ブレイディア 第1話「剣の乙女」
ブレイディア。
各々の剣を振るう血塗られた少女。
彼女たちに課せられる運命が導くのは、楽園か、地獄か。
その答えは、心の剣のみぞ知る・・・
私立式部学園。日本国内に点在する島、清和島にある私立高校。
清和島には自然に満ちあふれた島であるが、街や施設など、都会に勝るとも劣らない場所も存在している。
その学園に転入するために、1人の少女が清和島にやってきた。
赤澤牧樹。紅いショートヘアと明るい性格が特徴の15歳。
牧樹は10歳のときに両親を亡くし、今まで叔父夫婦と生活していた。ところが数週間前に叔父が亡くなり、自立しなければならないと決めた彼女は、これまで通っていた高校から式部学園へ転校してきたのである。
「ふぅ・・うまく入れてくれてよかった・・ここは空気がきれいだし、それに・・・」
1人呟きながら、牧樹がパンフレットを取り出す。
「この清和島に伝わる戦乙女の伝説・・観光気分で巡ってみてもいいかなぁ・・・」
「また興味本位でこの島に来たヤツが出てきたのか・・」
そこへ突然声をかけられ、牧樹が慌てふためく。恐る恐る振り返った先には、1人の少女の姿があった。
長身と青く長い髪が特徴。クールで大人びた雰囲気を宿している少女だった。
「ここはお前が思い描いているような理想郷は存在しない。できることならすぐにでもここから去るべきなのだがな・・」
「ちょっとあなた、いきなりそんなことを言われて、はいそうですかって引き下がれるわけないでしょう!?」
淡々と言いかける少女に、牧樹が不満をあらわにする。
「私は今日からあの学園で勉強するの!それなのにいきなり不登校になるなんて馬鹿馬鹿しいって!」
「そうか・・ならばせいぜい後悔することだな。私はもう知らん・・・」
文句を言ってくる牧樹に呆れて、少女がため息をつく。彼女はきびすを返して、この場を後にした。
「何なの、いきなり・・はた迷惑な・・・」
少女の態度に呆れながらも、牧樹は改めて意を決して、学園へと向かうのだった。
青山結花。15歳。
式部学園に通う女子高生であるが、不登校が目立ち、教師たちを難儀させている。ところがテストの成績は常に1、2を争うほどで、その才色兼備が他の生徒たちの注目の的となっていた。
だが結花はある行動を続けていた。それはこの清和島に伝わる伝説に深く関係していることだった。
「アイツ、帰る気はまるでないか・・何もなければいいのだが・・・」
結花は先ほど接触した少女、牧樹の姿を見ていた。彼女が島を出て行かないことに、結花は不満を感じずにいられなかった。
「とにかく、今日も零球山に行ってみるか・・またヤツらが動き出しているかもしれない・・」
結花は言いかけると、清和島に点在する零球山に向かおうとした。
「おや?お前、青山結花じゃないか。」
そこへ1人の青年が声をかけてきた。
紫藤一矢。式部学園高等部1年で、結花と同じクラスである。
「またお前が不登校なんで、黒部先生がカンカンになってるぞ。」
「知ったことではない。私がどうしようと私の勝手だ。」
一矢が気さくな態度で言いかけると、結花が憮然とした態度を見せる。
「それに私は試験で十分な成績を出している。文句はないはずだが?」
「何言ってんだよ。いくら成績トップでも、サボってたら留年するに決まってるだろ。」
「そんなこと、私には関係ない。私にはやるべきことがあるのだからな・・」
呆れる一矢の言葉を一蹴すると、結花はバイクに乗って走り去っていった。
(そうだ・・私にはやるべきことがある。他のことに構っている暇などない・・・)
結花は心の中で訴えていた。彼女には命を賭けてでもやり遂げなければならないことがあった。
牧樹の式部学園での第1日目は、通常の授業には参加せず、転入時の話を聞くものだった。彼女は受付の案内を受けて、学園長室にやってきた。
学園長室という名目でありながら、そこは大きな屋敷だった。その邸宅で学園長と教頭が暮らしていることも、牧樹は聞かされていた。
(こんなすごいところにいて、しかも住んでいるなんて・・・)
完全に凄みを感じて唖然となる牧樹。すると学園長室の正面玄関のドアが開かれ、スーツ姿の長い黒髪の女性が姿を見せてきた。
「こんにちは。あなたが赤澤牧樹さんですね?」
「え、あ、はい・・」
女性に声をかけられて、牧樹が当惑を見せながら返事をする。
「私は式部学園教頭、白川要です。赤澤さん、こちらへ。」
女性、要に促されて、牧樹が学園長室に足を踏み入れる。邸宅の中は広く、下手をすれば迷ってしまいそうだった。
要の案内で何とか迷わずに進むことができた牧樹。2人はある部屋の前で足を止め、要がそのドアをノックする。
「はい、どうぞ。」
気のない返事が返ってくると、要はドアを開けた。その部屋には黒髪の青年がいた。
黒部大貴。式部学園学園長である。
「はじめまして、赤澤牧樹さん。私がこの学園の長を務めている、黒部大貴です。」
「こ、こちらこそはじめまして。赤澤牧樹です。」
青年、大貴が微笑んで声をかけると、牧樹もそわそわしながら一礼する。
「そんなにかしこまらなくていいよ。緊張していては、何事もいい成果は出ないものだよ。」
「す、すみません。ですが本当にお若いんですね。ビックリしてしまいました。アハハハ・・・」
「いえいえ。よく言われることだから、エヘヘヘ・・・」
互いに照れ笑いを見せる牧樹と大貴。そこへ要が咳き込み、話を本題に戻そうとする。
「では赤澤さん、君は明日から1年1組のクラスで勉強することになる。担任は山吹姫子先生。後は事前に送った書類に書いてあるとおりだけど、何か分からないところとか、質問はあるかな?」
「あの・・生活費を稼ぐために、アルバイトをしたいのですが・・・」
「生活費のためだったら構わないよ。仕事先を教えることと、授業に支障が出ないようにすることが条件だけど。」
大貴からの了承が出て、牧樹は安堵を浮かべる。
「質問は以上です。学園長、教頭先生、どうぞよろしくお願いします。」
牧樹は大貴と要に一礼すると、部屋を後にした。彼女が見えなくなったところで、大貴が笑みをこぼす。
「かわいらしい子が転入してきたね。また楽しみがひとつ増えたよ。」
「そういう不謹慎な発言は控えるようにと、いつも言っているではないですか・・お兄様・・・」
大貴の姿を見て、要が呆れてため息をつく。
要は大貴の妹である。「白川」は2人の母親の旧姓で、要自身が周囲におかしな眼で見られたくない理由で使っているのである。
「いや、楽しみなのはかわいいだけじゃないよ。もしかしたら彼女も・・・」
さらに微笑みかける大貴。だがその笑みは悪ふざけのものではなかった。
大貴たちとの挨拶を終えて、牧樹は帰る途中に安堵を浮かべていた。
「ふぅ・・緊張した・・・でも学園長と教頭先生、若かったなぁ・・見かけだけなのかな・・・?」
大貴と要の容姿を気にする牧樹。考え込んでいたところで、彼女は前にいた人にぶつかってしまう。
「わっ!」
声を荒げてしりもちをつく牧樹。痛がる彼女がゆっくりと顔を上げる。
「大丈夫かい?すみません。よく前を見ていなかったもので・・」
謝ってきたのは、1人の青年だった。肩ほどの長さの黒髪と長身、穏和な性格と雰囲気が特徴だった。
鷺山祐二。式部学園高等部2年生である。
(か、かっこいい・・・)
祐二を見た牧樹の最初の感想がそれだった。彼女は祐二の姿に見とれていた。
「本当に大丈夫?どこかケガでも・・・?」
「えっ?・・・い、いえ、大丈夫です!・・あ、謝るのは私のほうです。私がボーっとしていたのですから・・・」
祐二に声をかけられて、我に返った牧樹が慌てて答える。その様子を見て、祐二が微笑みかける。
「もしかして、転校生かな?学園長に挨拶に行ったのかな?」
「はい。私、赤澤牧樹です。1年です。」
「僕は鷺山祐二。2年。君の先輩ということになるけど、気軽に声をかけてきていいよ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします、鷺山さん。」
「祐二でいいよ、牧樹さん。」
互いに自己紹介をする祐二と牧樹。
「ではこれで失礼いたします。」
「うん。ではまたね、牧樹さん・・」
牧樹は祐二に一礼すると、そそくさにこの場を立ち去っていった。
(祐二さん・・かっこいい・・しかも優しくて・・・)
祐二への気持ちを抱えて、牧樹は零球山に向かった。零球山に残されている歴史を知りたいと、彼女は考えていた。
その頃、結花は零球山の森林地帯を進んでいた。彼女はある目的のために行動を起こしている。
(この零球山で、主にヤツらが動き出している。山のどこかに連中の本拠地があるはずだ・・)
結花はその目的に向けて、行動を続けるのだった。
しばらく林道に歩を進めたとき、結花は眼つきを鋭くして足を止め、周囲に注意を向ける。
(近くに何かいる・・ヤツらか・・・)
周囲への警戒をしながら、結花は意識を集中する。そして近くの茂みが揺れて、彼女が振り返る。
だが、そこにいたのは彼女が追い求めていた相手ではなかった。
「お前・・まだこの島にいたのか・・・」
その茂みの先にいる人物を眼にして、結花が肩を落とす。そこには零球山の探索をしていた牧樹だった。
「帰ればいいものを・・なぜこの山に来た?」
「だって私、この零球山にまつわる歴史に興味があるんだもの。」
眉をひそめる結花に、牧樹が真剣な面持ちで答える。
「数多くの戦乙女が集まって、戦いを繰り返してきたという伝説・・その人たちは、人を超えた力を持っていたとも言われている・・それが何とされているのか、どういう歴史があるのか、もっと詳しく知りたいと思ってね・・」
「だが結局は歴史や伝説だ。その中には事実を記しているものもあれば、事実無根のでたらめも混じっている・・この零球山の伝説が、事実である確証はない。」
「だからって、確かめもしないで知らん振りなんて、私の性分じゃないのよ。」
不満を込めて言いかける牧樹の言葉に、結花は肩を落とす。
「知らないほうが、いいこともある・・・」
「えっ・・・?」
結花が口にした言葉に、牧樹が疑問符を浮かべる。
「とにかくこの山から、この島から消えろ。2度と戻れなくなる前に・・」
「だから、頭ごなしにそんなこと言われたって、納得できないって!」
念を押す結花だが、牧樹は受け入れられず、彼女に事情を聞きだそうとする。結花は無言になり、事情を打ち明けようとしない。
そのとき、突如山の中で轟音が響いた。この事態に結花が眼つきを鋭くして、牧樹がその衝撃に揺られてしりもちをつく。
「何なの、この地震・・・!?」
「どうやらヤツらが出てきたようだな・・・」
声を荒げる牧樹と、毒づく結花。
「お前はすぐにここから帰れ。命が惜しいと思うならな。」
結花は牧樹に言いかけると、すぐさま駆け出していった。
「あっ!ちょっと!」
牧樹も慌てて立ち上がって、結花を追いかけていった。
2人が行き着いた広場。そこでの光景に牧樹は眼を疑った。
広場には異様な怪物の姿があった。長く太い尻尾を持った4本足の怪物だった。
「な、何!?バ、バケモノ!?」
「ちっ!去れとあれほど言ったのに・・・!」
驚愕をあらわにする牧樹に、結花が舌打ちをする。怪物は咆哮を上げると、2人に眼を向ける。
「お前はすぐに逃げろ!そしてこの山で起きたことは全て忘れろ!」
「で、でも・・!」
「それとも、私がここでお前を始末してやってもいいぞ?」
結花に言いとがめられて、牧樹はこれ以上反論できなくなる。彼女は慌ててその場から逃げ出す。
だが怪物が尻尾を振りかざし、牧樹の行く手を阻む。
「キャッ!」
衝撃と巻き上がる砂煙に押されて、牧樹が倒れ込む。逃げ道をふさがれたことに、結花が毒づく。
「逃げ道なしか・・この力を見せるわけにいかないのだが、もはや言い逃れもできないか・・・」
苦渋の決断をした結花が、怪物を見据えて意識を集中する。
「いいか。私の後ろから絶対に前に出るな。そしてここで起きたことは全て、すぐに忘れろ。」
「えっ・・・!?」
結花の呼びかけに牧樹が当惑を見せる。
そのとき、結花がかざした右手に光が出現する。光は徐々に強まり、やがて剣の形状へと変化する。
「何なの、あれ・・・剣・・・!?」
牧樹は結花が出現させた剣に眼を見開く。幻のように見えたが、結花が手にしていたのは紛れもなく光の剣だった。
「私の行く手をさえぎるものは、全てこれで突き破る。たとえハデスであっても・・・!」
結花は鋭く言い放つと、怪物に向かって飛びかかる。怪物が尻尾を振りかざすが、結花は剣でその尻尾を切り落とした。
絶叫を上げる怪物。だが切り落とされた尻尾が、トカゲのように再生された。
「根元を絶てということか・・・!」
結花が再び怪物に飛びかかる。振り下ろしてきた尻尾を跳躍しながらかわすと、彼女は怪物の頭部に剣を突き立てた。
「どんなヤツでも、脳と心臓をつぶされれば生きてはいけない!」
結花が鋭く言い放つと、怪物が絶叫を上げながら昏倒する。事切れた怪物が、光の粒子になって消滅する。
戦いを終えた結花の手から、光の剣が消える。この戦いを目の当たりにして、牧樹は言葉が出なくなっていた。
「これがお前に島から去れといった理由だ・・今さら後悔したところで、もうお前は引き返せない・・・」
結花がため息をつきながら、牧樹に言いかける。
「それでも後悔を感じているなら、お前はいい加減にここから去れ。安全は保障できないがな・・」
「待ってよ・・あれって、ホントのことなの・・・!?」
呼びかける結花だが、牧樹は今の出来事が夢か幻ではないかと疑っている。
「全てが夢だった・・そう思えばいい・・」
「それはつまり、これがホントのことだってこと・・・?」
牧樹の疑問にこれ以上答えることなく、結花はこの場を立ち去った。考えの整理がつかないまま、牧樹もやむなく零球山を後にした。
その不可思議な出来事から一夜が明けた。その出来事での謎が解消されないまま、牧樹は清和学園に登校した。
「おはよう、赤澤さん。私が君のクラス、1−1の担任の山吹姫子だ。よろしく。」
「はい。よろしくお願いします、山吹先生・・」
挨拶を交わす姫子と牧樹。姫子は冷静沈着な性格で、厳格な人のように見えた。だが周囲からは「寡黙だが優しい」と評されている。
「では赤澤さん、入ったらきちんと挨拶すること。いいね?」
「はい。」
姫子の呼びかけに牧樹が答える。牧樹は姫子に連れられて、クラスの教室にやってきた。
「お前たち、席に着け・・今日から君たちと一緒に学園での時間を過ごすことになった新しい生徒を紹介する。」
姫子の呼びかけを受けて、席に着いた生徒たちが再びざわめき出す。
「赤澤牧樹です。よろしくお願いします・・」
牧樹がクラスメイトたちに挨拶をしたときだった。彼女はそこで見知った顔を目撃した。
「ああ!!あなた!」
たまらず声を上げる牧樹。彼女が指差す先には、結花の姿があった。
次回
牧樹「ついに始まったね、このストーリー♪」
結花「何でも、キーワードは“もえ”ということなのだが・・熱いのか?」
牧樹「多分、“燃え”と“萌え”、2つの意味があるんじゃないかな?」
結花「何が違うんだ?・・分からん・・・」