ブレイディア 第9話「海辺の大波乱」

 

 

 ブレイドの破壊は、ブレイディアの消滅を意味していた。その事実を目の当たりにして、牧樹は意気消沈していた。

 何事にも身が入らなくなっている彼女を見て、すずめとさくらは困惑していた。

「牧樹ちゃん、ホントにどうしたのかな・・・?」

「何か、嫌なことがあったってことなのかな・・・?」

 牧樹の心境を察したいと思いながらも、それを直接聞く気持ちにもなれず、すずめとさくらも気落ちしてしまう。

「だったら何かの形で励ましてやればいいのではないの?」

 そこへぼたんが2人に声をかけてきた。

「そろそろ夏だから、海水浴に行くのもいいかもね・・」

「海水浴!?

「いいよね、海はー♪ひろーい海を楽しく泳いでー♪」

 ぼたんが口にした案に、すずめとさくらが喜びを見せる。

「ビーチバレー、スイカ割り・・」

「う〜♪今からワクワクしてきちゃうよ〜♪」

「もう・・あなたたちが浮かれ気分になってどうするのよ・・・」

 有頂天になっている2人に、ぼたんは呆れていた。

「もういいわ・・それで行きましょう・・・」

「わーい♪やったー♪」

 渋々頷くぼたんに、すずめとぼたんが大喜びをする。こうして牧樹は彼女たちに連れられて、海水浴に行くこととなった。

 

 式部海岸。清和島の南東にある式部海岸は、式部学園の所有地でありながら公共の場として開放されている。

 毎年夏になると、島の人々が海水浴に訪れてくる。

 その海での海水浴に、直美と結花も誘われていた。

「断る。」

 すずめとさくらに声をかけられての結花の即答がそれだった。しかし牧樹が元気になるには必要と言い寄られて、彼女は無理矢理引っ張られてきたのである。

「ハァ・・なぜ私が海に行って、他の連中と戯れなければならないのだ・・・」

 ため息混じりに不満を口にする結花。海岸は海水浴に来た人々でにぎやかになっており、その中には式部学園の生徒たちも大勢訪れていた。

 結花は全く海水浴に乗り気ではなかった。ただし水着を持っていないわけではなく、今着ている水着とスタイルのよさで、男女問わず視線を集めていた。

 憮然としている彼女に、直美が牧樹とともに歩み寄ってきた。

「すみません、結花さん・・無理矢理誘うのはよくないとは言ったのですが・・・」

「お前が悪いわけではない。悪いのは子供染みたあの2人だ・・」

 謝る直美に弁解してから、結花がすずめとさくらに敵意の眼差しを向ける。しかし海ではしゃいでいた2人は、その鋭い視線にも気付いていなかった。

 ふと結花と直美が牧樹に目を向ける。牧樹は未だに沈痛さを浮かべていた。

「まだ気にしているのか・・・?」

 声をかける結花だが、牧樹は何も答えない。

「私が引き返せといった理由のひとつが、ブレイディアのこの事実があったからだ・・この世の中、命を惜しくないと思っている連中は、ほんのひと握りだからな・・」

「ずるいよ、そんなの・・それなら最初からそういってくれれば、私も納得できたのに・・・」

「話せば関わらせることになる。安易な対応は、逆に相手を陥れることになるからな・・」

 不満を口にする牧樹だが、結花は淡々と答えるだけだった。その返答に牧樹はさらに落ち込んでしまう。

 そこへすずめとさくらが結花たちに駆け寄ってきた。

「ねぇねぇ、結花ちゃ〜ん♪一緒に泳ごうよ〜♪」

「せっかく海に来たんだから、泳がなくちゃ損だよ〜♪」

 2人が声をかけてくるが、結花は気まずそうな面持ちを見せる。

「私は入らない・・ここまで来てやっただけでも、ありがたいと思うことだな。」

「何言ってるの?海に来たのに泳がないなんてないって〜♪」

「みんなも待ってるから行こうよ〜♪」

 平静を装う結花だが、すずめとさくらに無理矢理引っ張られてしまう。

「あ、あの、そんな無理矢理は・・・」

 直美が止めに入るが、すずめもさくらも聞こうとしない。

「よ、よせ、やめろ・・私は泳ぐつもりは・・・!」

「よーし♪このまま海にダイブ♪」

「それー♪」

 徐々に慌てた様子を見せる結花を、すずめとさくらが海に向けて放り投げた。結花は抵抗できず、前から海に飛び込む。

 その直後、結花が海から顔を出して溺れ出す。この事態にすずめとさくらが唖然となる。

「も、もしかして・・・」

「泳げない・・カナヅチなの・・・?」

 もがいている結花を見つめて、2人は混乱に陥る。運動神経抜群の結花だが、泳ぎは苦手なのである。

「おい、知らなかったのか?アイツ、運動はできるけど泳ぐのだけはダメなんだよ・・」

 そこへ一矢が現れ、のん気そうに声をかけてきた。

「そんなにボーっとしてていいのか?どざえもんになっちゃうぞ・・」

「そうだ!大変!」

「急いで助けないと・・結花ちゃん!」

 一矢に声をかけられて、すずめとさくらが慌てて海に飛び込む。何とか結花は海から引き上げられて、難を逃れた。

 

 しばらくして結花は意識を取り戻した。起き上がった彼女を、すずめやさくら、ぼたんや一矢たちが見守っていた。

「私は・・・何をしていたんだ・・・?」

「海で溺れて、みんなに助けられたんだよ・・いつもクールな結花が、あんな姿を・・・」

 疑問を浮かべる結花に事情を説明しつつ、からかってくる一矢。それを聞いた結花が一矢を睨んだ後、溺れる要因を作ったすずめとぼたんを睨みつけてくる。

「ゴ、ゴメンなさい・・・」

「まさか泳げないとは知らずに・・・」

「お前たちのことは特に気にしてはいない・・だがやはりお前だけは許せん・・・!」

 謝るすずめとさくらに弁解すると、結花は一矢に視線を戻す。

「まさか、お前が人工呼吸をしたのでは・・・!?

「ち、違うって!やったのはオレじゃない!真田だって!」

 頬を赤らめつつ眼つきを鋭くする結花に、一矢も動揺しながら弁解する。だが結花に聞き入れてもらえず、一矢は彼女に追い掛け回される羽目になった。

 すずめたちが笑顔を見せ、ぼたんが呆れる。そんな中、牧樹は沈痛さを拭えずにいた。

「元気がないみたいだね、牧樹さん・・」

 そこへ祐二がやってきて、牧樹に声をかけてきた。彼のそばには姫子と真二の姿もあった。

「祐二さん・・・」

 声を振り絞る牧樹だが、元気のなさが露見してしまう。

「せっかくの海水浴なのに・・そんな顔は、牧樹さんには似合わないよ・・」

「すみません・・こんな顔を見せてしまって・・・少し、辛いことがあって・・・」

 励ましてくる祐二に、牧樹が作り笑顔を見せる。しかし空元気であることは、誰の目からも明らかだった。

「牧樹さんはこの清和島にきて日が浅いから、いろいろあって大変だと思う・・でも何でも1人で抱え込むのはよくない・・・もしも打ち明けられることだったら、僕じゃなくてもいい。君の周りの人たちに相談してほしい・・」

「祐二さん・・・ありがとうございます・・祐二さんにそういってもらえて、嬉しいです・・・」

 祐二の優しさに触れて、牧樹が笑顔を取り戻す。彼女の様子を見て、祐二も安堵の笑みをこぼしていた。

 

 徐々に日が落ちていこうとしていた。賑わいを見せていた海辺は、人々の帰宅のために静寂を取り戻しつつあった。

 牧樹もぼたんたちとともに帰り支度をしていた。だが彼女は、結花が海辺から岩場のほうに向かっていくのを目撃する。

「結花・・・?」

 気になった牧樹が、水着姿のまま結花を追いかけていく。それに気付いた直美もついていく。

 結花は岩場にて足を止めて、周囲に注意を向けていた。彼女はプルートの情報を細大漏らさず集めようとしていた。

(プルートはこの島のどこかにいる・・必ずどこかに本拠地となる場所への入り口が隠されているはずだ・・手がかりはまだまだ足りない。だが必ず私は連中を追い詰めてみせる・・)

「結花、こんなところでどうしたの・・?」

 思考を巡らせていたところで突然声をかけられ、結花はとっさにブレイドを手にして振り返る。彼女の剣の切っ先を眼前に突きつけられて、牧樹が緊迫をあらわにする。

「お前か・・こんなところで何をしている・・?」

「ビックリさせないでよ・・それにその質問は私からしたじゃない・・」

 肩を落とす結花に、牧樹が不満げに声をかける。

「お前たちには関係ない・・話したところで、腑抜けになっているお前では足手まといになるだけだ・・」

「足手まといって・・そんなことないわよ!・・そんなこと・・・」

 結花の言葉に反発しようとする牧樹だが、徐々に沈痛さが浮かび上がってしまう。彼女の様子に直美が不安を覚える。

「も、もし何かあれば、私が牧樹さんを守りますから・・」

「プルートは強大かつ暗躍に長けた連中だ。お前たちの甘い考えや態度が、自分の首を絞めることになるのだぞ・・」

 直美が弁解を入れるが、結花は冷淡に言いかけるばかりだった。しかし直美は考えを揺らがせることはなかった。

「仕方がない・・だが、何があっても私は助けないぞ・・」

 結花がため息混じりに言いかけると、直美が安堵の微笑みを浮かべる。

「長居は危険だ。早く捜索を行うぞ・・」

 結花が憮然さを浮かべながら移動しようとした。

 そのとき、海から突如水しぶきが舞い上がった。そこからタコのような怪物が出現した。

「ハデス!?

「ちっ!こんなところにまで!」

 直美が驚きの声をあげ、結花が舌打ちする。ハデスは彼女たちを見つけて、触手を伸ばしてきた。

「よけろ!」

 結花が呼びかけ、牧樹と直美が回避する。結花がハデスに飛びかかり、一閃を繰り出す。

 だがハデスの体は柔らかく、結花の一閃を跳ね返してしまった。

「何っ!?

 弾き飛ばされた結花が驚愕する。ハデスは触手をたなびかせて、彼女たちを挑発する。

(ヤツは軟体・・突きに優れている私の剣では切り付けることはできないか・・・!)

「牧樹、戦え!お前の剣ならヤツを切れる!」

 思考をめぐらせた結花が牧樹に呼びかける。切ることに長けた牧樹の剣なら、ハデスを切れると思ったのである。

 しかし牧樹は困惑を浮かべたまま、自分の件を出そうとしない。

「何をしている、牧樹!?剣を出して、ヤツを倒すんだ!」

「イヤ・・私、戦いたくない・・力を使いたくない・・・」

 呼びかける結花だが、牧樹は体を震わせて、剣を出そうとしない。

(まさか、ブレイディアの末路に恐怖して、戦おうとしないのか・・・!?

「迷うな、牧樹!ハデスの力で、ブレイディアの剣が折れるようなことはない!」

 結花が再び呼びかけるが、それでも牧樹は戦おうとしない。

「私と直美の剣ではヤツの体を切ることは難しい!だがお前の剣ならば確実に両断できる!」

「イヤ・・私は死にたくない!消えたくないよ!」

 あくまで結花の呼びかけに応えようとしない牧樹。彼女の臆病な様子に、結花が苛立ちを覚える。

 そのとき、牧樹と直美がハデスの触手に捕まり、宙吊りにされる。

「ま、牧樹さん・・・!」

「牧樹!直美!」

 うめく直美と、声を荒げる結花。その瞬間、結花も左足を触手に縛られ、ハデスに捕まってしまう。

「しまった!」

 うめく結花にさらに触手が絡み付いてくる。体を締め付けられて、結花があえぎ声を上げる。

「あはぁ!・・まずい・・このままでは・・・!」

 必死に抜け出そうとする結花だが、触手は完全に彼女の体を絡め取っていた。牧樹も直美も抜け出すことができないでいた。

「こんなことで、私はやられてしまうのか・・・私は、こんなことでやられるわけにはいかない・・・!」

「簡単に諦めてしまうのか、青山結花・・・?」

 うめいたところで声をかけられ、結花が眼を見開く。彼女が視線を移した先には、慄然と立つ姫子の姿があった。

「山吹、先生・・・!?

 姫子の姿を見て、直美も驚きを覚える。

「先生、危険です!逃げてください!」

「たわけたことをいうな・・教師である私が、生徒であるお前たちを見捨てて逃げるわけには行かないだろう・・」

 呼びかける直美だが、姫子は引き下がろうとせず、ハデスを見据えていた。

「私の生徒に手を上げるとは、恐れを知らぬ愚か者だな・・」

 ハデスに向けて冷淡に告げると、姫子の手から光が発せられる。その光が大型の剣へと形を変化させる。

「その剣・・・まさか、先生・・・!?

 驚愕の声を上げる牧樹。

 姫子もブレイディアだった。彼女はハデスに向けて、剣の切っ先を向ける。

「すぐに3人を放せ。そうすれば苦しまないように葬ってやる・・・!」

 鋭く言いかける姫子だが、ハデスは咆哮を上げるばかりだった。

「理性と知性がないというのは嘆かわしいことだ・・・」

 姫子はため息をつくと、ハデスが触手を伸ばしてきた。姫子は素早く動いて、触手をかわしていく。

「その程度の速さでは、私を捕らえることはできない・・」

 姫子は言いかけると、剣を振りかざして触手を切り裂く。だが触手はトカゲの尻尾のようにすぐに生え変わってきた。

「元を断たなければ意味はないか・・だがこれまでのことが無意味であったとはいえないな・・」

 姫子は冷静に分析していく。彼女は再び触手を切り裂きながら、ハデスの懐に飛び込んでいく。

 そして姫子はハデスの体を、剣で真っ二つに切り裂いた。絶叫を上げる間もなく、ハデスが事切れて海に沈む。

 締め付けてきた触手から解放されて、地面に落ちる結花たち。姫子がブレイディアであったことを知って、牧樹と直美が困惑し、結花が鋭い視線を向けてくる。

「まさかお前もブレイディアだったとはな・・教師面してふざけたことだ・・」

「ふざけているつもりはない。できることなら、この力を発動するつもりはなかった・・」

 言いかける結花に、姫子が淡々と言いかける。

「私は教師の道を進むと心に決めた・・だから私はこの力を、自らの心の中に封印した・・だが生徒を守るためなら、この封印を解くことも厭わない。そんな自分も存在するのだ・・」

「そうだったんですか・・・もしかして、私たちのことを・・・!?

 語りかける姫子に、牧樹が不安を浮かべる。

「いや、君たちも私と同じ力を持っていたことは初耳だ。正直私も驚いているところだ・・」

「私もビックリですよ・・まさか先生がブレイディアだったなんて・・・」

 姫子に苦笑いを浮かべる牧樹。一方で結花は、姫子に対する警戒心を強めていた。

「とにかく戻ろう・・みんなが心配している・・」

「何を企んでいる?私たちを助けて、お前に何の得があるというのだ・・?」

 呼びかける姫子に、結花が鋭く問い詰めてくる。

「言ったはずだ・・教師である私が、生徒である君たちを助けるのは当然のこと・・それ以外には何もない・・」

「その言葉、信用していいのか・・・?」

「信じる信じないは君たちに任せる・・できることなら、私は戦いたくないし、君たちに戦ってほしくない・・それが私の本心だ・・」

 いぶかしげな心境の結花に言いかけると、姫子はきびすを返して歩き出す。

「先生・・先生まで、ブレイディアだったなんて・・・」

 牧樹は困惑を抱えたままだった。彼女は力を使って戦うことを、完全にためらってしまっていた。

 

 

次回

第10話「最強の17歳」

 

直美「今回はいろいろとビックリしましたね・・」

牧樹「まさか結花にあんな秘密が・・・」

結花「誰にでも欠点のひとつはあるものだ・・・」

牧樹「言い訳になってる・・

   これから先、結花の秘密がどんどん暴かれていくかも・・」

結花「何を期待しているのだ、お前は・・・」

 

 

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