ブレイディア 第10話「最強の17歳」

 

 

 清和島の夏の夜。街灯と月明かりに照らされた道を、式部学園の女子が1人歩いていた。

「すっかり遅くなっちゃったよ・・帰るまでに先生に出くわしちゃったらどうしよう・・・」

 不安を噛み締めながら、女子は急ぎ足で進んでいく。やがて女子寮が目前というところまで彼女は来た。

 そのとき、どこからか不気味な声を耳にして、女子は恐怖のあまりに足を止める。

「な・・何・・・?」

 声を発しながら周囲を見回す女子。しかし周囲には人がいる様子が感じられなかった。

 気のせいと思い、女子は改めて女子寮に向かおうとした。

 そのとき、女子のいる場所の地面から何かが飛び出してきた。触手のようなそれは、女子の体を一気に絡め取った。

「キャアッ!」

 悲鳴を上げる女子。彼女は必死に触手から逃れようとするが、触手は彼女の体に深く食い込んできていた。

 さらに触手から荒々しい熱気があふれてきた。その熱気による衝動で、女子の着ていた衣服が引き剥がされる。

「イヤッ!放して!イヤアッ!」

 さらに悲鳴を上げる女子。彼女の裸身の胸元に、触手の1本が突き刺さった。

「あ・・ぁぁぁ・・・!」

 刺された女子があえぎ声を上げる。触手は彼女の体から血を吸い取っていた。

 やがて声を上げることもできなくなる女子。彼女が脱力してだらりとなると、触手は彼女の体から離れていった。

「ウフフ・・もっと力を上げていかないとね・・・」

 横たわる女子を見下ろして、妖しく微笑む女性の姿がそこにあった。

 

 夏休みに入った式部学園。だが清和島では怪奇な事件が続発していた。

 被害者は全員若い女性。その全員の血がなくなっていることから、「吸血鬼殺人事件」と呼ばれていた。

 女性は全員全裸にされ、胸元から血を抜き取られていた。犯人の正体も行方もつかめていない状態で、人々に不安を植えつけることとなった。

「殺人事件・・とんでもないことが起こっていますね・・・」

 この事件に直美が不安を浮かべる。彼女の言葉にも、牧樹は沈痛さを拭えないでいた。まだブレイディアの宿命を気にしていたのだ。

「あまり思いつめるのはよくないですよ、牧樹さん・・私にも牧樹さんの気持ちは、十分に分かりますけど・・・」

 直美が牧樹に向けて言いかける。

「私も怖いです・・私も、あんなふうに消えてしまったらって思うと・・・でもそんな私に勇気をくれたのは、牧樹さんと結花さんですよ・・」

「私が・・・」

「誰だって、怖いものは怖いです・・その怖さに立ち向かうことこそが勇気なんだって、牧樹さんたちと出会って、思うようになったんです・・」

 感謝の言葉を口にする直美に、牧樹が戸惑いを浮かべる。自分が直美に言ったことを、牧樹は思い知らされていた。

「でも、命が消えるかもしれないのに・・そう簡単に割り切ることなんて・・・」

「まだ縮こまっているのか、お前は・・・?」

 再び落ち込む牧樹に声をかけてきたのは結花だった。

「戦うことは命懸けでならなければならない。それだけの覚悟がなければ早死にする・・それはブレイディア以外にもいえることだ・・」

「そんなムチャクチャなこと・・・」

 淡々と言いかける結花に、牧樹は気落ちするばかりである。2人のやり取りを見て、直美も困惑していた。

「2人とも、ケンカしたらいけないわよ・・」

 そこへ声をかけられて、結花たちが振り返る。3人の前にはレモン色のふわりとした髪の女性が微笑みかけていた。

「き・・きれい・・・」

「まさに、大人の女性・・・」

 牧樹と直美がその女性に魅入られて頬を赤らめる。しかし結花は女性に鋭い視線を向けていた。

「お前は誰だ?学園の人間ではないようだが・・?」

「そうね・・先日清和島を訪れたからね・・・」

 鋭く問いかける結花に、女性が妖しく微笑んだまま答える。

「ここで会えたのも何かの縁・・私、獅子堂(ししどう)風音(かざね)よ・・」

「私は牧樹・・赤澤牧樹です・・」

「萌木直美です・・・」

 自己紹介をする女性、風音に、牧樹と直美も挨拶する。そして風音が結花に手を差し伸べてくる。

「悪いが、私は馴れ馴れしいのは嫌いでな。お前と戯れるつもりはない・・」

「・・ずい分と礼儀がなってないのね、あなた・・・」

 鋭い視線を向ける結花に、風音が眼つきを鋭くする。表向きには冷静、優雅な風音だが、その実態は短気で喧嘩っ早い。

 今、結花と風音が不敵な笑みを浮かべつつ、互いに敵意を向け合っていた。その対立に牧樹と直美が動揺していた。

「これだけは言っておくわね・・私、17歳だから・・」

「17歳・・・?」

 風音が優雅に言った言葉の意味が分からず、牧樹たちが唖然となる。彼女たちの反応を気に留めず、風音はきびすを返してこの場から去っていった。

「何だったのでしょう、あの人・・・?」

 直美が呟くように言いかけるが、牧樹は唖然となったまま答えない。だが結花は風音に対して、真剣な面持ちを浮かべていた。

「どうしたのですか、結花さん・・・?」

「あの女・・ただならぬものを感じる・・並外れた殺気や、血のにおいが・・」

 直美の問いかけに結花が答える。彼女は風音に対する警戒心を強めていた。

「あちゃ〜・・もう行っちゃったのか、あの美人さん・・」

 そこへ一矢が息を切らして駆け込んできた。彼は近くで風音を見つけ、声をかけようと追いかけてきたのだった。

「またお前か・・アイツの色仕掛けにつられてきたのか・・?」

「悪いか?あんなきれいな大人のお姉さんに誘われたら、たとえ地獄の果てまでも〜!」

 ため息をつく結花と、風音に対して喜びをあらわにする一矢。

「お前、とことん利用されるタイプだな・・絶対尻に敷かれる・・・」

 狂喜乱舞する一矢に、結花は呆れ果てていた。

 

 それから直美は、この事件について姫子に聞くことにした。姫子はこの日は学園に足を運んでいた。

「そのことなら私も耳にしている・・我々も生徒たちの保護に悩まされている・・」

「ハデスの仕業なのでしょうか?・・こんな殺人まで起こすものまで出てくるなんて・・・」

 姫子が言いかけた言葉に、直美が困惑を見せる。そこで姫子が、牧樹が未だに落ち込んでいるのを目にする。

「まだ戦うことについて悩んでいるのか・・・?」

 姫子が訊ねるが、牧樹は視線をそらして何も答えない。その反応を図星と見て、姫子はさらに言いかける。

「戦い、傷つくことを恐れない戦士はいない。仮にいたとしても、それが過信となってその者の寿命を縮める・・だが、逆に怯えすぎてもそれは同じだ・・自分の身さえも守れないのと同じだからな・・」

「でも・・だからって傷つけていい理由になんて・・・」

「怯えるな・・同時に命の大切さを自覚しろ・・それが、生きるということだ・・・」

 姫子の飛ばす檄に、牧樹は戸惑うばかりだった。命懸けで生きることに、彼女はまだ不安になっていた。

「せっかくの夏休みだ・・気持ちを落ち着ける意味を込めて、しっかりと休んでおくといい・・体も、心も・・・」

「そうだよ、牧樹さん・・牧樹さんは転校してきたから、いろいろ大変なところがあったし・・」

 姫子に続いて直美も牧樹を励ます。微笑んで頷く牧樹だが、その笑顔が作り物であることは誰の目にも明らかだった。

 

 それから牧樹と直美は姫子と別れ、学園の正門にいた結花と合流する。彼女は姫子に説教されるのが嫌だったため、学園には入らなかったのである。

「結花さんも入ればいいのに・・山吹先生、いい人ですよ・・」

「アイツは口うるさい・・相手にすると時間を無駄に浪費する・・」

 直美が言いかけるが、結花は憮然とした態度を見せるだけだった。

「もしかすると、プルートに属する者が動き出しているのかもしれない・・」

「どういうことですか?・・プルートはいつも、私たちの見えないところで動いているって・・?」

 言いかける結花に直美が疑問を投げかける。

「プルートの中にもブレイディアはいる。だがプルートは一枚岩というわけではない。プルートに属しながら私欲に走り、プルートがあえて見逃していることも珍しくない・・つまり、勝手に動いている者も存在しているわけだ・・」

「それじゃ、そのプルートのブレイディアが、今回の事件を・・・」

「確証はない。だが可能性がないとも言い切れない・・だから調べる必要がないわけではない・・」

 結花が語りかける言葉に、直美が納得して頷く。

「では私は行くぞ。群がる趣味は私にはないのでな・・」

 結花はそう告げると、牧樹と直美の前から立ち去っていった。

「結花さん・・・」

 結花の後ろ姿を見つめて、直美は戸惑いを浮かべる。牧樹は思いつめてうつむいたままだった。

「どうしたのかな、2人とも・・?」

 そこへ祐二が真二とともにやってきて、牧樹と直美に声をかけてきた。

「祐二さん・・・」

 祐二の登場に牧樹が戸惑いを見せる。祐二は彼女に対して笑顔を絶やさなかった。

「最近、おかしな事件が続いて落ち着かなくなるのもムリないね・・でもこういうときこそ、元気で笑顔でいないと・・」

「祐二さん・・・本当にすみません・・こんな私に、ここまで心配してくれて・・・」

 励ましの言葉をかける祐二に、牧樹が物悲しい笑みを浮かべる。

「兄さんも人がよすぎだって・・こんな兄さんにここまで優しくされる牧樹ちゃんに、オレ、嫉妬しちゃうかも・・」

 そこへ真二が気さくに口を挟んできた。

「おいおい、真二・・あんまりからかってると嫌われ者になるよ・・」

「げっ、それはまずいなぁ・・」

 祐二がかけた言葉に気まずくなる真二。そのやり取りに直美が笑みをこぼしていた。

 

 その後、牧樹と直美は祐二と真二と別れて、式部海岸と人気を二分する海辺、清和海岸を訪れていた。その浜辺で、牧樹は沈む夕日を見つめていた。

「きれいですね、夕日・・こんなにきれいな夕日が見られるなんて・・・」

「そうだね・・最近は忙しかったから、こうして見るのは久しぶりになるんだけどね・・・」

 直美が声をかけると、牧樹が微笑んで答える。牧樹は気持ちを落ち着けてから、直美に話を切り出した。

「昔私が住んでた家も、近くに海があったの・・その海からいつも夕日が見えてた・・悲しいことや辛いことがあったとき、いつもその夕日を見てた・・・」

「その夕日を、この清和島でも見れたんですね・・・」

「うん・・夕日を見て泣いたら、いつも元気を取り戻せてた・・でも、今回はうまくいくかどうか・・・」

 直美に語りかける牧樹が、沈痛の面持ちを浮かべる。彼女の目からうっすらと涙が流れ落ちてきていた。

「大丈夫ですよ、直美さん・・今度も、この辛さも夕日がさらっていってしまいますから・・・」

「直美ちゃん・・・そうだといいんだけど・・・」

 励ます直美に牧樹が微笑みかける。それでも牧樹に元気は戻っていなかった。

 

 吸血鬼殺人事件。その裏にプルートのブレイディアの影があると見て、結花はバイクを走らせていた。

 しかし昼間での犯行は確認されていないことを確かめるに留まっていた。

「やはり夜にならなければ犯行をしないか・・」

 結花は呟きながら、広げていた地図に目を通していた。地図には事件が起きた地点に印が付けられていた。

 犯行場所はある地点から同じ距離の地点で行われていた。その地点は、式部学園女子寮だった。

「女子寮・・・ブレイディアは女子の1人か・・それとも女子に濡れ衣を着せようとしているのか・・・」

 呟きながら思考を巡らせる結花。

「次に事件が起こるとしたら・・清和海岸付近か・・」

 思い立った結花は、地図をしまってバイクで再び公道を進んでいった。

 

 すっかり日も暮れて、淡い光だけが道を照らしていた。その夜道を牧樹と直美は歩いていた。

「暗くなってしまったよ・・・ゴメン、直美ちゃん・・私のために遅くなっちゃって・・」

「私は大丈夫です・・女子寮はそんなに遠くないですから・・」

 謝る牧樹に直美が弁解する。

「急いで帰らないと・・殺人犯がこの辺りにいるかもしれないし・・」

「そうですね・・私たちも襲われないとは限りませんから・・」

 牧樹の呼びかけに直美が頷く。2人は寮に向けて足早になる。

 そのとき、2人の周囲の街灯が突如光をなくした。突然のことに牧樹と直美が不安を覚える。

「ま、牧樹さん・・・!?

「もしかして・・事件の犯人が・・・!?

 不安をあらわにする直美と、警戒して周囲を見回す牧樹。2人以外に人の気配はなくなっていた。

「いくらなんでも、こんな見通しのいいところで襲ってくるなんてこと・・・!?

 たまらず声を荒げる牧樹。しかし何かが迫ってくる様子はない。

「隠れてないで!いるならすぐに出てきてよ!」

 牧樹がたまらず夜の闇に向けて叫ぶ。直美も不安を徐々に膨らませていく。

 そのとき、2人の足元から触手のようなものが伸びてきた。

「牧樹さん!」

 それに気付いた直美が、牧樹を抱えて駆け出す。触手は2人を捕まえることなく、うろたえる。

「牧樹さん、大丈夫ですか!?

「う、うん・・でも、何、あれ・・・!?

 呼びかける直美に答えて、牧樹が触手の伸びたほうに視線を戻す。

「まさかよけられるなんてね・・少し腹が立つわね・・」

 そこへ声がかかり、牧樹と直美が振り返る。そこには妖しく微笑みかけている風音がいた。

「か、風音さん・・・!?

「久しぶりね、2人とも・・悪いんだけど、力を貸してもらえるかしら?」

 声を荒げる牧樹に、風音が声をかけてくる。

「あなたがこの事件を起こしていたのですか、風音さん・・・!?

「私には強い力がいるの。それを手に入れるためには、あなたたちの協力も必要なのよ・・だから、ね・・」

 問いかける牧樹に、風音が淡々と言いかける。彼女はゆっくりと2人に歩を進める。

 そのとき、突如明かりが飛び込んできた。その光に風音が一瞬目をくらまされる。

 バイクに乗ってきた結花が走り込んできた。彼女のバイクのライトが、風音の姿を照らしたのである。

「探りを入れていこうと思っていたのだが、既に姿を見せていたとはな・・」

「なかなかの逃げ足の獲物だったから・・少し驚きすぎたわね・・」

 声をかける結花に対し、風音は妖しい笑みを保ったままだった。

「お前、ブレイディアだな?それもプルート所属の・・」

「そこまで勘繰ってくるなんてね・・そんなあなたにひとつ教えといてあげる・・」

 問い詰めてくる結花に言いかける風音から笑みが消える。

「あんまり深追いすると、自分の首を絞めることになるわよ・・・!」

 鋭く言いかける風音がブレイドを出現させる。彼女の剣は血のように紅い色をしていた。

「私のブレイドは少し特殊でね。人の血を吸い取ることで強くなっていくのよ・・」

「そのために人を襲っていたのか・・姑息なマネを・・」

「それが私のやり方よ。私なりに強くなろうとする姿・・私の思い通りの形・・・」

 苛立ちを覚える結花だが、風音は淡々と言いかけるばかりだった。

「おしゃべりはここまでよ・・あなたたちの力もいただかせてもらうわ・・・」

 風音は笑みを消すと、困惑を浮かべている牧樹に向かって飛びかかる。風音が突き出した剣を、牧樹は体を後ろにそらしてかわす。

「私からは絶対に逃げられないわよ・・」

 風音は妖しく微笑むと、牧樹に向けて剣を振りかざす。その切っ先が頬に当たった牧樹が、体勢を崩して後ろの大木に寄りかかる。

「鬼ごっこは嫌いなの。だからこれでおしまい・・」

 風音は冷淡に告げると、握り締める剣に力を込めて、触手のように伸ばす。牧樹もやられることを覚悟して、目を閉ざす。

 だが、その黒き触手が捕らえたのは、牧樹ではなく結花だった。

「えっ・・・!?

 牧樹が目を疑う前で、結花が風音のブレイドに捕まり、高く持ち上げられた。

 

 

次回

第11話「闇夜の決闘(デュエル)」

 

牧樹「風音さん、本当にいくつなんですか?」

風音「だから17歳だって・・」

牧樹「信じられないです・・・」

姫子「赤澤くん、乙女が17歳といったら17歳だ。

   これ以上の追求は許さん。」

牧樹「山吹先生・・・」

 

 

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