ブレイディア 第2話「剣の舞/目覚めの時」
牧樹の新しい生活が始まった。
式部学園で学ばれる勉強に、所々分からないところが出てきたが、牧樹は何とかついていくことができた。
そして式部学園での最初の日も2時間目が終わった。牧樹が肩を落として、そのまま机に突っ伏した。
「ふぅ・・思っていたより難しい授業・・赤点が出なければいいんだけど・・・」
「どう?学園の勉強についていけている?」
その牧樹に向けて声をかけてきたのは、長い黒髪をしたメガネ姿の女子だった。
真田ぼたん。1−1のクラス委員を務めている。
「あなたは・・・」
「きちんと自己紹介していなかったわね。私は真田ぼたん。クラス委員だから、分からないことがあったら先生か私に聞いて。」
当惑を見せる牧樹に、ぼたんが優しく微笑みかける。
「いたいたー♪噂の転校生♪」
そこへもう1人、レモン色のショートヘアの女子が無邪気な様子で駆け込んできた。遅れて藍色の髪のショートヘアの女子も、明るい雰囲気でやってきた。
柳すずめと桐原さくら。ぼたんとは幼馴染みの2人で、明るい雰囲気が特徴。
「ねぇねぇ、牧樹ちゃん。どっから来たの?」
「今までの学校生活はどうだったのかな?」
「やめなさい、2人とも。牧樹さんが困ってしまうでしょう・・」
牧樹に質問攻めをするすずめとさくらを、ぼたんが呆れながらいさめる。
「いいよ、いいよ。話してためになるかどうかは分かんないけど・・」
牧樹が苦笑いを浮かべて弁解し、自分に関することを話せるところまで話した。
「うう・・そんな辛い人生を送ってきたなんて・・・」
「牧樹ちゃん・・・あなたは何てすごい人なんでしょう・・・」
その話を聞いて、すずめとさくらが大粒の涙を流す。
「大げさにしないの。大人気ないんだから・・」
その2人の様子にぼたんは再び呆れていた。牧樹も照れ笑いを浮かべるばかりだった。
「ところで牧樹さん、青山さんと知り合いなの?」
「えっ?」
ぼたんからの唐突な質問に、牧樹は当惑を覚える。彼女は同時に、昨日起きた出来事を思い返していた。
ハデスと呼ばれる怪物。結花が手にした光の剣。謎だらけのこの出来事を、牧樹は未だに理解することができなかった。
「そうだね?挨拶のとき、いきなり青山さんの指差して驚いてたし・・」
「うん、ちょっとね・・清和島に来てすぐに会って・・・」
さくらも声をかけ、牧樹も困惑気味に答える。零球山での不可思議な出来事については、彼女はあえて打ち明けなかった。
「青山さん、欠席が目立っているのよ。教室にいるほうが逆に不思議なくらいに・・」
「それなのに、成績はトップ。抜き打ちテストでも1位だったの。それも不思議だよね〜・・・」
ぼたんの説明にすずめが話を続ける。
「青山結花か・・・」
思い返した牧樹が、結花への関心を抱いていた。
「噂をすれば何とやらだね・・」
さくらがかけた声を耳にして、牧樹が教室の扉に眼を向ける。その扉を結花が通ったところだった。
その次の休み時間。牧樹は結花に声をかけた。昨日のことを聞いていると察した結花は、牧樹を連れて校舎の屋上に出た。
「昨日のことならあれ以上話すことはない。お前はまだ部外者の人間なんだからな。」
「ふざけないでよ!あんなおかしなことだらけに巻き込まれて、部外者であるはずがないでしょ!」
憮然とした態度で言いかける結花だが、牧樹は納得しない。
「お前は死ぬのが怖くないのか?お前が今私から聞き出そうとしていることは、常に死と隣り合わせの惨状なのだぞ。」
「かじりかけの謎を謎のままにしておくのは、気分が悪くなるんだよ。だからそう簡単に諦めらんないの。」
「そこまで言い切るとは、肝は据わっているようだな・・死に急ぎたいなら好きにしろ。私の知ったことではないがな・・」
意地を張る牧樹に言いかけると、結花は憮然さを浮かべたままこの場を立ち去る。
「こうなったら、徹底的に調べてやるんだから!これだけの謎、放っておくわけにいかないって!」
諦めようとしない牧樹は、再び零球山に向かうことを心に決めていた。
昨日の零球山での騒動は、清和島では地崩れであると公表されていた。だが大貴と要はその騒動の真相を知っていた。
「またハデスが現れたようですね・・」
「そうだね。ハデスは本能のままに動く怪物と同じだからね。僕たちの都合も考えちゃくれないんだよ・・」
淡々と言いかける要と、悠然さを浮かべる大貴。
「それでどうするつもりですか?すぐにでも手を打つこともできますが・・」
「いや、今回はちょっとだけ様子を見ようかな・・そろそろ、何かが起こりそうな気がするんだよ・・・」
「ハァ・・あなたの気まぐれには本当に悩まされますね・・・」
気さくに言いかける大貴に、要はため息をつく。
「さて、何が飛び出してくるのか、楽しみだ・・・」
期待を膨らませながら、大貴は窓から外を、零球山を見つめていた。
昨日に続いて零球山に足を踏み入れた結花。だが林道の真ん中で足を止めて、ため息をついた。
「いい加減しつこいぞ、お前・・」
結花が後ろにいる牧樹に声をかける。牧樹はずっと結花の後ろをついてきていた。
「私はこの山と島の謎を調べるって決めたの。だから出て行けっていうあなたの言うことは聞かない。」
「ならば、今ここで私に殺されても文句はないということか?」
言いかける牧樹に対し、結花は具現化させた光の剣を手にする。その切っ先を牧樹に向ける。
「私を殺すの?邪魔者の私を?そんなことしたって、あなたが殺人犯になるだけだよ!」
「お前を殺せば、警察が私を逮捕するのか?悪いが私は逮捕されない。警察の手に余る力を持っている。さらに私が関わっていることは、警察も認知しているがないこととしている。」
眼つきを鋭くする牧樹に対し、結花は顔色を変えずに言いかける。
「どういうことなの・・・!?」
「つまりお前がここで殺されても、その事実が闇に葬られることになる。おそらく事故死にされるだろうな・・」
疑問を投げかける牧樹に、結花が淡々と言いかける。その言葉に嘘、偽りがないと痛感し、牧樹は愕然となる。
「私が挑もうとしている相手、私が踏み込んでいる世界は、そんな理不尽で塗り固められている・・お前が宿している常識は、簡単に覆される・・・」
「そんな・・そんなムチャクチャな・・・!」
「ムチャクチャなんだよ・・・この場所だけでなく、何もかもが・・・」
歯がゆさを噛み締める牧樹に言いかけて、結花が物悲しい笑みを浮かべる。彼女自身がこの世界の不条理に嫌悪を抱いていた。
「あらあら。そんなところでケンカ?」
そこへ声がかかり、結花が眼つきを鋭くして振り返る。その先の木の上には2人の女子がいた。
長髪と短髪の違いはあったが、同じ茶色がかった黒髪で、顔立ちも酷似していた。藤原亜美、藤原麻美姉妹である。
「しつこいことだな、お前たち。私に関わるとは、コイツと同じく命知らずということか・・」
結花がため息混じりに亜美と麻美に言いかける。だが2人は笑みを消さない。
「丁度退屈してたとこなんだよね。あたしたちと遊んでくれる?」
麻美が結花に挑発的な言葉を浴びせる。しかし結花は動じる様子を見せない。
「悪いがお前たち暇人に費やす時間は持ち合わせていない。すぐに消え失せろ。」
「消え失せろ、とは・・ずい分な物言いだこと・・」
言いかける結花の言葉を、亜美があざ笑う。
「あんまり付き合いが悪いと、嫌われるわよ・・・」
亜美は眼つきを鋭くすると、右手に光の剣を出現させた。
「えっ!?あの人も!?」
驚きの声を上げる牧樹。亜美が飛び降りて、結花に向けて剣を振り下ろす。
結花がとっさに光の剣を出現させて、亜美の剣を受け止める。結花は即座に払いのけて、亜美を退ける。
「あたしのことも、忘れてもらっちゃ困るのよね・・」
麻美も木の上から降りて、光の剣を出現させる。突きに特化した結花の剣と違い、亜美と麻美の剣は斬ることにも突くことにも長けたスタンダードな形状となっていた。
「あたしたち姉妹の舞、たっぷり見ていってちょうだいね・・・」
麻美は言葉をかけると、結花に向けて剣を振りかざす。結花は剣を振り上げて、麻美の攻撃を跳ね除ける。
「そこまで死に急ぎたいというなら、まとめて始末してやるぞ・・・」
結花が鋭く言いかけて、剣を構える。亜美と麻美に眼を向けたまま、結花が牧樹に言いかける。
「お前はいい加減に消えろ。私かヤツらに殺されないうちに。」
「心配してくれるなんて、案外優しいところもあったんだね・・」
忠告を入れる結花に牧樹が笑みをこぼす。その言葉に動揺を覚えて、結花が一瞬赤面する。
「くだらないことを言うと、すぐに私が始末するぞ!」
「もう、かわいいところもあると思ったのに・・・」
怒鳴る結花を背にして、牧樹がこの場から駆け出していった。
「あのまま逃げられても関係ないけど、厄介なのはイヤだからね・・」
「どっちが追いかけるか決めようか。」
牧樹の追跡を巡って、亜美と麻美が相談を切り出す。
「どうやって決めるの?」
「じゃんけん。」
「ダメだって。あいこばっかでなかなか決まんないじゃない・・」
「じゃどうやって決めるのよ?」
「コイントス。それなら公平にきちんときめられるでしょ?」
「当たったら結花をやっつける。外れたらあの小娘をやっつける。そういうことね・・」
話がまとまると、亜美がポケットからコインを取り出す。
「あたしは表。」
「じゃ、私は裏ね。勝っても負けても文句はなしよ。」
亜美がコインを上に投げる。地面に落ちたコインが、何も描かれていない裏を示す。
「あ〜あ、あたしが小娘を追いかけるのか・・」
麻美が肩を落としてため息をつく。
「文句はなしって言ったじゃない。決まったんだから早く行った。」
「分かったわよ、もう・・」
亜美に言い寄られて、麻美がため息混じりに牧樹を追いかけていった。
「追いかけなくていいの?早くしないと、あの子、麻美にやられるわよ?」
「勘違いするな。アイツがどうなろうと私には関係ない。それと私の邪魔をするお前は私に葬られる。運がなかったのはお前だったな・・」
あざ笑う亜美に、結花は全く動じず、不敵な笑みを見せる。その言葉に、逆に亜美が反感を覚える。
「少し遊んであげようかと思ってたけど、そんなにあっさり斬られたいの・・・!?」
「お前こそ手加減せずに来い。手加減していたためにすぐに終わってしまっては、お互い気分が悪くなるだろう?」
結花の挑発に怒りをあらわにする亜美。亜美が結花に飛びかかり、剣を振り下ろしてきた。
零球山から脱出しようと、牧樹は林道を駆けていた。だがその前に麻美が回りこんできた。
「自分だけ逃げることないじゃない。せっかくだから付き合ってよねぇ。」
「冗談じゃないって!私はどういうことなのか知りたかっただけ!」
妖しい笑みを見せてくる麻美に、牧樹が反論する。
「そうなの?それもそれで、あたしには都合がいいかなぁ。」
「えっ・・・!?」
「力のない人を一方的にいじめていくのも、悪い気分じゃないのよねぇ・・」
「ふ、ふざけないでって!こんなムチャクチャ、認められるわけないじゃない!」
「そんなの関係ないわ。ここはおかしな噂があるし、見つかることないし・・」
怒鳴る牧樹に対して、麻美が笑みを消す。
「何にも知らないのに首突っ込んできて、いろいろと文句ばっか言ってくる・・・うざいんだよ!」
苛立ちをあらわにした麻美が、光の剣を具現化させる。振り下ろされる刃を、牧樹がとっさにかわす。
「こ、こんなのってありなの!?」
「いい加減鬼ごっこは終わりにしようか!アンタの体をズタズタに切り裂いてね!」
抗議の声を上げる牧樹だが、麻美は聞く耳を持たず、剣を振りかざす。よけようとした麻美が足をつまづいてしりもちをつく。
「これで終わりね・・さーて、どこから切り裂いていこうかしらね。ウフフフフ・・」
微笑みかける麻美が、剣を構えて牧樹を見据える。
(冗談じゃない・・こんなんで死ぬなんて、絶対にありえないって・・・)
牧樹の心の中に恐怖が膨らんでいく。
(死にたくない・・私、何も知らないまま無残に殺されるなんて、絶対にイヤ・・・!)
牧樹の心の中に恐怖と生への渇望が膨らんでいく。
「私は死にたくない!生きたい!生きて、この謎の答えを確かめたい!」
鋭く言い放つ牧樹。そのとき、握り締めていた彼女の右手から、まばゆい光が解き放たれる。
「何っ!?」
その出来事に麻美が驚愕する。牧樹の手から放たれた光は、剣へと形を変えていく。
「まさか、アンタも・・・!?」
「これって、結花が出していたのと同じ・・・!?」
出現した光の剣に、麻美だけでなく牧樹自身も驚いていた。この剣は結花や亜美たちの剣と違い、大型で斬ることに特化した大剣だった。
「まさかこの女もブレイディアだったなんて・・・!」
「ブレイディア・・・!?」
驚愕する麻美が口にした言葉に、牧樹が疑問を感じていた。
襲い掛かる亜美と剣を交える結花。2人は一進一退の攻防を繰り広げていた。
「どうした?威勢のわりに腕は高くないようだな。」
「いい気にならないでよね。私の力はこんなものではないのよ。」
不敵な笑みを見せる結花に、亜美は淡々と言葉を返す。
「ならば早く見せることだな。手を抜いて負けたとなれば、さすがに恥をかかずにはいられないだろう。」
「その余裕がだんだんと消えていき、恐怖に変わっていく・・見ものね・・・」
互いに笑みを見せる結花と亜美。2人が再び剣を振りかざそうとしたときだった。
突如森の中で閃光がほとばしった。その出来事に結花と亜美が驚愕して眼を見開く。
「何だ・・・!?」
「この光・・麻美のものじゃない・・・!」
その閃光を気にして、亜美が結花との距離を取る。
「麻美に何かあったら困るわ・・後で必ず始末してやるわよ!」
亜美は結花に言い放つと、光の発せられたほうに駆け出していく。結花も彼女の後を追う。
その光が放たれる場所に行き着くと、2人は驚愕を覚える。
「その剣・・まさか、あなたも・・・!?」
亜美がたまらず声を荒げる。牧樹の手には結花たちが出したような光の剣が握られていた。
「お前もブレイディアだったとはな・・・!」
「ブレイディア・・・!?」
結花が切り出した言葉に、牧樹が困惑する。どうなっているのか分からないまま、牧樹が立ち上がる。
「何がどうなってるの・・・!?」
自分が手にする光の剣を見つめる牧樹。彼女も運命の戦いに身を投じることとなった。
次回
結花「まさかお前まで剣を出せるようになるとはな・・」
牧樹「フフフ、やったね♪
これで私も正義のヒロインだね♪」
結花「浮かれている場合ではないぞ。
また1人ブレイディアが出るらしいぞ。」
牧樹「ヒロインが多いのも困りものだね・・・」
結花「そうだな・・・」