ブレイディアDELTA 第20話「失われた勇気」

 

 

 みなもの力を引き出しきれず、牧樹は苛立ちを感じていた。

「檜山ライムを手にかけたことで、みなもは怒りを爆発させて力を発揮させた・・でもまだ足りない・・怒りも力も・・・」

 牧樹が呟きかけて、右手を強く握りしめる。

「でも私のしたことは間違っていない・・怒りが力を引き出し、悲劇を終わらせることができる・・・」

「だが、一筋縄でいかないことも分かっただろう・・・」

 そこへクリムゾンが現れ、牧樹に声をかけてきた。

「ヤツらもお前に対して慎重になるだろう・・軽率な行動は逆効果となる・・・」

「そんなことはない。このままみなもの怒りを逆撫でする。それで全て終わらせられる・・ブレイディアの戦いも、もたらされる悲劇も・・・」

 忠告を投げかけるクリムゾンだが、牧樹は聞き入れようとしない。

「ひとつ言っておく。我々プルートはブレイディアを倒すためではなく、ブレイディアの戦いを管理するために存在している。お前が反乱分子と認識されれば、排除されることとなる・・たとえお前がどれほどの力を備えていようと・・」

「関係ない・・私はブレイディアを滅ぼす・・それ以外にもう、私の生きる道はない・・・」

 クリムゾンの言葉を聞き入れようとせず、牧樹は立ち去る。ブレイディアを憎む彼女の意思は変わっていない。

(そこまでブレイディアを憎むか・・人の心は我々とてつかみあぐねている・・怒りも憎しみも・・)

 胸中で呟いてから、クリムゾンは黒ずくめの男たちを呼び寄せた。

「ブラッドの監視を強化しろ。ただし、こちらの指示がない限り、極力交戦は避けろ・・」

 

 みなもに傷つけられた左肩の手当てを病院にて行った結花。病室で休んでいる彼女のそばには、いつきと一矢がいた。

 その病室に、みなみとトオルと別れた秋葉がやってきた。

「獅子堂さん・・みなもさんとトオルさんは・・・?」

「2人きりになりたいって、みなもちゃんが・・・」

 いつきが問いかけると、秋葉が沈痛の面持ちを見せて答える。

「2人きりって・・・トオルさんは民間人で、みなもさんは戦える状態ではありません・・そこプルートに狙われたら・・・!」

「みなもちゃんがそう言ったの・・そうさせてほしいって・・・」

 みなもを呼びに行こうとしたいつきを、秋葉が呼び止める。不安を抱えながらも、いつきは渋々思いとどまった。

「それで、結花さんの具合は・・・?」

「今、痛み止めを飲んで眠ったところです・・命に別状はありませんが、運動は禁止だそうです・・・」

 秋葉が訊ねていつきが答える。結花はとても戦える状態ではなく、安静を余儀なくされていた。

「ちくしょう・・ホントに情けなくなってくるぞ・・力のないオレに・・・」

 一矢は自分の無力を呪っていた。結花が傷ついているのに代わりになれない自分が、彼はたまらなかった。

「一矢さんのせいではありません・・悪いのはプルートと、ブレイディアの宿命なのですから・・・」

 いつきが弁解を入れるが、一矢は結花を見つめて思いつめた表情を浮かべたままだった。

「今分かっていることは、牧樹さんをこのまま放置するわけにはいかないということです・・最悪、みなもさんが牧樹さんの二の舞になってしまうかもしれません・・・」

「それじゃ牧樹さん、トオルさんを狙うんじゃ・・・!?

「もしくは、私たちかもしれませんが・・・」

 いつきの言葉を聞いて、秋葉が不安を浮かべる。

「獅子堂さん、ここはあなたを信じて、みなもさんたちを待ちましょう。そして私たちも、今のうちに体を休めて万全を喫しましょう・・」

「そうだね・・それしかないね・・・」

 いつきの指示に答えるも、秋葉は肩を落とした。

「結花はオレがそばについてるから・・みなもちゃんのほうを気にしてくれ・・・」

「分かりました、一矢さん・・・」

「結花さんをお願いします・・・」

 気が気でないのを抑えながら言いかける一矢に、秋葉といつきは頭を下げた。

 

 ライムを失った悲しみに暮れたまま、みなもとトオルは檜山家に向かった。立ち直ることができずにいるみなもは、トオルの部屋のベッドの上でうずくまっていた。

 そんな彼女に、トオルが声をかけてきた。

「友達とは学園以外では外で遊ぶことが多いんだ・・だから家族以外で僕の部屋に人を入れたのは久しぶりなんだ・・・」

「すみません・・私のために・・・」

「気にしなくていい・・僕が招いたんだから・・・」

 謝るみなもにトオルが弁解を入れる。

「ライムは大人しい子だったから、勝手に入ってくるようなことはなかった・・・でも、今でもここにライムがいるような気がしてならない・・・」

「私も・・まだライムさんが笑顔を見せてきてくれると思っています・・目の前で消えてしまったのに、受け入れることができません・・・」

 ライムのことを思い返すトオルに、悲しみにさいなまれているみなもが寄り添ってきた。

「ライムさんのために、トオルさんのために、これから何をしていけばいいのか・・全然分かりません・・・考えても、何かしようとしても、答えが出てきません・・・」

「あまり考えすぎないで、みなもちゃん・・・こうして悲しんでばかりいるほうが、ライムも辛くなる・・・」

「分かっています・・分かっているのですが・・・涙が止まらないんです・・・」

 悲しみを抑えることができず、みなもがトオルに泣きじゃくる。

「怖いです・・戦うのが怖い・・・戦ったら、また誰かが傷つくのではないかと思えてならないんです・・・!」

「みなもちゃん・・・」

「私の怒りが、私の知り合いや、罪のない人まで傷つけてしまう・・そんな力を求めたわけではないのに・・・!」

 自分の力に恐怖を感じるみなもに、トオルは困惑する。自分の力に苦悩する彼女に何もしてられないと感じてしまい、トオルも歯がゆさを覚えていた。

「戦えとは言わない・・戦いたくない人に、オレは無理強いをしたくない・・みなもちゃんの未来は、みなもちゃん自身で決めてほしい・・それがオレの、率直な気持ちだよ・・・」

「トオルさん・・・」

 トオルが投げかけた言葉に、みなもは自分が救われたような気がしていた。だがトオルも、自分の考えが正しいのかどうか分からなくなっていた。

 

 牧樹との戦いで負傷したあかね。病院にて療養していた彼女のそばには、かなえの姿があった。

「お姉ちゃん・・・ごめんなさい・・・私のために・・・」

「別に気にすることはないわ・・恥じるのは私のほう・・こんな不覚を取るなんて・・・」

 謝るかなえに対し、あかねは突っ張った態度を見せる。

「でもこの傷が治ったら、すぐにでも思い知らせてやるわよ・・この私、桃山あかねを怒らせることが、どれほど罪深いことなのかをね・・・!」

 あかねが牧樹に対する怒りを膨らませていく。その彼女に、かなえが心配の言葉をかける。

「今は大人しくして、お姉ちゃん・・これ以上、お姉ちゃんに何かあったら・・・」

「かなえ、あなたまで私を見くびるの?私にできないことは何もない・・かなえ、あなたを守ることができるのは、私だけなんだから・・」

 しかしあかねは強気な態度を崩さず、かなえは困惑してしまう。

「だからかなえ、あなたは私を信じて、待っていればいいのよ。私が何もかもやってやるんだから・・」

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃんのその気持ちは嬉しいよ・・・でもお姉ちゃん・・私のためにムリをしないで・・・」

 守ろうとしてくれている気持ちを素直に喜びながらも、傷ついていくあかねに、かなえは悲しみをこらえることができず涙を浮かべていた。

 

 ライムの死から一夜が明けた。しかしみなもとトオルの心から、ライムを失った悲しみが消えることはなかった。

 トオルと一緒に夜を過ごしたみなもは、携帯電話のバイブレーションで目を覚ました。彼女が手にした電話にかけてきたのは秋葉だった。

「もしもし、秋葉・・ゴメン・・いつの間にか眠っていた・・・」

“みなもちゃん・・よかった、あれからは何もなかったんだね・・別に急ぎの用事ってわけじゃないけど、1回連絡を入れたほうがいいかなって思って・・・”

 沈痛さを込めて電話に出るみなもの耳に、秋葉の安堵の声が入ってくる。

「こっちはあれから特に何もなかった・・そっちは・・?」

“結花さん、しばらく戦えないって・・休めば治るんだけど・・・”

 結花のことを聞かされて、みなもが沈痛の面持ちを浮かべる。自分が結花を傷つけてしまったことを、みなもは責めていた。

“結花さんがあんなことになったのはみなもちゃんのせいじゃないからね。結花さんも気にするなって言ってるし・・”

「うん・・でも、本当に私が結花さんを・・・」

“気にしなくていいから、みなもちゃん・・みなもちゃんは悪くないから・・・!”

 みなもを心配するあまり、思わず語気を強めてしまう秋葉。彼女の言葉にみなもがさらに困惑する。

“ゴ、ゴメン・・そんなつもりじゃ・・・”

「ううん・・秋葉は悪くない・・悪くないから・・・」

 謝る秋葉にみなもが弁解する。

「まだみんな病院でしょう?今からそっちに行くから・・・」

 みなもが秋葉に言いかけて、遅れて目を覚ましてきたトオルに目を向ける。会話を聞いていたトオルが小さく頷いた。

「トオルさんも来てくれるそうだから・・正面入り口で待ち合わせましょう・・・」

“うん・・みんな、待ってるから・・・それじゃ・・”

 こうしてみなもは秋葉との連絡を終えた。彼女は携帯電話をしまうと、トオルに再び目を向けた。

「すみません、トオルさん・・付き合わせてしまって・・・」

「いいよ・・オレにできることは、みなもちゃんのそばにいてあげることしかないから・・・」

 みなもが声をかけると、トオルが微笑みかけてきた。

 2人は気持ちを切り替えようとしながら、結花が療養している病院へと向かった。だが向かっている間も、みなもは沈痛の面持ちを浮かべたままだった。

「元気出して、みなもちゃん・・そんな顔を見せられたら、秋葉ちゃんたちも困ってしまうよ・・・」

「分かっています・・でも、どうしても笑顔ができないんです・・・」

 励ましてくるトオルだが、みなもは落ち込んだままだった。かける言葉が見つからなくなり、トオルも困ってしまっていた。

「今日は元気ないわねぇ。女の子はスマイルが命なのに〜。」

 そこへ声がかかり、みなもとトオルが足を止める。2人が振り返ると、その先には若菜の姿があった。

「あなたは・・・!」

 若菜の登場にみなもが緊迫を覚える。トオルも若菜が友好的な相手でないことを察していた。

「久しぶりに遊びたくなってね・・相手してくれないかしら?」

「ふざけないで・・今はあなたの相手をしている暇はないのよ・・・!」

 手招きをしてくる若菜に、みなもが反発をしてくる。だが彼女の語気には焦りが混じっていた。

「そんな邪険にしないでよ・・悪いようにはしないから・・・」

 しかし若菜は退こうとせず、みなもに笑みを向ける。

「それとも、私が怖いのかなぁ・・・?」

「な・・何を言っているの・・・!?

 にやけてくる若菜の言葉の意味が分からず、みなもが困惑する。

「怖がってるわけないじゃない・・今までだって、あなたのことを大っぴらに怖がるなんてなかったわよ・・・!」

「ふぅん・・怖いのは私じゃなくて、あなた自身ね・・・」

 声を振り絞るみなもに、若菜が妖しい笑みを見せてくる。

「自分の力・・戦う自分・・詳しくは分かんないけど、とにかく自分を怖がってる・・口では強がってても、体は正直ね・・」

「そんなことはない・・自分を怖がってはいない・・・!」

「だったらブレイドを出してみたら?怖がっていないなら、すぐにでもブレイドを出せるでしょう?」

「言われなくても・・ブレイドを出して・・・!」

 若菜に促されて、みなもがブレイドを出そうとする。だが彼女の意思に反して、ブレイドが出現しない。

「どうしたのぉ?ブレイドが出てこないじゃな〜い・・」

「そんな・・そんなはず・・・!?

 からかってくる若菜の前で、みなもは愕然となる。

「ブレイドはブレイディアの気持ち次第で、強さが決まってくる。自分を怖がってるあなたじゃ、ブレイドも出せないのもムリないかな?」

「そんな・・私がブレイドを出せなくなっている・・・」

「そんなんじゃ、勝負にもならないわね・・これじゃ、おもしろくなさそうかも・・」

 若菜が目つきを鋭くして、自分のブレイドを出現させる。

「ちょっともったいない気もするけど・・ここで終わらせてあげる・・・」

「みなもちゃん!」

 笑みを消して飛びかかってきた若菜から、トオルがみなもを連れて逃げ出した。

「フフフフ・・鬼ごっこも悪くないかもね・・・」

 再び笑みをこぼしてから、若菜が2人を追いかけていった。

 

 若菜から逃げ出したみなもとトオル。目のつきやすい通りや人の多い街を避けて、2人は零球山の林道に入っていった。

「森や林の中なら、隠れられる場所もたくさんあるからね・・・!」

「でも、それだと携帯電話がつながらないのでは・・・!?

「そうだけど・・すぐに見つけられたらそれこそおしまいだ・・この辺りでやり過ごして・・・!」

「そうですね・・それが最善の方法ですよね・・・」

 トオルの考えに賛同して、みなもが物悲しい笑みを浮かべる。

「みなもちゃん・・みなもちゃんは、戦うのが怖いんだね・・・?」

 トオルが質問を投げかけるが、みなもは押し黙って答えようとしない。

「昨日も言ったけど、オレは戦えとは言わない・・だから、正直でいてほしい・・・」

「トオルさん・・・本当は、すごく怖かったです・・戦うことも、ブレイドを出すことも・・・」

 トオルの優しさに支えられて、みなもは自分の気持ちを正直に打ち明けた。

「あのときはトオルさんが危なくなるのがイヤで、強がりましたが・・本当は戦いたくなかったんです・・・私のせいで、また誰かが傷つくことになるかもしれない・・ライムさんや結花さんのように・・・」

 みなもの心境を聞いて、トオルが戸惑いを覚える。彼の中に、強固な何かが湧き上がってきた。

(守らなくちゃ・・オレにはみなもちゃんやライムのような力はない・・だから、戦えない今のみなもちゃんを、オレが守らないと・・・!)

 トオルは密かに決心していた。みなもをライムのように死なせてはいけない。全力で彼女を守ることを。

「おやおやぁ?そんなにのんびりしていていいのかなぁ?」

 そこへ声がかかり、みなもと若菜が緊迫を覚える。追ってきた若菜が、2人の前に回り込んできた。

「こ、こんなに早く・・!?

「これでも何度も戦いをしてきたのよ。遅いわけないじゃない・・」

 声を荒げるトオルに、若菜が笑みを見せてくる。

「鬼ごっこはおしまい。今度はチャンバラをやるわよ・・」

 若菜がブレイドを握りしめて、みなもとトオルに攻撃を仕掛けた。

 

 式部海岸の岩場に牧樹はいた。彼女はブレイディアの力を感じ取り、怒りを募らせていた。

(零球山でブレイディアが戦っているようね・・ブレイディアは全員倒す・・誰だろうと邪魔はさせない・・・!)

 怒りと憎悪を秘めて、ブレイディア全滅を誓う牧樹。だが零球山に向かおうとして、彼女は唐突に足を止めた。

「隠れているのは分かっているよ・・姿を見せて・・・」

 振り返ることなく声をかける牧樹。彼女に促される形で現れたのはかなえだった。

「お姉ちゃんを傷つけたあなたを、許してはおかない・・・!」

「許さない?・・許さないのは私のほうよ・・・!」

 姉、あかねを傷つけられた怒りを見せるかなえに対し、牧樹も怒りを見せる。

「ブレイディアは全員私が倒す・・もちろんあなたを倒し、あなたのお姉さんにもとどめを刺す・・・!」

 牧樹は鋭く言いかけると、ブレイドを手にする。

「そんなことはさせない・・お姉ちゃんをこれ以上傷つけようとするなら、これ以上あなたの好きにはさせない・・・!」

 かなえも2本のブレイドを手にする。彼女と牧樹の怒りがぶつかり合おうとしていた。

 

 

次回

第21話「強さの証明」

 

みなも「自分が怖い・・・」

牧樹「そんなこと言ったら、私も怖いものだらけよ・・

   自分の力が怖い・・

   悪者になる自分が怖い・・

   主役の座を奪われる自分が怖い・・・」

結花「もはや、励ますのも辛い・・・」

 

 

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