ブレイディア 第5話「辛口な大騒動」
結花と牧樹の活躍で、直美は勇気を持つことができた。彼女は牧樹と一緒に登校することとなった。
「牧樹さんと一緒に登校できて、私、嬉しいです・・・」
「そんな大げさな・・アハハハ・・・」
直美の見せる感謝に、牧樹が照れ笑いを見せる。
「結花さんも一緒なら、もっと嬉しいんですけどね・・・」
「結花は・・人と一緒にいるのが好きじゃないみたいだから・・・」
周りを見回す直美に、牧樹が言いかける。
結花は騒がしいのを嫌っているため、登下校も1人でしている。彼女は学園の寮ではなく、別の場所に住んでいるようだった。
「ではお昼ごはんを誘いましょうか。お昼にはいるでしょうから・・」
「それはいいかもしれないね。やっぱりひとりぼっちはダメだよね・・」
直美の提案に牧樹が納得する。期待を胸に秘めて、2人は学園に向かって足を速めた。
そしてその日の昼休み。授業が終わってすぐに教室から出て行く結花に、牧樹が声をかける。
「結花、直美ちゃんとお昼食べに行かない?」
「ん?お昼?なぜ私がお前たちと・・?」
牧樹の誘いに結花が眉をひそめる。
「たまにはみんなと一緒に食事するのもいいんじゃないかなぁって思って・・」
「くだらん。そんなくだらないことで私を呼ぶな。」
呆れながら立ち去ろうとする結花だが、牧樹に肩をつかまれて止められる。
「たまにはいいじゃない。直美ちゃんとも約束してるし♪」
「おい、放せ!私はお前たちに付き合うつもりは・・!」
上機嫌を見せる牧樹と、不満を覚えて声を荒げる結花。2人はそのまま、直美の待っている食堂に行くこととなった。
「結花さん・・・結花さんが来てくれました・・・」
待っていた直美が、結花に喜びを見せる。
「ゴメンね、直美ちゃん。待たせちゃって・・」
「私は大丈夫です・・それよりも食券がまだなんです・・」
声をかける牧樹に、直美が笑顔で答える。無理矢理牧樹に引っ張られたため、結花は不機嫌になっていた。
「それじゃもうちょっと待ってて。直美ちゃんは何がいいの?」
「ではスパゲッティミートソースをお願いします・・」
直美の注文を受けて、牧樹が結花とともに食券の券売機に向かう。そこへ結花はあることに眼を疑った。
カレー類が全て売り切れを示していた。
「どういうことだ・・これは・・・!?」
頭に血を上らせるような怒りを覚えた結花。その異変に当惑を浮かべる牧樹を気に留めず、結花はメニューを受け取っている生徒たちをかき分けて、調理師に声をかけた。
「おい!なぜカレーがないのだ!?」
「あぁ、ゴメンねぇ。材料運んでたトラックが事故起こしちゃってねぇ。今日は出せないんだよ・・」
問い詰めてくる結花に、調理師が困り顔で説明する。しかし結花は全く納得しない。
「貴様、カレーはみんなが食べる食べ物だぞ!味、食べやすさ、バリエーション、どれに注目しても右に出るものはないほどだ!それを出せない食堂など、愚の骨頂だ!」
「ち、ちょっと結花、落ち着いて!」
調理師に言い寄る結花を、牧樹が慌てて止めに入る。牧樹は力を振り絞って、食って掛かっている結花を引っ張っていく。
「放せ、貴様!私はこの愚か者に鉄槌を下すのだ!」
「ダメだよ、結花!みんなが迷惑するから!・・直美ちゃんも結花を止めて!」
暴れる結花を必死に止める牧樹。慌てて駆けつけた直美にも引っ張られて、結花は食堂から出されることになった。
突然の結花の騒動に驚かされた牧樹と直美。騒動が大事にならなかったことに、2人は安堵していた。
「ふぅ・・一時はどうなることかと思ったよ・・・」
「でも結花さん、どうしたというのでしょうか・・・?」
安堵と不安を浮かべる牧樹と直美。結花はまだ怒りが治まらない様子だった。
「なんだ。今回もカレーでもめたのか?」
そこへ声をかけてきたのは一矢だった。初めて顔を合わせたため、牧樹と直美がきょとんとなる。
「お前か・・私の鬱憤を代わりに受けに来たのか?」
「そう邪険にすんなっての。お前のカレーパワーに勝てるわけがないって・・」
睨んでくる結花に、一矢が降参のポーズを見せる。
「あのぉ・・あなたは・・・?」
そこへ牧樹が声をかけてきた。
「お、紹介してなかったか。オレは紫藤一矢。牧樹ちゃんだっけ?ワリィな、転入してきたときに声をかけなくて・・」
「赤澤牧樹。改めてよろしくね、紫藤くん。」
気さくに訊ねてくる一矢に、牧樹が明るく挨拶する。
「へぇ。かわいくて優しいじゃないの。結花も少しは見習ったらどうなんだ?」
「本当に私の鬱憤をぶつけられたいのか・・・!?」
からかってくる一矢に結花が再び睨みつけてくる。
「あぅ、くわばらくわばら。ここは尻尾巻いて逃げたほうがいいかも・・」
危険を察知した一矢が、そそくさにこの場から逃げ出していった。不満を浮かべる結花のそばで、牧樹と直美は笑みをこぼしていた。
だがその翌日も、学園の食堂にカレーの材料が届かなかった。この事態に結花は苛立ちを膨らませていた。
「どういうことだ・・・なぜカレーがないのだ!?」
この事態にたまらず絶叫を上げる結花。牧樹もこの事態に悩まされていた。
「でも2日続けてカレーがないなんておかしいよねぇ・・・」
「大変です!結花さん、牧樹さん!」
そこへ直美が慌しく駆け込んできた。
「ど、どうしたの、直美ちゃん・・!?」
「実は・・大変なことが起こっているんです・・・!」
声を荒げる牧樹に、直美が深刻さを募らせる。
「昨日の夜、カレーを作っていた家のカレーのルーが盗まれたんです・・」
「カレーのルーを!?」
直美の言葉に牧樹が驚きの声を上げる。
「よほどおなかがすいてたのかな・・でもそれなら、どうしてカレーだけ・・・?」
「そんなことはどうでもいい・・・カレーを独り占めしようとする愚か者・・許してはおかんぞ!」
疑問を膨らませる牧樹の隣で、結花が怒りをあらわにする。
「この私が鉄槌を下してやる!」
「ちょっと、結花!?」
いきり立つ結花が突然駆け出す。牧樹が慌てて、直美とともに結花を追いかけていった。
結花たちがやってきたのは学園長室だった。大貴もカレーの騒動については耳に入れていた。
「お前たちの差し金か?お前たちはプルートと深い関わりがあるからな。」
「違うって。あれは僕たちやプルートとは関係ない。勝手に出てきたヤツだって・・」
問い詰めてくる結花に、大貴が弁解を入れる。
「本当だろうな?・・隠し事をしていたらタダでは済まんぞ・・・!」
「本当だって・・僕たちだって困ってるところなんだから・・」
鬼の形相で睨みつけてくる結花に、大貴が冷や汗を浮かべる。
「私たちもそのハデスの行方を追っている最中なのです・・」
そこへ要が口を挟んできた。
「ですがそのハデスは動きが素早く、私たちも行方が分からない状態です。カレーが大好物ということぐらいしか・・」
「カレーが大好物・・・それだ!」
要が口にした言葉を聞いて、結花が妙案を練り上げた。
学園長室の前で待っていた牧樹と直美と合流した結花は、街に買い物に繰り出した。買うものはカレー粉だけで、他の材料も米も買わなかった。
「どうしてルーだけなの?ルーだけ買ったって・・」
「ヤツはカレーのルーだけを奪い、ご飯には手をつけていない。襲われた家のカレーも材料や辛さに微妙な差異がある。その全てが奪われたということは、ルーそのものが好物ということだ。」
疑問を投げかける牧樹に、結花が淡々と答える。
「でもルーを買って何をするのですか・・・?」
「決まっている。餌でハデスをおびき出す。食いついてきたところを叩き切ってやる・・!」
直美の質問に答えつつ、結花が不敵な笑みを見せる。その笑みが不気味に思えて、牧樹も直美も困惑していた。
買い物を終えると、3人は零球山の近くの草原に来た。そこで結花は持ってきていた鍋にルーを溶かし、ガスコンロで熱し始めた。
「ガスコンロまで・・・用意周到だなんて・・・」
「そこまでカレーの敵が許せないんですね・・・」
牧樹と直美が呆れている前で、結花は着々と準備を進めていた。
「さぁ、出てくるがいい・・お前の命も今日限りだ・・・!」
「いつもの結花さんじゃない・・・」
敵意むき出しになっている結花に、直美は違和感を通り越して恐怖を覚えていた。カレーが煮えてしばらくたった頃だった。
ハデスの気配を感じ取り、緊張感を覚える結花たち。結花は敵を見つけようと、周囲の様子を細大漏らさずに伺っていた。
そして結花の視線が、カレーの鍋に飛びつこうとしていた小さなハデスの姿を捉えた。
その姿はまるで蛙のような軟体をしていた。
「断罪!」
とっさに光の剣を出現させた結花が、ハデスに向けて一閃を繰り出す。だがハデスは素早く動いて、結花の刃をかわす。
ハデスは口を大きく開けると、強力な吸引を見せ付けてきた。煮込んでいたカレーのルーが、ハデスの口に治まっていく。
「あっ!カレーが!」
声を荒げる牧樹。カレーを食して満足しているハデスに、結花の怒りは頂点に達していた。
「もはや息の根を止めるだけでは満たされない・・2度と出てこれないように、完全に消滅させてやる!」
怒号を放つ結花が、眼にも留まらぬ速さでハデスに詰め寄る。素早いハデスの動きさえも上回り、結花が剣を振りかざす。
危機感を覚えたハデスが、突如体を巨大化させた。大きくなったハデスは体の柔らかさを際立たせて、結花の剣を跳ね返してしまった。
「何っ!?」
虚を突かれた結花が体勢を崩される。そこへハデスが舌を伸ばして、彼女を捕まえてきた。
「結花!」
「結花さん!」
牧樹と直美が叫ぶ前で、結花がハデスの舌に締め付けられて、苦悶の表情を浮かべる。だが彼女は戦意を失ってはいなかった。
「こんなことで私は・・負けることは絶対にない!」
力を振り絞った結花がハデスの舌から逃れる。着地した彼女が、咆哮を上げるハデスを鋭く見据える。
「表面が柔らかくても、中はどうなっているかな・・・!?」
大口を開けて吸い込んできたハデスに対し、結花がその口の中に飛び込んでいった。
「ウソッ!?」
「結花さんが、食べられた・・・!?」
驚愕を覚える牧樹と直美。結花を飲み込んだことに、ハデスが違和感を覚えてきょろきょろする。
ハデスの体内に入り込んだ結花。体内は表皮のような弾力性はなかったが、粘り気のある粘液が散りばめられていた。
(気持ち悪いところだが、ここなら跳ね返されることもない・・・!)
不快感を感じながらも、結花が剣を突き立てる。体の中から攻撃されて、ハデスが絶叫を上げる。
「結花が、やったの・・・!?」
息を呑む牧樹の前で、ハデスが昏倒する。その体が中から切り裂かれ、結花が飛び出してきた。
「結花さん!」
歓喜の声を上げる直美。着地した結花がその場でひざを付き、事切れたハデスが消滅していく。
「結花さん、大丈夫ですか!?ケガがありましたら、私が治しますから!」
「気にするな・・ケガはない・・・」
声を荒げる直美に、結花が強気に振舞う。実際、粘液まみれになっていること以外、彼女に外傷はなかった。
「やはり中は切れやすかったな・・これでカレーの無事が守られる・・・」
「結花・・・そこまでカレーが好きなのね・・・」
満面の笑みを見せる結花に、牧樹は呆れ果てていた。
「そんなにまでして、カレーが食べたいの、結花・・・?」
「それは愚問だぞ!カレーは偉大なる食べ物!それを愚弄することは万死に値する!」
疑問を投げかける牧樹に、結花が目くじらを立てて言い寄ってくる。
「味、食べやすさ、バリエーション、どれに注目しても右に出るものは・・・!」
「分かった!分かったから!・・・これじゃ鍋奉行並みに性質が悪いよ・・・」
結花をなだめた牧樹が、肩を落としてため息をつく。ともかく、カレーを脅かしていた敵を退治し、事件は一件落着したかに思われた。
だがその翌日、食堂にて結花の怒号がまたしても飛んだ。
事件が解決して、カレーが無事に食べられるはずだった。カレーの材料は無事に届いたものの、なかなか食べられなかった生徒たちがいっせいにカレーを注文したため、カレーが売り切れになってしまったのだ。
「そこまで私とカレーを愚弄するというのか、貴様は!」
「だから結花、落ち着いてって!」
怒鳴りかける結花を、牧樹が慌てて食堂から引っ張り出す。その先の廊下で踏みとどまり、牧樹はため息をつく。
「もう、どうしてあなたはそこまで・・・」
「事件が終わって喜ぶところなのかな?」
ため息をついていたところで、牧樹が声をかけられる。彼女と結花、直美が振り向くと、そこには祐二がいた。
「ゆ、祐二さん・・迷惑、かけてしまったでしょうか・・・!?」
「いや、僕は大丈夫だよ。ただ牧樹さん、大変そうかなって思っただけだよ・・・」
動揺をあらわにする牧樹に、祐二が微笑んだまま言いかける。
「何か悩みとかあったら、遠慮しないで言ってきて。力になるから・・」
「ありがとうございます・・ですが今は大丈夫です。みんなが私を支えてくれていますから・・」
親切を見せる祐二に、牧樹が笑顔で答える。
(そう・・祐二さんのことを考えれば、ブレイディアのことを打ち明けるのはよくない・・・)
祐二のことを思い、自分が関わっていることを打ち明けないようにする牧樹。だが祐二に隠し事をしているという後ろめたさも、彼女は感じていた。
(でも、もし打ち明けても、祐二さんなら信じてくれるはず・・・)
一方で祐二への信頼を強め、牧樹は内心安堵していた。
「それでは祐二さん、失礼します・・」
牧樹は一礼すると、祐二の前から去っていった。直美も祐二に一礼してから、牧樹を追いかけていった。
結花が祐二に対していぶかしげな面持ちを見せていた。
「これからも牧樹さんをよろしくね。」
「私には関係のないことだ。アイツらも、お前もな・・」
言いかける祐二に、結花は憮然とした態度を見せる。しかし祐二は微笑を崩さなかった。
祐二を相手しづらいと見て、結花は困惑を押し隠しながらこの場を後にした。
その牧樹たちと祐二のやり取りを、冷ややかに見つめる影の存在があった。
(赤澤牧樹・・悪いけどあなたの出る幕はないのよ・・)
その人物は、牧樹に強い憎悪を傾けていた。
(あの人に手を出したあなたが悪いのよ・・どれだけ自分が愚かなことをしたのか、その身をもって思い知るといい・・・)
不気味な笑みを浮かべて、その人物は去っていった。牧樹への憎悪を胸に宿した、ひとつの企みが今、動き出そうとしていた。
次回
亜美「そうなの・・・
あなたも私たちと同じ道を行くのね・・・」
結花「は?
何を言って・・?」
さくら「これからのこのヘタレ街道・・・
あなたに託すからね・・・」
結花「誰がヘタレだ、誰が!?
そんなの真っ平ゴメンだあぁぁぁーーー!!!」