ブレイディア 第26話「夢幻」
牧樹との激闘を繰り広げていく結花。だが戦術を身につけていく牧樹にいたぶられて、結花は窮地に追い込まれていた。
牧樹の剣に何度も叩かれて、結花は苦痛と疲弊にさいなまれて動けなくなっていた。
「とりあえずここまでにしておくわ・・本当はもっとやりたい・・私のあなたへの怒りは、このくらいで消えるものじゃないから・・・」
牧樹は冷淡に告げると、剣の切っ先を結花の鼻先に向ける。
「後は金城さんのように、あなたを突き刺す・・それで終わる・・何もかも・・・」
「ま・・まだだ・・まだ終わりじゃない・・・!」
結花が牧樹に向けて声を振り絞る。
「私には、帰りを待っているヤツがいる・・私がついていないとどうしようもないヤツだからな・・・」
「まだ・・まだそんな勝手なことを・・・!」
結花の言葉に牧樹が苛立ちを見せる。結花がゆっくりと立ち上がり、牧樹の剣を払いのける。
「お前が持っていた想いと似た気持ちが、私の中にもある・・もっと早くこの気持ちを理解していれば、こんなことにならなかったはずなのに・・・」
「今さら何を言っているの!?・・・後悔したって、今謝ったって、祐二さんは帰ってこないのよ!」
自分の心境を打ち明ける結花に、牧樹が悲痛の叫びを上げる。
「何度も言うが、これは私の罪だ・・自分のこの罪を責め、お前の間違いを止めることが、私の償いになる・・・」
「結花の罪は、私が結花を倒すことで償われる・・あなたの罪を、私が断罪する!」
言いかける結花に、牧樹が鋭く言い返す。
「今のお前には、言葉よりも気持ちをしっかりぶつけるほうがいいな・・・そっちのほうが私に向いている・・・」
呼びかけるのをやめた結花は、牧樹に剣の切っ先を向ける。
「もう何を言っても意味がないってことだね・・・でもそういうのは相変わらずというところだけどね、結花・・・」
唐突に物悲しい笑みを浮かべる牧樹。だが彼女はすぐに笑みを消して、結花を鋭く見据える。
「これで終わらせる・・今度こそ、終わらせてみせる!」
「同感だ・・・そこまで自分の考えを押し通そうというなら、私を見事倒してみせろ!」
言い放つと同時に飛び出す牧樹と結花。2人が振りかざす剣がぶつかり合い、衝撃ときらめきが発せられる。
重みのある牧樹の剣に、結花の剣は力負けしていなかった。結花の意思が、彼女の剣を強靭にしていた。
(結花の剣が強くなってる・・でも、私だって負けられないんだから!)
負けじと踏みとどまる牧樹だが、徐々に結花に対して劣勢を強いられていく。
(私はもう迷わない・・たとえさらに罪が増すことになっても・・・)
牧樹の剣を振り払うと、結花が後退して距離を置く。
「たとえお前の命を散らせてしまうことになっても、私はお前の過ちを止める!」
迷いを断ち切った結花が、持てる力の全てを注いで飛び出す。向かってくる牧樹に対して、結花が手にしている剣を突き出す。
その剣は牧樹の右のわき腹を切りつけていた。牧樹が振りかざした剣に叩きつけられ、結花の頭から血が流れてきた。
体を激痛が駆け巡ってきたために力が入らなくなり、牧樹がその場に倒れ込む。彼女の手元から離れた剣が床に音を立てて落ち、消失していった。
「そんな・・・力が入らない・・体から、どんどん力が抜けていく・・・」
出血のために立ち上がることも動くこともできなくなる牧樹。その彼女を、結花が沈痛の面持ちを浮かべて見下ろす。
「急所は外した・・私とお前が死ぬことを、アイツも直美も望んではいない・・・」
「許せない・・・こんなことをして、こんな情けをかけて、私が許すとでも思っているの・・・!?」
低く告げる結花の態度に、牧樹が苛立ちを見せる。
「無理矢理にでも、お前をここから連れ出す・・だがその前に、私にはまだ戦いが残っている・・・」
結花は牧樹に言いかけると、真二に視線を移す。真二は悠然とした態度で、2人を見つめていた。
「まさか牧樹ちゃんがやられるなんて、正直驚いたよ・・牧樹ちゃん、かなり強くなってたはずなのに・・」
「驚いているといっている割には、余裕を見せているじゃないか・・」
淡々と言いかける真二に対し、結花も落ち着いた様子で言葉を返す。
「あとはお前だけだ・・そこの男たちがブレイディアに及ばないことぐらい、お前も分かっているだろう・・?」
「君は忘れているのかい?僕がプルートを束ねる冥王であることを・・」
言いかける結花に、真二が言い返す。次の瞬間、真二から突如オーラのような衝撃があふれ出してきた。
「何っ!?」
その衝動に目を見開く結花。真二が右手をかざすと、彼女に向けて衝撃波を放つ。
「ぐっ!」
その衝撃を受けて結花が突き飛ばされる。剣を床に突きたてて、彼女は踏みとどまる。
「この力・・陰陽師の力なのか・・・!?」
うめく結花の前で、真二の手から剣が出現する。それはブレイディアが使うような光の剣。漆黒に染まった剣だった。
「ブレイド!?・・ブレイディアは女だけのはず・・・男であるお前が、なぜブレイドを・・・!?」
「僕は冥王。長年ブレイディアの監視を行ってきたプルートの統治者だ。ブレイディアの力、ブレイドの統制も行われている。長年培われてきたブレイディアの力。このブレイドは、その力の集大成といったところか・・」
驚愕する結花に、真二が淡々と語りかける。
「単純に計算しても、並のブレイドとは比べ物にならない力を備えている・・ちょっとでも油断していると、君も剣も真っ二つ・・・!」
真二が目を見開くと、結花に向けて剣を振りかざす。漆黒の刃が解き放たれ、結花に向かって飛んでいく。
結花は倒れている牧樹を抱えて飛び上がり、漆黒の刃をかわす。2人から外れた刃は、黒ずくめの男たち数人を巻き込み、その奥の壁を抉る。
「何という威力だ・・あんなのを真正面から食らうわけにはいかない・・・!」
真二の力に脅威を覚える結花。だがこのまま彼を放置するわけにいかない。思い立った彼女は、真二と戦うことを決意する。
「待っていてくれ、牧樹・・ヤツとの決着を付けてくる・・・」
「そう慌てなくても、すぐに終わらせてあげるよ、結花ちゃん・・」
牧樹に呼びかけたところで、結花が声をかけられる。彼女が振り返った先で、真二が悠然としていた。
「真二・・・!」
「たとえ君でも、僕のこの力には敵わない・・気持ちを引き締めてブレイドを強くすれば乗り切れるほどやわではないから・・」
緊迫を見せる結花に、真二が勝気に振舞う。
「あまり苦痛を味わうのはイヤだろう?すぐに終わらせてあげるよ・・君のブレイドを、真っ二つにしてね・・・」
「そうはいかない・・私はここで倒れるわけにはいかない!」
迫り来る真二に結花が言い放つ。一矢の前に戻っていく、生きていくという気持ちが、彼女を奮い立たせ、彼女の剣を強靭にしていた。
「私が倒れれば、アイツを悲しませることになる・・アイツのため、私自身のため、私はお前に負けるわけにはいかないんだ!」
「くだらない・・そんなくだらない理由では、僕のこの力を打ち破るなんてできないよ・・・」
決意を告げる結花を真二があざ笑う。
「強い人間は常に自分の生に執着する。他人を蹴落としてでも生き残ろうとする執念がなければ、強くも生き残ることもできない・・」
「お前、本気でそんなことを・・・!」
言いかける真二に結花が苛立ちを浮かべる。すると真二が剣を突き出して衝撃波を放ち、結花を突き飛ばす。
「ぐあっ!」
壁に叩きつけられて、結花がうめく。ふらつく彼女を見ろ押して、真二が哄笑を上げる。
「兄さんもそんな甘さがあったから、君に簡単に敗北することになったんだ!」
真二が言い放ったこの言葉に、牧樹が耳を疑っていた。
「だけど僕は兄さんとは違う!この力で、この統率力で、この腐りきった世界を塗り替えて・・・!」
真二が目を見開いた哄笑を上げていたときだった。彼の背中に一条の刃が突き刺さっていた。
「なっ・・・!?」
真二は押し寄せる激痛に疑念を抱く。彼を突いてきたのは、力を振り絞って剣を具現化した牧樹だった。
「どうして・・・!?」
「誰であっても、祐二さんを悪く言う人は、許さない・・・!」
愕然となる真二を、牧樹が睨みつけてくる。激昂した真二が、たまらず剣を振りかざして牧樹の剣を払いのける。
「最後の最後で邪魔して!君はブレイディアを憎んでいただろうが!」
真二が激昂して牧樹に怒鳴りかける。
「鷺山真二!」
そこへ飛び込んできた結花が剣を突き出してきた。とっさに真二が剣をかざし、刀身を盾にして彼女の突きを防ぐ。
だが結花の剣に突き立てられている真二の剣の刀身が、突如ひび割れ出した。
「何っ!?」
この事態に真二が驚愕する。長い歴史の中で集束されてきたブレイディアの剣が、結花の剣で打ち砕かれていった。
「帰るんだ・・私には、帰りを待っているヤツがいるんだ!」
結花が叫んだ瞬間、真二の持つ剣が彼女の剣に貫かれて破損される。粉々に粉砕された剣を目にして、彼は愕然となる。
「バカな!?・・・ブレイディアの力の集大成が、結花ちゃん1人に・・・!?」
絶望感にさいなまれ、同時にブレイドを破壊された衝動で、真二が脱力してその場にひざを付く。彼の体から光の粒子があふれ出てくる。
「1人だろうが大人数だろうが関係ない・・想いの強さが、ブレイディアの力となるのだから・・・」
「こんな馬鹿げたことが・・・あって、たまるか・・・!」
低く告げる結花を、真二が力を振り絞って突き飛ばす。突然の突進に結花は後ろに押されていった。
「たとえ僕に勝っても、君は生き残ることはできないんだよ・・・!」
「何だと・・・!?」
笑みを作る真二に、結花が声を荒げる。
そのとき、冥王の真が突然地震に襲われた。周囲の岩場が崩れだし、瓦礫が落下してきた。
「こうなったら君も道連れにしてあげるよ・・先に地獄で待ってるよ、結花ちゃん・・・!」
高らかに哄笑を上げる真二が、光となって消滅していった。
「崩れる・・・牧樹、すぐに助けに・・・!」
崩壊する冥王の間にて、結花が牧樹に駆け込もうとした。だが牧樹は結花に向けて物悲しい笑みを浮かべる。
「これで・・これでいいんだよね・・・祐二さん・・・」
呟いた瞬間、牧樹がいた床が崩れだした。
「牧樹・・牧樹!」
結花が力を振り絞って駆け出そうとするが、彼女の伸ばす手は牧樹をつかむことはなかった。
落下していく牧樹に結花は愕然となる。だが牧樹は祐二を想い、涙ながらな笑顔を見せていた。
「牧樹!」
悲痛の声を上げる結花の視界から、牧樹の姿が暗闇の中に消えていった。
「牧樹・・・」
牧樹を救えなかったことに悲痛さを噛み締める結花。崩れていく冥王の間から、彼女は涙ながらに脱出していくのだった。
零球山の地下に点在していた冥王の間は崩壊した。その末路を、脱出した結花が沈痛さを秘めて見つめていた。
(これが、私が全てを賭けて果たそうとしていたことなのか・・本当に虚しい・・牧樹、お前もそう思うだろう・・・?)
今までの自分に対して後悔を抱く結花。牧樹を失った悲しみにさいなまれて、彼女は震える自分の体を抱きしめる。
(こんな辛さを抱くなら、最初から戦うべきではなかったかもしれない・・後悔先に立たずとはよく言う・・・)
復讐の虚しさ、その果てに失った数々の大切なものを痛感して、結花は物悲しい笑みを浮かべていた。その最中、彼女は脳裏に一矢の姿をよぎらせる。
(一矢・・・帰ろう、アイツのところに・・私がつかみ取った、唯一の想い、大切な人のところに・・・)
あふれてくる涙を拭って、結花は歩き出す。悲劇に彩られた過去に決着を付けた彼女は、今ある想いと向き合おうとしていた。
総合病院の正面玄関の前に、一矢はいた。彼は結花の帰りを待っていた。
姫子は今もベットで療養していた。彼女の命には別状はなく、回復に向かっていた。
(結花、絶対に帰ってきてくれ・・あんまり長いと、待ってられないぞ・・・)
一矢が結花に向けて心の声を呟く。
(アイツがいないと、心にぽっかり穴が開くじゃないか・・アイツに、こんな気分を持つなんて・・・)
今までの結花とのやり取りを思い出していく一矢。その屈託のないやり取りのひとつひとつが、彼にとってかけがえのない思い出となっていた。
「またどっか行きたいな・・遊園地だけじゃなく、カラオケでもボウリングでも・・」
「そうだな・・しばらくはお前たちのくだらない遊びに付き合ってもいいぞ・・・」
そのとき、呟きかけていた一矢に声がかかる。彼が顔を上げた先には、満身創痍の姿の結花が立っていた。
「どうした?幽霊でも見たような顔をして・・」
「結花・・・帰ってきたんだな?・・生きて、帰ってきたんだよな・・・?」
からかってくる結花に、一矢が笑みをこぼす。
「この私が、そう簡単にやられると思っていたのか?・・ずい分と甘く見られたものだ・・・」
「いや、そんなつもりは・・・」
憮然とした態度を見せる結花に、一矢が苦笑いを浮かべる。動揺を見せている彼を見て、結花が笑みをこぼす。
「・・・牧樹を、助けることができなかった・・・アイツは、最後まで祐二を信じていた・・祐二を愚弄した真二をも手にかけた・・・」
「そうか・・・何で、世の中は時々ムチャクチャになったりするんだろうな・・・」
「それで、1度歯車が狂ったら、2度と元には戻せなくなる・・ということか・・・」
現実の非情さを痛感して、一矢と結花が物悲しい笑みを浮かべる。
「おそらく私はこれから、自分から望んで戦おうとはしないだろう・・ただし、もしも私やお前を脅かす敵が出てきたのなら・・」
真剣な面持ちを浮かべた結花が、光の剣を出現して手にする。
「この剣で敵を切り裂く・・壁を切り開く・・・」
「切り開くか・・お前らしいな・・その点は相変わらず・・・」
決意を口にする結花に、一矢は再び苦笑いを浮かべた。
「アイツに顔を見せたら、私の家に行くぞ・・今夜はもう、体も心もボロボロだ・・・」
「もう、あんまりムリすんなって・・・」
一矢に支えられて、結花は病院の中に入っていった。
冥王の間と真二と牧樹の顛末を、大貴と要は把握していた。
「これで、今回の戦乙女の舞はおしまいだね・・」
「とても残念そうですね・・舞の終局はいつもそれですね、兄さんは・・」
肩を落とす大貴に、要が呆れる。
「でも、まだ何かが起きそうな気がしてならないんだ・・残念がるのはまだ早いかも・・」
「本当に物好きですね、兄さんは・・今も昔も・・・」
「しばらくは学園の日常を楽しむことにするよ。そっちもそれなりに楽しんでるからね・・」
「仕事なんですからきちんとやってくださいよ・・」
気まぐれそうな態度の大貴に、要は呆れ果てていた。屈託のない会話を繰り返しながら、2人は学園に戻っていった。
ブレイディアの宿命の戦いの終結から数日後。結花は自分を見つめなおそうと、1人旅に出ようとしていた。
家を出ようとしていた結花の前に、一矢がやってきた。
「行っちゃうのかよ、お前・・・」
「私はこれまで復讐に取り付かれた人生を送ってきた・・その償いのためにも、今は自分を見つめなおさないといけない・・・」
深刻な面持ちを浮かべる一矢に、結花が自分の心境と決意を打ち明ける。
「よりどころとしたお前に迷惑をかけようとしている・・本当に仕方のないヤツだ、私は・・」
「オレよりは全然しっかりしてるって・・少なくても、力のないオレよりは・・」
互いに苦笑いを浮かべる結花と一矢。互いに気持ちを落ち着けてから、結花が改めて口を開く。
「帰ってきたら、お前との時間を大事にしたいと思っている・・だから一矢、もう少しだけ待っていてくれ・・」
「昔も今もアウトドアだからな、お前は・・構わないぜ。オレなんか気にせずに行ってこいよ・・だけどひとつ・・」
一矢が切り出してきた言葉に、結花が眉をひそめる。
「あの、その・・あ、愛の口付けを・・・」
「はっ!?・・ま、まぁ、そういうのも、悪くないかもな・・・」
互いに赤面する一矢と結花。2人は動揺を膨らませながら、顔を近づけていく。
緊張する一矢。互いの唇が重なり合うと彼は直感した。
だが唇に感触がないまま、一矢が結花に額を小突かれた。
「私が帰るまで、それはお預けにしておくぞ・・」
「お、おいっ!そんなのって・・!」
不敵な笑みを見せてバイクに乗る結花に、一矢が不満を口にする。その言葉を聞かずに、彼女は走り出してしまった。
「もう、アイツらしいな、相変わらずホントに・・・」
半ば呆れながらも微笑みかける一矢。彼は結花の帰りを心待ちにした。
(復讐者としての私の戦いは終わった・・これからはその罪の償いと、平穏な日常を過ごす私が始まる・・これからも見守っていてくれ、直美、牧樹・・・)
新たな道を進んでいく結花。過去の罪と恋心を胸に秘めて、彼女は強く生きていくことを誓った。
長きに渡って歴戦を繰り広げてきた戦乙女は、これからも恋と戦いを続けていくことだろう。