ブレイディア 第17話「絶望の予感」
祐二はプルートであり、結花の家族を殺した張本人である。不敵な笑みを見せる彼に、結花が鋭い視線を向けてきていた。
「確かに僕は昔、君の家族の暗殺を指揮した。だが火事を装ったときに無能な部下の軽率な行動のために、君だけは仕留めそこなった・・・その君がまさかブレイディアだったとはね・・・」
「お前たちのために、私は全てを失った・・お前を見つけ出し、この手で倒すためだけに、私は今まで生きてきたのだ・・・」
悠然と語りかける祐二に、結花が低い声音で言いかける。
「家族を殺されて怒るのは当然だ・・だが君の父親がプルートの人間であり裏切り者だったのも、紛れもない事実だ・・」
「裏切り者!?・・どういうことなんだ・・・!?」
「彼はプルートとブレイディアの情報を外部に持ち出そうとしていた。あの暗殺によって流出は免れたが、自分の娘がブレイディアの力を秘めていたことには気付いていなかったようだが・・」
問い詰めてくる結花に、祐二が淡々と語りかける。しかし彼の話を聞いても、結花の復讐の憎悪が消えることはなかった。
「それでお前たちに罪はないとでも言いたいのか?そんなたわ言を聞き入れるつもりはない!」
「罪も罰も、全ては人が生み出したものだよ・・人が理解できなければ、それは罪だと定めることはできない・・」
「たわ言はやめろ!お前たちの罪は、私の手で断罪する!」
祐二の言葉を一蹴して、結花が飛びかかる。祐二がとっさに逃げ出し、彼女が振り下ろしてきた剣をかわす。
「君に僕は殺せない。殺せば牧樹さんを悲しませることになるからね・・」
「そんなこと、私には関係のないことだ・・お前を殺すこと。それが私の全てだ!」
悠然さを保つ祐二に、結花が鋭く言いかける。今の彼女は、家族の仇である祐二を倒すこと以外は頭にはなかった。
祐二を守るためにエリカを迎え撃った牧樹。だが怒りに燃えるエリカの猛攻に、牧樹は防戦一方になっていた。
「祐二様は誰にも渡さない・・アンタがいなくなれば、祐二様は私のものに・・・!」
言い放つエリカが、さらに攻撃の手を伸ばす。この猛襲に、牧樹は反撃も脱出もままならなかった。
「そろそろ終わりにしないとね・・でないと祐二様に追いつけないから・・・!」
エリカが目を見開いて、牧樹にとどめを刺そうと剣を振り上げる。
「牧樹さん!」
そこへ直美が飛び込み、エリカが振り下ろしてきた剣を防ぐ。
「牧樹さん、大丈夫ですか・・!?」
「直美ちゃん・・・ありがとう、助けてくれて・・」
呼びかけてくる直美に、牧樹が微笑みかける。エリカは後退して、2人を鋭く見据える。
「こんなときに邪魔が入るなんて・・気が萎えたわ・・」
エリカは呆れて肩を落とすと、ブレイドを消して立ち去っていった。脅威が去ったことに安心して、牧樹が脱力する。
「危なかった・・・急がないと・・祐二さんのところに・・・」
「待ってください、牧樹さん・・少し休んでからのほうが・・」
祐二を追いかけようと歩き出す牧樹に、直美がそわそわしながら呼びかける。しかし牧樹は止まることなく、祐二を追って進んでいった。
祐二が別荘に向かったのではないかと思い、牧樹は別荘に向かう。彼女は山を抜けて、清和海岸が見えるところまで行き着いた。
「祐二さん・・どうか無事でいて・・・」
周囲を見回して祐二を探す牧樹。彼女は別荘の近くにいる祐二を発見する。
「祐二さん・・・えっ・・・!?」
笑顔を見せた直後、牧樹は目を疑った。結花が祐二に向けてブレイドを振りかざしてきていた。
「どういうことなの!?・・・結花!」
牧樹がたまらず飛び出し、祐二を守ろうとする。手にしたブレイドを掲げて、彼女は結花の剣を受け止める。
「牧樹!?」
牧樹の登場に結花が驚愕する。牧樹が祐二を守ろうと、結花に敵意を向けてきていた。
「何考えているの、結花!?どうして祐二さんを!?」
「牧樹、お前は騙されている!この男はプルートだ!この男こそが、私の家族を殺した張本人なんだ!」
「ふざけたこと言わないで!祐二さんがプルートであるわけないでしょ!」
怒りのままに言い放つ結花と、それを拒絶する牧樹。互いに激昂し、剣の力比べも拮抗したままだった。
「祐二さん、逃げてください!直美ちゃん、祐二さんをお願い!」
「直美さん!・・でも、牧樹さんと結花さんが・・・!」
呼びかけてくる牧樹に、直美は困惑していた。牧樹と結花、どちらを助ければいいのか分からなくなっていた。
「そこをどけ、牧樹!ヤツを倒さなければ、私の生きる意味がなくなる!」
「どうして祐二さんを傷つけようとするの!?祐二さんが悪い人であるはずないじゃない!」
「それはヤツの表の顔だ!ヤツはプルートの暗殺者!ヤツは式部学園の生徒を装い、お前や周りを欺いてきたんだ!」
「どうして祐二さんを悪者にするの!?そんな結花のほうが全然悪者じゃない!」
互いの言葉を受け入れようとしない2人。業を煮やした結花が、牧樹に剣の切っ先を向けてきた。
「もはや言葉は意味を成さないようだ・・お前を返り討ちにしてでも、私はヤツを倒す・・それがお前のためにもなるんだ・・・!」
「何よ、私のためって・・・どこまでも勝手なこと言わないでよ!」
飛び掛ってくる結花を、牧樹が言い返して迎え撃つ。
「やめて!」
そこへ直美が割って入り、結花と牧樹が動きを止める。
「何をしているんですか、2人とも!?どうして2人が戦わないといけないんですか!?」
「直美・・・」
「直美ちゃん・・・」
怒鳴りかけてくる直美に、結花と牧樹が戸惑いを覚える。
「私たち、友達じゃないですか・・仇だからって、大切な人を守るためだからって、友達同士で戦うのはいけないですよ・・・!」
「だが、友だと思っていた者が自分を欺いていたと知っても、お前は友だと信じ抜くのか・・?」
必死に呼びかける直美に、結花が気持ちを落ち着けて問いかける。その答えにつまり、直美が逆に困惑する。
「私の敵は、他人を信じ込ませて欺き、利用する卑怯者だ・・そんなヤツに利用されて、お前たちは本当に幸せでいられるのか・・・!?」
「だから、祐二さんはそんな人じゃないって言ってるでしょ!あの人の優しさに、悪さなんてないんだから!」
直美に言いかける結花に、牧樹が怒鳴りかける。苛立ちを募らせる結花が、剣を高らかに振り上げる。
「この機会を逃せば、2度とヤツを倒せなくなる・・お前たちに構っている暇はない!」
結花は言い放つと、眼前の地面を剣で切りつけて砂煙を巻き上げる。視界をさえぎられたものの、牧樹は結花を追って砂煙の中に突っ込む。
だが結花は既にバイクを走らせて、この場を離れてしまっていた。
「急がないと・・結花が祐二さんを・・・!」
「牧樹さん!結花さん!」
結花を追いかけていく牧樹に、直美が声を上げる。砂煙が消えたときには、結花だけでなく牧樹もいなくなっていた。
祐二を追って再び山の林道に入った結花。彼女は自分を見つめている祐二の視線を感じていた。
「姿を現せ!隠れているのは分っている!」
剣の切っ先を向けて言い放つ結花。そのそばの木陰から、祐二が姿を現した。
「牧樹さんはすっかり、僕に想いを寄せているようだ・・これで僕が声をかけなくても、彼女は僕を守るために尽力する・・」
「そんなことは私には関係ない・・お前を倒す・・それだけだ!」
悠然と言いかける祐二に言い返すと、結花が飛びかかって剣を振りかざす。祐二は後退してその一閃を回避する。
「もしも僕を殺せば、君は牧樹さんの怒りを買うことになる・・今まで復讐する側だった君が、復讐される側になるということだ・・」
「黙れ!」
祐二の言葉に憤慨する結花。彼女はガムシャラに剣を振りかざすが、これもまた祐二にかわされていく。
「復讐からは何も生まれない。この状況はまさにこのことだ・・」
「ふざけるな!お前を葬って満たされないことなどない!むしろ未来を切り開くことになるんだ!」
あくまで悠然さを崩さない祐二と、敵意をむき出しにしたままの結花。
そのとき、一条の刃が飛び込み、結花がとっさに後退する。
(この剣・・牧樹のものじゃない・・・!)
周囲を見回して襲撃者の行方を追う結花。彼女の前に現れたのはいちごだった。
「ずい分と楽しいことになってるじゃない・・少し遊ばせてよね・・」
「ちっ!こんなときに邪魔者が次から次へと!」
笑顔を見せてくるいちごに、結花が苛立ちを募らせる。いちごが振り下ろしてきた剣を防ぎ、結花が反撃に出る。
「お前は引っ込んでいろ!今私が討ち取るべき相手はその男だ!」
「そうやって逃げるんじゃないわよ!」
祐二だけを狙う結花に、いちごが追撃を加える。業を煮やした結花がつばぜり合いに持ち込み、そこからいちごを蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
突き飛ばされたいちごが公道のほうに投げ出される。そこへ走り込んできたトラック。毒づいたいちごが剣を振りかざし、トラックを真っ二つにする。
彼女の後ろで転倒して爆発するトラック。結花との対決を邪魔されて、いちごは不満を覚えていた。
「ムカムカしてくるわね・・こうなったら無理矢理にでも相手してもらうから・・・!」
いちごが結花への敵意を膨らませたときだった。結花の追跡と祐二の捜索をしていた牧樹を、いちごは発見する。
「代わりの面白い相手が見つかったわ・・・」
妖しい笑みを浮かべたいちごが飛び出し、牧樹に向けて剣を振りかざす。気付いた牧樹が手にしていた剣で受け止める。
「あなた!?」
「今度はアンタがあたしの遊び相手だよ!」
声を荒げる牧樹に、いちごが歓喜の声をかけた。
いちごを退け、改めて祐二に敵意を向ける結花。それでも祐二は余裕を見せていた。
「これで邪魔者はいなくなった・・それなのにお前は・・死ぬのが怖くないのか・・・!?」
「僕は死なないさ。仮に僕を殺せば、君は最悪の悲劇を体感することになるんだからね・・」
「今まで体感してきたのが悲劇!お前たちがもたらした悲劇だ!」
祐二の言葉を一蹴し、結花が目つきを鋭くする。彼女の脳裏に家族の死の光景がよぎる。
組織のために殺されていく家族。その悲惨な姿を目の当たりにして、幼かった結花は絶望し涙した。
そこから結花の人生と人格は変わった。全てを失った彼女は、プルートへの復讐だけを目的にして生きてきた。
そして今、これまでの血の滲むような自分の戦いに終止符を打つときが来たのである。
「私はお前を殺す・・たとえその後、私がどうなろうと、私には関係ない・・・!」
「そこまで覚悟が決まっているのかい・・でも、僕も殺すといわれて殺してあげるつもりもないけどね・・」
強固な決意を見せ付ける結花に対し、祐二が意識を集中する。すると彼の前にサイのような怪物が出現する。
「ハデス・・・!?」
「僕はとある陰陽師の一族の人間でね。異形の存在を導き、操ることができる・・今はハデスと呼ばれているそうだけど・・」
目を見開く結花に、祐二が淡々と語りかける。召喚されたハデスが、高らかに咆哮をあげる。
「僕が召喚するハデスを倒して、君は僕を見事仕留めることができるかな?」
「ほざけ!」
笑みを強める祐二に叫び、結花がハデスに立ち向かう。ハデスが勢いをつけて突っ込んでくるが、結花の剣に真っ二つにされてしまう。
「猪突猛進の相手が、私に勝てるはずもないだろう?」
「そうか?だったら柔軟なのを出すとしようか・・」
結花の言葉を受けて、祐二が微笑みかける。彼は無数の触手を発する植物に似たハデスを召喚する。
「君のブレイドは突きに特化している。こういったタイプの相手は、牧樹さんのような人が適任・・」
祐二が淡々と言いかけた瞬間、ハデスが伸ばしていた触手が切り裂かれた。結花が剣を振りかざして、触手を全て切り裂いたのである。
「理屈では、ないということか・・・!」
「お前たちの姑息なやり方には、もう飽きているんだ・・・」
うめく祐二に、結花が低い声音で言いかける。彼女は彼に剣の切っ先を向けて、さらに鋭く睨みつける。
「もう終わりだ・・お前の命も、私の復讐も・・・!」
目を見開いた結花が剣を突き出す。その刃が祐二の体を貫いた。
祐二は目を疑っていた。自分に死を突きつけられたことを、彼は信じられなかった。
「まさか僕が、こうして死を迎えることになるとは・・・さすがに自分の死は、笑い事にならないか・・・」
思わず笑みをこぼす祐二から、結花が剣を引き抜いた。倒れていく祐二が、結花を見つめて微笑みかけていた。
行く手を阻むいちごに、牧樹は焦りを膨らませていた。こうしている間にも祐二の身に危険が迫っていることに、彼女は冷静でいられなくなっていた。
「ちゃんと相手をしてよね・・でないとこっちは張り合いがなくなるじゃないの・・」
「ふざけないで・・私は、あなたの相手をしている暇なんてないんだから・・・!」
ため息をつくいちごに、牧樹が鋭く言い返す。しかしいちごは牧樹の心境を気にしていなかった。
「せめて本気になってくれないと・・気分が悪くなっちゃうじゃない・・・!」
いちごが冷淡に告げると、牧樹に向けて剣を投げつける。牧樹が自分の剣で防ぐが、ブーメランのように投げられた剣に押されて、彼女は突き飛ばされる。
「負けられない・・祐二さんが待っているのだから・・・」
牧樹の中で祐二への想いが膨らんでいく。
「だから私は、こんなところでやられるわけにいかないんだから!」
言い放つ牧樹が、向かってくるいちごを迎え撃つ。牧樹が手にしている剣の輝きが、徐々に強めていく。
「ブレイドが光ってる・・・これって・・・!?」
その光に驚愕を覚えるいちご。牧樹が振りかざした剣に突き飛ばされて、彼女が公道の外の壁に叩きつけられる。
「邪魔しないで!私は祐二さんのところに行きたいだけなの!」
牧樹は言い放つと、いちごに迫って剣を振り上げる。彼女と彼女のブレイドを目の当たりにして、いちごが危機感を覚える。
だが牧樹が振り下ろした剣は、いちごの横の壁を切り裂いた。彼女が見せる殺気から、いちごは生きている心地がしなくなっていた。
戦意喪失に陥ったいちごにこれ以上の攻撃をすることなく、牧樹は移動を始める。彼女の心は祐二に傾くばかりだった。
(祐二さん、お願いです・・・どうか、無事でいて・・・)
祐二の無事をひたすら願いながら、牧樹は歩を進めていく。そしてついに、彼女は山の林道にて祐二の面影を見つける。
「祐二さん・・・」
祐二を見つけることができて、牧樹が喜びを覚える。だが彼女の笑顔がすぐに消えた。
祐二の体を、結花の剣が貫いていた。
「祐二、さん・・・!?」
ゆっくりと倒れていく祐二に、牧樹は目を疑った。倒れたとき、祐二が牧樹に目を向けていた。
「牧樹さん・・・ゴメン・・・」
牧樹に向けて声を振り絞る祐二。彼女に向けて伸ばしていた手が、力なく地面に落ちる。
「祐二さん・・・祐二さん!」
動かなくなった祐二に、牧樹が悲痛の叫びを上げる。悲しみを抑えきれなくなり、彼女はその場にひざを付き涙をこぼす。
「やった・・・私はついに、復讐を果たすことができた・・・」
その前で、結花が復讐を果たしたことを喜んでいた。彼女の目からも喜びとも悲しみともつかない涙があふれてきていた。
だがその微笑が、悲しみと絶望に堕ちた牧樹の心を逆撫でした。
「どうして、祐二さんを・・・どうして・・・!?」
ゆっくりと立ち上がる牧樹が、結花に向けて声を振り絞る。
「祐二さんは優しくていい人だった・・・そんな祐二さんを、あなたは・・・あなたは!」
祐二を殺されたことに、これまでにない激怒をあらわにする牧樹。荒々しく輝く彼女の剣からは、怒りを示すかのような稲妻がほとばしっていた。
次回
直美「いいですね、結花さんも牧樹さんも・・」
牧樹「どうしたの、直美ちゃん・・・?」
直美「2人とも相思相愛で・・・
私には恋人さえいないのに・・・」
結花「ちょっと待て!
私とヤツとはそんなんじゃない!」
直美「結花さん、優越感入っています・・・」
結花「おい・・・」