ブレイディアDELTA 第18話「剣の舞/果てなき怒り」
大貴と要のいる理事長室に、1人の男がやってきた。プルートの指揮官、クリムゾンである。
「部外者が土足でここに入ってくるのは感心しないね・・」
「これでもこの学園の卒業生だ、私は。部外者といわれるのは心外というもの・・」
悠然と声をかける大貴に、クリムゾンも淡々と言葉を返す。要はいつでも攻撃を仕掛けられるように用心していた。
「あなたたち2人は、プルートの作戦遂行を常に容認していた。手伝いではなく、あくまで傍観者として・・だがいずれ、あなたたちの命が脅かされることになる・・」
クリムゾンは語りかけると、大貴に向けて指をさす。
「本当の意味で我々に協力していただく。そうすればあなたたちの安全を保障しよう・・」
「でも、僕たちの命を狙ってるのって、牧樹ちゃんのことだよね?プルートに行ったら、余計に危なくなるんじゃない?」
クリムゾンに申し出に対し、大貴がはぐらかすような態度を見せる。
「プルートはブレイディアを常に監視してきた。赤澤牧樹も既に我々に監視下に置かれているのは明白になっている。」
「しかし一方で、牧樹さんの力を持て余してもいますね?」
クリムゾンの言葉に返事をしたのは要だった。
「牧樹さんの力は、激しい怒りによって増す一方となっています。彼女自身ですら抑えることができないほどに。ですからあのような鎧で力を抑え込む必要があった・・」
「確かに・・ブラッド、いや、赤澤牧樹の力は強大だ。我々ですら手を焼くほどにまで膨れ上がってしまった・・・だが考えようによっては、彼女はブレイディアを掌握するための切り札となる・・」
「制御できないものは、切り札にはなり得ませんよ・・」
クリムゾンの考えに要が苦言を呈する。
「少なくとも、ここで高みの見物をするよりは安全かと思うのだが?」
「そっちの申し出を受け入れたら、その高みの見物ができなくなるじゃないか。」
クリムゾンがさらに言葉を投げかけると、大貴も不満を口にしてきた。
「心配してくれてるのには感謝してるよ。でもまだこのままでいい。危なくなったら逃げ出すから・・」
「ブラッドの力は本当に強力だ・・後悔することになるぞ、あなたたちでも・・・」
悠然と語るばかりの大貴に、クリムゾンは忠告を送ってから理事長室を後にした。
「やれやれ。心配性なのが指揮官になったもんだよ・・」
「ですが牧樹さんの力が危険であることを事実です。いつまでものんびりできるとは思わないでください、兄さん・・」
呆れて肩を落とす大貴に、要が真剣な面持ちのまま注意を促す。
「分かってるって・・でも、もう少しだけ様子を見させてよね・・・」
大貴は笑みを見せて語ると、再び窓越しに外を眺めていた。
みなもからの連絡を受けて、いつきの家を訪れた結花。だが彼女に起こされてみなもたちが1度目を覚ましたとき、ライムの姿がなかった。
「ライムさん・・どこに行ってしまったのでしょうか・・・牧樹さんにまだ狙われているというのに・・・」
不安の言葉を口にしながら、いつきが思考を巡らせる。
「もしかして、トオルさんのところに行ったのでは・・・!?」
みなもが一抹の不安を口にする。
「そんな・・だって連絡はしたはずじゃ・・・」
「でももし、、トオルさんがプルートに襲われるのではと、想像してしまったら・・・」
声を上げる秋葉にみなもがさらに不安を口にする。
「トオルさんのことが心配でたまらず、飛び出したとしても不思議じゃない・・・トオルさんのところに向かっているライムさんを、牧樹さんが見つけたら・・・!」
みなものこの言葉に、秋葉たちが緊迫を膨らませる。
「お前たちはライムを探せ!私はバイクでトオルのところに行く!」
結花はみなもたちに呼びかけてから、家を飛び出し、バイクを走らせた。
「私たちも急ぐわよ!ライムさんが危ない!」
みなもたちもライムを追って走り出していった。
自宅にいたトオルは、ライムのことが気になって眠れなくなっていた。なかなか寝付けず、彼はため息ばかりついていた。
「ライム、大丈夫かな・・・?」
ライムへの心配を口にすると、トオルはベットから起き上がった。
そのとき、自分の携帯電話がなっていることに気付き、トオルが手を伸ばす。相手はライムだった。
「ライム・・・?」
疑問符を浮かべながら、トオルが電話に出た。
「もしもし、ライム?・・何かあったの・・・?」
“お兄さん!・・よかった・・無事だったんだね・・・!”
トオルの耳に、ライムの大声が飛び込んできた。
「どうしたんだ、ライム・・こんな時間に・・・?」
トオルがライムに疑問を投げかけたときだった。窓越しに外に視線を向けた彼が、目を見開いた。
その先の家の屋根には、ブラッドの鎧に身を包んでいる牧樹の姿があった。
ライムの行方を必死で探るみなもたち。その最中、みなもはライムに対する気持ちを脳裏に焼き付けていた。
(自分の気持ちばかり気にしていて、忘れてしまっていた・・ライムさんもお兄さんであるトオルさんを心から慕っていたことを・・・)
ライムの気持ちを胸に秘めて、みなもが苦悩する。
(自分の気持ちを伝えることは、他の誰かを傷つける・・・分かっていたと思っていたけど・・本当は分かっていなかったのかもしれない・・・)
気持ちの整理を付けて、みなもは改めて駆けだす。
(しっかりと確かめないと・・ライムさんを助けて、しっかりと気持ちを確かめ合わないと・・・!)
そのとき、みなもの携帯電話が鳴りだした。彼女は慌ただしく電話に出る。
「もしもし、ライムさんなの!?」
“みなもさん、お兄さんを助けてください!今、鎧の人に追われているって!”
呼びかけるみなもに、ライムの声が返ってきた。
「ライムさん、ダメじゃない!勝手に飛び出したら!」
“すみません・・お兄さんのことがどうしても心配で・・・”
「今、結花さんがトオルさんのところへ先に向かっているわ!ライムさんは今どこ!?すぐに合流するわよ!」
“すみません・・女子寮の近くです・・・”
「女子寮ね・・すぐに行くから迂闊に動かないで・・・!」
ライムに強く呼びかけて、みなもは携帯電話をしまった。
「女子寮にいるそうよ!急ぎましょう!」
みなもの声に秋葉といつきが頷く。3人は女子寮に向かって走り出していった。
突然の牧樹の襲撃から、トオルは必死に逃げていた。だが素早い身のこなしを見せる牧樹に、トオルはすぐに回り込まれてしまう。
「悪く思わないで・・これもブレイディアを滅ぼすためなのよ・・・」
「ブレイディア・・・君も・・・!?」
ブレイドを向けてきた牧樹に、トオルが緊迫を覚える。
「牧樹!」
そこへバイクに乗る結花が駆け付け、牧樹の前で停車してきた。
「あなたは・・・!」
「速く逃げろ!ここは私が食い止める!」
声を上げるトオルに、結花が牧樹を見据えたまま呼びかける。そこへ同じくバイクに乗ってきた一矢が駆け付けてきた。
「後ろに乗ってくれ!全速力で逃げるぞ!」
「ありがとう・・助かったよ・・・!」
一矢に呼びかけられて、トオルがバイクの後ろに乗る。2人が去ってから、結花はバイクから降りて改めて牧樹を見据える。
「牧樹、お前をそんな姿にしてしまったのは私だ・・狙うなら私だろう!」
「結花・・まだ分かっていないんだね・・・私が憎むのはブレイディアそのもの・・・」
呼びかける結花に冷徹に答え、牧樹が兜を外す。
「私が倒す敵はあなただけじゃない・・全てを、ブレイディアの全てを滅ぼす・・・!」
「牧樹・・やはり、お前は私が止めるしかないということか・・・!」
鋭く言いかける牧樹に歯がゆさを感じながら、結花がブレイドの切っ先を彼女に向ける。
「止められないよ・・たとえ結花でも、今の私は・・・」
牧樹が結花に向かってブレイドを振りかざす。自分のブレイドで受け止める結花だが、牧樹の力に押されていく。
(力が上がっているとは聞いていたが、まさかここまでとは・・・!)
毒づく結花が後退して、牧樹の攻撃を回避する。だが結花が着地して視線を戻したときには、牧樹の姿はなくなっていた。
「牧樹・・・もうお前は、赤澤牧樹ではないというのか・・・!?」
込み上げてくる感情を抑えきれず、結花は苦悩を膨らませていた。彼女はライムかトオルを狙うと思い、携帯電話を取り出しながらバイクに乗り込んだ。
女子寮のそばにいるライムと合流しようと、みなもたちは急いでいた。そのとき、みなもの携帯電話に結花からの連絡が入った。
「結花さん、トオルさんは・・・!?」
“一矢が連れていった。だが牧樹を見失ってしまった・・・”
声を上げるみなもに、結花が返答をする。
“トオルとライム、どちらかを狙ってくる可能性が高い・・私はトオルと一矢を追う。みなもたちはそのままライムと合流しろ。”
「分かりました・・気をつけて・・・」
結花の指示を受けて、みなもが携帯電話をしまう。
「牧樹さんがトオルさんとライムさんを狙っている・・急がないと・・・」
みなもが秋葉といつきに呼びかけたときだった。
彼女たちの周囲を、ゾンビたちが取り囲んできた。
「ゾンビ・・こんなときに・・・!」
焦りを覚える秋葉。この状況の打開の糸口を、みなもは必死に探っていた。
「みなもさん、あなたは先にライムさんと合流してください・・ここは私と獅子堂さんで何とかします・・」
そこへいつきがみなもに呼びかけてきた。
「でも、それだと2人が・・・!」
「最悪の事態は、ライムさんとトオルさんに危害が及ぶことです!2人を守れるのはみなもさん、あなたの役目です!」
「あたしたちなら平気だよ!すぐに追いかけるから、みなもちゃんは行って!」
躊躇を見せるみなもに、いつきだけでなく秋葉も呼びかけてきた。2人の気持ちをくみ取って、みなもは頷いた。
「ありがとう、いつき、秋葉・・・!」
感謝の言葉を告げると、みなもはゾンビの群れを飛び越えて前進していった。彼女に振り向いたゾンビたちを、あきはといつきがブレイドでなぎ払ってきた。
「よそ見している場合じゃないよ!」
「みなさんの相手は私たちです!」
秋葉といつきが呼びかけると、ゾンビたちに立ち向かっていった。
牧樹が追っていたのはトオルではなく、ライムだった。女子寮で待っていたライムの前に、牧樹が現れた。
「牧樹さん・・・!」
「あなたのお兄さんは邪魔が入って押さえられなかったけど、あなたはそうはいかない・・・」
緊迫を膨らませるライムに、牧樹がブレイドの切っ先を向けてくる。ライムもたまらずブレイドを手にする。
「抵抗するの?・・あなたも私を止めることはできない・・・」
「確かに敵わないかもしれない・・でも、動きを止めるぐらいなら・・・!」
目つきを鋭くする牧樹に向けて、ライムがブレイドを介して電撃を放つ。これで牧樹の動きを止めようとしていた。
だが牧樹に接触する手前で、電撃が弾けるようにかき消された。
「えっ・・・!?」
「その程度の攻撃では、とても私を止めるなんてできない・・・」
驚愕するライムに向けて、牧樹が飛びかかってブレイドを振りかざす。
(ブレイドを折られたら、消えてしまう・・・!)
緊迫を募らせるライムが、後ろに下がって牧樹の一閃をかわす。だが牧樹が突き出してきた右足を体に叩き込まれ、ライムが激痛に襲われる。
痛みのあまりにその場にうずくまるライム。動けなくなった彼女に追撃しようと、牧樹がブレイドを振り上げる。
「ライムさん!」
そこへ駆け付けたみなもが、牧樹に突進して突き飛ばした。不意を突かれた牧樹が後退して距離を取る。
「ライムさん、大丈夫!?」
「みなもさん・・・」
呼びかけるみなもに、ライムが戸惑いを見せる。彼女に襲いかかった牧樹に、みなもが怒りを見せる。
「あなた・・ライムさんを・・・!」
ブレイドを手にしたみなもが、牧樹に攻撃を仕掛けていく。しかし牧樹はみなもの攻撃を難なく防いでいく。
「怒りを見せてきたようね・・・でも、まだ足りない・・・!」
牧樹が押し返してみなもを突き飛ばす。態勢を崩した彼女に、牧樹が反撃を仕掛ける。
牧樹の力の強い攻撃に、徐々に追いこまれていくみなも。だがライムを守るため、みなもは踏みとどまる。
「ライムさん・・すぐに秋葉といつきのところに・・・2人もこっちに向かっているから・・・!」
「ダメです!これではみなもさんが大変なことに!」
呼びかけるみなもだが、ライムは聞き入れようとしない。
「私のためにみなもさんが危険な目に合っている・・それなのに、私だけが安全なところにいるなんて・・・!」
「たとえ私が危険なことになるとしても、あなたが無事なら辛くならない・・それに私なら大丈夫・・危なくなったらすぐに逃げるから・・・」
心配の声を上げるライムに、みなもが微笑みかける。彼女はすぐに真剣な面持ちに戻って、牧樹に視線を戻す。
「逃がさない・・2人とも、私から逃げることはできない・・・」
「いいえ、乗り切ってみせる!ライムを助けて、私も生き残る!」
冷徹に告げる牧樹に、みなもが言い放つ。だがこの気迫とは裏腹に、彼女が牧樹に追い込まれているのは明白となっていた。
「そこまで言うのなら、もっと力を出して・・でないと、私には勝てないから・・・!」
牧樹がみなもに迫り、ブレイドを振りかざす。反撃を狙うみなもだが、牧樹の力と勢いでそのチャンスを見出せずにいた。
「負けられない・・負けたら、ライムが・・トオルさんが・・みんなが・・・!」
必死に自分を奮い立たせるみなも。だが牧樹が放った一閃を防ぎきれず、彼女は突き倒される。
「もっと力を出しなさい・・でないと、今度こそ死ぬことになるよ・・・!」
「ダメ・・・こんなところで、負けるわけにいかない・・・!」
さらに鋭く言いかける牧樹に対し、みなもが声を振り絞る。
「負けたくないのなら、力を見せて・・怒りを強めて、力を呼び起こすしかないのよ・・・!」
「みなもさん!」
そこへライムが飛びかかり、牧樹に飛びついた。彼女はそのまま電撃を放出する。
「これだけ密着すれば!」
感情をむき出しにして言い放つライム。だが電撃は牧樹と密着している彼女自身にも及んでいた。
「逃げて、ライムさん!このままではあなたが!」
「みなもさんが先に逃げてください!このままあなたがいなくなるほうが、私には・・!」
互いに呼び合うみなもとライム。だがその瞬間、牧樹が振りかざした一閃が、ライムのブレイドの刀身を叩き折った。
「えっ・・・!?」
みなももライムも目を疑った。牧樹が後ろに下がり、ライムが力なくその場に倒れ込む。
「ライムさん!」
みなもが悲痛の叫びをあげて、ライムに駆け寄る。
「ライムさん、しっかりして!ライムさん!」
「すみません、みなもさん・・ブレイドを・・ブレイドを・・・」
声を張り上げるみなもに、ライムが声を振り絞る。彼女の体から光の粒子があふれ出してきた。
「ダメ!いなくならないで、ライムさん!あなたがいなくなったら、トオルさんはどうなるの!?」
「大丈夫です・・・お兄さんは、私がいなくなっても、1人になったりしません・・・みなもさん・・あなたがいるから・・・」
涙をあふれさせるみなもに、ライムが微笑みかける。
「私・・なかなか友達ができなくて・・・でも、みなもさんたちとは、かけがえのない友達だって、胸を張って言えます・・・」
「ライムさん・・・!」
「私に勇気をくれたのはみなもさんです・・・本当に・・本当にありがとうございます・・・」
ライムがみなもに向けて、ゆっくりと手を伸ばす。みなもはたまらず彼女の手を握る。
「みなもさん・・・あなたに会えて・・・よかった・・・」
満面の笑顔をみなもに見せるライム。だがみなもの前で、ライムが光の粒子となって消滅していった。
「ライムさん・・・ライム!」
ライムの消滅に、みなもの悲しみが一気に膨れ上がる。彼女の目から大粒の涙があふれ、こぼれ落ちていった。
「どうして・・・どうしてあなたが消えなければならないの!?・・・誰よりも優しいあなたが・・・!」
今まで経験したことのない悲しみに襲われて、泣きじゃくるみなも。これが悪い夢であると、ひたすら現実逃避を言い聞かせようとしていた。
そしてみなもの心を満たしていた悲しみと絶望は、牧樹に対する怒りへと変わった。
「あなたがライムを・・・結花さんの親友だったはずのあなたが・・・どうしてこんなことができるの!?」
激昂したみなもから力がオーラのようにあふれ出した。彼女の怒りが限界を超え、秘めていた力を暴走させていた。
次回
秋葉「う〜、何だか不安になってきたよ〜・・・」
いつき「どうしました、獅子堂さん?」
秋葉「あたし、振り回されるタイプなのかな・・・?
段々扱いが悪くなっているような・・・」
いつき「深く考えなくていいと思いますよ。
今回は主人公ではありませんので・・」
秋葉「それ、気休めにもなんないよ・・・」