ブレイディア 第24話「旅立ちの前に」
結花の復活とブレイドの具現化に、動揺を覚えていた牧樹。だが一晩就寝したことで、彼女は落ち着きを取り戻していた。
「気分はどうだい、牧樹ちゃん?」
彼女のいる部屋を真二が訊ねてきた。目つきを鋭くして牧樹が振り向く。
「もう大丈夫・・たとえ結花がまた出てきても、私のやることに変わりはないから・・・」
「そうかい・・何にしても、僕は君を信じているから・・君の目指す世界は、僕たちの目指す世界でもあるんだから・・・」
自分の意思を告げる牧樹に、真二が悠然と言葉を返す。彼女はブレイディアに対する敵意を抱えたまま、静かに部屋を後にした。
(どんな理由であっても、ああして戦う気になっている・・それは我々プルートにとって最高の形・・このまま最強を目指して戦い続けるんだ・・・)
自分たちの段取り、思惑通りの展開に、真二は喜びを膨らませていた。
自分の運命との戦いのひと時を過ごそうと、結花は一矢とともに遊園地に来ていた。
「最近遊園地には行ってなかったけど、ここもすごいなぁ・・」
遊園地の規模の大きさを目の当たりにして、一矢が驚きを見せる。
「では行こうか・・有意義な時間を過ごさねば・・・」
「少しは加減してくれよな・・あんまり金持ってないんだから・・」
呼びかける結花に、一矢が苦笑いを浮かべて言いかける。
2人がまず向かったのはジェットコースター。いきなり絶叫系アトラクションに乗ることに、一矢は乗り気になっていない。
「いきなりアレに乗る気か・・・?」
「遊園地といえば絶叫モノが定番だろう?なら乗らないわけにはいかないだろう・・」
一矢の言葉を聞かずに、結花はジェットコースターに向かっていく。肩を落としながらも、一矢も彼女を追っていく。
ジェットコースターのスピードに、結花が爽快を見せる隣で、一矢が目を回していた。降りたところで彼は滅入ってしまい、近くのベンチでへたり込んでしまう。
「どうした?その程度で音を上げてしまうのか?」
「いきなり絶叫モノはきついって・・」
平然としている結花の前で、一矢が気のない返事を口にする。
「少し休んだら、今度はオレの行きたいところに行くぞ・・」
「いいだろう・・だがくだらないものは却下だからな・・」
立ち上がった一矢に、結花が不敵な笑みを見せる。だが一矢が向かった先で、結花が気まずさを覚える。
そこはホラーハウス、オバケ屋敷だった。結花はオバケ屋敷に入ることに抵抗を感じていた。
「ま、まさか、ここに入るのか・・・!?」
「いいじゃないか。オレの頭をここで冷やさせてくれって・・」
「冗談じゃない!くだらないものは却下だと言っただろう!」
「オレはここに行きたいんだ。オレだけでも入るから・・」
オバケ屋敷に入っていこうとする一矢だが、慌てふためく結花に腕をつかまれて止められる。
「私も行く!お前にバカにされたのではいい気がしない!」
「いいのか?どうなっても知らないぞ・・」
突っ張ってみせる結花に半ば呆れながら、一矢は改めてオバケ屋敷に入っていった。オバケのおどかしに怖がる結花に、一矢は内心喜んでいた。
要から結花たちの保護を託された姫子は学園の周囲を見回っていた。結花と一矢は、遊園地に向かう前に姫子に連絡を入れていた。
(束の間の休息・・生徒には息抜きも必要だろう・・・)
結花たちの思いを汲み取って、姫子は学園での時間を過ごすことにした。だが背後に現れた気配を感じ取り、彼女は足を止めた。
「久しぶり、というところか・・赤澤くん・・」
振り返った姫子の前には牧樹がいた。牧樹は姫子に冷たい視線を投げかけていた。
「事態は私も聞いている・・だが赤澤くん、君のしていることは人として間違っている・・今からでも遅くはない。思いとどまって・・」
「間違っているのはブレイディアそのものです・・ブレイディアがいるから、悲しみが増えていくんです・・だから私は、全てのブレイディアを倒します・・・」
姫子の説得に牧樹は応じない。
「山吹先生、あなたも・・・」
牧樹は剣を出現させて、その切っ先を姫子に向ける。周囲に生徒も教師もいなかったため、騒ぎにはならなかった。
「私もその剣で葬り去ろうというのか・・・それが人として恥ずべきことだと、分からないのか・・・!?」
「そうしないと悲しみが増える・・先生は悲しいほうがいいと思っているのですか・・・?」
「赤澤くん・・・自分を取り戻すんだ・・今の君は本当の君ではない・・・!」
「これが本当の私ですよ、先生・・悲劇を繰り返させないために、私は戦う・・・たとえ相手が先生でも!」
姫子の呼びかけを聞き入れず、牧樹が飛びかかる。臨戦態勢に追い込まれた姫子は、外に飛び出すと同時に剣を手にする。
校舎から離れた林の中で、姫子と牧樹が互いを見据える。
「ブレイディアであることをよく思わないのなら、大人しく私に斬られてください!」
「そうはいかない。生徒の間違いを正すのは教師の務め・・私は君の過ちを止める!」
呼びかける牧樹に対し、姫子が自身の決意を告げる。退かない彼女に、牧樹は歯がゆさを覚える。
「もう何を言ってもダメなんですね・・先生なら分かってもらえると思ったのですが!」
いきり立った牧樹が姫子に飛びかかる。彼女を全身全霊を賭けて止めると、姫子は意を決した。
オバケ屋敷を何とか抜けた結花だったが、怖さのあまり涙を浮かべてしまった。
「相変わらずオバケがダメなんだな、結花は・・」
「うるさい!誰にでも苦手なものの1つや2つあるだろう!」
気さくに振舞う一矢に、結花が不満を口にする。
「悪かった。悪かったって・・今度はいろいろと乗って回ろうか・・」
「ハァ・・お前には頭が上がらないな・・・」
呼びかける一矢に呆れて、結花がため息をつく。しかし気分転換をして、彼女は喜びの笑みをこぼしていた。
それから2人は、遊園地でのたくさんのアトラクションを楽しんだ。ゴーカート、メリーゴーランド、コーヒーカップ。多くの乗り物に乗った。
その最中、結花はこの楽しさに対して戸惑いを感じていた。以前はこのようなものは妬みや不快の対象としか思っていなかったが、今では心地よく感じられる。彼女はこのひと時の中で、安らぎを感じていた。
休憩の意味を込めて、結花と一矢は園内のレストランに立ち寄った。彼女が注文したのは当然カレーだった。
「相変わらずカレーなんだな・・」
「カレーは人類の英知で、料理のメジャーだ!誰だろうと侮辱は許さん!」
呆れ気味の一矢に、結花が高らかに言い放つ。
「だが、それが結花の持ち味のひとつなんだよなぁ・・・」
「分かればいい、分かれば・・」
一矢の言葉に結花が満足げに頷き、カレーを口に運んでいく。
「こういう時間も悪くないな・・今まで復讐や戦いに明け暮れて、このような時間を無駄にしていた・・・」
「・・だったらこれから楽しんでいけばいいんじゃないか?今まで楽しまなかった分まで・・」
安堵の笑みを浮かべる結花に、一矢が優しく声をかける。その言葉を聞いて、結花が戸惑いを浮かべる。
「そうだな・・考えておくよ・・・」
揺らぐ気持ちの中、結花が微笑みかける。
「では、食べ終わったら・・少し早いが、アレに乗るぞ・・」
「アレって・・・・」
結花が指差したほうに一矢が目を向ける。そこは観覧車だった。
「確かに少し早いけど・・お前がいいっていうなら・・」
「そうと決まったら早く食べるぞ・・」
「いや、そんなに急いで乗りに行くものでもないだろうに・・・」
急いでカレーをかっ込む結花に、一矢が唖然となっていた。
結花と一矢が訪れたときは、観覧車は混んではいなかった。難なく乗れた2人は、観覧車から外を眺めていた。
「戦いばかりのヤツには、こういうのは退屈になってくるんじゃないか?」
「バカにするな。私にものんびりすることがある・・」
からかってくる一矢に、結花が不満を口にする。彼女は外の光景を見つめて、沈痛の面持ちを浮かべる。
「牧樹も、こんなふうにこの風景を見ていたのだろうか?・・純粋に学園での生活を送って、恋をして・・それを全て、私が・・・」
「だったらもう1度、牧樹ちゃんと向き合うしかないんだろうな・・どうするかは、結花が決めていいんじゃないか?」
「冷たいことを言うんだな・・・」
「だって、結花の人生なんだから、結花が自分で決めないとな・・」
「私の人生か・・そんなの、今までずっとそうだったというのに・・・」
「だけどせめて、オレにはどうするかくらいは教えてほしいな・・オレだって心配してるんだから・・・」
一矢の優しさに結花の心は揺れる。想いを馳せる彼女は、おもむろに一矢に寄り添う。
「私、復讐を果たせるためだったら、死んでも構わないと思っていた・・だが今は、どんなことがあっても絶対に死ねないと思っている・・」
結花が一矢の顔を見つめて、想いを口にする。
「私が死ねば一矢が悲しむ・・だから絶対に生き延びて、またお前のところに帰ってくる・・・」
「結花・・・」
「少し待っていてくれ・・すぐに終わらせるから・・・」
結花が一矢に向けて願いを告げる。切実になっている彼女を、一矢は優しく抱きしめる。
「待ってる・・いつまでも待ってるから、絶対に帰ってきてくれ・・・」
「一矢・・・ありがとう、一矢・・・」
一矢の想いを受け止めて、結花が微笑んで頷く。彼女は絶対に生きて帰ってくると、改めて心に誓った。
「・・今は、この清和島の景色をじっと眺めていたい・・これからはこの島での時間を、ゆっくり過ごしたいと思っているから・・・」
「これからいろんなところに行ってみようか・・また遊園地でもいいし・・」
「オバケ屋敷は却下!」
屈託のない会話を弾ませて、結花と一矢が笑みをこぼす。
(牧樹、待っていてくれ・・お前の悲劇を、私が終わらせてやる・・・)
牧樹への思いと決意を胸に、結花は外の景色を見つめていた。
強固な意思によって鋭くなっている牧樹の剣。その力に姫子は追い込まれていた。
木陰に隠れて牧樹の出方を伺う姫子。彼女は牧樹の力に危機感を募らせていた。
(赤澤くんの力がここまで強くなっているとは・・そこまで剣士を滅ぼそうとする気持ちが強いということなのか・・・!)
必死に冷静さを保とうとする姫子。
(まずは何とかしなければ・・このまま戦えば、確実に私は剣を折られてしまう・・・!)
打開の糸口を探っていく姫子。そのとき、彼女は鋭い気配を感じて、とっさに木から離れる。
直後、木の幹が斜めに切断されて倒れていった。その奥には剣を構える牧樹の姿があった。
「逃がしませんよ、先生・・・」
「赤澤くん・・・!」
低く言いかける牧樹に、姫子が息を呑む。
「もう力の差は分かっていますよね?・・なら観念して私に倒されてください!」
言い放つ牧樹が姫子に飛びかかる。剣を折られれば死につながると直感し、姫子は自ら剣を消した。
「逃がさないと言ったはずだよ!」
「退くも勇気!私は、まだ倒れるわけには・・!」
怒号を浴びせる牧樹に姫子が言い返したときだった。牧樹が繰り出した一閃が、姫子の左腕を捉えた。
腕に激痛を覚えて、姫子が顔を歪める。牧樹が彼女にとどめを刺そうと、再び剣を振りかざしてくる。
そのとき、姫子は血が出ていた左腕を押さえていた右手を振りかざした。手についていた血が飛び、牧樹の目に入った。
「ぐっ!」
目がくらんだ牧樹が姫子の行方を探る。姫子は牧樹がふらついている間に、この場から離れていった。
牧樹が視力を取り戻したときには、林の中には姫子の姿はなかった。
遊園地でのひとときを終えて、結花と一矢は家に向かっていた。
「今日はすまなかったな・・私にここまで付き合ってくれて・・」
「次に行くのは少し待ってくれ・・せめて懐があったまるぐらいまでは・・」
感謝の言葉を口にする結花に、一矢が苦笑いを浮かべる。
「山吹先生、どうしてるんだろう?・・オレたちがここにいる間に、プルートに襲われたなんてこと・・」
「連絡を取ってみたらどうだ?少なくともこちらが連絡を取ろうとしていることは伝わるだろう?」
ふと姫子のことを思い出す一矢に、結花が連絡を促す。彼女の言葉を受けて、一矢は携帯電話を取り出して姫子に連絡を入れる。
「もしもし、山吹先生・・?」
電話がつながり、一矢が声をかける。だが電話を通じて聞こえてくる声から、彼は姫子の様子がおかしいことを悟る。
「どうしたんだ、先生?・・先生!?」
“紫藤くんか・・今まで赤澤くんと戦っていた・・・何とか退避したが、腕を痛めた・・・”
声を張り上げる一矢に、姫子が弱々しく答える。その慌しさを感じて、結花が一矢から携帯電話を奪い取る。
「おいっ!近くに牧樹がいるのか!?プルートは!?」
“青山くんか・・赤澤くんは近くにはいない・・私の傷もそう深くない・・・”
「すぐに駆けつける!今どこにいる!?」
“私のことは気にするな・・君は君のことを考えるんだ・・君がどうすべきか、君自身で分かっているはずだ・・・”
姫子の呼びかけに結花が落ち着きを取り戻していく。
“私なら大丈夫だ・・すぐに病院に行く・・・青山くん、君は君の戦いをするんだ・・それが、君たちに課せられた、大きな課題だ・・・”
「・・・分かった・・そっちには一矢を向かわせる・・それでいいな・・・?」
“了解した・・私は病室で大人しくしていよう・・・では、紫藤くんによろしく・・・”
信頼を寄せる姫子との連絡を終える結花。
「姫子は式部学園から総合病院に向かうそうだ・・傷を負っている・・・」
「先生・・・」
結花からの報告に、一矢が戸惑いを浮かべる。
「お前は姫子のそばにいてやってくれ・・私はプルートを、牧樹を追う・・・」
「1人で大丈夫なのか!?・・いくら力が戻ったからといっても・・・!」
「1人で行かなければならない・・牧樹と向き合うためには・・・」
困惑を見せる一矢に、結花が自分の心境を打ち明ける。
「昨日、今日は本当にありがとう・・このひと時があったからこそ、私はこれからの戦いに備えることができた・・・」
「結花・・・」
「必ず戻ってくる・・そしたらまた、今日のような時間を過ごそう・・・」
「結花・・・もちろんだ!だから必ず帰ってきてくれ・・・!」
約束を交わす結花と一矢。牧樹との対峙のため、結花は1人歩き出していった。
「結花・・・」
ゆっくりと歩いていく彼女の後ろ姿を、一矢はじっと見つめていた。
1度家に戻ってきた結花。そこで彼女はバイクに乗ろうとしていた。
「お前もよく一緒に走ってくれた・・これからもよろしく頼む・・・」
使ってきたバイクに感謝を送る結花。彼女はそのバイクに乗り、メットをつけてエンジンをかけた。
(待っていてくれ、牧樹・・お前と会うことで私たちがどうしていけばいいのか、しっかりと見定めよう・・・)
決意を胸に宿して、結花がバイクを走らせる。プルートとの決着、牧樹との対峙に向けて、彼女は加速していくのだった。
次回
一矢「結局、どっちが主人公なんだ?」
結花「私に決まっているだろう?」
牧樹「何言ってるのよ!?
私だって!」
結花「お前は敵になったんだろう!?
敵が主人公になれるものか!」
牧樹「私が主人公!
結花が敵!」
真二「いや、オレが主人公!」
一矢「しつこいって・・・」