ブレイディア 第12話「強襲の足音」
夏休みが終わり、学園の2学期が始まった。勇気を取り戻した牧樹が、笑顔を見せながら登校してきた。
「おはよー、牧樹ちゃーん♪元気いっぱいになったねー♪」
「海水浴のときはお通夜みたいに暗かったのにー・・」
すずめとさくらが、教室に入ってきた牧樹に声をかけてきた。
「ゴメンね、みんな・・みんなにも心配かけちゃったね・・」
すると牧樹が苦笑いを見せる。普段の彼女であると実感して、すずめとさくらがさらに笑顔を見せる。
「あなたたち、あまり牧樹さんに意地悪してはダメよ・・」
そこへぼたんが声をかけ、すずめとさくらの様子に呆れる。
「おはよう、牧樹さん。私もあなたのことを心配していたのよ・・」
「ホントにゴメンね、ぼたんちゃん・・でももう大丈夫だから・・」
言いかけるぼたんに、牧樹が微笑んで答える。
「そういえば夏休みの終わりに祐二さんに声をかけられたわ。牧樹さんのこと、祐二さんも心配していたわ・・」
「祐二さんが・・・」
ぼたんの言葉を聞いて、牧樹が戸惑いを覚える。
「先生が来たぞー!」
そこへ男子の声がかかり、生徒たちが席に着く。静寂が戻った直後に、姫子が教室に入ってきた。
「君たち、有意義な夏休みを過ごすことができたか?怠けていると、2学期に響くことになるから、気を引き締めていくように。」
姫子がクラスの生徒に呼びかける。
「夏休みはいろいろあったから・・2学期に入ったんだからシャキッとしないと・・」
小声で気を引き締めて、牧樹は話に集中することにした。
始業式のあるこの日は、午前中で下校することになった。退屈になっていた結花が、早々と学園を後にしようとした。
「結花さん、もう帰るのですか・・?」
そこへ直美に声をかけられて、結花が足を止める。
「当然だ。いつまでも退屈な時間を過ごすつもりはない・・私にはやることがあるのだからな・・」
「もう、いつまでもそんなんじゃ、友達なんてできないよ・・」
憮然とした態度を見せる結花に声をかけたのは、直美ではなく牧樹だった。牧樹は元気な姿を結花と直美に見せていた。
「ほう?少し前まで臆病になっていたヤツとは思えない様子だな・・」
「もう大丈夫だよ。私だって頑張れるんだから・・」
不敵な笑みを見せる結花に、牧樹がふくれっ面を見せる。
「元気になったのは本当だったみたいだね・・」
そこへ祐二が牧樹たちに声をかけてきた。祐二の登場に牧樹が動揺を覚える。
「ゆ、祐二さん・・・」
「こんにちは、牧樹さん・・2学期も頑張っていこうね・・」
祐二に声をかけられて、牧樹が微笑んで頷く。
「ところで、今度の日曜日は大丈夫かな?」
「えっ?・・はい、予定は入っていませんが・・」
祐二からの唐突な問いかけに、牧樹が唖然となる。
「遊園地のフリーパスが手に入ったんだ。一緒に行ってもらえるかな?」
(えっ!?・・これってもしかして、デートのお誘い・・・!?)
祐二の誘いに、牧樹の動揺が一気に膨らむ。直美も驚きのあまりに声が出なくなっていた。
「も、もももも、もちろんです!いいい、一緒に行きましょう!」
牧樹が慌てながらも、祐二の誘いを受けると返答した。
「ありがとう、牧樹さん・・」
その返事を受けて、祐二が笑顔を見せる。
「遊園地とはくだらない・・のん気なものだな・・」
牧樹と祐二のやり取りに、結花は憮然とした態度を見せるばかりだった。そこへ一矢が駆けつけ、結花に声をかけてきた。
「結花、丁度よかった・・遊園地のフリーパスが手に入ったんだ。一緒に行かないか?」
「は?なぜそんなくだらないところにお前と行かなければならない?」
一矢からの誘いに、結花が呆れて肩を落とす。
「いつまでもそうやって突っ張ってたって、いいことなんてないぜ。たまには女の子らしく、大きく羽を伸ばして・・」
「ふざけるな。私はそんな茶番に付き合うほど暇ではない・・!」
気さくに言いかける一矢を、結花が睨みつけてくる。
「用がそれだけならば私は行くぞ。お前だけで勝手に行け・・」
「待てって!せめてもらってくれ!もらうだけなら別にいいだろ?」
憮然さを見せて立ち去ろうとする結花に、一矢が無理矢理フリーパスチケットの1枚を渡す。腑に落ちないながらも、結花はそのチケットを受け取ることにした。
その日の夜、牧樹は戸惑いを隠せなくなっていた。どんな服を着ていけばいいのか、どんな対応をしていけばいいのか、いろいろなことに悩まされていた。
「祐二さんとデート・・デートができるなんて・・・」
牧樹の戸惑いは、いつしか翌日のイメージを膨らませていた。祐二と仲良く過ごす自分の姿を想像させていた。
「どうしよう・・どうしたらいいの・・あはぁ♪」
込み上げてくる気持ちを抑えきれなくなり、牧樹が歓喜の声を上げる。それから彼女は興奮のあまり、なかなか寝付くことができなかった。
それから翌日、遊園地の正門の前で待ち合わせていた牧樹。彼女が来たときには、既に祐二の姿があった。
「すみません、遅れてしまって・・・」
「いや、気にしなくていいよ・・僕もさっき来たばかりだから・・・」
謝る牧樹に祐二が弁解を入れる。そばには真二、直美、一矢、そして結花の姿があった。
「ホントは早く来すぎてずい分待ったじゃないか、兄さん・・」
真二が言いかけるが、祐二も牧樹も聞こえていなかった。
「それにしても、まさか結花さんが来るとは・・」
直美が唐突に結花に目を向ける。
「偶然だ。たまたまこの近くに用事があったから、ついでにお前たちの茶番に付き合ってやろうというのだ・・」
すると結花が突っ張った態度を見せて答える。
「もう、素直に行きたかったっていえばいいのに・・」
「嫌ならすぐにでも帰るぞ・・」
一矢が言いかけると、結花が変える素振りを見せる。すると一矢が慌てて彼女を止める。
「悪かった!オレが悪かったから・・!」
一矢に止められて、結花は渋々留まることにした。
それから牧樹と祐二、結花と一矢の遊園地でのひと時が始まった。直美と真二は4人が楽しむ過ごすのをあたたかく見守ることにした。
ジェットコースター、落下モノ、ゲームセンターなど、様々なアトラクションに乗っていった。牧樹と祐二が明るく、結花が平然と乗る中、一矢は絶叫モノに弱くいくつか乗っているうちに気絶してしまった。
「だらしがないぞ・・お前から私を強引に呼び寄せて、この有様とは・・」
「め・・面目次第もございません・・・」
気持ち悪くなっている一矢に、結花は呆れ果てていた。
「だ、大丈夫・・すぐに回復するから・・・次はあそこに行こうか・・・」
気持ちを落ち着けようとしながら、ある場所を指差す一矢。それを見たとき、結花が気まずさを覚える。
「も、もう少し休んでいけ・・まだ調子が戻っていないようだから・・」
「そうか?・・だったらもう少し・・・ん?」
結花の呼びかけに頷きかけたとき、一矢は疑問符を浮かべた。直後、一矢が結花ににんまりと笑いかける。
「な、何だ、その笑顔は・・・!?」
「もしかして結花、オバケ屋敷がダメなのか?」
「な、何を言う!?私に怖いものなどないだろう!」
にやけてくる一矢に強気な態度を見せる結花。しかしひどく動揺しており、ただの強がりでしかないのは明らかだった。
「へぇ?だったら入っても問題ないってことだな・・気分が落ち着いてきたから、行くとするか・・」
「ちょっと待て!まだ参ってるはずだ!まだ休め、まだ!」
呼び止める結花だが、一矢は彼女を引っ張ってオバケ屋敷に向かっていく。2人のやり取りを見て、牧樹と祐二が笑みをこぼす。
「あちらはにぎやかだね・・」
「そうですね・・私たちも行きましょうか・・」
「牧樹さんは大丈夫、お化け屋敷は?」
「度合いによりますが、大丈夫だと思います・・」
祐二の呼びかけに牧樹が頷く。2人も結花と一矢に続いてオバケ屋敷に入っていった。
薄暗い道を歩いていく結花と一矢。結花は一矢以上に緊張感を膨らませていた。
「思ったより怖さがあるな、ここのオバケ屋敷は・・」
「よ、余計なことを言うな・・だ、黙っていろ・・・」
呟きかける一矢を黙らせる結花。彼女は周囲を見回して、オバケが出てくるのを警戒する。
彼女が前に視線を戻したときだった。タイミングよくオバケが飛び出してきた。
「ぎゃああぁぁぁーーー!!!」
オバケ屋敷の中に、結花の悲鳴がこだました。その声は後から進んでいた牧樹と祐二にも届いていた。
「今の、結花の声・・・オバケ屋敷、苦手だったのかな・・・?」
不安を覚える牧樹だが、祐二は微笑みを絶やしていなかった。
「大丈夫だよ・・僕がそばについているから・・・」
「ありがとうございます・・祐二さん・・・」
優しく声をかけてくる祐二に、牧樹も微笑んで頷いた。飛び出してくるオバケに驚かされる彼女だが、祐二に支えられて震えを抑えることができた。
祐二の優しさを改めて感じて、牧樹は安らぎを抱いていた。
オバケ屋敷に完全に参ってしまい、今度は結花がグロッキーになっていた。
「いつもの強気なお前はどこに行っちゃったんだ・・・?」
「うるさい・・これ以上言うと始末するぞ・・・」
からかってくる一矢に結花が文句を言う。だが彼女のその語気は完全に弱くなっていた。
「そういえばあの正統派カップルは?」
「牧樹たちのことか?・・観覧車のほうに行ったみたいだぞ・・・」
一矢が投げかけた問いかけに、結花が声を振り絞って答える。
「じゃ、気分転換にオレたちも観覧車に行くか・・」
「いいだろう・・たまにはそういうのも悪くなさそうだ・・・」
一矢の呼びかけに結花はあえて賛同するのだった。
牧樹は祐二に観覧車に乗りたいと申し出た。それを聞き入れた祐二とともに、彼女は観覧車に乗り、そこから見える景色を楽しんでいた。
「高いところからの景色はいいですね、祐二さん・・」
「僕もそう思うよ・・僕は清和島に来て短くないけど、こうして見る景色は何度も見てもいい・・」
感嘆の声を口にする牧樹と祐二。
「島や学園には慣れたかな、牧樹さん?」
「はい・・まだまだ大変なこともありますけど、すっかり慣れました・・・」
祐二の声に牧樹が微笑んで答える。彼女は今まで胸の中に秘めていたことを、祐二に切り出した。
「祐二さん・・・祐二さんは、どうして私にそこまで親切にしてくれるのですか・・・?」
「えっ・・・?」
「確かに私は、祐二さんに助けてもらって、とても嬉しいです・・でも、そこまで私に親切にしてくれるのはなぜなのか、気になってしまって・・・ゴメンなさい、失礼なことを聞いてしまって・・・」
牧樹が気まずさを感じて頭を下げる。しかし祐二は笑顔を絶やさずに答える。
「失礼なんてことはないよ・・ただ、これは僕の性分みたいだ。いい意味でも悪い意味でも優しすぎる。真二にもよく言われてる・・」
「そうなんですか・・・?」
「誰にでも親切にしている・・そういうのは恋愛ではよくないことだってね・・そんな僕のほうが、牧樹さんに迷惑をかけているんじゃないかって・・」
「そんなことないです!心の底から親切にしている人に悪い人はいません!少なくとも祐二さんは悪い人ではないです!」
自分を責める祐二に、今度は牧樹が弁解を入れる。力が入るあまり、彼女は目から涙を浮かべていた。
気持ちを落ち着けた祐二が、牧樹の肩に優しく手を添えてきた。
「ありがとう、牧樹さん・・・そこまで言ってもらえて、僕もとても嬉しいよ・・・」
「牧樹さん・・・」
祐二の言葉に励まされて、牧樹は安らぎを覚える。ここまで安らぎを感じることができたのは、彼女にとって初めてのことだった。
「祐二さん、私、これからも頑張ります・・そして必ず、祐二さんに恩返しします・・・」
「そんな、大げさだよ、アハハハ・・・」
牧樹の決意を聞いて、思わず笑みをこぼす祐二。それを見て牧樹も笑顔を見せていた。
やがて観覧車は1周して、牧樹と祐二が降りる。安らぎと喜びを胸に秘める2人。
だがそんな牧樹と祐二を、1人の少女が待ち構えていた。ふんわりとした少し変わったオレンジのツインテールをしていて、幼さの残る少女である。
「アンタね、獅子堂風音をやっつけた人の1人なのは・・」
少女が妖しく微笑みながら声をかけてくる。その言葉に牧樹が不安を覚え、祐二が疑問符を浮かべる。
(風音さんのことを知っているってことは、もしかしてブレイディア!?・・・ダメ・・祐二さんの前で戦うなんて・・・!)
牧樹は力を使うことを懸念していた。彼女は祐二を巻き込むことを快く思っていなかった。
「どんな強さなのか、ちょっと見せてくれないかな?」
「祐二さん、逃げてください!」
「えっ・・?」
少女が笑みを消すと、牧樹が祐二に呼びかける。彼女が動き出した瞬間、少女が光の剣を手にする。両端に刀身が出ている剣である。
「逃げちゃってもいいのかな?」
少女が牧樹に言いかけると、剣の切っ先を祐二に向ける。不可思議な事態に直面して、祐二は緊迫して動けなくなる。
「祐二さん、こっちです!」
牧樹が祐二の手を取って、急いでこの場から駆け出す。それを見て少女がさらに笑みをこぼす。
「その人を連れてどこまで逃げられるかな、赤澤牧樹ちゃん・・」
少女は牧樹と祐二を追いかけていく。牧樹は人のいないほうに向かいながら、携帯電話を取り出す。
「もしもし、結花!すぐに来て!」
結花との連絡を行っていた牧樹。だが彼女と祐二の前に、少女が回りこんできた。
「この私、天海いちごから逃げられると思ったら大間違いなんだから・・・!」
少女、いちごが剣を振り上げて、牧樹たちに飛びかかる。
「牧樹さん!」
祐二が牧樹を引き寄せて、いちごの攻撃をかわす。そのブレイドはその先の木を切り倒していた。
必死に逃げる牧樹と祐二。だが2人がたどり着いたのは、海原の広がる崖の上だった。
「もう鬼ごっこはできないわね・・戦わないと、2人とも助からないよ・・」
いちごが笑みをこぼして、剣の切っ先を牧樹に向ける。それでも牧樹は自分のブレイドを出すことを躊躇する。
「そんなに戦いたくないって言うなら、2人仲良くあの世に逝かせてあげるわよ!」
いきり立ったいちごが飛びかかり、祐二が牧樹を抱えて彼女の剣をかわそうとする。だがその途端に2人は足を踏み外し、崖下の海に落ちてしまった。
「落ちちゃったか・・惜しいことしたなぁ・・・」
ため息をつくいちごが、ブレイドを消して立ち去っていった。
牧樹から連絡を受けた結花がベンチから立ち上がる。その様子を一矢が気にする。
「どうしたんだ?」
「お前はそこで待っていろ。すぐに戻ってくる・・」
「何だよ、つれないなぁ・・どこに行くっていうんだ?」
「いいからそこにいろ!ついてきたら葬り去る!」
にやけ顔で言いかける一矢に、結花が怒鳴りかける。唖然となる一矢を一瞥すると、結花は牧樹のところに向かおうとする。
だが彼女の前に1人の女性が立ちはだかってきた。長い黒髪をひとつに束ねた、慄然さをかもし出している女性である。
「青山結花というのはお前か?」
「お前は何者だ?私は行くところがあるのだが・・」
訊ねてくる女性に、結花は警戒の眼差しを送る。すると女性は表情を変えずに続ける。
「私は萩野みどり。プルートに身を置くブレイディアだ。」
「何っ!?」
女性、みどりが口にした言葉に、結花が声を荒げる。プルートのブレイディアが、新たに結花と牧樹に迫ってきていた。
次回
牧樹「もー、せっかくいいところだったのにー・・」
結花「そんなに悔やむほどにまで発展していたか?」
牧樹「そっちは全然ダメダメだったじゃない・・」
結花「そんなことはないぞ。
私もそれなりにいい雰囲気だったぞ・・」
牧樹「もしかして、妬いていたりして・・」
結花「それは絶対にない!」