ブレイディアDELTA 第25話「3人の乙女」

 

 

 みなもの怒りを呼び起こすため、トオルを襲った牧樹。彼女はブレイドを彼に向けて振り下ろそうとした。

“牧樹ちゃん!”

 そこへ声が響き、牧樹がブレイドを止めた。彼女は無意識にトオルへの攻撃を中断させられた。

(い、今の声・・まさか、そんな・・・!?

 聞き覚えのある声に、牧樹は困惑する。その声は彼女に想いを寄せていた人の声だった。

 脳裏によぎったその声が、牧樹のトオルへの攻撃を抑止していた。

「どうして・・私は、こんな悲劇を繰り返させないために・・・!」

 必死になって攻撃しようとする牧樹。だがトオルに敵意を向けることができず、ついにブレイドを消失させてしまう。

 自分の怒りを揺さぶられる牧樹。だが彼女は怒りを和らげていく自分が許せなかった。

「・・・たとえ手にかけなくても、みなもの怒りを呼び起こすことはできる・・・」

 気持ちを落ちつけようとしながら、牧樹がトオルをつかみ上げる。彼をさらい、牧樹はみなもをおびき寄せようとしていた。

 

 牧樹の力を感知したみなも、秋葉、いつきは感じたほうへと駆けていた。しかし3人が駆け付けたときには、牧樹の姿も気配もなくなっていた。

「いない・・来るのが遅かったようです・・・」

「誰も被害になっていなければいいんだけど・・・」

 周囲を見回すいつきと、不安を口にするみなも。みなもは唐突に悲しい顔を浮かべた。

「ライム・・静かに眠りたいのに・・・」

「みなもちゃん・・・何とかしないと・・ライムちゃんのために・・・」

 秋葉に励まされて、みなもが笑みを取り戻す。

「みなもさん、秋葉さん、大変です!トオルさんが!」

 そのとき、いつきが声を荒げてきた。みなもと秋葉も緊迫を膨らませて、いつきに駆け寄る。

「何かあったときにすぐに対応できるように、トオルさんに発信機を付けていました。トオルさんはまだ、自宅に帰っていません・・学園にもいませんし、何かあったとしか・・・」

「それで、トオルさんは今どこに・・もしかしたら、牧樹さんに連れて行かれたのかもしれない・・・!」

 説明するいつきに、みなもが呼びかけてくる。いつきが発信機を頼りに、トオルの行方を追う。

「見つけました・・零球山です・・・!」

「零球山・・・」

 いつきが告げた場所に、みなもが息をのむ。発信機は、トオルの居場所が零球山であることを示していた。

「零球山・・明らかにプルートやブレイディア・・特に、牧樹さんの仕業である可能性が高いです・・・」

「でも、このままではトオルさんが危険よ・・すぐに零球山に行きましょう・・」

 情報を分析するいつきに、みなもがさらに呼びかける。彼女から焦りが感じないことから、いつきは同意して頷いた。

「くれぐれも慎重にお願いします。相手は牧樹さん。しかも今まで以上の力を出してくると考えたほうがいいです・・・」

「分かってる・・それでもみなもちゃんやみんなのために頑張りたいから・・・」

 いつきの忠告を、秋葉が真摯に受け止める秋葉。

「2人とも覚悟はいいわね・・・行くわよ・・・!」

 みなもは呼びかけると、秋葉、いつきと一緒に零球山に向かっていった。

 

 トオルを手にかけることができなかった牧樹。彼女はトオルを連れ去り、零球山に来ていた。

 なぜトオルにブレイドを振り下ろすことができなかったのか。その理由が分からず、牧樹は困惑していた。

「どうして・・・ああすることが、悲劇を終わらせることになるのに・・・」

 疑念を払拭しようとする牧樹だが、答えを導き出せず苦悩する。だが彼女はすぐに落ち着きを取り戻した。

「たとえ殺せなくても、星川みなもの力を引き出すことはできる・・その瞬間も、すぐに来る・・・」

 さらなる敵意を膨らませる牧樹。今も彼女を突き動かすのは、ブレイディアへの憎しみと悲劇に終止符を打つことだった。

「今度こそ終わらせる・・私がムリだとしても、みなもが後を継ぐ・・・」

 みなもの力を引き出すことを心から望む牧樹。彼女は五感を研ぎ澄まして、みなもの行方を探る。

「・・・みなも・・近くにいる・・・ここに向かってきている・・・」

 みなもの力を察知した牧樹。だが牧樹は、感じられるみなもの力に疑問を抱いていた。

「わざと力を上げて、気付かせようとしている・・・!?

 

 トオルを助けるため、牧樹を止めるため、みなも、秋葉、いつきは零球山に足を踏み入れた。みなもは零球山に入る前から力を発揮し、わざと牧樹に気付かせようとしていた。

「私はまだ納得しかねます。わざと牧樹さんに居場所を知らせるなど・・」

「不意打ちや騙し打ちをしようとしても通用しない相手であることは、いつきも分かっているはずでしょう?近づけばどうしても気付かれてしまう。ならこうしたほうが、はっきりしていていいと思うけど・・」

 苦言を呈するいつきに、みなもは笑みをこぼした。

「みなもさんも大胆不敵になりましたね・・」

「いつもはクールだったのにね、みなもちゃん・・」

 いつきも笑みをこぼし、秋葉がからかってくる。するとみなもが秋葉に詰め寄ってきた。

「全ては秋葉、あなたのおてんばの影響なのよ〜!」

「そ、そんな〜!」

 みなもに睨みつけられて、秋葉が冷や汗を浮かべる。するとみなもが顔を離して笑みを見せた。

「冗談よ。秋葉にも感謝しているわ。私に元気を分けてくれたんだから・・」

「エヘヘヘ・・ありがとうね、みなもちゃん・・あたしも嬉しいよ・・」

 秋葉も笑顔を取り戻して、みなもとタッチをする。

「では改めて行くわよ・・秋葉・・いつき・・・」

 決意を新たにして、みなもたちが再び歩き出した。しばらく零球山の中を進むと、彼女たちはトオルを発見した。

「トオルさん・・・!」

「牧樹さんは・・牧樹さんはどこ・・・!?

 戸惑いを覚えるみなもと、周囲をみまわす秋葉。トオルの周辺に牧樹の姿が見えない。

「気を付けてください・・どこかに潜んでいるかもしれません・・・!」

「でも、あの牧樹さんが隠れても、すぐに気付けるはずじゃ・・・!」

 呼びかけるいつきに、秋葉が言葉を返す。怒りによってもたらされる牧樹の力は抑制できず、みなもたちに確実に感知されてしまうため、隠れてもすぐに見つかってしまう。

 その直後、いつきはある推測が脳裏をよぎり、恐る恐る上を見上げた。

「もしや、上空に・・・!?

「2人ともここから離れて!」

 みなももすぐに気付いて、秋葉といつきに呼びかける。彼女も倒れているトオルを抱えて退避する。

 4人がいた場所に爆発が起こる。すぐに回避行動を取らなければ、みなもたちは爆発に巻き込まれて無事では済まなかった。

「やっぱり気付いていたんだね、みなも・・・」

 爆発の煙の中から、牧樹が姿を現した。彼女は上空に大きく飛び上がり、落下の勢いでみなもたちに向かって突っ込んできたのである。

「まさかこんな攻撃をしてくるなんて・・・!」

「彼女のこの突撃を受けたら、普通の人だったら確実に吹き飛んでいました・・何という人・・・!」

 秋葉といつきが緊迫を募らせる。牧樹の突進力はまるで隕石の落下のようだった。

「2人も来たんだね・・2人も手にかければ、さすがに怒りを感じずにはいられなくなる・・・」

「そうはいかないよ!そう簡単にやられないんだから!」

 冷徹に言いかける牧樹に、秋葉が言い返す。

「私たちはあなたを止めに来ました。たとえあなたを止めることができないことが決まっていることであったとしても、私はそれを受け入れはしません!」

 いつきも牧樹に言い放ち、秋葉とともにブレイドを手にする。

「もうこれ以上、みんなに悲しい思いをさせるわけにいかない・・私はあなたを止めます・・たとえ、あなたを手にかけることになっても・・・!」

 みなももブレイドを出して、切っ先を牧樹に向ける。

「私が最初に飛び出すから、いつきはトオルさんをできるだけ遠くに・・」

「分かりました。すぐに戻ってきますので・・!」

 みなもの呼びかけに答え、いつきがトオルを連れて離れる。

「逃がさない・・」

 牧樹がいつきたちを追おうとするが、飛び込んできたみなもがブレイドを突き出してきた。

「あなたの相手は私です!」

「2人を逃がしても、まだここには獅子堂秋葉がいる・・・」

 互いのブレイドをぶつけ合い、つばぜり合いに持ち込むみなもと牧樹。みなもの力と心は、怒りを膨らましている牧樹にも負けていなかった。

「ここまで力を上げたのはすごい・・でも・・・」

 目つきを鋭くした牧樹が力を込めて、みなもを突き飛ばす。牧樹が振りかざしてきたブレイドを、みなもは跳躍してかわす。

(信じるのよ、自分自身を・・私の剣を・・・!)

 自分のブレイドに意識を傾けるみなも。彼女の持つ光の剣が輝きを強める。

「この剣は私の心・・あなたでも、そう簡単に折れはしない・・・!」

「あなたのブレイドは折らない・・折るのは彼女、獅子堂秋葉・・・」

 言いかけるみなもに言葉を返すと、牧樹はブレイドの切っ先を秋葉に向けてきた。

「あなたを倒せば、みなもは今度こそ怒りと力を発揮する・・そうすれば、彼女もブレイディアの悲劇を終わらせる鍵になれる・・」

「牧樹さん・・いつまでも自分勝手な考えを押し付けないで・・結花さんも、誰も喜ばない・・あなたを思っていた人も・・・」

 笑みを見せる牧樹に、みなもが口を挟んできた。

「何も知らないあなたが・・分かったようなこと言わないで・・・私たちが受けた憎しみと悲しみを終わらせるために、私はこうして戦っている・・喜ばないはずがない・・・」

「それこそあなたの考えの押し付けですよ・・自分のわがままで誰かを悲しませるなんて、絶対に許されない・・・!」

「悲しみを終わらせるのを邪魔することのほうが許されないことなのが、なぜ分からない!?

 みなもの言葉に憤慨する牧樹。彼女の怒りが衝撃となって周囲を揺るがした。

「ブレイディアがいなければ、私は幸せでいられた・・みんなだって・・・」

 悲しみを込めた言葉を口にして、牧樹がブレイドを構える。

「だから、ブレイディアである自分も、許すことができない・・・」

 彼女は秋葉に向かって飛びかかる。その速さに対応できず、秋葉は防御も回避もままならない。

 その2人の間にみなもが割って入り、牧樹のブレイドを受け止める。

「みなもちゃん!」

「秋葉は何とかよけて、うまく攻撃を仕掛けて・・まともに受けたら間違いなくブレイドを折られてしまう・・・!」

 声を上げる秋葉に、みなもが呼びかける。彼女はブレイドに力を込めて、牧樹を押し返す。

「ムダだよ・・私はもう容赦しない・・・」

 牧樹がみなもに向けて足を突き出してきた。奇襲を受けたみなもが、痛みを覚えて顔を歪める。

「みなもちゃんをこれ以上傷つけさせない!」

 秋葉が牧樹に向けてブレイドを振りかざす。だが牧樹はブレイドを掲げて、秋葉の一閃を受け止める。

「誰も私を止められない・・私でも・・・!」

「秋葉、よけて!」

 叫ぶみなもの前で、牧樹が秋葉に向けてブレイドを振り下ろす。彼女を中心に爆発が巻き起こった。

 

 いつきに零球山の入り口まで運ばれたトオル。目を覚ました彼は、いつきの姿に気がついた。

「ここは・・・オレは・・・?」

「零球山です、トオルさん・・」

 声を発したトオルに、いつきはみなもたちのいるほうを見据えたまま答える。

「あなたは牧樹さんにさらわれたのですが、私がここまで連れてきたのです・・」

「そうだったのか・・・じゃ、みなもちゃんは・・・!?

「まだ戦っています・・牧樹さんと・・・」

「いけない・・みなもちゃんが危ない・・・!」

 トオルが零球山に戻ろうとするが、いつきに止められる。

「いけません!今、零球山は危険です!命の保証がないのですよ!」

「分かっているよ・・でもこのままみなもちゃんを見捨てるなんて・・・!」

 みなもたちのところに行こうとするトオル。いつきは彼を止めようとするのに必死だった。

「もしもあなたの身に何かあれば、みなもさんはどれだけ悲しむことになるのか、あなたにも分かっているでしょう!?みなもさんのためにも、今あなたを行かせるわけにはいきません!」

「それはみなもちゃんたちに何かあっても同じことだよ・・誰が何か起こっても辛くなる・・・」

「それは分かります・・私が2人を助けに行きますから、トオルさんは来ないでください・・!」

「だったらせめてそばにいさせてくれ!みなもちゃんや君たちを放っておくことはできない!」

 引き下がろうとしないトオルに、いつきは言葉を詰まらせてしまう。

「ですが・・・とにかく私は行きます・・トオルさんはここにいてください!」

 いつきはトオルに呼びかけると、みなもたちのところに戻っていった。

「みなもちゃん・・・」

 それでもみなもたちの身を案じて、いつきを追って零球山に入っていった。

 

 牧樹が振り下ろしたブレイド。秋葉はみなもに助けられて、間一髪でブレイドをかわしていた。

「ありがとう、みなもちゃん・・・」

「隙をつくのはいいけど、深追いは危険よ・・でも、私のためにしてくれたことだから、感謝はしておくわ・・」

 互いに感謝の言葉をかけ合う秋葉とみなも。その2人の前に牧樹が立ちはだかる。

「あなたが仲間を守ろうとしても、私はあなたを出し抜いて、仲間を斬る・・・」

「そうやって悲しみや怒りを増やしていく先に、何があるというの・・・!?

 冷徹に告げる牧樹に、みなもが声を振り絞る。

「あなたのいう幸せは何なの!?・・悲しみや苦しみがなければ、喜びも幸せもなくなればいいということ!?・・あなたを想っている人も、それが大事だと本気で思っているの・・・!?

「思っている・・思っているよ・・・!」

「いいえ、思っていないわ・・あなたが心から信じられる人なら、あなたにそんな気持ちを味わってほしいと思うはずがない・・・!」

 牧樹の言葉を否定するみなも。牧樹からはわずかだが動揺が浮かび上がってきていた。

「仮に思っていたとしたなら、私はその人の願いを断ち切らないといけない・・その先に喜びはないから!」

 言い放つみなもがブレイドを構える。その刀身に宿る輝きがさらに強まった。

「すごい・・これだけの力があれば、ブレイディアの悲劇を終わらせることができる・・私よりも可能性がある・・・でも・・」

 みなもの力を称賛するも、牧樹は笑みを消す。

「その力には怒りがこもっていない・・それでは力があっても、悲劇を終わらせることができない・・・!」

 牧樹の握るブレイドにも輝きが強まる。

「どうしても怒りを見せないならいい・・私はあなたを超えて、今度こそ悲劇を終わらせる・・・!」

 怒りと力を爆発させる牧樹。彼女からみなもへの期待は完全に消えていた。

 

 

次回

第26話「DELTA

 

みなも「みんなと出会えて、私は強くなれた・・」

秋葉「みんなと出会えて、楽しい時間を過ごせた・・・」

いつき「みなさんと会えて、心を休ませることができました・・・」

秋葉「これからもみんなと一緒にいたい・・・」

いつき「みなさんとなら、どんな苦難も乗り越えられる・・・」

みなも「みんな、ありがとう・・・」

 

 

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