ブレイディア 第4話「勇気、ひとしずく」

 

 

 直美はブレイディアだった。彼女が手にした光の剣に、牧樹は驚きを隠せなくなっていた。

「まさか、直美ちゃんがブレイディアだったなんて・・・!」

 困惑する彼女の目の前で、直美がハデスを見据える。ハデスが2つの頭を同時に突っ込ませてきた。

 直美は剣を振りかざし、ハデスの2つの頭を同時に切りつけた。頭を切られたことで、ハデスが絶叫を上げる。

 危機感を覚えたのか、ハデスが慌しく逃げ出していく。直後、直美がその場に座り込んで体を震わせる。

「怖かった・・・すごく怖かったよ・・・」

 怖さが一気に広がり、直美が大粒の涙をこぼす。そんな彼女に、牧樹が挫いた右足を引きずりながら近寄っていく。

「直美ちゃん・・直美ちゃんもブレイディアだったなんてね・・・」

「えっ?・・牧樹さん、この力のこと、知っているんですか・・・?」

 牧樹がかけた言葉に、直美が驚きを覚える。

「知ってるも何も・・私も同じ力を持ってるから・・・」

 牧樹は照れ笑いを浮かべてから、自分の光の剣を出現させる。

「といっても、私もブレイディアのことは最近知ったばかりで、詳しくは知らないの・・」

「そうですか・・でも私と同じ力を持っている人と会えて、嬉しいです・・・」

 自分と同じ力を持つ人と出会えたことに、直美は喜びを感じていた。

「アタタタ・・これでも運動神経いいほうだったのに・・とんだ不覚かも・・」

 牧樹が挫いた右足に痛みを覚えて、苦笑いを浮かべる。

「それなら任せてください。私が治しますから・・」

「えっ?治すって・・」

 直美がかけた言葉に、牧樹が当惑を浮かべる。直美が再び自分のブレイドを出現させる。

「牧樹さんの痛みと傷を、私に分けて・・・」

 直美が意識を集中すると、彼女の持つブレイドが淡く光る。その光が牧樹の右足を包んでいく。

(あたたかい光・・足の痛みが和らいでいく・・・)

 徐々に痛みが引いていくのを実感する牧樹。彼女は自力で歩けるほどにまで回復していた。

 その直後、直美が顔を歪めて、自分の右足を押さえる。彼女の足が痛みを訴えていたのだ。

「どうしたの、直美ちゃん!?何があったの!?

「だ、大丈夫です・・ただ、牧樹さんの足の痛みを、私に分けただけです・・・」

 心配の声を上げる牧樹に、直美が作り笑顔を見せる。

 これが直美のブレイドの能力だった。相手の傷や痛みを自分に移し変えることができる。しかし自分の痛みを相手に与えることはできず、自分以外の人に痛みを移すこともできない。

「私の力で、牧樹さんが助かるなら嬉しいことです・・・」

「直美ちゃん・・・」

 直美の言葉を聞いて、牧樹が戸惑いを覚える。

「ありがとう、直美ちゃん・・でも直美ちゃん、自分のことも大切にして・・」

「えっ・・・?」

「私が助かっても、直美ちゃんが傷ついたら、私は逆に辛くなる・・だから直美ちゃん、私のためにムチャしないで・・・」

「牧樹さん・・・」

 牧樹の言葉に直美が動揺を覚える。自分がここまで大切に思われたことが、直美にはとても嬉しく思えた。

「ありがとうございます・・私、そういってもらえて、本当に嬉しいです・・・」

「ち・・ちょっと大げさだって、アハハハ・・・」

 喜びのあまりに涙を浮かべる直美に、牧樹が照れ笑いを浮かべた。

「牧樹さんじゃない。何かあったの?」

 そこへ声をかけられて、牧樹と直美が振り向く。祐二が2人に笑顔を見せてきていた。

「あっ!ゆ、祐二さん・・・!」

 祐二との思わぬ出会いに、牧樹がたまらず動揺をあらわにする。

「私、歴史に興味があって・・この零球山の歴史を調べてみたいと思って・・・」

「そうか・・すごいんだね、牧樹さんは・・僕は散歩なんだけどね・・」

 おどおどしながら言いかける牧樹だが、祐二は朗らかな笑顔を絶やさずに言葉を返していた。

「この子かい、兄さんが言ってた転入生ていうのは?」

 そこへもう1人、青年が姿を見せてきた。祐二と顔立ちは似ていたが、気さくな振る舞いを見せていた。

 鷺山(さぎやま)真二(しんじ)。祐二の弟である。やや甘えん坊な性格で、祐二を困らせることもある。

「紹介するね。弟の真二だよ。」

「鷺山真二。よろしくね、かわい子ちゃんたち♪」

 祐二に紹介されて、真二が気さくに声をかける。

「はじめまして。私は赤澤牧樹。彼女は萌木直美ちゃんです。」

「はじめまして・・よろしくお願いします・・・」

 牧樹が自己紹介をすると、直美も困惑気味に声をかける。だが牧樹から自分に移した足の痛みを覚えて、直美が顔を歪める。

「どうしたんだい・・足が痛むのかい・・・!?

「だ、大丈夫です・・そんなにひどいケガではないですから・・・」

 心配の声をかける祐二に、直美が弁解する。だが祐二は直美に手を差し伸べる。

「困っている人を放っておくことは、僕にはできないよ・・僕が病院まで送るよ・・」

「す、すみません・・私のために・・・」

 祐二の言葉に甘えて、直美が彼の背中におぶさった。

「本当に優しいんですね、祐二さん・・・」

「そうだろう?自慢の兄さんなんだぜ。」

 祐二の優しさに感嘆する牧樹に、真二が頷いてきた。

「よく言えば優しい、悪く言えば人がよすぎるってところか。よく騙されることもあるんだよなぁ・・」

「優しいってだけでもいいですよ・・そこまで親切になれるのはすごいことですよ・・・」

「そういってくれたら、兄さんはきっと喜ぶだろうな・・」

 気さくに言いかける真二と、照れながら答える牧樹。2人も直美を背負った祐二を追いかけていった。

 

 病院での診察では、直美の足の怪我は軽い捻挫だった。直美は牧樹に連れられて、祐二と真二と別れて女子寮に向かっていった。

「ホントにありがとうね、直美ちゃん・・私を助けてくれて・・・」

「いいんですよ・・私にできるのは、これぐらいしかないですから・・・」

 感謝の言葉をかける牧樹に、直美が微笑みかける。だが彼女の言葉を聞いて、牧樹は表情を曇らせる。

「これぐらい、なんてことないよ・・直美ちゃんには、できることがたくさんあるって・・・」

「牧樹さん・・・」

「それに、直美ちゃんが私にしてくれたことは、とても大切なことなんだよ・・もし直美ちゃんがいなかったら、もしかしたら、私は零球山を降りられなかったかもしれなかった・・・」

 牧樹の励ましの言葉を耳にして、直美は喜びを膨らませて、眼に涙をあふれさせる。

「嬉しいです・・そういってもらえると、私・・・」

「これからもよろしくね、直美ちゃん・・・」

 あふれてくる涙を拭う直美に、牧樹が笑顔を見せた。友達ができず、いつもいじめられていた直美に友達ができたのだった。

「ところで、零球山にいるあのハデス・・・」

「あ、そうだった・・あのままほっといたら、誰かを襲うかもしれない・・・」

 直美が唐突に口にした言葉に、牧樹が肩を落とす。

「直美ちゃんを寮まで送ったら、すぐに零球山に行かないと・・・」

「私も行きます・・牧樹さんだけでは危険です・・・」

 気を引き締める牧樹に、直美が心配の声をかける。だが牧樹は微笑んだまま、首を横に振る。

「直美ちゃんはケガしてるんだから、そんなんで行くほうが危ないって・・・私のことは大丈夫だから、ね。」

「牧樹さん・・・分かりました・・・」

 牧樹の言葉を受けて、直美は沈痛の面持ちで頷いた。

 

 直美を寮に送ってからすぐに、牧樹は再び零球山にやってきた。昼間に襲ってきたハデスを求めて、牧樹は山の中を探し回っていた。

「ハデス・・もう山からいなくなっちゃったかな・・・」

 山の外で被害が出てしまっていると思ってしまい、牧樹は不安を募らせていた。それでも諦めずに牧樹は捜索を続ける。

 そのとき、牧樹の背後の茂みから草の音が発せられた。驚きを覚えた牧樹が、警戒しながらゆっくりと振り返っていく。

 だがそこにいたのは結花だった。

「結花だったの・・・驚かさないでよ・・・」

「首を突っ込んできておいて、私に言う第一声がそれか・・・?」

 安堵の吐息をつく牧樹に、結花が呆れてため息をつく。

「お前はどうしてここにいるんだ?・・もう首を突っ込むなと言ったはずだぞ・・」

「だって、ここにハデスがいるんだもん・・みんなが襲われるかもしれないのに、放っておけないよ・・・!」

 忠告を送る結花だが、牧樹は引き下がろうとしない。彼女の態度に結花は再びため息をつく。

「仕方がない・・そこまでいうなら好きにしろ。だがお前に何が起ころうと私は知らんぞ。」

「私が関わり出したことだもんね、今回は・・それで構わないよ。」

 憮然と言いかける結花に、牧樹は肩をすくめながら答える。

「それにしても見かけない・・ハデス、山から出ちゃったのかな・・・?」

「いや、それはない。ヤツらはどうやらこの山を縄張りにしているようだ。山から出ることは稀なことだ。」

 不安を口にする牧樹に、結花が淡々と答える。結花はハデスの居場所をある程度まで把握していた。

「おそらく私たちが来たのを察知して、どこかに身を潜めているのだろう。この近くにいるはずだ。」

「すごい・・よく分かるね・・・」

「ブレイドと連動させてみろ。今のお前ならわずかだが感じ取れるはずだ。」

 感心する牧樹に結花が呼びかける。牧樹は目を閉じて、意識を集中する。

(すごい・・この距離よりも、結花が近くにいるように感じる・・これがブレイディアの力・・・)

 自身の力に驚きを覚える牧樹。彼女は気持ちを落ち着けて、さらに意識を集中する。

(これがハデスの気配かな・・これは・・・)

「真下に・・!?

「何!?

 牧樹が上げた声に結花が声を荒げる。直後、突如地鳴りが起こり、2人のいる地面がひび割れる。

 牧樹はとっさに回避したが、不意を突かれた結花が体勢を崩される。地面を割って、先日の2つ首のハデスが姿を現した。

 ハデスが尻尾を振りかざし、体勢の整わない結花の右腕を叩く。

「ぐっ!」

 痛みに顔を歪める結花が、ハデスとの距離を取る。

「結花、大丈夫!?

「フン。お前に心配されるほど、私はやわではない・・」

 声を荒げる牧樹に、結花が強気な態度を見せる。結花はハデスを見据えながら、ブレイドを出現させる。

「この程度のハデスに不覚を取るとは・・だがお前が私に攻撃を加えることは、この先1度もない・・・!」

 鋭く言いかける結花がハデスに飛びかかる。ハデスの頭のひとつに、彼女が剣を叩き込む。

 だがその時、結花が右腕に痛みを覚えて、一瞬顔を歪める。思うように力を入れられず、彼女はハデスの頭を切りつけることなく後退する。

(あの攻撃で痛めたのか!・・こんなことで、私が・・・!)

 徐々に強まっていく痛みを押し隠して、結花は戦いに集中する。だが痛みは戦いが行える状態でないことを訴えていた。

「結花・・もしかして腕を・・・!?

 緊迫を覚えた牧樹が、結花に駆け寄る。

「邪魔をするな!こんな相手、私1人で十分だ!」

「そんなことない!結花、ケガしてるじゃない!」

 突き放す結花だが、牧樹は聞き入れずにハデスと対峙する。

(私がやらなくちゃ・・ハデスやプルートをやっつけないと、結花や直美ちゃん、みんなが大変なことになるんだから・・・)

 押し寄せる不安を抑え込んで、牧樹が意識を集中する。

(お願い・・私の中にある力・・私に力を貸して・・・!)

 牧樹が願いを込めて、自身のブレイドを出現させる。光の剣を手にした牧樹が、咆哮を上げているハデスを見据える。

「アンタみたいなの、私がやっつけてやるんだから!」

 牧樹は高らかに言い放つと、真正面から飛びかかっていく。突進を仕掛けてきたハデスの頭のひとつを、彼女は剣を振りかざして切り落とした。

 絶叫を上げるハデスが暴走する。その突進が牧樹に襲い掛かる。

「キャアッ!」

 剣で防いだものの、牧樹がハデスに突き飛ばされる。地面を横転して、そのまま倒れこんでしまう。

 まだ立ち上がれないでいる牧樹に、怒り狂うハデスが迫ってくる。彼女に突進を仕掛けるハデスだが、そこへ結花が飛び込み、左手で突き出した剣を残った頭に突き立てられる。

 激痛にあえいで後ずさりするハデス。きょとんとなっている牧樹に、結花が近寄ってくる。

「戦い慣れしていないのに真っ向から向かっていくとは・・ムチャなヤツだな・・」

 呆れ果てていた結花がハデスを見据える。だが彼女は右腕の痛みを引きずったままだった。

 ハデスがさらに結花と牧樹を狙って飛びかかる。そこへ一条の刃が飛び込み、ハデスの頭に突き刺さる。

 奇襲を受けて怯むハデス。この一瞬の隙を垣間見た牧樹がとっさに飛び出す。

 持てる力の全てを振り絞って、牧樹が剣を振り下ろす。その一閃が、ハデスを頭から体を真っ二つにする。

 体を切り裂かれて事切れたハデスが、光の粒子になって消滅した。

「ふぅ・・何とかやっつけられたよ・・・」

 戦いを終えて、安堵を覚えた牧樹がその場に座り込む。脱力した彼女の手から光の剣が消失する。

「でもあのブレイド・・誰が助けてくれたんだろう・・・?」

「よかった・・間に合いましたね・・・」

 疑問を浮かべたところで、牧樹が声をかけられる。結花とともに彼女が振り向くと、そこには直美の姿があった。

「直美ちゃん!?

「牧樹さんがどうしても心配になって・・・ゴメンなさい、言うとおりにしなくて・・・」

 声を荒げる牧樹に、直美が微笑みかける。

「あのブレイドはお前の・・・お前もブレイディアだったのか・・・」

 直美が発揮した力に、結花が眉をひそめる。

「牧樹さんだけじゃなくて、結花さんもブレイディアだったんですね・・・」

 喜びを感じて微笑みかける直美に、結花が憮然とした態度を見せる。だが直後、結花は右腕の痛みを覚えて顔を歪める。

「どうしたのですか、結花さん!?ケガしたのですか!?

「気にするな。大したことはない。」

 心配の声を上げる直美に、結花は平静を装う。

「私に任せてください!結花さんのケガを、私に移します!」

「待って、直美ちゃん!私のケガを移してるのに、結花のケガまで移すなんて・・!」

 結花のケガを自分に移そうとする直美を、牧樹が呼び止めようとする。だが直美は初めて、頑固な自分を見せていた。

「私、分かった気がするんです・・自分にできること、自分にしかできないことをすることが1番いいって・・私ができるのは、みなさんのケガを和らげること・・・」

 自分の気持ちを思い切って伝える直美。彼女は自分のブレイドを出現させると、その切っ先を結花の右腕に当てた。

 直美の剣が淡く輝くと、結花は腕の痛みが引いていくのを実感していく。

(痛みがなくなっていく・・これがコイツのブレイドの能力か・・)

 痛みが和らいでいくことで、安らぎを感じていく結花。彼女が安息を取り戻した代わりに、直美が腕に痛みを覚えた。

「くっ・・・!」

「直美ちゃん、大丈夫!?・・直美ちゃん・・・」

 痛みにうめく直美に牧樹が困惑する。直美は牧樹と結花の被ったケガを自分に受け入れたのである。

「大丈夫です・・一晩休めば何とかなります・・・」

 作り笑顔を見せる直美だが、牧樹は不安の色を消せなかった。

「・・・すまなかったな・・私のために・・・」

 そこへ結花が照れ隠しに、直美に向けて感謝の言葉をかけてきた。

「結花が、お礼を言うなんて・・・」

「う、うるさい!さっさと山を降りるぞ!」

 そのことが意外に思える牧樹に、結花が赤面しながら突っ張ってみせる。だが彼女からの感謝の意に、直美は心から喜びを感じていた。

「ありがとうございます・・本当にありがとうございます・・・私、結花さんのために、全身全霊を賭けていきますから・・・」

「どいつもこいつも・・好きにしろ・・・」

 意気込みを見せる直美に憮然さを見せると、結花はこの場から立ち去っていった。その後ろ姿を見て、牧樹も笑みをこぼしていた。

 

 

次回

第5話「辛口な大騒動」

 

牧樹「これでヒロイン3人揃い踏みだね♪」

直美「そうですね・・・」

牧樹「やっぱりヒロインものは、3人から5人ぐらいいるのが丁度いいものだね♪

   結花もそう思うよね?」

結花「お前たちの戯れには付き合いきれん・・・」

 

 

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