ブレイディア 第25話「運命の2人」
姫子を見失った牧樹は、やむなくプルートの本拠地に戻ってきた。
「山吹先生を仕留めそこなったみたいだね・・」
不満を抱えている彼女に、真二が悠然と声をかけてきた。
「何しに来たの?・・山吹先生の居場所が分かったの・・・?」
「山吹先生は今、総合病院に向かっている。傷の手当をしてもらおうとしているんだね・・・それよりも・・」
牧樹の問いかけに真二が答える。彼が言いかけた言葉に、牧樹が眉をひそめる。
「結花ちゃんが、こっちに向かってきているみたいだよ・・」
「結花が・・・!?」
真二の答えを聞いて、牧樹が目つきを鋭くする。彼女の中に結花への憎悪が込み上げてきていた。
「どうする?君が望むなら、結花ちゃんを舞台に招待することもできるけど?」
真二が投げかけた問いかけに、牧樹は少し考えてから答えた。
「・・いいよ・・その最高の舞台で、結花を今度こそ倒して、終わりにしてみせるから・・・」
「すごい意気込みだね・・僕も緊張してくるよ・・・」
低く告げる牧樹に、真二が思わず苦笑いを浮かべる。
(そう・・もう終わりにする・・こんな悲しいこと、いつまでも続いちゃいけない・・・)
悲しみの連鎖を断ち切ろうと、牧樹は結花との戦いに備えるのだった。
牧樹との対峙のため、結花は零球山に向かった。山の入り口でバイクを止めて、彼女は眼前の景色をじっと見つめる。
(この近くにあるはずだ・・プルートの本拠地が・・・)
山の頂を見上げて、周囲に注意を傾ける結花。プルート捜索のため、彼女は山の中に入っていく。
だがその山道の途中で、結花は足を止める。彼女の前に1人の黒ずくめの男が現れた。
「青山結花、冥王がお待ちです。こちらへ・・」
「罠でない保障はあるのか?」
声をかけてくる男に、結花が注意を向ける。
「冥王は、あなたと赤澤牧樹様の対決をご所望です。あなたを、冥王の間にご案内するように命ぜられました・・」
「牧樹と・・・それならば好都合というべきか・・・」
男からの説明を聞いて、結花が小さく頷く。
「いいだろう。案内してくれ・・」
男の案内を受けて、結花が歩き出す。2人は山道の先の岩場に行き着く。
その岩場には小さな洞窟があった。そこは整備された山道からは大きく外れており、注意しなければ崖から滑り落ちてしまう危険が高い。
「少し暗くなっています。お気をつけて・・」
「問題ない。暗闇の場所には慣れている・・」
呼びかける男に結花が淡々と答える。2人は洞窟の中へと足を踏み入れた。
祐二を死に追いやったのを結花と牧樹のせいと思っているエリカ。彼女は結花より先に、プルートの本拠地に潜入していた。
(今度こそ息の根を止めてやるわよ、赤澤牧樹・・お前を八つ裂きにしないと、祐二様は浮かばれない・・・)
祐二への想いと牧樹への憎悪をたぎらせるエリカ。激しい衝動を抱えたまま、彼女は冥王の間に足を踏み入れた。
するとエリカの侵入を察知して、男たちが銃を手にして続々と現れた。だがエリカは不敵な笑みを見せていた。
「プルートの手下ね・・そんなもので、私を止められるわけないのよ!」
言い放つエリカが剣を出して構える。
「やめろ。」
そこへ声がかかり、男たちが即座に銃を下げる。エリカの前に真二が姿を見せた。
「まさかここまで入り込んでくるなんて・・兄さんの敵討ちにでも来たのかい?」
「まさかお前がプルートの親玉、冥王だなんてね・・で、ここにいるのよね、赤澤牧樹は・・・?」
悠然と声をかけてくる真二を、エリカはあざ笑う。
「ここに来ていたの、金城さん・・・?」
そこへ牧樹も姿を現した。眼前に立った彼女を目の当たりにして、エリカが哄笑を上げる。
「こんなところでお前をズタズタにする・・最高の舞台じゃないのよ!」
「そうよ。ここは最高の舞台・・でも金城さん、あなたのための舞台じゃない・・」
言い放ったところで牧樹に言いかけられ、エリカが笑みを消す。
「私と結花が戦う場所・・私が結花を、今度こそ仕留める場所・・」
「ふざけるな!どこまで勝手なマネをすれば気が済むのよ!?」
低く告げる牧樹にエリカが怒号を浴びせる。しかし牧樹は全く動じない。
「アンタはここで終わりよ!私の怒りを存分に受けて、地獄の底に叩き落とされるのよ!」
「私はまだ死ぬわけにはいかない・・それに、あなたは死んでも祐二さんには会えない・・あなたは地獄逝き・・天国にいる祐二さんには会えない・・」
「どこまでも勝手なことを・・・切り刻んでやる!」
牧樹の言葉に激昂するエリカ。いきり立った彼女が牧樹に飛びかかり、剣を振りかざす。
その一閃を、牧樹も剣を出して受け止める。重みのある大剣に阻まれて、エリカが目を見開く。
「私は負けない・・私が死ぬのは、ブレイディアを全員倒してから・・・」
牧樹は低い声音で言いかけると、剣を振りかざしてエリカを突き放す。後退して着地したエリカが、牧樹を鋭く見据える。
「調子に乗るな・・お前と青山結花を消すまで、私は絶対に死なない・・死んでたまるか!」
「いいえ・・あなたはここで死ぬの・・私が地獄に落とすの・・・!」
怒鳴りかけるエリカに対し、牧樹が低い声音で考えを見せる。
「誰に向かってそんな口を!」
激昂したエリカが牧樹に剣を振りかざす。ガムシャラに攻撃していくエリカだが、いずれも牧樹に軽々と受け止められていく。
牧樹が反撃に転じて、エリカに蹴りを入れる。蹴り飛ばされて倒される彼女を、牧樹が冷たい視線で見下ろす。
「そろそろ私の攻撃の時間にさせてもらうよ・・・」
「お前・・・!」
言いかける牧樹にエリカがうめく。
「あなたはただでは殺さない・・祐二さんが受けた苦しみ、あなたにも味わわせてあげる・・・!」
目を見開いた牧樹が高らかに剣を振り上げる。危機感を覚えたエリカが横転して、牧樹の剣をかわす。
だが立ち上がったところで、エリカは牧樹が振りかざしてきた剣に叩きつけられてなぎ払われる。牧樹は切りつけたのではなく、刀身で叩きつけただけである。
重みのある攻撃に圧倒されていくエリカ。牧樹は切りつけることも剣を折ろうともせず、ただ自分の剣でエリカを叩いていくだけだった。
「なぶり殺しか・・粘着質な人には、こういうやられ方をされると気分が悪くなるものか・・」
2人の戦いを見つめて、真二が呟きかける。ダメージを増やしていくエリカを、牧樹は胸倉をつかんで持ち上げる。
「こんな・・こんなこと、私は認めない・・・!」
「普通に剣を折ったりしない・・あなたは直接手にかける・・・!」
うめくエリカに牧樹が鋭く言いかける。次の瞬間、エリカは体に激痛を覚えて目を見開く。
エリカの体を牧樹の剣が貫いていた。光の刀身を紅い血が伝っていき、床にこぼれる。
「これで地獄に落ちなさい・・それがあなたの大罪の償い・・・」
「私は・・私は、こんなことで・・・!」
低く告げる牧樹にうめくエリカ。剣に刺されたままの彼女が、口から吐血する。
「あなたは祐二さんを弄んだ1人・・あなたの声を聞くのも不愉快だよ・・・」
「牧樹!」
呟きかけたところで声をかけられ、牧樹が視線を移す。彼女のいる冥王の間に、結花が駆けつけてきた。
「牧樹・・・金城エリカ・・・!?」
牧樹の剣に体を貫かれているエリカを目の当たりにして、結花が息を呑む。彼女の登場に、牧樹は顔色を変えることはなかった。
「やっと来たんだね、結花・・・これで準備運動は終わり・・・」
牧樹は淡々と言いかけると、エリカを刺した剣を振りかざす。大きく跳ね上げられたエリカが、冥王の間の奥の穴に落とされた。
「金城さんは祐二さんを奪おうとしていた・・このくらいの苦痛、当然だよ・・・」
「牧樹・・・本気で言っているのか!?・・・純粋に時間を過ごしてきたお前が・・・!?」
淡々と冷徹な言葉を口にする牧樹に、結花が声を荒げる。
「その時間を壊したのは、祐二さんを奪ったのは誰なの?私を悲しみのどん底に突き落としたのは誰なの?」
「それは・・・」
牧樹が投げかけてきた問いかけに、結花が言葉を詰まらせる。
「全部あなたのせいじゃない・・あなたが復讐しようとして、祐二さんまで巻き込んで!」
怒りと感情をあらわにした牧樹が、剣の切っ先を結花に向ける。
「どうして直美ちゃんが、自分の命を投げてまで結花を蘇らせたのか、理解できない・・何もかもムチャクチャにしたあなたを・・・!」
牧樹が怒号を放っていたときだった。結花が自分のブレイドを手にして、切っ先を結花に叩きつける。その衝撃が周囲を揺るがし、牧樹が息を呑む。
「これは私が招いた罪だ・・お前の心を壊したのも、直美を死に追いやったのも、全て私の罪だ・・その私が責められるのは当然だ・・・だが、私に全てを託してくれた直美を侮辱することは、たとえお前でも許さない・・・!」
結花は言い放つと、牧樹に剣の切っ先を向ける。同時に結花は牧樹に鋭い視線を投げかけていた。
「私を許さない・・・どこまであなたは自分勝手なの、結花!?」
結花の言葉を聞いて、牧樹がさらに激昂する。
「牧樹、お前をそのように戦う剣士に仕立ててしまったのは私だ・・だから私はこの罪を、この手でお前を止める!」
自分の胸に秘めていた決意を言い放つ結花。たとえ命を奪うことになっても、全身全霊を賭けてで牧樹を止めること。結花はそれが自分の償いだと思っていた。
「私は止まらないよ・・あなたを、ブレイディアを全員倒すまで、私は止まらない・・・!」
牧樹も結花に対して強固な意思を見せる。
「ちょっと待った。」
そこへ真二が口を挟み、結花と牧樹を止める。
「ずい分と変わったものだね、結花ちゃんは・・僕たちプルートを恨んでいたんじゃないかな?」
「確かにな・・だが復讐が新たな悲しみや憎しみを生み出してしまうことを思い知らされた・・今、お前たちに剣を向けるのは、家族の仇をとるためではない。ブレイディアの運命を断ち切り、その罪を背負うためだ・・・」
「運命を断ち切る、か・・そんなこと、君にできることなのかな・・?」
落ち着いて言いかける結花に対し、真二は淡々と言葉をかけるだけである。
「ひとつ僕も言っておくよ。僕は兄さんの敵討ちに囚われてはいないよ。ただ、ブレイディアとして、僕に協力しない人を敵と見ているだけだよ・・」
「お前・・何を企んでいる・・・!?」
「1度聞いておくよ・・・結花ちゃん、僕たちに協力する気はないかな?そうすれば君を楽にしてあげても・・」
「断る。」
真二が投げかけてきた誘いを、結花が拒む。
「私は大切なものを見つけた・・お前たちの築く世界では、その大切なものが弄ばれることになる・・・私は壊すためではなく、守るために戦っていく・・・!」
「ずい分と蔑むんだね・・そんな気持ちだから、牧樹ちゃんが苦しむことになったし、世界も乱れていく一方なんだ・・」
自分の想いを告げる結花に、真二が呆れてため息をつく。
「世界は集約されなければならない・・プルートという絶対的な力に・・・」
「お前・・・!」
「牧樹ちゃん、君の納得する形で結花ちゃんと戦うといい・・もう悲劇は終わらせないと・・」
苛立ちを見せる結花と、牧樹に呼びかける真二。すると牧樹が結花に向けて剣を振りかざしてきた。
結花は即座に動き出して、牧樹の剣を回避する。
「悲劇を終わらせる・・結花、あなたを倒して、私はこの悲しい運命から抜け出してみせる・・・!」
「やめろ、牧樹!そんなことをしても、悲しみや憎しみが消えることはない!」
声を振り絞る牧樹に、結花が呼びかける。
「それを決めるのは結花じゃない!私と祐二さんよ!」
「目を覚ませ!祐二はお前にそんなことを望んでいるのか!?戦って、人殺しをしていくお前に、アイツが納得するのか!?」
「あなたに何が分かるの!?私と祐二さんのことを、あなたは何も分からない!」
「お前こそ、祐二のことを本当に分かっているのか!?」
声を張り上げる牧樹と結花。だが結花が気持ちを落ち着けて語りかける。
「今のお前は、昔の私と同じだ・・悲しみ、憎しみ、復讐心で満ちあふれて、その気持ちのままに戦っている・・だがこのまま戦い続ければ、お前も私と同じ過ちを犯すことになる・・・!」
「私はあなたとは違う・・私は、あなたと同じ間違いはしない・・・!」
結花の言葉を一蹴する牧樹が、剣を構えてゆっくりと距離を詰める。
「私は戦っていく・・ブレイディアを滅ぼし、たとえ私に復讐しようとしてくる人が出てきても、私はその人も倒す・・・!」
「そんなこと・・最後には何も残らなくなるぞ・・・!」
強固な意思を見せる牧樹に、結花が哀れみの眼差しを送る。それを不快に感じた牧樹が、結花に向けて剣を振りかざす。
だが結花はその刃を後退してかわす。立て続けに攻撃を仕掛ける牧樹だが、結花の軽やかな動きに回避されてしまう。
「逃げるな!逃げずに戦いなさい!」
怒鳴りかける牧樹だが、結花は冷静に攻撃に対処していた。
(力では牧樹のほうが上。受ければ私の剣を折られかねない・・かわして隙を突くのが定石だ・・)
結花は牧樹の剣の特徴を把握していた。そのため結花は牧樹に力比べを挑まず、けん制と反撃を狙っていた。
牧樹が結花に向けて剣を振りかざす。結花はまたも回避したことで、牧樹の剣は大振りに外される。
(今!)
その隙を突いて、牧樹が剣を突き出す。だが彼女の剣は牧樹に当たる前で、突如発せられた光の刃に阻まれた。
それは牧樹の剣だった。牧樹は攻撃をかわされた後、即座に剣を消し、またすぐに剣を出現させて逆手に持ち、結花の突きを防いだのである。
「牧樹ちゃんは結花ちゃんの知っている牧樹ちゃんとは違うよ。甘く見ていると、やられるのは結花ちゃんのほうだよ・・」
真二が呼びかける先で、結花が目を見開く。牧樹は結花の剣を払うと、鋭い視線を向けてくる。
「言ったでしょ?私はあなたとは違う・・私はあなたには絶対に負けない・・負けるわけにはいかないのよ!」
言い放つ牧樹が結花に向けて剣を振りかざす。とっさにかわす結花だが、牧樹が立て続けに繰り出してきた蹴りを叩き込まれる。
「ぐっ!」
体に痛みを覚えて、結花が顔を歪める。怯んだ彼女に向けて、牧樹が剣を叩きつけてくる。
「ただでは倒さない・・あなたも金城さんのように、徹底的に痛めつけるんだから・・・!」
声を振り絞る牧樹がさらに剣を振り下ろす。だが彼女は切りつけようとせず。大きな刀身で結花を叩くに留めていた。
苦痛にさいなまれる結花を見つめて、微笑みかける真二。
(必死に兄さんのことを想っているよ、牧樹ちゃん・・・)
牧樹に感嘆を覚える真二だが、その表情から笑みが消えていく。
(だけど、生憎オレはアイツのことなど何とも思っていない・・バカなことだ。オレを影と思い、自分が王だと思い込んでいたアンタのほうが影だったんだから・・)
祐二のことをあざ笑う真二。自分を蔑んでくる人間に対する憎悪で、彼は怒りを募らせていた。
(これで全てが終わる・・プルートが、オレが世界の全てを制圧する・・その第一歩が、結花ちゃん、君の敗北だ・・・)
結花に目を向けた真二が期待と歓喜の笑みを浮かべる。彼はプルート冥王としての支配を進行させつつあった。
次回
結花「たくさんの絆ができた・・・」
牧樹「たくさんの思いがあった・・・」
結花「辛さも悲しみも、経験して乗り越えて・・・」
牧樹「今の私たちがある・・・」
結花「この気持ちを胸に秘めて・・・」
牧樹「私たちは歩いていく・・・」