ブレイディア 第20話「錆びた心」

 

 

 冥王、真二の登場は大貴と要の耳にも届いていた。

「まさか彼が冥王だったなんてね・・僕もビックリしたよ・・」

 悠然さを見せる大貴だが、要は腑に落ちない面持ちを浮かべていた。

「これまで多くの冥王を見てきましたが、いずれも意表を突かれます・・転生の度に欺かれます・・」

「僕たちはこのまま高みの見物をさせてもらうだけさ・・相手の出方にもよるけどね・・・」

 肩を落とす要に笑顔を見せるも、大貴が目つきを鋭くする。彼は冥王が手を下してきた場合、敵意を見せることも考えていた。

「私としても、降りかかる火の粉は払わせていただきますが・・紅蓮の業火であったとしても・・・」

 要も真剣な面持ちで告げ、事の成り行きを見守ることにした。

 

 いちごの前に現れた牧樹。いちごは牧樹に優位に立てる、少なくとも劣勢はないと高をくくっていた。

 だがいちごは完全に追い込まれていた。彼女のあらゆる攻め手を、牧樹は冷静に跳ね返していた。

「そんな・・何であんなに強くなってるのよ・・・こんな力、アイツにはなかった・・・!」

 牧樹の発揮した力に驚愕するいちご。牧樹は今まで以上の力を見せつけ、いちごを追い詰めていた。

「ブレイドはブレイディアの精神状態で強弱が左右される。今の牧樹ちゃんの心は、それだけ強く鋭くなっているということだよ・・」

 真二が悠然といちごに言いかける。彼は牧樹の力がブレイディアの中で折り紙つきとなっていることを理解していた。

「今の彼女を止めることは君にはできない・・おそらく他のブレイディアにも難しいかもね・・」

「冗談じゃない・・あたしが、一方的にやられるなんてこと・・あたしは絶対に認めない!」

 真二の言葉に憤慨するいちご。

「あたしはアンタとは違うの!アンタみたいに男とイチャイチャしてるヤツとは違うんだから!」

 いちごが言い放った言葉に、牧樹が目つきを鋭くする。

「私のことなら別にいいよ・・でも、祐二さんのことは悪く言わないで・・・!」

 目を見開いた牧樹が剣を大きく振り上げる。いきり立っていたいちごも、激情の赴くままに飛びかかり、剣を振りかざす。

 だが牧樹が振り下ろした剣の一閃が、光のようにいちごを飲み込んだ。次の瞬間、いちごが広間の壁に叩きつけられた。

 いちごの手にしていた剣は刀身が折れていた。牧樹の剣を受けて耐えられずに折れてしまったのだ。

「あ、あたしが、負けた!?・・あんなのに、手も足も出ずに・・・!?

 この現状が信じられず愕然となるいちご。直後、彼女は胸に痛みを覚えてその場にうずくまる。

「イヤ・・こんなことで、あたしが消える!?・・・こんなの認めない・・絶対認めないから!」

 絶叫を上げるいちごが牧樹に向かっていく。彼女の体からは光の粒子があふれてきていた。

 だが牧樹の体に触れようとしたいちごの体は、彼女をすり抜けてしまう。愕然となったまま、いちごは光の粒子になって消滅していった。

「・・・ブレイディアなんて、いないほうがいい・・・」

 自分のブレイドを消す牧樹が低く呟く。冷徹に振舞っていたつもりの彼女だったが、その目からうっすらと涙があふれてきていた。

「よくやったね、牧樹ちゃん・・このまま、他のブレイディアも倒すんだよね・・・?」

 真二が牧樹に向けて告げた言葉。それを聞いたみどりが内心緊迫を覚える。

「心配しなくていいよ、みどり。君を倒させるようなことはさせないから・・」

 すると真二がみどりに向けて声をかけてきた。その言葉が意味深に思えて、みどりは緊張を拭えずにいた。

「少し休もう、牧樹ちゃん・・あまり力を使いすぎるのもよくないから・・」

「そうだね・・少し休ませて・・その後にまた動くから・・・」

 呼びかける真二に牧樹が答える。彼女はゆっくりと冥王の間から立ち去っていった。

 牧樹の姿が見えなくなると、冥王の間は男たちの動揺であふれかえった。みどりも動揺の色を隠すのに精一杯だった。

(まさか赤澤牧樹が、プルートのブレイディアとして姿を現すとは・・しかもいちごをこうも容易く倒すとは・・・)

 みどりは胸中で牧樹の力に脅威を感じていた。

(彼女は完全に冥王の片腕だ・・冥王の意思ひとつで、彼女は全てを脅かす覇者となる・・・最悪の場合、私も標的にされることも・・・)

 牧樹の力を危険視するみどり。一方で彼女は真二の動向に疑念を抱いていた。

(それにしてもどういうことなのだ、覇王は?・・牧樹ほどのブレイディアがいれば、私など用済みにできるはず・・まだ私の好きにさせようとしているのか・・・?)

 思考を巡らせるほどに謎が謎を呼ぶ。答えを見出すことができないみどりは、自身のことだけに専念することにした。

 

 直美は死んだ。結花を生き返らせるために、自分が死の身代わりになった。

 その悲しみを結花も一矢も引きずったまま、1日が経過した。

 何とか気持ちを落ち着けることができた一矢。いつもの調子で授業をサボっていると思った彼は、結花の自宅を訪れた。

 そこはおしゃれな一軒家で、一人暮らしをするには広いくらいだった。

「こんなところに住んでるのか・・・!?

 一矢が結花の家を見て唖然となる。気持ちを落ち着けてから、彼は玄関のインターホンを鳴らす。だが家から出てくる様子はない。

「出かけているのか・・・?」

 一矢がもう1度インターホンを鳴らす。それでも家から出てくる様子がない。

 一矢が諦めて家から離れようとしたときだった。

“何度も鳴らすな、馬鹿者が・・”

 インターホンの回線から、憮然さを込めた結花の声が発せられる。

「な、何だよ・・いるなら返事してくれって・・」

“鍵は開いている・・勝手に入って来い・・”

 肩を落とす一矢に言いかける結花。彼女に言われたとおり、一矢は玄関のドアを開けて家の中に入る。

 家の中は少し汚れていたが、ある程度は整えられていた。一矢は階段を上がって2階の部屋のドアをノックする。

「結花、ここか?入るぞ・・?」

 一矢は声をかけてから部屋のドアを開ける。そこはいかにも女性的といえる部屋であった。

 その部屋の中のベットに、結花は閉じこもっていた。彼女はまだ直美を失った悲しみが癒えていなかった。

「いつも強気なお前にも、そうなることがあるんだな・・」

 からかう一矢だが、結花はベットに閉じこもったままだった。その様子に彼は深刻さを覚える。

「あんまり気にすんな・・っていうのもムチャなことだけどさ・・・」

「・・・直美は私のために死んだ・・私がアイツを殺したようなものだ・・・」

「オレが無理矢理にでも止めときゃよかったんだ・・けどアイツは、お前のことをとっても思いやってた・・まるで恋をしてるような・・・」

「確かに・・・だから直美は、自分が死ぬのを承知で、私を生き返らせた・・・」

 一矢の言葉に答えて、結花が物悲しい笑みを浮かべる。

「不様なものだ・・私が、こんなことでどうかなってしまうとは・・・」

「大切な親友がいなくなったんだ・・どうかならないほうかおかしいだろう・・」

 一矢のこの言葉を受けて、結花が困惑する。彼女は牧樹のことを思い返していた。

「牧樹の心を壊してしまったのは私だ・・私が復讐ばかりに目を向けていたために・・・」

「もう自分を責めるな、結花・・そんなことしたって、何か変わるわけじゃないだろう・・・」

 自己嫌悪に陥る結花に、一矢が言いかける。それでも結花は迷いを払拭できない。

「直美ちゃんのことを思うなら、しっかり生きないと・・もうそれしかないって・・・」

「お前に何が分かる!全てを失い、これからどうしたらいいのかも見出せずにいる私の気持ちが!」

 励まそうとする一矢を結花が突き放す。どうしたらいいのか分からない苛立ちを、彼女は一矢にぶつけてしまった。

「す、すまない・・・しかし、私は・・・」

 一矢に八つ当たりしてしまったことに、結花が気まずさを覚える。一矢もこれ以上どんな言葉をかければいいのか分からず、押し黙ってしまう。

 しばしの沈黙が流れてから、一矢が声をかけた。

「ちょっと外に出ようか・・あんまり家の中に引きこもってるのはよくないよ・・・」

「一矢・・・もう私はどうしたらいいのか分からない・・好きにしろ・・・」

 彼の呼びかけを結花が受け入れる。2人は家を出て、気晴らしの散歩に赴くのだった。

 

 いちごとの戦いを終えた牧樹は、真二が用意した部屋で休んでいた。彼女の脳裏には未だにブレイディアへの憎悪が焼きついていた。

 薄暗い部屋の中でベットの上に座り込んでいる牧樹に、真二が声をかけてきた。

「手にかけたことを思い悩んでいるのかい・・?」

 真二の問いかけに対し、牧樹は沈黙を続ける。

「どうするかは君の自由だ・・君にはそれだけの理由も力もあるから・・・」

「私は気にしていないよ・・でもなぜか気持ちが落ち着かないの・・興奮しているだけなのかもしれない・・・」

 言いかける真二に、牧樹が低い声音で言いかける。

「それもまた君の自由だよ・・でも戦うときは声をかけて。こっちも行動する都合があるからね・・」

「うん・・分かってる・・・」

 真二の呼びかけに牧樹が頷く。真二は振り返り、部屋を後にした。

「そう・・これ以上ブレイディアのために、誰かが悲しんだり傷ついたりしたらいけない・・ブレイディアは全員、私が・・・!」

 ブレイディアに対する憎悪と決意を胸に秘める牧樹。彼女は握り締める両手をじっと見つめていた。

「これで、祐二さんも幸せになれる・・・そうですよね、祐二さん・・・」

 今はなき祐二への想いを思い返す牧樹。彼女の目からあふれた涙が、頬を伝って床に落ちていった。

 

 外に出た結花と一矢は街に赴いていた。にぎやかさを見せている街並みだが、結花はそれでも胸の中に宿している悲しみを拭うことができないでいた。

「今日だけおごってやるよ・・あんま金がないから安物で我慢してくれよな・・」

「フン・・だったらおごるなんていうな・・」

 恥ずかしげに言いかける一矢に、結花が憮然とした面持ちで言葉を返す。2人はハンバーガーショップに入り、ハンバーガーを食す。

「本当はカレーのほうがよかったのだが・・」

「カレーの専門店はそれなりに値が張るんだ・・オレの懐じゃ毎日カレーだと身が持たない・・」

 不満を口にする結花に、一矢が肩を落とす。それでも結花は淡々とハンバーガーを口にしていく。

「本当に不様だな、私は・・少し食べた程度で落ち着けるんだからな・・・が・・」

 結花が呟きかけて、沈痛の面持ちを浮かべる。

「まだ本来の落ち着きを取り戻せていない気がする・・このまま取り戻せないかもしれない・・・」

「なぁ・・もう戦わないほうがいいかもしれないな・・プルートと戦っているとき以外は、お前は普通に生活していけてたじゃないか・・」

 一矢が深刻さを浮かべて結花に言いかける。結花は授業に出ていないこと以外は学業に支障はなく、成績もトップクラスである。

「実は最近オレ、授業についてこれてなくて・・結花に教えてもらえないかなって・・」

「そういうのは自分でやれ。少なくとも私より他のヤツのほうが教わり甲斐があるだろう・・」

 苦笑いを見せる一矢に、結花が憮然とした態度を見せる。屈託のない話を振る一矢だが、結花はそれでも元気を取り戻せないでいた。

 

 軽い食事を終えた結花と一矢は、零球山に赴いた。その入り口の前から、結花は山をじっと見つめていた。

「ここで私は、ハデスやプルート、ブレイディアと戦い続けてきた・・だが私の戦いは、全て悲劇につながっていた・・」

 これまでの戦いを思い返して、結花が沈痛の面持ちを浮かべる。

「私はこれからも戦うことになるだろう・・私を狙ってくる敵は、容赦なく倒さなければならないからな・・」

「それでホントに納得できるのか?もう2度と後悔しないようにできるのか・・・?」

 振り絞るように言いかける結花に、一矢が問いかける。

「またこんな後悔をしるようなことになったら、お前はもう絶対に立ち直れない・・そんな気がする・・・」

「何を言う・・そこまで落ちぶれてしまうなら、私はもはや私でなくなる・・・」

 一矢の不安に対して結花が苛立ちを浮かべる。どうしたら分からず、結花は歯がゆさを募らせていた。

「いい加減に元気出せって・・いつまでもそんな顔してたら、直美ちゃんだって、牧樹ちゃんだってつらくなるだろうが・・・」

「うるさい!」

 一矢の言葉を跳ね除ける結花。会話を続けるごとに、2人の心の溝は深まるばかりだった。

 そのとき、山のほうから茂みの揺れる音が発せられた。振り向いた結花と一矢が警戒の眼差しを向ける。

「そこに何かいるのか・・・!?

「もしかして、ハデスが・・・!?

 見つめる先で揺れる草むらに、結花と一矢が身構える。だが草むらから出てきたのは、小さな猫だった。

「ね、猫・・・?」

「こ、こんなところで・・・」

 人騒がせな猫に2人は唖然となる。2人の気持ちなど気にも留めず、猫は走り去ってしまった。

「ったく、驚かせるなって・・」

 一矢が安堵の吐息をついたときだった。草むらや木々を押しのけて、異形の怪物が飛び出してきた。

「な、何っ!?

「ハデス!?

 声を荒げる一矢と、毒づく結花。闘牛の姿に似たハデスは、2人に狙いを定めて突っ込んできた。

「避けろ!」

 結花は一矢を引っ張って駆け出し、ハデスの突進をかわす。山から離れようとする2人だが、ハデスに回り込まれてしまう。

 毒づく結花はやむなく山の中に向かう。ハデスは2人目がけて走り続けてきていた。

「ダメだ!これじゃ追いつかれる!」

 危機感を膨らませる一矢が声を荒げる。ハデスが再び2人の前に回り込んできた。

「くっ!・・逃げ回るのは私の性分ではなかったか・・・!」

 うめく結花がハデスと戦うことを心に決める。

「離れていろ!巻き添えを食らわないようにな!」

「大丈夫なのか!?お前、さっきまで調子がよくなかったんだぞ・・!」

 呼びかける結花に一矢が心配の声を上げる。しかし結花は不敵な笑みを見せていた。

「私はこれまで戦う日々を送ってきた・・少し体調を崩したくらいで、ダメになるようなことはない・・」

 結花は言いかけると、咆哮をあげるハデスを見据えながら意識を集中する。彼女は自分のブレイドを具現化させようとしていた。

 だが結花が念じても、光の剣が彼女の手から出現しない。

「えっ・・・!?

 この事態に結花が目を疑う。彼女は改めて意識を集中してブレイドを出そうとする。

 だがどんなに意識を傾けても、両手からブレイドが出現することはなかった。

「どういうことだ・・剣が、出てこない・・・!?

「結花・・・!?

 この事態に結花だけでなく、一矢も困惑を覚える。彼女の意思に反して、障害を突き破る剣が現れることはなかった。

 

 

次回

第21話「破壊の剣士」

 

結花「カレーは様々な要素で、楽しみ方が変わってくる。

   まずはルー。

   ルーの素材でとろみ、まろやかさ、質感、全て変わってくる。

   辛さも同様。

   次に具材とトッピング。

   その組み合わせで味だけでなく色合いも大きく変わってくる。

   それからそれから・・」

一矢「もういいって・・・」

 

 

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