ブレイディア 第6話「暗黒の剣」
式部学園、1学期中間試験。その試験の順位が発表されていた。
赤点を取って絶望する人。高得点を出して喜びをあらわにする人。生徒たちの反応は様々だった。
牧樹はそこそこの成績を出せたことに、ひとまず安堵を感じていた。
「納得のいく点数は取れたのかしら?」
順位表を見ていた牧樹に、ぼたんが声をかけてきた。
「ぼたんちゃん・・まぁ、そこそこってとこかな・・・ぼたんちゃんは?」
「私も、とりあえずはノルマをキープしたというところね・・・それにしても・・・」
牧樹の問いかけに答えると、ぼたんは視線を移して肩を落とす。すずめとさくらは自分の成績が悪かったことに絶望していた。
「まずい・・このままではまずい・・・」
「あたしたち、いったいどうしたらいいの・・・」
生きる希望すら失ったかのような絶望感を見せるさくらとすずめ。
「もう、あなたたちは・・今のうちにしっかり勉強して、期末で挽回すればいいじゃないの・・・」
「そんなこと言ったって〜・・・」
「それこそ難しい話じゃない〜・・・」
注意するぼたんだが、すずめもさくらも落胆するばかりだった。
「・・・それにしても、結花さんはすごいですね・・成績は学年トップ・・・」
ぼたんが順位表に視線を戻す。その順位表は、結花が学年1位であることを示していた。
「すごい・・あれでよく1位が取れるね・・・」
「そうね・・そこの2人に彼女の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいね・・」
感心の声を上げる牧樹と、すずめとさくらに眼を向けて呆れながら言いかけるぼたん。
「そうだね・・あの性格と無断欠席がなければ完璧なんだけどね・・・」
肩を落としながら言いかける牧樹。
「結花さんもそうだけど、あの人もすごいです・・・」
ぼたんが言いかけた言葉に、牧樹も視線を移す。2人の視線が、2年の順位表の前で生徒たちに囲まれている1人の女子を捉える。
金城エリカ。2年の中ではトップの成績の持ち主。その学力に加えて清楚で優しい一面を見せているため、他の生徒たちから慕われている。
「金城さんか・・同じ成績トップでも、あの人はいい人だよね・・」
エリカの姿を見て、牧樹が言いかける。
「フン。ああいうヤツほど、裏で何をやっているか分かったものではないがな。」
そこへ結花が姿を現し、憮然とした態度を見せる。
「噂をすれば何とやら・・少しはエリカさんの優しさを見習ったらどうなの?」
「建前や馴れ合いで見せる優しさなど意味はない。相手を丸め込むための常套手段だ。」
からかってくる牧樹に、結花は冷淡に言葉を返す。そのとき、集まってくる生徒たちをかき分けて、エリカが結花たちの前にやってきた。
「あなたが青山結花さんね?1学年1位、おめでとう。」
「私には些細なことでしかない。その程度では、私の求めるものへはたどり着けない・・」
エリカが感謝の言葉をかけるが、結花は憮然さを崩さない。
「ちょっと結花、失礼じゃない・・・!」
牧樹が結花に注意するが、エリカは笑顔を絶やさない。
「いいのよ。私は気にしていないから。大きな目標のための通過点と見るのも、悪くないわね・・」
「そうですか・・・本当に優しいですね、金城さんは・・・」
エリカの弁解に牧樹が照れ笑いを見せる。
「ではそろそろ失礼するわね。あまり浮かれるのはよくないから・・」
エリカは言いかけると、結花たちの前から立ち去っていった。
「この優しさ・・誰かさんとは月とスッポンね・・」
「人のことを言う暇があったら、自分の身を心配したらどうだ?」
またもからかう牧樹に、結花が不敵に言いかける。成績が下であることから、牧樹はそのことに反論できなかった。
その日の授業は午前中で終わり、牧樹は午後はレストランのアルバイトに時間を費やしていた。昼休みのラッシュを乗り切ったところで、彼女は束の間の休憩を取った。
「ふぅ・・今日も大変だ・・・それはそうと、勉強のほうも頑張らないと・・・」
勉強のほうを深刻に考えて、牧樹が不安を呟く。中間試験ではそこそこの成績を出せたが、これまで余裕がなく、ついていくのがやっとの程だった。
「ダメダメ、こんな顔をお客さんに見せるわけにはいかない・・・!」
集中力を高めてから、牧樹は接客に向かう。
「ご注文をお伺いいたしま・・・祐二さん・・・!?」
彼女が向かったテーブルには、祐二と真二がいた。
「やぁ、牧樹さん・・牧樹ちゃんがここで仕事してるって聞いて、来てみたんだ・・」
「ありがとうございます・・祐二さんは、よくレストランに来るのですか・・・?」
「いや・・僕よりも真二が行くのが多いくらいだよ・・でも牧樹さんが働いているなら、ここに来ないわけにいかないね・・」
「そんな、祐二さん・・・」
優しく言いかける祐二に、牧樹が頬を赤らめる。
「ねぇねぇ、あんまり立ち話してると怒られちゃうんじゃない?」
そこへ真二が口を挟んできた。その言葉に我に返り、牧樹が注文を伺う。
「ゴ、ゴメンなさい!・・ご、ご注文をどうぞ・・・!」
落ち着きをなくす牧樹だが、祐二は笑顔を絶やさなかった。
その3人のやり取りを冷ややかに見つめる影の存在があった。
その頃、結花は海沿いの通りをバイクで失踪していた。最大の目的であるプルートの手がかりを追い求め、彼女は決死の捜索を続けていた。
(プルートは私たちブレイディアを影で監視している。ヤツらはブレイディアが戦わせている・・)
走行中、思考を巡らせていく結花。
(私がヤツらを追い詰めるためにブレイドを使うことも、ヤツらの思惑通りなのかもしれない・・だが私も、ヤツらの鍵となっているブレイドを使って、ヤツらを滅ぼそうとしている・・毒を持って毒を制すとはよく言ったものだな・・)
皮肉を思い返して思わず苦笑をこぼす結花。
(プルートは必ず私が滅ぼす・・私の全てを奪ったヤツらを、この手で・・・)
復讐心を膨らませて、結花は加速していく。彼女はやがて零球山に行き着いていた。
「やはりここが、手がかりの可能性が高いか・・・」
ため息混じりに呟きかける結花。彼女はメットを外すと、零球山に足を踏み入れた。
森の中をしばらく歩くと、結花は唐突に足を止めた。
「どうやら私を待ち受けていたのは、ハデスではなかったようだ・・・」
振り返ることなく、結花は言いかける。彼女の背後の木陰から現れたのは、亜美だった。
「久しぶりね、青山結花。また一緒に遊んでもらうわよ。」
亜美が微笑みながら、結花に声をかける。
「丁度退屈してたとこだったのよねぇ。ハデスが相手だと物足りないし・・」
結花の前に麻美が木の上から下りてきた。亜美と麻美が結花を逃がさないように取り囲んでいた。
「私にはお前たちと遊んでいる暇はない。だが私の邪魔をするなら、容赦なく始末する。」
「ずい分なこと言うね、相変わらず・・」
「あたしたちを始末することなんてできないよ。でもそのつもりで相手してくれるのは大歓迎だけど・・」
鋭く言いかける結花に、亜美と麻美が微笑みかける。3人が同時に各々のブレイドを具現化させる。
「その生意気な態度・・・いつもいつも・・うざいんだよ!」
いきり立った麻美が結花に飛びかかる。眼つきを鋭くした結花が、亜美と麻美を迎え撃った。
この日のレストランでの仕事を終えた牧樹。彼女はすぐに寮に帰らず、零球山に寄り道しようとしていた。
「やっぱりあの山の空気を吸わないと落ち着かないかな・・」
心身ともに疲れて、牧樹はため息をついた。彼女は彼女なりに落ち着きを取り戻そうとしていた。
「それにしても・・本当に優しい人だよ、祐二さんは・・・あんな人といつまでも一緒にいられたら・・・」
いつしか祐二のことを思い返し、牧樹が頬を赤らめる。彼女はいつしか一途な想いを心に秘めるようになっていた。
「あなたも祐二さんに想いを寄せているのですね、赤澤牧樹さん・・」
そこへ声がかかり、牧樹が足を止めて振り向く。その先には微笑みかけるエリカの姿があった。
「金城さん・・・す、すみません、おかしなことを言ってしまって・・・!」
独り言を聞かれたことに、牧樹が動揺を浮かべる。だがエリカは微笑を浮かべるばかりだった。
「気にしなくていいですよ。恋心は誰にでもあるものですから・・」
「そ、そうですか・・ほ、本当にすみません・・・」
エリカの言葉を聞いて、牧樹が安堵を覚えて苦笑いを浮かべる。だがその後、エリカの表情が徐々に曇っていく。
「でも、あの人に想いを寄せることは許されない・・・」
「えっ・・・?」
エリカの口にした言葉の意味が判らず、牧樹が疑問符を浮かべる。
「あの人の心を射止めるのはこの私・・他の女が想いを寄せることは、私が許さない・・・」
「金城さん、あの、何を・・・?」
「悪く思わないで・・あの人に惚れてしまったアンタが悪いんだから・・・!」
困惑する牧樹に鋭い視線を向けるエリカ。そのとき、エリカの手から光が発せられ、剣へと形を変えていった。その光は闇のように漆黒であった。
「金城さん、まさか・・・!?」
「そろそろおしゃべりはやめにしようか・・ここでアンタをズタズタにしてやるよ!」
驚愕する牧樹にエリカが言い放つ。彼女は普段の清楚が微塵も感じられないような、粗暴な態度を見せていた。
「どうしたんですか、金城さん!?・・・こんなの、金城さんじゃ・・・!?」
「驚くのもムリないって感じね・・でも残念・・これがホントの私なのよ!」
声を荒げる牧樹に怒号を放つと、エリカが飛びかかって剣を振り下ろす。牧樹がとっさに自分のブレイドを出して、その一閃を受け止める。
「ん?」
眉をひそめたエリカが、ひとまず牧樹との距離を取る。牧樹の手にしている剣を目にして、彼女は笑みをこぼす。
「まさか、アンタもブレイディアだったなんてね・・ここでこういうことやってると、いつかブレイディアともぶつかるとは思ってたけど・・」
「金城さんもブレイディアだったなんて・・でもどうしてこんな・・・!?」
「どうして?自分の胸に手を当ててよく思い出してみることね!」
困惑する牧樹に向かって、エリカが再び飛びかかる。膨らんでいく困惑にさいなまれて、牧樹はエリカの剣を防ぐのが精一杯になり、防戦一方となっていた。
「どうしたの!?せめて抵抗するぐらいしてくんなきゃつまんないじゃない!」
「ダメですよ、金城さん!こんなことしても、何にもなりません!」
不気味な笑みを見せるエリカに、牧樹が悲痛の声を上げる。しかしエリカは攻撃の手を止めない。
「何にもならないかどうか、決めるのは私なのよ!邪魔者を排除していけば、私の思惑通りになる!それでも邪魔してくるヤツがいるなら、私が始末してやるんだから!」
エリカが眼を見開いて、剣を突き出す。その刀身を、牧樹は自分の剣で受け止める。
「祐二様は、誰にも渡さない!」
絶叫を上げるエリカに緊迫を覚え、牧樹が眼を見開いた。
亜美と麻美の奇襲を受けた結花。2人がかりの攻撃に、彼女は悪戦苦闘に陥っていた。
「逃げるなんて卑怯じゃない・・」
「まぁ逃げても、あたしらからは誰も逃げられやしないけどね・・・!」
悠然さを見せる亜美と、挑発の言葉を言い放つ麻美。2人の挟み撃ちに対して、結花は打開の策を模索していた。
(いつまでもアイツらの相手をしている暇はない。何とかしなければ・・)
思考を巡らせる結花に、亜美と麻美が追い討ちを仕掛けてくる。
「今度こそ!」
いきり立った麻美が、亜美と挟み撃ちにして結花に攻撃を仕掛ける。
「もうこれしかないか!」
思い立った結花が横に飛ぶ。麻美が勢い余って突っ込んでしまい、彼女が突き出した剣を亜美が寸でのところで受け止める。
「ちょっとお姉ちゃん、何やってるのよ!?」
「何よ!麻美が無闇に突っ込んでくるのが悪いんでしょう!」
衝突したことで、麻美と亜美がいがみ合いを始める。その隙に結花が山を飛び出していった。
(これでは今日に調査はできないな・・)
胸中で毒づく結花。だが新たなる気配を感じ取り、結花は山を抜けたところで足を止めた。
(これはブレイディアの気配・・1人はアイツ、もう1人は・・・)
2人のブレイディアの衝突に、結花はただならぬものを感じていた。
攻め立ててくるエリカに次第に追い込まれていく牧樹。反撃することもできないまま、牧樹はついにしりもちをつく。
「つまんない・・拍子抜けもいいところよ・・・」
抵抗すら見せない牧樹に呆れ果てるエリカ。彼女を見つめて、牧樹が困惑を膨らませていく。
「どうして祐二さんが?・・・金城さんも、祐二さんのことが・・・」
「ん?そうよ。私は祐二様が好き・・だから、祐二様を求める女がいるのが、私は我慢がならないのよ!」
問いかけてくる牧樹に、エリカは悠然と語った途端、すぐに怒りをあらわにする。
「だから、アンタも私に殺されるべきなのよ!」
エリカは言い放ちながら、牧樹に向けて剣を振り下ろす。
「牧樹さん!」
だがその剣が、飛び込んできた別の剣に受け止められる。牧樹の危機を救ったのは直美だった。
攻撃を邪魔されて、エリカが苛立ちを見せる。直美が食い止めている間に、牧樹が横転して危機を脱する。
「大丈夫ですか、牧樹さん!?」
「直美ちゃん・・ありがとうね・・・」
直美の心配に、牧樹が微笑みかける。
「まさかまたブレイディアが邪魔してくるとはね・・けど邪魔者は全員切り裂いてやる!」
眼を見開いたエリカが剣を振りかざし、直美を振り払う。
「直美ちゃん!」
横転した直美に牧樹が声を荒げる。直美に駆け寄ろうとした牧樹を、エリカがかざした剣が阻む。
「アンタは私が始末するの。だから大人しく私にやられなさい・・心配しなくても、あの小娘もすぐに追わせてあげるからさ!」
エリカが牧樹に向けて剣を振りかざす。だが牧樹はまだ、剣で一閃を受け止めるばかりだった。
「牧樹さん・・・逃げてください、牧樹さん!このままじゃ牧樹さんが・・!」
立ち上がった直美が牧樹に呼びかける。
「逃がさないっての・・私からは誰も逃げられないのよ!」
さらに言い放つエリカが、牧樹を追い詰めていく。
「牧樹さんは・・傷つけさせません!」
牧樹を守ろうと、直美はエリカに飛びかかる。牧樹を助けたいという気持ちが、彼女に勇気を与えていた。
直美がエリカに向けて剣を振りかざす。ただし斬り付けるのではなく、刀身を横にして叩きつけようとしていた。
だが直美の接近に気付いていたエリカが、自分の剣で直美の剣を受け止める。
「えっ!?」
「そう・・そんなに私の剣のさびになりたいっていうの・・・?」
驚愕を見せる直美に、エリカが冷徹に告げる。
「だったら望みどおり切り裂いてやるわよ!」
エリカが直美に向けて剣を振りかざす。直後、直美から鮮血があふれ出た。
「直美ちゃん!」
牧樹の悲痛の叫びが、清和島の空に響いた。
次回
エリカ「とうとう出たわよ、この私が・・」
牧樹「でもこれじゃ性格が悪いって思われますね・・」
エリカ「そうなのよね・・・
ホントはもっと違う性格ならよかったのに・・・」
直美「ツンデレ・・似合わないですね・・・」
牧樹「案外ぶりっ子が似合うかも・・」
エリカ「絶対に切り刻む!」