ブレイディア 第19話「闇の長、現る・・・」
結花が消滅し、悲しみに暮れる直美。泣き崩れている彼女は、その場に座り込んだまま動けずにいた。
そこへ一矢が姿を現す。泣き続けている直美を目にして、一矢も困惑を覚える。
「どうしたんだ・・・ここで何があったんだよ・・・!?」
「一矢、さん・・・」
一矢に声をかけられて、直美が振り向く。
「結花さんが・・結花さんが・・・!」
「結花が・・結花がどうかしたのか!?・・・まさか・・・!?」
直美に問いかける一矢が不安を覚える。
「ブレイドを折られて、そのために消滅して・・・」
「消滅!?・・あの剣が折れたら、消えちまうってことなのか!?・・・誰が、誰がそんなこと・・・!?」
一矢が困惑しながら問い詰めるが、直美は悲痛さを浮かべるだけで答えない。
「牧樹ちゃん・・牧樹ちゃんはどうしたんだ・・・!?」
一矢のこの問いかけにも直美は答えない。これ以上疑問を投げかけることができず、一矢がひと呼吸置く。
「寮に行こうか・・もしかしたら、牧樹ちゃんも・・・」
「いいえ・・まだこの近くにいるはずです・・探してみてから・・・」
言いかける一矢に、直美がようやく口を開いた。一矢は彼女の言葉に賛同して、牧樹を探した。
だがその周辺に牧樹の姿はなかった。
女子寮に向かった直美と一矢。しかし牧樹は寮に戻っておらず、学園でも見つけることができなかった。
「おかしいです・・心当たりのある場所を探したのですが・・・もしかして、自殺を・・・!?」
「何言ってるんだよ!?・・そんな後ろめたいこと、考えるんじゃないって・・・!」
不安を口にする直美に一矢が呼びかける。しかし直美の心にある孤独は、時間がたつにつれて膨れ上がっていた。
「結花さんがいなくなって、牧樹さんまでいない・・もう、どうしたらいいのか分からないです・・・」
悲しみに暮れる直美がその場にひざを付く。彼女にどう声をかければいいのか分からず、一矢は黙り込んでしまう。
(どうしたらいいんだ・・結花みたいな力のないオレに、何ができるっていうんだ・・・!?)
心の中で自分の無力さを呪う一矢。歯がゆさを浮かべる彼も、直美とともにこの場から動くことができなくなっていた。
結花と牧樹との戦いを終えて、地下の部屋に戻ってきたみどりといちご。牧樹にまともに相手にされなかったことに、いちごは不満を感じていた。
「ちゃんと相手してほしいわよ・・今度会ったら絶対に相手してもらって、気が済むまで痛めつけてやるんだから!」
「だがそのとき赤澤牧樹は普段以上の力を発揮したのだろう?それに屈したのなら、今のままではお前は勝てないことになる・・」
みどりがかけた言葉に、いちごが目つきを鋭くする。
「ふざけないで!あれはちょっと油断しただけよ!・・もう油断も容赦もしない・・次に会ったときがアイツの不幸になる・・・!」
みどりに反論すると、いちごが笑みをこぼす。
「アンタのほうはどうなのよ?」
「私もお前と同じだ。相手にしてもらえない・・」
いちごが問いかけると、みどりが淡々と答える。
「アンタもなの?アンタも偉そうなこといえないじゃないの・・」
それを聞いてあざ笑ういちごだが、それでもみどりは顔色を変えない。
そのとき、部屋のドアがノックされ、いちごとみどりが振り向く。ドアが開かれると、黒のサングラスと黒スーツ、黒ずくめの男が1人姿を見せる。
「何よ?こっちが返事する前に開けるなんて失礼じゃない・・」
いちごが文句を言うが、男は意に介さずに話しかける。
「天海いちご様、萩野みどり様、冥王の間にお越しください。」
「冥王の間?何があった?」
男の呼びかけにみどりが疑問を投げかける。
「冥王がお越しになられました。」
「えっ!?冥王が!?」
男が告げた言葉にいちごが驚愕する。みどりも緊迫の色を隠せなくなる。
(これまで滅多に姿を見せることのない冥王が、姿を見せるというのか・・・!?)
思考を巡らせるみどり。だが彼女もいちごも男の案内に従うしか選択肢がなかった。
冥王の間。プルートの全てをつかさどる冥王の玉座のある広間である。
冥王はプルートのメンバーにも滅多に姿を見せることはない。だがプルートにおける絶対的な存在であることに変わりはなく、メンバーは冥王との対面に緊張を隠せなくなる。
「こんなところで冥王のお出ましだなんて・・でもどんな顔をしてるのかな・・?」
メンバーの中で、いちごだけが緊張感のない様子を見せていた。やがて重苦しい空気が押し寄せ、冥王の間に沈黙を呼び寄せる。
冥王の間に、1人の人物が姿を現す。その姿に見覚えがあったいちごとみどりが目を疑う。
「この前は派手にやってくれたね。まぁ、知らなかったわけだから仕方がないか・・」
気さくに声をかけて玉座の前に立ったのは、真二だった。彼がプルートを統治する冥王だった。
「まさかあなたが冥王だったとは・・・」
「この姿だけでは誰も冥王だとは思わないだろうね・・でも僕も、ハデスを操る血と力を受け継いでいる・・」
驚きの声を上げるみどりに、真二が淡々と答える。彼は周囲にいる人間全員に目を向ける。
「今までの留守、ご苦労だった・・戦乙女の舞も、終局に向けて拍車をかけることになるだろう。それに伴い、私が直接指揮を執る。」
真二の指示を受けて、黒ずくめの男たちが律する。その中でいちごが真二の前に出てきた。
「まさかアンタが冥王だったなんてね・・ビックリしたというか、面白いというか・・」
「君にもビックリさせてしまったようだね・・」
笑みを見せてくるいちごに、真二が悠然とした態度を見せる。
「いちご、口を慎め。冥王にそのような・・」
「アンタは黙っててよ。あたしはそいつと話してんだから・・」
みどりが呼びかけるが、いちごは聞き入れずに真二に視線を戻す。
「それで、冥王っていうんだから、とんでもなく強いんだよね?どのくらい強いのか、どこまであたしを楽しませてくれるのか、確かめさせてくれるかしら?」
いちごが笑みを強めると、自身のブレイドを手にする。真二に敵意が向けられていると察して、黒ずくめの男たちが懐から銃を取り出そうとする。
「手を出すな。私が倒れることはないからな。」
ところが真二が男たちを制する。いちごに剣を向けられても、彼は動じる様子を見せない。
「ずい分余裕じゃない。あたしじゃ足元にも及ばないっていいたいの?」
「悪いが君の相手は私ではない。君のよく知る人物だ・・」
あざ笑ってくるいちごに、真二が淡々と言いかけたときだった。そこへ飛び降りてきたのは牧樹だった。
「ア、アンタ・・・!?」
牧樹の登場にいちごは愕然となっていた。プルートの敵であり、自分も敵として見ていた牧樹が目の前に現れたのだ。
「どういうことなのよ!?何でアンタがここにいるのよ!?」
「彼女は新しいプルートのブレイディアだ。彼女はこの戦乙女の戦いにさらなる拍車をかけることになるだろう・・」
問い詰めてくるいちごに、真二が淡々と言いかける。しかし納得できないいちごが、自分のブレイドの切っ先を牧樹に向ける。。
「冗談じゃないわ!こんなのと一緒の場所にいるなんて我慢がならない!」
牧樹に対して敵意をむき出しにするいちご。剣を構える彼女に、牧樹は冷たい視線を向けていた。
悲劇の日は夜を迎えた。男子寮に戻っていた一矢は、自分の部屋の中で塞ぎこんでしまっていた。
(どうしたらいいんだ・・結花だったら、迷わずに決められたんじゃないだろうか・・・)
今でも答えを出すことができず、苦悩する一矢。
(今までもオレは、アイツのために何もしてやれなかった・・これからも何もできないかもしれない・・・オレは・・・)
そのとき、一矢の部屋のドアのインターホンが鳴る。動揺のまま無視しようとした一矢だが、気になって立ち上がり、ドアを開けた。
その先にいたのは直美だった。彼女は深刻な面持ちを一矢に見せていた。
「直美ちゃん・・・」
「一矢さん、お願いしたいことがあるのですが・・・」
戸惑いを見せる一矢に、直美が話を切り出した。2人は学園の近くの広場に移動した。夜ということもあり、そこには彼ら以外にはいなかった。
「こんなところでどうしようっていうんだ・・・?」
一矢が訊ねると、直美は気持ちを落ち着けてから話を切り出す。
「一矢さん・・今から、結花さんを生き返らせます・・・」
「えっ!?・・何だって・・・!?」
直美の口にした言葉に、一矢が驚きを覚える。
「私たちブレイディアは、それぞれ違った形状や質のブレイドを使います・・私のブレイドは、刺した相手の傷や痛みを自分に移し変えることができるのです・・」
「けど・・それがいったい・・・!?」
「傷は自分に移すことができる・・だからもしかしたら、死人を生き返らせることもできるかもしれません・・・いいえ、きっとできます・・・」
「ち、ちょっと待ってくれ・・そんなの、失敗しても成功しても、お前が死んでしまうってことじゃないか!」
直美の話を聞いて、一矢がたまらず声を荒げる。
「結花は今死んでる!アイツの死を自分に移したら、お前が死を受け入れるってことじゃないか!」
「はい・・その通りです・・・」
「バカヤロー!そんなこと、オレは許さないぞ!結花だって、自分を生き返らせるためにお前が死ぬことをいいとは絶対に思わないぞ!」
「分かっています!・・分かっていますけど、結花さんがあんなことになるなんて、とても我慢がならないんです・・・!」
思いとどまらせようとする一矢に、直美が悲痛さを込めて言い放つ。
「私、結花さんが好きなんです・・間違った恋心であると分かっていながら・・・」
「直美ちゃん・・・」
「結花さんがいなかったら、私は今も勇気の持てない弱い人間のままでした・・結花さんがいたから、私は素直になれたんです・・・でも、結花さんがいないこの世界では、とても幸せになれません・・たとえ私がいなくなっても、結花さんを・・・」
自分の気持ちを切実に告げる直美が、自分のブレイドを手にする。
「結花さんが戻ってきても、私はいなくなります・・そのとき一矢さん、結花さんをお願いします・・・」
「だからやめろって!自分が犠牲になっても、全然いいことじゃない!」
一矢が直美の肩をつかんで呼び止める。しかし直美の決意が変わることはなかった。
「ゴメンなさい、一矢さん・・・辛い思いをさせてばかりで・・・確かにいなくなるといました・・でもいなくなるのは姿かたちだけです・・心は、結花さんに宿りますから・・・」
満面の笑みを見せる直美。その笑顔に一矢が戸惑いを覚える。
次の瞬間、直美が一矢を突き飛ばし、彼から離れる。彼に背を向けると、彼女は手にしている剣に意識を傾ける。
(お願い、私の剣・・・結花さんを呼び戻して・・結花の笑顔を、よみがえらせて・・・!)
結花への想いを募らせる直美。彼女の意思に呼応するかのように、手にしている剣の光が強まっていく。
その輝きの一方で、直美が苦悶を浮かべる。剣に力を送ったために、彼女は徐々に命を削っていた。
「もういい、やめろ!ホントに死んでしまうぞ!」
一矢が呼びかけるが、直美はなおも剣に力を注いでいく。彼女の脳裏に、結花と牧樹との出会いと時間が蘇ってくる。
“不条理は情け容赦なく襲い掛かってくる・・それを払いのけたいなら、強くなるしかない・・・”
“まずは勇気を出して、逃げずに立ち向かっていくこと。前に一歩踏み込む勇気が、自分をどこまでも強くしていくんだよ・・”
“・・・すまなかったな・・私のために・・・”
“私が助かっても、直美ちゃんが傷ついたら、私は逆に辛くなる・・だから直美ちゃん、私のためにムチャしないで・・・”
結花と牧樹の言葉が直美の脳裏によぎる。彼女は2人に対して罪の意識を感じていた。
(ゴメンなさい、結花さん、牧樹さん・・2人を辛くさせてしまって・・・それでも、それでも私は、結花さんに生きていてほしいんです・・・)
自分の願いを募らせて、直美が目から涙をこぼす。剣に力を注ぐあまり、彼女は痛みを通り越して五感が麻痺していた。
(苦しくない・・結花さんのために力を使っているのだから、全然、苦しくない・・・!)
自分の気持ちを強く胸に宿していく直美。彼女が手にしている剣が徐々に形を変えていく。
散っていった想いと魂が空から舞い降りてくる。同時に直美の体から光の粒子があふれ出てくる。
「戻ってきてください、結花さん!」
涙ながらに叫ぶ直美。その瞬間、彼女の剣が変化して結花の姿となっていく。
「よかった・・結花さん・・・私、やれたんですね・・・」
力なく倒れていく直美が、一糸まとわぬ姿の結花に寄り添う。
「結花さん・・・生きていてください・・・牧樹さんと、一緒に・・・」
直美が結花に向けて囁きかける。彼女はゆっくりと瞳を閉じていく。
「私は、あなたを愛しています・・・」
結花への想いを告げて、直美は光になって消滅していった。その瞬間を、一矢は動揺したまま見つめていた。
光が完全に消失してから、結花は目を覚ました。
「これは・・・私は・・・?」
自分の身に何が起こったのか分からず、結花が当惑を見せる。視線を移すと、彼女は一矢の姿を見つける。
「お前!?・・なぜお前が・・・!?」
結花が驚きを見せるが、一矢は困惑のあまりに答えることができない。
「私は牧樹に剣を折られて死んだはず・・・地に付いているということは、あの世ではない・・・!?」
「結花・・お前は・・・」
記憶が混乱している結花に、一矢が事情を説明しようとした。だが結花が全裸であることに気付いて、彼は赤面して後ろを向く。
「どうした?何か・・・なっ!?」
疑問を投げかけたところで、結花も自分の格好に気付いて赤面する。彼女は自分の体を抱きしめて、一矢を睨みつける。
「お、お前というヤツは・・!?」
「違う!これは不可抗力だ!まさかお前がそんな格好で生き返るなんて思ってなかったから・・!」
怒鳴りかける結花に、一矢が抗議の声を上げる。その言葉に結花が眉をひそめる。
「生き返ったって・・やはり私、死んだのか・・・ではなぜ・・・!?」
「それは、直美ちゃんが・・・」
問い詰める結花に対し、一矢がたまらず言葉をもらす。
「直美だと!?・・・まさか、直美が・・・!?」
緊迫を覚える結花が思考を巡らせる。彼女は直美のブレイドの能力を思い返していた。
「アイツは他人の傷を自分に移すことができる・・その力で、自分を犠牲にして、私を・・・!」
愕然となった結花が体を震わせる。自分のために直美が命を散らしたことに、彼女は罪悪感を感じていた。
「あのバカが・・なぜこんなバカなマネを・・・私のために、自分が死んでしまってもよかったのか・・・それで私が納得するとでも・・・!?」
歯がゆさと悲痛さを抑えきれなくなった結花が、一矢に涙を見せる。彼女は激情のままに、その場で泣き叫ぶ。
結花を救うために、直美はその命を費やしたのだった。
次回
大貴「まさか君が冥王だったなんてね・・
僕もビックリだよ・・」
真二「これまで兄さんにいいとこみんな取られちゃってたしね・・
けど兄さんにもアンタにもいい思いさせない!
このまま主役の座も取っちゃうけどいいよね?
答えは聞いてない!」
大貴「けっこう根に持ってるんだね・・・」