ブレイディアDELTA 第24話「全ての終わり、始まり」
みなもとトオルが2人きりの時間を過ごしてから一夜が明けた。
その日の朝、式部学園は騒然となっていた。
学園の理事長室が崩壊していた。爆発したような被害を被っており、建物は跡形もなくなっていた。
理事長室の前には多くの生徒たちが見に来ていた。そこにはみなも、秋葉、いつきもいた。
「いったい、何が起こったっていうの・・・!?」
「夜中に爆発音が聞こえました・・みなもさんたちのことが気がかりでしたので、直接見には行っていませんが・・」
息をのむみなもと、緊張の色を抑えて語るいつき。
「理事長と教頭先生、どうしちゃったのかな・・・?」
「2人のことですから、どこかで無事でいるのかもしれませんが・・・」
秋葉が口にした不安にいつきが答える。そこへトオルがみなもたちのそばにやってきた。
「みなもちゃん・・理事長室が・・・」
「はい・・理事長たちが心配です・・・」
声をかけてきたトオルに、みなもが深刻な面持ちを見せる。
「トオルさん、ちょっと場所を変えて話をしてもいいですか?・・トオルさんにも話したほうがいいと思いますので・・・」
みなもがトオルにも、大貴と要について打ち明けることにした。
「そうだね・・トオルさんも当事者だし、話してもいいかも・・・」
秋葉が言いかけて、いつきも頷く。4人は人ごみから離れて人気のない場所に移動した。
それは夜明け前までさかのぼる。大貴と要は理事長室から、ブレイディアの動向を見守っていた。
「まさかプルートが、こうも簡単に壊滅するとはね・・牧樹ちゃんを侮った結果かな・・」
「ですがこれで、牧樹さんの独自行動が本格化することになります・・こちらにもやってきますよ・・」
悠然と言いかける大貴に、要が忠告を送る。
「あの勢いでやってこられるのは気が進まないな・・とりあえず場所を帰るかな・・」
「兄さんには珍しく賢明な判断です。急ぎましょう・・」
肩をすくめる大貴を連れて、要は移動を始めようとした。
「やはりここにいたのね・・・」
そこへ声がかかり、要が緊迫を覚える。部屋の出入り口には牧樹が立ちはだかっていた。
「ちょっとちょっと、いきなり現れるなんてずるいじゃないか!」
「どういうことですか!?・・・あなたほどの力の持ち主なら、接近したならイヤでも気付くはず・・・!?」
不満の声を上げる大貴と、驚愕をあらわにする要。五感を常に研ぎ澄ましていた彼女だったが、牧樹の接近に対応できなかった。
「素早く近づけば気付かれても邪魔されることはない・・あなたたちはまだ、私を甘く見ていたみたいですね・・・」
「そんな・・私の感覚を超える速さを見せるとは・・・」
淡々と告げる牧樹に、要は愕然となった。彼女は牧樹との力の差が明らかであることを痛感していた。
だが大貴はさほど驚く様子を見せず、悠然とした態度を崩していなかった。
「相変わらずですね、理事長・・余裕ですか?それとも開き直り・・?」
「言ってくれるね・・そういう君はずい分と変わったよ。力も格好も、性格も・・・」
目つきを鋭くする牧樹だが、大貴は態度を変えずに言葉を返す。
「あなたたちは分かっているでしょう・・この清和島に来てから今まで、私に何が起こったのか・・・」
怒りを浮かべる牧樹が、右手を強く握りしめる。
「大切な人を殺され、ブレイディアを憎んでも、その憎しみを抑えることができず、日常にも戻れなくなった・・その悲劇を生みだしたブレイディアの存在を、私は許さない・・・!」
「そう言われてもねぇ・・これは運命としかいえないよ。ブレイディアとして生まれてきてしまった、君たちのね・・」
大貴が淡々と言葉を返したとき、牧樹が素早くブレイドを出して投げつけた。大貴の顔の横をすり抜けたブレイドは壁に刺さり、その壁が爆発するように吹き飛んだ。
「たとえ運命だったとしても、私はその運命を許さない・・・」
「やれやれ、そこまで腹が立っているってことだね・・それで、僕たちをどうするつもりなんだい?僕たちを倒したところで、君には何の得にもなんないと思うんだけど・・」
「それを決めるのは私・・私の怒りの向かうままに、私は戦う・・・!」
大貴に言い返す牧樹が、再びブレイドを手にする。そこへ要が立ちはだかってきた。
「これでも私の兄さんなのです・・・あなたの気持ちは察しますが、どのような理由であっても、兄さんに危害を加えることは許しません・・」
「私があなたたちを手にかけたところで、あなたたちにとっても何の損にもならない・・だって、あなたたちは転生を繰り返してきた存在だから・・・」
敵対の意思を見せる要に、牧樹が冷淡に告げる。
「・・プルートの情報網から知ったのですね・・・」
「そう。僕たちはただの人間とブレイディアだよ。でも魂は長い歴史の中で繰り広げられている戦乙女の舞を見守り続けてきている。転生を繰り返しながらね・・」
深刻さを噛みしめる要のそばで、大貴が牧樹に向けて語りかける。
「仮に君に殺されても、僕たちの魂はまた新しく転生する・・いくら強いブレイディアである君でも、僕たちの魂を消すことはできないよ・・もっとも、転生されるまでは僕たちも何もできなくなるけどね・・」
「それだけ分かれば私が追い詰められることはなくなる・・何にしても、私の怒りは魂さえも逃がさない・・・」
言い返す牧樹が、大貴と要の前で鎧を外していく。怒りによって増強されていた牧樹の力が解放されていく。
「私は悲劇を終わらせる・・ブレイディアを滅ぼして、悲しみと怒りを消していく!」
力を全開させた牧樹がブレイドを振りかざす。要も緊迫を抱えたまま、ブレイドを出して迎え撃つ。
だが要が振りかざしたブレイドが、牧樹のブレイドによって叩き折られる。さらに愕然となる要。
次の瞬間、部屋の中が一気に白んだ。牧樹の力の暴発で、理事長室が吹き飛んだ。
「やれやれ・・本当に厄介になったものだねぇ、牧樹ちゃん・・・」
光に包まれた場所で、牧樹の耳に大貴の声が響いてくる。
「これからは天国から見届けさせてもらうよ・・この世界が、君の思い通りになるかどうかもね・・・」
「消えて・・2度と私の前に姿を見せないで・・・」
冷たく告げてから、牧樹が眼前に映っている大貴と要の姿をブレイドでなぎ払った。2人の姿は霧のように消えていった。
牧樹も光の包まれていたその場所から立ち去った。
彼女の手にかかって、大貴と要は命を終えた。だがその魂は死に絶えておらず、まだブレイディアの戦いを見守ることとなった。
この出来事で学園の理事長室は完全に崩壊した。
みなもはトオルに、大貴と要もブレイディアに関わっていることを打ち明けた。これまでブレイディアについての出来事を目の当たりにしてきたためか、トオルはさほど驚かなかった。
「本当に・・本当に現実離れしたことばかりだ・・もしかしたら、今までの日常が常識離れしていることなのかも・・」
「ムリもないですよ・・私たちも、ブレイディアについて初めて聞いたときは、驚くばかりでしたよ・・」
頭が上がらなくなるトオルに、みなもが苦笑をもらした。
「理事長と教頭先生なら、何か知っているはずだったのですが・・・」
「知っててもはぐらかすばかりで、何も教えてくれないと思うんだけど・・・」
みなもが深刻な面持ちを浮かべると、秋葉が大貴の振る舞いに呆れていた。
「しかし、あの2人に何かあったとしたなら、牧樹さんの仕業としか・・」
いつきが投げかけた言葉に、みなもと秋葉が真剣な面持ちで頷く。
「牧樹さん・・本格的にブレイディアの討伐に・・・」
「彼女はプルートに身を置きながらも、独自の行動を取り続けてきました。ブレイディアの復讐を、彼女は続けてきました・・」
みなもに続いていつきが言葉をもらす。
「彼女の力は、怒りとともに日に日に増してきています。今までも止められなかったのです・・次に戦うことになれば、逃げることも不可能となるでしょう・・」
「もしかして、その辺から出てくるんじゃ・・・!?」
いつきが口にした途端、秋葉が不安を浮かべて周囲を見回す。
「そんなに警戒する必要はありませんよ、獅子堂さん。牧樹さんが近づいてくればすぐに気付きますし、私たちが力を出さなければ気付かれることもないでしょうから・・」
「そ、そう・・ホントに冷や冷やしちゃったよ〜・・・」
笑みをこぼすいつきの言葉を聞いて、秋葉が安堵を覚える。
「何にしても、今まで以上に警戒を怠らないように。見つかったら最後よ・・」
みなもの忠告に秋葉といつきが頷く。そしてみなもがトオルに真剣な眼差しを送る。
「トオルさんも、なるべく私たちの近くにいないほうがいいかもしれません。牧樹さんの狙いは、私たちブレイディアですから・・」
「そうかもしれない・・それでもオレは、みなもちゃんが・・・」
さらに忠告するみなもだが、トオルは首を横に振る。
「トオルさん・・・でも、もしも牧樹さんが現れたら、すぐに逃げて、私たちに連絡してください・・」
「みなもちゃん・・分かった・・でも、オレにできることは、オレにやらせてくれ・・・」
了承したみなもに、トオルが手を差し伸べてきた。
「ありがとうございます・・あなたがそばにいるだけで、私は勇気を出せます・・・」
みなもがトオルの手を取ろうとしたとき、秋葉も手を差し出してきた。
「あたしもやるよ・・この学園に来て、いろいろなことがあったけど、後悔はしていない・・みなもちゃんやいつき、みんながいてくれたから・・・」
「私もみなもさんと獅子堂さん、いいえ、秋葉さんと出会えて、とても幸せでした・・そして私は、みなさんとの時間を大切にしたいと思っています・・・」
秋葉に続いていつきも手を差し伸べてきた。友情と愛情が、彼らのいるこの場に集約されていた。
「ありがとう・・秋葉もいつきも、本当にありがとう・・・」
紡がれていく絆を感じて、みなもは喜びのあまりに涙をこぼしていた。
大貴と要の失踪と理事長室の崩壊は、結花と一矢の耳にも入っていた。
「結花、これってやっぱり牧樹ちゃんが・・・」
「そうとしか考えられない・・プルートもそこまで大それた行動は取らないからな・・・」
一矢が投げかけた言葉に結花が答える。彼女が思いつめた面持ちを浮かべてきた。
「それにおそらく、プルートは滅んでいる可能性が高い・・」
「プルートが!?・・今までブレイディアを監視してきた連中が、そんな簡単に・・・!?」
結花が口にした言葉に、一矢が驚きの声を上げる。
「それだけ牧樹の力が上がっているのだ・・もはや自分の制御を全く受け付けなくなっているアイツの怒り、プルートでも止めることはできないだろう・・・」
「マジかよ・・まるで歩く核爆弾じゃないかよ・・・!」
結花の言葉を聞いて、一矢が恐怖を覚える。
「核爆弾よりも、たちが悪いのだろうな・・・」
牧樹のことを思い返して、結花が物悲しい笑みを浮かべる。
(もうお前たちに託すしかない・・牧樹を頼むぞ、みなも・・・)
彼女は心の中で、みなもたちへの信頼を募らせていた。
この日の日中、式部学園に変化はなかった。牧樹も他のブレイディアも行動を見せることなく、平穏に授業が進んでいった。
みなもたちの牧樹への警戒も、授業中は取り越し苦労となった。
その日はいつきが日直だった。彼女が日直の仕事を終えるまで、みなもと秋葉は教室の前で待っていた。
「わざわざ待っていなくてもいいのですが・・・」
「だっていつきと一緒に帰りたくてね♪」
いつきが声を投げかけると、秋葉が笑顔を見せて答える。みなももいつきに向けて微笑みかけていた。
「少し待っていてください。すぐに終わらせますから・・」
「慌てなくていいよ。ちゃんと待ってるから・・」
仕事を急ぐいつきを秋葉が気遣う。数分後に仕事を終えて、いつきがみなもと秋葉の前にやってきた。
「お待たせしました。行きましょう・・」
いつきの声にみなもと秋葉が頷く。3人は下校し、女子寮に向かって歩いていく。
だが道の途中、みなもが唐突に足を止めた。
「どうしたの、みなもちゃん・・・?」
「私、牧樹さんに会いに行こうと思う・・」
秋葉が訊ねると、みなもが真剣な面持ちで答えてきた。
「このまま私がじっとしていても、牧樹さんは他のブレイディアを襲い、周囲にいる無関係な人たちまで巻き添えになってしまう・・それは、とても見過ごされることではありません・・」
「みなもさん・・ですが、そうなれば牧樹さんと戦うあなたが・・・」
自分の心境を告げるみなもを、いつきが心配する。
「分かっている・・でも秋葉もいつきも、無関係な人たちが、牧樹さんのブレイディアに対する怒りの犠牲にされるのは辛いでしょう・・・?」
「みなもちゃん・・・うん・・自分たちだけ無事ならいいということでもないよね・・・」
「私も同じ意見です・・任務や戦闘でしたら自分たちの生存を最優先にすることもあるでしょうが、私自身としてはあまり快いこととは思えません・・」
みなもの考えに秋葉もいつきも賛同する。
「みなもさんが牧樹さんに会うというのでしたら、私も行きます・・」
「あたしも行くよ。みなもちゃんだけ行かせるなんてできないよ・・」
「いつき・・秋葉・・・ダメと言っても聞きそうもないわね・・・」
行動を共にしようとするいつきと秋葉に、みなもが苦笑を浮かべる。
「今日はきちんと休んで、明日会いに行きましょう。万全の状態で臨まないと・・」
みなもの呼びかけに秋葉といつきは頷いた。3人は牧樹を止めるため、明日に備えることとなった。
みなもたちより先に下校していたトオルは、ライムが消えた場所に来ていた。みなもに教えられたその場所で、トオルはライムに対する悲しみを噛みしめていた。
(ライム・・みなもちゃんたちならもう大丈夫だよ・・怒っても怖がってもいない・・いつも通り、落ち着いているよ・・・)
ライムにみなもたちの心境を伝えていくトオル。
(オレもできるだけのことはしていこうと思う・・だから見守っていてほしい・・ライム・・・)
自分自身の決心も伝えていくトオル。気持ちを確認して、彼は家に帰ろうとした。
「見つけたよ・・星川みなもに心を寄せている人・・・」
そこへ声がかかり、トオルが振り返る。その瞬間、彼は一気に緊迫を覚える。
そこには兜と鎧を外した牧樹が立っていた。
「君は・・あのときの・・・!」
「あなたをやれば、星川みなもは今度こそ怒りと力を発揮する・・・」
後ずさりしようとしたトオルを見据える牧樹から、力が衝撃波となってあふれ出す。衝撃波は周囲の木々をなぎ払い、トオルを吹き飛ばした。
「うわっ!」
横転したトオルが倒れ、そのまま意識を失ってしまう。動けなくなった彼の前に、牧樹が歩み寄る。
「全てはブレイディアを全滅させるため・・ブレイディアの悲劇を、終わらせるため・・・」
低く呟く牧樹が、手にしたブレイドを高らかに振り上げる。彼女の怒りがトオルに迫ろうとしていた。
次回
みなも「牧樹さんに対し、どう戦えばいいの?
何かいい作戦はある?」
秋葉「甘いものでおびき寄せるのは?」
みなも「そんなのに引っかかるとは・・」
いつき「落とし穴といった罠はいかがでしょう?」
みなも「それも引っかかるとは・・」
結花「いっそのこと主役の座を渡すのは?」
みなも「それは私が認めません!」