ブレイディア 第11話「闇夜の決闘」
風音に追い詰められる牧樹。だが風音が伸ばしたブレイドの触手は、牧樹ではなく結花を捕まえていた。
「あら?捕まえる順番が変わったみたいね・・」
「結花さん!」
笑みをこぼす風音と、悲鳴を上げる。結花を絡め取った触手から熱気があふれ出し、彼女の身につけている衣服を引き剥がす。
「綺麗な体をしてるわね・・血と力のほうも澄んでいるのかしら?」
「貴様・・そうやって女を裸にして何が面白い・・・!?」
妖しく微笑む風音に結花がうめく。
「その威勢のよさ、これからは私が有効活用してあげるから・・」
風音が目つきを鋭くすると、触手の1本が結花の胸元に突き刺さる。目を見開く結花から、触手は生き血を吸い取っていく。
「結花さん!」
結花を助けようと、直美が剣を具現化させて飛び出す。だが別の触手が伸びて、直美さえも捕まえてしまう。
「邪魔しないでもらえる?今とても大事なところだから・・」
直美に向けて言いかける風音。牧樹は恐怖を膨らませて、戦おうとしない。
風音のブレイドに血を吸われて、結花は徐々に力を失っていく。
「あなたほどの力を手に入れれば、並のブレイディアも軽く倒せる・・」
風音が力の実感を覚えて勝ち誇った。だが直後、彼女は鋭い殺気を感じて、とっさに後退する。
風音が先ほどまでいた場所に、一条の刃が飛び込んできていた。その剣を握っていたのは姫子だった。教師間で夜間パトロールが行われており、この夜、この時間は姫子の担当だった。
風音のブレイドが緩み、結花が触手から解放される。落下する彼女を、同じく解放された直美が受け止める。
「結花さん、大丈夫ですか!?」
「・・私は大丈夫だ・・この程度のことで、力尽きる私ではない・・・!」
呼びかける直美に、結花が強気な態度を見せる。立ちはだかる姫子に、風音が鋭く見据える。
「私は邪魔されるのが1番嫌いなの・・すぐに消え失せないと、八つ裂きにするわよ・・・!」
「特殊なブレイドを使うようだが・・容易く八つ裂きにされるほど、私はやわではないぞ・・・!」
苛立ちを見せる風音と、鋭く言いかける姫子。地面から伸びてきた黒い触手を、姫子は手にしている剣を振りかざして、全て振り払う。
手強さを見せる姫子に、さらなる苛立ちを見せる風音。だが彼女は、長引くとまずいことも分かっていた。
「今夜はここまでね・・でも私は狙った獲物は逃がさない・・次はあなたたち全員の力をもらうからね・・」
風音は姫子に言いかけると、跳躍して夜の闇の中に消えていった。危機が去って、直美が安堵を覚える。
この一部始終の中、沈痛の面持ちを浮かべていた牧樹。姫子は険しい表情を浮かべて彼女に近づき、頬を叩く。
「戦おうとせず、守ろうともせず・・何をやっていたんだ、お前は!?」
「先生・・・」
怒鳴りかける姫子に戸惑いを浮かべて、牧樹が叩かれた頬を押さえる。
「戦いたくないからといって、仲間を見殺しにしていいと思っているのか!?戦いたくなくても、守りたくないわけではないだろう!」
姫子に叱りつけられて、牧樹は言葉が出なくなる。
「先生、今は結花さんを病院に連れて行くのが先ですよ・・」
そこへ直美に声をかけられて、姫子が我に返る。
「そうだったな・・事情は病院で聞くことにする・・・」
姫子の言葉に直美が頷く。貧血のため、結花はその後意識を失った。
病院での療養で一命を取り留めた結花。彼女のいる病室で、直美が姫子に事情を説明した。
「なるほど・・ブレイドの力を高めるために、人を襲って血を奪っているということか・・被害者が裸だったのは、ブレイドの熱気にやられたため・・」
「すみません・・私、何もできなくて・・・」
頷く姫子に、直美が沈痛の面持ちを浮かべる。すると姫子が直美の肩に手を添える。
「君が悪いわけではない・・これ以上、学園の生徒を犠牲にするわけにはいかない・・・」
「山吹先生・・・」
「君と赤澤くんは青山くんのそばについていてくれ。私が必ずヤツを捕まえる・・・」
戸惑いを見せる直美に微笑むと、姫子は病室を出て行った。彼女の姿が見えなくなったところで、直美が結花に目を向ける。
「アイツは出て行ったようだな・・」
すると結花が声をかけてきた。先ほど意識を取り戻していた彼女だが、姫子がいたために寝たふりをしていた。
「体は大丈夫なんですか、結花さん?・・お医者さんは、命に別状はないって言ってましたが・・・」
「こんなのはかすり傷に過ぎない・・これまでもこのような怪我など、何度も受けてきた・・・」
直美の心配の声に、結花が強気な態度を見せる。
「このままあの女の好き勝手にされると、私としてもいい気分がしないからな・・次は必ず仕留めてやる・・」
「ちょっと待ってください!貧血で死ぬかもしれなかったのに、戦うなんてムリですよ!」
病室を出ようとする結花を、直美が声を荒げて制止する。しかし結花は考えを変えない。
「ムリだろうとやらなければならばい・・これ以外にプルートを追い詰める術はない・・」
結花の言葉に直美が困惑する。その傍らで、牧樹は姫子の言葉を思い返していた。
“戦いたくないからといって、仲間を見殺しにしていいと思っているのか!?戦いたくなくても、守りたくないわけではないだろう!”
(そう・・私が力を使おうとしなかったから、結花が傷ついた・・私に何とかできる力があったのに・・)
怖さのあまりに何もしなかった自分を責める牧樹。
(今でも怖い・・ブレイドが折れて消えてしまうのが・・・でもそれ以上に、私のせいで誰かが傷つくのが、もっと怖い・・・)
「私があの人を止めるよ・・・!」
牧樹が言葉を切り出すと、結花と直美が振り返る。
「今、あの人を何とかできるのは私しかいない・・私がやるしかない・・」
「お前にやれるのか?お前はあのときから、ブレイディアの力に恐怖してきた。そのお前に、ヤツとまともに戦えることができるのか・・?」
言いかける牧樹に結花が冷徹に言いかける。
「やれる・・やってやる・・私の力でみんなを守れるなら、私はやってやる!直美ちゃんも、祐二さんもみんな守る!」
「そこまで言い切るようになったか・・ならやってみせろ。だが私もやってやる。このままやられて終わる私ではない・・」
決意を告げる牧樹に、結花が不敵な笑みを見せる。
「そこまで言うのでしたら・・結花さんの傷を、私に移します・・」
そこへ直美が結花に呼びかける。
「結花さんにいつも助けてもらってばかりです・・だから恩返しがしたいんです・・・」
「フン。勝手にしろ・・・」
切実に言いかける直美に、結花が憮然とした態度を見せる。その答えを聞いて、直美も牧樹も微笑んだ。
その翌日の夜。風音の行方を追って、姫子は夜道を歩いていた。彼女は五感を研ぎ澄まして、周囲の動きを細大漏らさず感じ取ろうとしていた。
(この近くに、ヤツは必ず潜んでいるはずだ・・そこを叩く・・・)
思考を巡らせながら、姫子はさらに捜索を続ける。彼女は夜道の先の小さな広場に足を踏み入れた。
そのとき、姫子はとっさに跳躍する。足元から伸びてきた触手を、彼女は気付いてかわしたのである。
「このような人の目の付きやすい場所で襲ってくるとは、大胆不敵だな・・」
着地した姫子が振り返らずに背後に声をかける。ブレイドを手にした風音が姿を現す。
「気付いてたみたいね・・そうでなくちゃね・・」
「お前は冷静沈着であるように見えるが、獲物を狙う野獣のような殺気がむき出しになっている・・私ほどならば嫌でも気付くほどのな・・」
妖しく微笑む風音に、姫子が淡々と言いかける。
「これ以上貴様に、学園の生徒を傷つけさせるわけにはいかない・・生徒を守るためならば、私は人殺しの罪を背負うことも厭わない・・・!」
「言ってくれるじゃない・・そっちのほうがやりがいが出てくるけどね・・・!」
互いに鋭く言いかける姫子と風音。姫子も自分のブレイドを出して、ようやく風音に振り返る。
2人は同時に飛び出し、振りかざした剣をぶつけ合う。姫子の大型の剣とは対照的に、風音の剣は細身かつ鞭のような変則的な攻撃も可能としていた。
「重みのある剣ね。力勝負じゃ私に分が悪いかも・・でもね・・」
風音が剣を振りかざすと、その刀身が鞭のようにしなる。
「私は素直に真っ向勝負なんてしないわよ・・・!」
その刀身が姫子を背後から伸びていく。姫子は体をひねって剣を振りかざし、風音の剣を弾く。
だが、姫子の下の地面からいくつもの触手が伸びてきた。姫子は剣を振りかざしてなぎ払うが、その隙を突いてきた風音が放った剣の一閃が、姫子の左肩をかすめた。
「くっ!」
一瞬うめく姫子。風音が攻め立てようと、剣と触手を操る。
そのとき、別の刃が飛び込んで触手をなぎ払った。その瞬間を目にして、姫子が風音の剣を跳ね返して、彼女との距離を取る。
「できることなら、生徒に戦ってほしくないのだが・・」
着地した姫子が落胆の言葉を口にする。彼女が視線を向けた先には、結花と牧樹の姿があった。結花が飛び込んで剣を振りかざしたことで、風音の出した触手を切り裂いたのだった。
「ヤツには借りがあるからな。このまま引き下がるつもりはない・・」
「青山・・お前というヤツは・・・」
「だがどうやら、私よりもヤツの相手をしたいのがいるようだが・・」
結花は姫子に言いかけると、風音の後ろにいる牧樹に目を向ける。風音も牧樹に振り返って、妖しい笑みを浮かべる。
「あのとき怯えていた子ね・・邪魔せずにあの2人の血と力が私のものになるのを見ていてちょうだい・・」
「・・・すみませんが、私はあなたを止めます・・・」
真剣な面持ちを見せている牧樹に、風音が眉をひそめる。
「あなたはたくさんの人を傷つけてきました・・そのあなたを、私は許すことができません・・・!」
「言うようになったわね・・そんなに私の相手をしてほしいの・・・!?」
目つきを鋭くした風音が、手にしている剣の切っ先を牧樹に向ける。だが牧樹は動じる様子を見せない。
「もう誰も傷つけさせない・・私のせいでみんなが傷つくくらいなら、私が戦って、傷ついてやるんだから!」
言い放つ牧樹が、自分の剣を出現させた。手にした剣を構えて、牧樹が風音を見据える。
「あなたは後回しにするつもりだったけど・・あなたから相手をしてあげる・・」
いきり立った風音が牧樹に飛びかかる。彼女が振り下ろしてきた剣を、牧樹が自分の剣を掲げて受け止める。
「あなたも大きい剣を使うのね・・でも私には通じないわよ・・」
風音が言いかけると、足元から触手を伸ばす。牧樹はとっさに風音を突き飛ばそうとするが、彼女に踏みとどまられ、逆に触手に両腕両足を縛られてしまう。
「捕まえた。このままあなたの血と力をいただいて・・」
風音が触手に意識を集中しようとしたときだった。剣を手にした結花が飛び込んでの突きを仕掛け、風音が跳躍して回避する。
「これは真剣勝負ではない。牧樹にかまけていると、私に仕留められるぞ・・」
「鬱陶しくされるのは好きではないの・・大人しくしなさいよね!」
不敵に言いかける結花に風音が苛立ちを見せる。飛び込んできた結花の剣を受け止めると、風音が彼女に平手打ちを見舞う。
「くっ!」
うめく結花だが、怯むことなく風音につかみかかる。風音は体勢を崩し、結花とともに落下する。
「牧樹、今だ、やれ!」
結花に呼びかけられて、牧樹が構えを取る。だが一瞬、牧樹は迷いをよぎらせた。
(誰も傷ついてほしくない・・私も傷つきたくない・・・でも!)
その迷いを振り切り、牧樹が風音に向けて剣を振りかざす。結花を突き飛ばす風音だが、牧樹の一閃を左肩に受ける。
怯みながらも着地する風音。だがそこへ姫子と結花が飛び込んでくる。
姫子の剣を受け止めたが、結花の突きを左腰に受けて風音が顔を歪める。
「ぐっ!・・この私に・・この私に負けなど・・・!」
激昂する風音が剣を地面に突き刺す。すると地面から無数の触手が突き出してくる。
「もうやめて!あなたのやっていることは間違っているんだから!」
そこへ牧樹が振り上げていた剣を、思い切り地面に叩きつける。その衝撃がかまいたちのような一閃となり、触手を、さらには風音をも吹き飛ばしていく。
「ぐうっ!」
痛烈な衝撃に押されて、風音がうめく。腰の傷の痛みにも襲われて、彼女は立ち上がることもままならなくなっていた。
その彼女の前に結花が立ちはだかる。結花は風音に鋭い視線を向けていた。
「諦めることだな。これで終わりだ・・」
「終わりではないわよ。まだ私はあなたたちに牙を向けてるんだから・・」
言いかける結花に風音が不敵な笑みを見せる。
「命乞いは聞かないぞ。だまし討ちも平気で使いそうだからな・・もっとも、命乞いもしそうにないか・・」
「そんな必要はないわ。なぜなら何もかも私の手の内になっているもの・・」
「何でも自分の思い通りだといいたいのか・・ずい分と思い上がったことだな・・・!」
あざ笑ってくる風音に、結花が目を見開く。
「何もかも、お前の思い通りになると思ったら、大間違いだぞ!」
結花が剣を振り下ろし、風音の体を貫いた。胸を刺された風音が即死し、目を開けたまま動かなくなる。
「思い通りになっているなら、私もこんな苦痛を味わうことがないのに・・・」
自分に降りかかっている悲劇への嘆きを呟く結花。風音から剣を引き抜いた結花に、牧樹が駆け寄ってきた。
「結花・・・」
「お前にしては上出来だ、といっておこうか・・」
戸惑いを見せる牧樹に、結花が淡々と言いかける。
「でもやっぱり、私には人殺しなんてできないよ・・それだけはどうしてもできない・・」
「フン。どこまでも甘いことだな・・だがお前らしい・・・」
自分の正直な気持ちを口にする牧樹に、結花が笑みをこぼす。
「お前の力だ、好きにしろ・・私の邪魔をしなければそれでいい・・」
「ちょっと・・さっきから私のことを“お前”って・・私には赤澤牧樹って名前があるんだからね・・」
牧樹が結花に向けて不満を口にする。
「そうか・・・ならば遠慮なく呼ばせてもらうぞ、牧樹・・・」
結花の返答が意外に思えて、牧樹は唖然となる。バイクに乗って走り去っていく結花を見送って、牧樹は微笑んだ。
暗闇に満たされた部屋の中。その部屋の中心に1人佇んでいる女性がいた。
「風音がやられたみたいね・・・」
その部屋に少女がやってきて、女性に声をかけてきた。
「せいせいしたわ。あの女、自分勝手で自分1番みたいな態度ばっか見せちゃって・・」
「口を慎め。プルートのブレイディアが死んだのだぞ。」
「それがどうしたの?あたし、あの女を仲間だって思ったことなんて、最初からこれっぽっちも思ってないんだから・・」
女性が言いかけるが、少女は態度を改めない。
「でもあの女を倒すブレイディアには興味があるわ・・あたしもそろそろ運動したいと思ってたし・・」
「気をつけろ。ヤツらは風音を倒したヤツだ。それに他にもブレイディアはいるからな・・」
「フン。余計なお世話よ・・」
女性の忠告を跳ね除けて、少女は部屋を飛び出す。結花たちを狙って、プルートのブレイディアが本格的に動き出そうとしていた。
次回
牧樹「やっと結花に名前で呼んでもらえた・・・
こんな嬉しいことはないわ・・・」
直美「本当に嬉しそうですね、牧樹さん・・」
牧樹「もしかしたら、結花とあんなことやこんなことや・・・」
結花「何を企んでいるのだ、お前は!?」