らの血を媒体にして、様々な力を使う吸血鬼・・そう言いたいのだろう?」

 ディンが言いかけた言葉に青年が続ける。彼らの発した単語にヤヨイは当惑する。

「確かにオレはお前たちの言うブラッドという種族だ。オレの使う力も、そのブラッドの力に属するものだ。」

「まさか、エドガー様以外にも、ブラッドの力を使う者がいようとは・・・!」

 愕然となるディンに、青年が右手を紅く光らせながら近づいていく。

「これでお前は終わりだ。やはりお前は、オレを見くびっていたということだな・・・」

「フフフフ。そういうことになるな・・だが、エドガー様の前では、お前とて無力に過ぎない・・天城(あまぎ)ハヤト・・・」

 ディンが不敵な笑みを浮かべた直後だった。青年、ハヤトが振りかざした右手が、ディンの首をはねた。

 命を手にかけても顔色を変えないハヤト。その戦慄に、ヤヨイは声を上げることができなかった。

 

 

File.2

 

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