ブレイディア 第23話「想い、ひとひら・・・」

 

 

 今まで出せなかった剣を手にした結花は、当惑を浮かべていた。

「剣が・・・!」

「戻った・・結花に力が戻った!」

 ブレイドを取り戻した結花に、一矢が喜びの声を上げる。

「ようやく剣を手にしたか・・私はこのときを待っていた!」

 みどりも歓喜の声を上げると、一矢を突き放して結花に剣の切っ先を向ける。

「来い、青山結花!全力の勝負、今こそ!」

 目を見開いたみどりが、結花に向かって飛びかかる。みどりが剣を振り下ろすが、結花は軽々と剣で受け止める。

「何っ!?

「私はもう迷わない・・私は、新しい理由を見つけた・・・」

 驚愕するみどりの前で、結花が微笑みかける。

「復讐よりも、アイツを守ってやることに、私は生きがいを感じている・・その気持ちが、私の中で膨らんできている・・・」

 呟きかける結花の持つ剣が、徐々にみどりの剣を押していく。その力にみどりが緊迫を膨らませる。

「私は迷わない・・あのバカを助けてやれるのは、私しかいないからな!」

 言い放つ結花がみどりの剣を払いのける。彼女の一閃に突き飛ばされて、みどりが横転する。

「ぐっ!・・青山結花、ここまで力を増してくるとは・・・!」

 高まっている結花の力を痛感して、みどりがうめく。彼女を見据える結花は冷静沈着で、先ほどまでの迷いを微塵も感じさせなくなっていた。

「アイツに手を出していいのは私だけだ・・他のヤツが勝手に触れるな・・・!」

「あの男を守ろうとする意思が、彼女自身の剣を強固にしている・・・これほどまでとは・・・!」

 低く告げる結花にみどりが毒づく。

「もうやめろ・・お前は卑劣なヤツではない。そんなヤツの命を、私は奪いたくはない・・・」

 結花がみどりに向けて言いかける。その言葉に一瞬当惑するも、みどりは笑みをこぼす。

「私に慈悲を与えてくれるとは・・やはりお前は、私の全てを賭すにふさわしい相手だった!」

 歓喜の声を張り上げて、みどりが結花に向かって飛びかかる。歯がゆさを浮かべると、結花は力を振り絞って剣を振りかざす。

 みどりが振り下ろした剣は、結花の一閃で折られて宙高く舞い上げられた。ブレイドを折られたみどりが、結花の前でひざを付く。

「負けた・・私は、今のお前には及ばない・・・」

 吐息をつくみどりの体から光の粒子があふれてくる。

「すまない・・・私は、お前にこんなこと・・・」

「いや、気にするな・・これは私のわがままだ・・・ここまで追い込んでしまったことを、本当にすまないと思う・・・」

 互いに謝罪の言葉を口にする結花とみどり。一矢も困惑しながら2人に歩み寄ってきた。

「これほどの技量と精神の持ち主と、最後の勝負をすることができた・・・もう私に、悔いはない・・・」

「アンタ・・・」

 満足げに微笑むみどりを、一矢はじっと見つめる。

「感謝する・・青山結花・・・お前なら、戦乙女の運命を・・断ち切れる・・・」

 結花への感謝の言葉を口にすると、みどりは光となって消滅していった。

「萩野みどり・・感謝しているのは私のほうだ・・・お前のおかげで、私は戦う力と理由を取り戻せた・・・」

 みどりへの感謝を口にした結花が、自分の剣を消す。その直後、心身ともに疲れていた彼女が、脱力して倒れ出す。

「結花!」

 たまらず結花を受け止めようと駆け出す一矢。だが彼女を受け止めたのは、遅れて駆けつけた姫子だった。

「や、山吹先生・・・!?

「すまなかった・・急いだのだが、終わった後だった・・・だが2人とも大事がなくて何よりだ・・」

 驚きの声を上げる一矢に微笑むと、姫子は結花の安否を確かめる。

「ひとまずここから離れよう・・詳しい話はその後だ・・」

「先生・・・はい・・・」

 姫子の呼びかけに一矢は頷く。力を消耗して、結花は姫子に支えられたまま意識を失った。

 

 結花のブレイドの復活に、牧樹が驚きをあらわにしていた。黒ずくめの男たちも動揺を見せる中、真二だけが悠然としていた。

「ここに来てブレイドを復活させてきたか・・トラウマがブレイドを封じ込めていたようだが、結花ちゃんはそれを克服したみたいだ・・」

「結花がまた剣を・・しかも前より強くなってる・・・こんな!」

 いきり立った牧樹が、結花のところに向かおうとする。だが真二に肩をつかまれて止められる。

「そんなに慌てなくたって、君と結花ちゃんの戦いの舞台はきちんと用意するから・・・」

「真二くん・・・でも・・・」

「焦りはブレイディアにとって禁物。心が揺らいだままじゃ、結花ちゃんのブレイドに勝てるはずもない・・・」

 真二に言いとがめられて、牧樹は渋々思いとどまった。

(蓄積させていくんだ、怒りを・・結花ちゃんに対する怒りと憎しみが、牧樹ちゃんのブレイドをさらに強くしていく・・・)

 胸中で野心を募らせていく真二。結花を打ち倒したとき、牧樹の力は無比のものとなると確信していた。

「お前たちは引き続き監視を続けろ。青山結花の行動と情報は細大漏らさず収集するんだ。」

「了解しました。」

 真二の呼びかけに黒ずくめの1人が答える。真二は牧樹を連れて監視室を立ち去っていった。

 

 眠りについていた結花を連れて、一矢と姫子は彼女の家に戻っていた。結花をベットで寝かせると、姫子が一矢に声をかける。

「紫藤くんは青山くんを見ていてくれ。私は改めて学園に行く・・」

「先生・・ホントに、ありがとうございます・・・」

 一矢が感謝の言葉を口にして、頭を下げる。そんな彼の肩に、姫子が優しく手を添える。

「私は何もしていない・・あの危機を潜り抜けたのは、君たち自身の力だ・・・」

「先生・・・」

「その後どうするかは君たち自身に任せる。君たちの意思を、私も信じている・・」

 信頼を寄せる姫子に、一矢は微笑んで頷いた。姫子は改めて、式部学園へと向かっていった。

(先生・・・オレ、アイツのために、これから何ができるんだろうか・・・)

 一矢が眠り続けている結花に目を向ける。彼は彼女とこれからどうしていけばいいのか、答えを見つけられずにいた。

 

 牧樹の攻撃によって、式部学園の学園長室は損壊していた。もぬけの殻となっていた学園長室に来た姫子は、深刻さを感じていた。

(学園長と教頭がいない・・何があったというのだ・・・!?

 平静を装いながら、姫子は大貴と要の行方を探す。しかし学園長室の中や周辺に2人の姿はなかった。

(教頭も剣士・・剣の力を感じ取ることができれば・・・)

 姫子は学園長室の玄関の前で立ち止まり、集中力を上げていく。彼女は要のブレイディアとしての気配を感じ取ろうとしていた。

 そして彼女は、かすかに感じ取れる要の気配をつかみ取った。

(教頭・・地下に身を潜めているのか・・・!)

 姫子は要の気配のほうに向かって駆け出す。彼女は式部学園の裏手にある小さな洞窟の入り口を発見する。

(ここにいる・・・学園長も一緒だろう・・・)

 周囲への警戒を保ったまま、姫子は洞窟に入っていく。暗闇に満ちた洞窟をしばらく進み、彼女は足を止めた。

「ここにいましたか・・学園長、教頭・・・」

 声をかけた姫子の前には、大貴と要の姿があった。

 

 日が沈み、夜が訪れた。結花が目を覚ましたときには、一矢は部屋の壁にもたれたまま眠ってしまっていた。

「私・・・萩野みどりと戦った後、気絶してしまったのか・・・」

 自分の身に起きたことを思い返す結花。落ち着きを取り戻した彼女が、眠り続けている一矢に目を向ける。

「ずっと私のそばにいたのか・・本当に、お前というヤツは・・・」

 気にかけてくれた一矢に笑みをこぼす結花。彼女は牧樹と直美のことを思い返して、自分の体を抱きしめる。

(牧樹、直美、すまない・・私のために、お前たちの想いと命を壊してしまって・・・)

 自分の罪と悲しみがふくらみ、結花が体を震わせる。

 プルートへの復讐のために、牧樹の恋心を壊し、彼女を復讐の連鎖に追いやり、蘇らせるために直美は命を投げ打った。自らの悲劇に巻き込んでしまった2人を、結花は強く思っていた。

「お前たちをここまで追い込んでしまった償いと決着は、果たされなくてはならない・・・」

「牧樹ちゃんと直美ちゃんのことを考えてるのか・・・?」

 呟いたところで声をかけられ、結花が戸惑いを覚える。一矢が目を覚まして彼女に声をかけてきたのだ。

「オレ、どうすることもできなかった・・何かできたなら、直美ちゃんを・・」

「言うな・・アイツをあそこまで追いやったのは私だし、アイツの気持ちをムダにしてはいけない・・・」

 自分を責める一矢に結花が呼びかける。だが彼女の体の震えは止まっていない。

「お前もあんまりムリするなって・・オレにだって、今のお前が辛くなってるのは分かってるんだから・・・」

 一矢がかけた言葉に、結花が戸惑いを見せる。彼女の目からうっすらと涙が流れてくる。

「ダメだ・・自分だけで耐えるのは、どうやらムリのようだ・・・」

「結花・・・」

 結花が涙ながらに一矢に寄り添ってきた。突然の彼女の行動に、一矢が動揺を浮かべる。

「今夜だけ、私をお前の自由にしてやる・・・」

「えっ・・・!?

「私は復讐者として、戦っている間は、性別など深く考えてこなかった・・だが今は、女として時間を過ごしたい・・・」

 自分の揺らぐ気持ちを告げる結花に、一矢は困惑する。しかしこの想いを受け止める以外に、一矢は結花に対する助力が思いつかなかった。

「それでお前が納得するっていうなら・・・」

 一矢は言いかけてから、結花を抱きしめてベットに飛び込む。横たわった2人が、互いの顔を見つめ合って頬を赤らめる。

「このまま抱きしめさせてくれ・・そうしたほうがオレは気が楽だし、お前も女だって実感が持てるだろう・・・」

「そうだな・・それで私をあたためていてほしい・・・」

 一矢の言葉に結花が頷く。一矢は抱いている結花のぬくもりを確かめていく。

(コイツの体、こんなに小さかったか?・・・こんな小さな体で、いろんなものを抱えてきたのか・・・)

 結花の心境を察して、一矢が胸中で呟く。

(オレたちが平和に過ごしてた間に、コイツは命懸けで戦ってきたんだな・・体も心も傷だらけになって・・それでも家族の仇を討とうとして・・・)

 結花を想う一矢が悲しみを覚えていく。

(オレじゃ力にならないのは分かってる・・それでも、オレは結花と一緒にいたい・・結花が好きなんだ・・・)

 結花への想いを募らせていく一矢。彼女のそばにいたいと、彼は強く願うようになっていた。

 彼の腕に抱かれている結花も、自分の気持ちを確かめていた。

(私は復讐に囚われるあまり、周りを信じようとしなかった・・私を欺き陥れようとするヤツがいるからだ・・)

 清和島に来たばかりの荒んだ自分を思い出す結花。当時の彼女は周囲への警戒心が強く、周りを寄せ付けない雰囲気を出していた。

(だが一矢も牧樹も直美も、そんな私に声をかけてきた・・私は知らず知らずの間に、みんなと打ち解けていったのかもしれない・・・)

 仲間たちへの感謝を募らせていく結花。

(もっと早く気付くべきだった・・この絆が、私自身にとってどれほど大切なものだったか・・・)

 後悔とともに、一矢への想いを感じていく。

(もうこんな気持ちを失いたくはない・・だから私は、私の支えになってくれている一矢の想いを守る・・守るために、私は戦う・・・)

「あたたかい・・・こんなにあたたかく感じるなんて・・・」

 一矢からの抱擁に安らぎを感じるあまり、結花は言葉をもらす。

「オレも、ホントに気持ちが楽になってくる・・・」

 一矢からの返事に、結花も戸惑いを浮かべる。彼女は今の自分の気持ちを素直に口にした。

「私はお前のことが好きだ・・お前を守るために、私はこの力を使っていく・・・」

「ホントに・・ホントにありがとうな・・結花・・・」

 心を通わせていく結花と一矢。2人は互いの安らぎの中で、眠りへと落ちていった。

 

 行方をくらましていた大貴と要を発見した姫子。現状把握のため、姫子は2人を問い詰めた。

「今度こそ何があったのか、あなたたちの口から聞かせていただきます・・生徒たちを守るため、私は戦う覚悟を決めています・・」

「なるほど・・そのためだったら、僕たちと戦うことも厭わない、か・・・」

 姫子の言葉に大貴が苦笑いを浮かべる。その後、要が姫子に話を切り出した。

「私もブレイディアの1人であることは、山吹先生もご存知ですよね?」

「はい・・」

「赤澤牧樹さんが、ブレイディアを殲滅しようと動き出しています・・私もその標的にされ、襲撃を受けたのです・・」

 要の説明を聞いて、姫子がさらに深刻さを感じる。

「赤澤さんはプルートの手中です。自分の意思で動いているように見えますが、プルートを束ねる冥王にそそのかされています・・冥王は彼女を使って、最強のブレイディアの力を自分のものにしようと企んでいるのです・・」

「そんな・・・で、冥王とは何者なのですか・・・?」

「あなたには伝えておいたほうがいいですね・・・冥王は、鷺山真二・・」

「鷺山真二くんが・・・!?

 要が告げた事実に、姫子が緊迫を覚える。

「これからどうするかは、あなたにお任せします・・山吹先生、私個人としては、あなたの生徒に対する信頼を信じます・・・」

「教頭先生・・・ありがとうございます・・・」

 信頼を寄せる要に、姫子が感謝の言葉を述べる。

「私たちは戦いから退いている身です。私は学園長を守ることだけに専念させていただきます・・」

「そうですか・・・ご武運を、祈っています・・・」

 要の言葉に頷くと、姫子は結花たちを守るために洞窟から出て行った。

「個人としては、か・・言うじゃないか、要・・・」

 姫子の姿が見えなくなったところで、大貴が悠然さを込めた笑みを見せる。

「私たちは戦いから退いていると言ったはずです・・それとも、私たちも戦いに参加させたいと?」

「君も冗談を言うようになったじゃない・・僕は高みの見物をしているほうがいいんだよ・・」

「相変わらずですね、兄さんは・・今考えても・・だから何も変わらないんですよ、あなたも私も・・・」

「そういうものかなぁ・・僕たちは長い時間を生きてきているんだ・・そのくらいの楽しみがないと、死ぬ以上に辛くなるから・・」

 大貴の言葉に要が呆れて肩を落とす。2人はこのまま事の成り行きを見守るのだった。

 

 結花は一矢に抱かれたまま夜を過ごした。窓からかすかに差し込んできた朝日の光に照らされて、彼女は目を覚ました。

「起きているか、一矢・・・?」

「うん・・・今、起きたとこだけど・・・」

 小さく声をかける結花に、一矢も小さく答える。

「私は牧樹との決着を付けなければならない・・全ては私がまいた種。私が始末をつけなければならない・・」

「結花・・・」

「だが、私にはまだ揺らぎがある・・アイツとどう向き合えばいいのか、私はまだ見出せたという自信がない・・・」

 心境を打ち明ける結花に、一矢が戸惑いを浮かべる。

「だから、今日はお前と一緒にいさせてくれ・・お前との時間を大切にしたい・・・」

「結花・・・オレなんかでいいなら・・・」

「一矢・・・すまない・・そして、ありがとう・・・」

 願いを聞き入れてくれた一矢に、結花は微笑んだ。彼女は女として、かけがえのない時間を過ごそうと心に決めていた。

 

 

次回

第24話「旅立ちの前に」

 

結花「私が寝ている間、何もしなかっただろうな?」

一矢「オレは別に何も・・

   第一、好きにしていいって言ったじゃないか!?

結花「それは、確かに・・・」

一矢「確かにいろいろ考えたさ・・

   抱き枕代わりにしたり、パフパフしたり・・・」

結花「この、ど変態が!」

 

 

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