ブレイディアDELTA 第16話「絆、果てしなく・・・」

 

 

 学園祭が終了して1週間が経過した。式部学園は普段の平穏を取り戻していた。

 だが秋葉は机に突っ伏して、疲れを訴えていた。

「獅子堂さん、しっかりしてください。もうすぐ授業が始まりますよ。」

「ダメ・・全然元気が出ない〜・・・」

 いつきが注意を促すが、秋葉はやる気を出さない。するとみなもがため息混じりに声をかけてきた。

「放っておいたら、いつき。秋葉はいつもこの調子だから・・」

「ですが、だからといって放置するわけには・・」

「ハァ・・なら丁度いい喝の入れ方があるわよ・・」

 いつきの心配を受けて、みなもが広げた右手に向けて息を吐く。その右手で彼女は秋葉の背中を思い切り叩いた。

「ギャッ!」

 悲鳴を上げて飛び起きた秋葉。彼女は涙目のまま、みなもに振り向く。

「イッターイ!何するの、みなもちゃん!?

「これで少しは元気になったでしょう?」

 抗議の声を上げる秋葉に、みなもが笑顔を見せる。そのとき、教室にしおんが入ってきた。

「さて、これからも頑張っていかないと・・・」

 改めて勉強と精進に力を入れることを誓うみなもだった。

 

 ブラッドは牧樹だった。その真実は大貴と要の耳にも入ってきていた。

「まさか牧樹ちゃんが生きていたなんてね・・こりゃビックリだ・・」

「あなたはつくづくのん気ですね、兄さん・・」

 期待を込めた笑みを見せる大貴と、呆れて肩を落とす要。

「牧樹さんは全てのブレイディアを憎んでいます。それは私とて例外ではありません。」

「仮にそうであっても、まだ僕たちが襲われることはない。しばらく様子を見ていられるよ・・」

「それで取り返しのつかないことにならなければいいのですが・・・」

 あくまで悠然とした態度を崩さない大貴に、要は不安を募らせるばかりだった。

「それと、新しいプルートの指揮官にも、そろそろ会っておこうかな・・」

 大貴が目つきを鋭くして不敵な笑みを見せる。彼はクリムゾンの姿を頭の中に浮かべていた。

 

「ふえ〜・・全然授業についていけないよ〜・・・」

 授業の内容が分からず、休み時間に入った途端に秋葉が再び机に突っ伏した。

「みなもさんの喝の効果が切れたみたいですね・・」

 彼女の情けない姿を見て、いつきが苦笑する。

「もういいわ・・秋葉にはそういう薬は効かないのかもね・・」

 みなもがため息混じりに言いかけたときだった。

「みなもさん、秋葉さん、いつきさん・・」

 教室にやってきたライムが、みなもたちに声をかけてきた。

「ライムさん、どうしたの?ライムさんのクラス、次は体育のはずじゃ・・」

「はい・・それで体操着もジャージも忘れてしまって・・貸していただけないでしょうか・・?」

 みなもが訊ねると、ライムが事情を説明してきた。

「だったら私のを貸すわ。私たちも後で体育の授業があるけど、すぐに返してくれるなら・・」

「みなもさん・・・ありがとうございます・・後ですぐに返しますね・・」

 みなもから体操着を借りて、ライムは喜びながら教室を後にした。

「優しいんだね、みなもちゃん♪」

 秋葉が突然みなもに後ろから飛びついてきた。

「たまたま体操着を持っていたから貸せたのよ。わざわざ喜ばれることではないと思うのだけど・・」

「もー、照れちゃって〜♪」

 憮然とした態度を見せるいつきに、さらにからかってくる秋葉。だが秋葉はみなもに再び背中を叩かれた。

「・・・困っている人がいると、どうしても放っておけなくなるのよ・・父さんも母さんもそうだったから・・・」

「親譲りの優しさということですか・・いいですね、そういうのも・・・」

 打ち明けるみなもに、いつきも微笑みかける。

「時に裏切られることもあるけど・・自分のしたことが悪いことだとは思わないわ・・」

 優しさは悪いことではない。その場では実を結ばなくても、必ず報われるものである。みなもはそう考えていた。

 

 その頃、結花はある場所に向かっていた。彼女はその場所に花を手向けていた。

 そこは結花の仲間の死んだ場所だった。そして同時に、彼女の力で結花が生き返った場所でもあった。

 結花は怒りに囚われた牧樹によって、1度ブレイドを折られて消滅した。だが仲間のブレイドの力で生き返ることができた。仲間の命を引き換えにして。

 自分のために命を落とした仲間に、結花は罪の意識を感じていた。償おうとしても償いきれない罪を、彼女は今も抱えていた。

 仲間のことを思うと同時に、結花は牧樹のことも考えていた。

「牧樹・・お前はまだ、私の前に立ちはだかるのか・・お前の大切なものを奪った私を憎んで・・・」

 ブラッドとなってブレイディアを滅ぼそうとする牧樹にも、結花は罪の意識を感じていた。

「こっちに来てたのか、結花・・・」

 そんな彼女に一矢が声をかけてきた。あふれてきていた涙を拭ってから、結花が一矢に振り向いた。

「あのときのお前は、プルートへの復讐しか考えていなかった・・だけど今は、それを間違いだって考え直して、ずっと償おうとしてきたじゃないか・・」

「牧樹に殺されて全てに終止符が打たれるなら、それを受け入れてもよかった・・だがそれだけで終わるはずもないと分かっている・・だから私は、まだ死ぬわけにはいかない・・牧樹と向かい合わなくてはいけない・・・」

 一矢と言葉を交わし、結花は改めて決意を口にする。

「できることなら、みなもたちを巻き込みたくはなかった・・・」

「結花・・・」

 みなも、秋葉、いつきを思う結花。彼女は再び花を置いた場所に目を向けた。

(今度こそ終わらせてやるぞ・・牧樹・・・)

 牧樹への意思を募らせて、結花は歩き出していった。

 

 お昼休み、みなもは秋葉、いつきの他にライムと一緒に昼食を取っていた。

「今日は本当にありがとうございました、みなもさん。助かりました・・」

「気にしなくていいわ。でも忘れん坊は困るわよ・・」

 感謝するライムに、みなもが言葉を返す。

「私、本当にだらしがなくて、いつもお兄さんや学校のみんなに助けてもらってばかりで・・恩返ししようとしても、全然うまくいかなくて・・・」

 自分の無力を口にするライムが、沈痛の面持ちを浮かべる。

「私は誰かに助けてもらわないと、何もできない、弱い人間なんです・・・」

「そんなことないよ、ライムちゃん♪」

 自分を責めるライムに、秋葉が声をかけてきた。

「ライムちゃんには勇気があるじゃない。トオルさんを守るために戦おうともしたし・・」

「そうですよ。誰かのために危険に飛び込むのは簡単ではなく、とても勇気のいることです。その勇気を出したライムさんは、決して弱くはありません。」

 秋葉に続いていつきもライムを励ます。

「私、弱くないのですか?・・迷惑ばかりかけているのに・・・」

「強いて弱いというなら、自信ね。ライムさんは全然すごくて勇敢なんだから、もっと自分に自信を持つことね・・」

 戸惑いを見せるライムに、みなもも呼びかける。彼女たちに支えられて、ライムは困惑を和らげた。

「私、頑張ってみます・・私はやれるんだって・・・」

「その意気よ、ライムさん。私たちだけじゃなく、トオルさんも応援しているんだから・・」

 みなもの言葉にライムが頷く。彼女は改めて強くなろうと心に誓った。

 

 その日の夕方、結花が花を手向けた場所に足音が響いた。ブラッドの鎧に身を包んだ牧樹だった。

 花の置かれた場所の手前で足を止めて、牧樹は結花を含めたブレイディアへの憎悪を募らせていた。

「ブレイディアがいたから、私たちの日常も幸せも、全て壊された・・・」

 自分とその周りに起きた悲劇を思い返して、牧樹が右手を強く握りしめる。

「私のブレイディアに対する怒りと憎しみは、日に日に増していくばかり・・それに反応するみたいに、力がどんどん上がり、私でも抑えきれなくなっている・・・」

 呟いていく牧樹が、鎧に覆われた自分の両手を見つめる。

「この鎧を外せば、私からあふれた力が周りを壊してしまう・・私が望むと望まざるとに関わらず・・・」

 その両手を強く握りしめる牧樹。

「私は全てを壊す・・ブレイディアさえも、滅ぼしていく・・・!」

 自分の中に宿る憎悪を心に秘めて、牧樹は歩き出す。かつての仲間の思いと願いを全て振り切って。

 

 同じ頃、みなもはライムに誘われて、買い物に来ていた。秋葉といつきは日直のために一緒に下校することができなかった。

「ごめんなさい、みなもさん・・付き合わせてしまって・・」

「ライムさんが自分で頑張ろうとしているのに、邪険にするわけにいかないわ。気にしないで・・」

 頭を下げるライムに、みなもが微笑んで返事をする。

「私としては、あまり忘れん坊にされても困るし・・」

「もしかして、それが本音ですか、みなもさん・・?」

 みなもが続けて言いかけると、ライムがからかってきた。これを受けてみなもが苦笑いを浮かべた。

「優しさを受け止めることと甘えることは違う・・でも、ライムさんはそれを分かっている・・」

「甘えるような度胸もなかったから・・・」

 注意を促すみなもに、ライムが物悲しい笑みを浮かべた。

「でも1度だけ、お兄さんに甘えてみようかなと思います・・お兄さんも、そのほうが喜んでくれると思うから・・・」

「それもいいね。甘えすぎるのはよくないけど、たまにはいいよね・・」

「あえて言いますけど、みなもさん、お兄さんにあまり甘えないようにお願いしますね・・」

「私、そんなにトオルさんに甘えてはいないと思うのだけど・・・」

 屈託のない言葉のやり取りをして、ライムもみなもも笑顔を絶やさなくなっていった。

(改めて、ライムさんが親友であるという実感が持てた・・・大切にしないと・・この友情も・・・)

 心の中で新しい決心をしたみなもだった。

「あらあら、2人とも楽しそうねぇ・・」

 そこへ声がかかり、みなもとライムが笑みを消す。2人の前に、あかねがかなえを連れて現れた。

「またあなたたちなの?・・粘着質な性格ね・・」

「狙った獲物は必ず仕留めるって言ってもらいたいわ。このままあなたたちを野放しにしておくのは腑に落ちないのでね。」

 呆れて肩を落とすみなもだが、あかねは彼女の態度を気に留めずに淡々と言葉を返す。

「お姉ちゃん、やっぱりやめようよ・・2人に呆れられているよ・・」

「うるさいわよ、かなえ!相手の反応に合わせてたら、話が全然進まなくなるじゃない!」

 かなえが呼びかけるが、あかねは怒鳴り返すばかりで聞き入れようとしない。

「ということで、今度こそ倒してやるわよ、星川みなも!そこの子も運がなかったと思って倒されなさいよね!」

 あかねが不敵に言い放つと、ブレイドを出して構える。あくまで戦おうとする彼女に、みなもは呆れ果てていた。

「ライムさん、少し離れていて・・すぐに終わらせて帰ろう・・」

 みなももライムに呼びかけてからブレイドを手にした。

「何か引っかかるセリフね・・すぐに終わらせるのには賛成だけど、負けるのはあなたのほうよ!」

 いきり立ったあかねが、みなもに向かって飛びかかる。彼女が振りかざしてきたブレイドを、みなももブレイドを掲げて受け止める。

「あなた、このブレイドについて分かっているの?ブレイドはただの武器じゃない。ブレイドを折られたブレイディアは・・」

「何いきなり説教してきてるの!?そうやって惑わそうとしても、私には通用しないわよ!」

 ブレイドについての説明をするみなもだが、あかねはこれも聞かず、ブレイドに力を加えて彼女を突き飛ばす。

「みなもさん!」

 ライムがみなもを助けようとするが、かなえが前に立ちはだかる。

「こうなったらお姉ちゃんの思うようにさせてあげたいと思う・・だから邪魔はさせない・・」

 かなえはそう告げると、ブレイドを手にしてライムを迎え撃つ。

「みなもさんが危ないのに、黙って見ていることはできない・・・!」

 ライムもブレイドを手にして飛び出してくる。彼女がブレイディアであったことに、かなえは驚きを覚える。

「あなたもブレイディアだったなんて・・でもそれでも邪魔はさせない・・お姉ちゃんの邪魔は・・・」

 落ち着きを取り戻して、かなえがライムを突き放す。

(これじゃみなもさんを助けに行けない・・ここは私が何とかしないと・・・!)

 みなもは勇気を振り絞って、ブレイドに意識を傾ける。彼女の持つブレイドから電撃が放たれる。

 だがかなえは後退して、電撃を回避した。

「えっ・・・!?

「ブレイドから電気を出すなんて・・電気は当たると麻痺とか起こすから、距離を取るのが1番なの・・」

 声を荒げるライムに、かなえが落ち着きを見せて語る。

(麻痺している間に助けに行こうとしたけど・・・手強い・・・!)

 徐々に焦りを膨らませていくライム。だがかなえに完全に行く手をさえぎられていた。

 

 果敢に攻め立ててくるあかね。彼女の攻撃をみなもは軽く防いでいた。

「そんな・・私の攻撃が通じないなんて・・・!」

 優位に立てないことに、あかねが苛立ちを覚える。

「私は強いのよ!その私がこんなこと!」

「自分に自信がありすぎる。その過信が、私との力の差を広げているのよ・・」

 声を荒げるあかねに、みなもが淡々と言いかける。しかしあかねは聞き入れようとしない。

「過信じゃないわ!私は私の力を知っている!あなたにも負けることはない!」

「そう・・ならあなたは、私には勝てない・・・」

 あかねの自信を吐き捨てると、みなもが彼女に攻撃を仕掛けてきた。振り下ろされたブレイドを、あかねは飛び上がって回避する。

 あかねは降下する勢いで、みなもに向けてブレイドを振り下ろす。あかねはみなもが防いでくると読んでいた。

 だがみなもはあかねの横をすり抜けて回避してきた。

「何っ!?

 意表を突かれて声を荒げるあかね。振り向きざまに飛んできたみなもの光刃を、あかねもとっさに受け止める。

「もうブレイドを収めなさい!ブレイドが折れたらあなたも・・!」

「うるさい!」

 呼びかけるみなもを突き放すあかね。冷静さを保っているみなもと違い、あかねは焦りと苛立ちを膨らませていた。

(こういう粘着質の相手は正直苦手なのよね・・すぐに引き離さないと・・・)

「ライムさん、電撃はどこまで広げられるの!?

 みなもがライムに向けて声をかけてきた。

「えっと・・少しぐらいなら広げられますが・・ここでやったら、みなもさんまで巻き添えに・・・」

「私に構わずにやって!この2人の相手をいつまでもするわけにいかないわ!」

 答えるライムに、みなもが呼びかける。

「させるものですか!かなえ、やめさせなさい!」

 話を聞いていたあかねも呼びかける。みなもの声を聞き入れたライムが大きく飛び上がり、地上に向けて電撃を放射した。

「うわっ!」

 あかねとかなえだけでなく、みなもも悲鳴を上げる。ライムの放った電撃によって、3人は麻痺して動けなくなる。

 着地したライムがふらつくみなもを連れてこの場から離れた。

「くっ!・・痺れさせて逃げるなんて・・・姑息な手段を・・・!」

 体の痺れにうめくあかね。だが彼女もかなえも、みなもとライムを追うことができなかった。

 

 とっさの機転であかねとかなえから逃げ伸びたみなもとライム。ライムの放った電撃による麻痺は、みなもの体から抜け切ろうとしていた。

「すみません、みなもさん・・こんなことして・・・」

「気にしないで、ライムさん・・私が頼んだことだから・・・」

 謝るライムにみなもは微笑みかける。だがライムは直後に不満を浮かべてきた。

「ですがあんなこと、無茶苦茶ですよ、みなもさん・・・!」

「悪かったわ・・これしか思い浮かばなかったから・・・」

 ライムに注意されて、みなもも謝る。痺れが弱まって落ち着きを取り戻したみなもが、ライムに真剣な面持ちを見せる。

「あの性格だから、痺れがなくなったらすぐに追いかけてくるでしょうね。追いつかれる前に、誰かに連絡を・・」

 みなもが言いかけて、連絡を取ろうと携帯電話を取り出したときだった。

 突然みなもが顔を強張らせた。緊張を見せる彼女に、ライムが当惑する。

「みなもさん・・・?」

「この感覚・・・!」

 疑問符を浮かべる前で、みなもが振り返る。その先には、ブラッドの鎧に身を包んだ牧樹がいた。

 

 

次回

第17話「混沌の暗雲」

 

あかね「あなた、大人しそうで実はものすごく大胆ではなくて?」

ライム「そ、そんなことは・・・」

あかね「こんなことされたら、けっこう感じてしまうのでは?」

ライム「イヤ・・・!

    そんなところ、触っては・・・!」

みなも「あなたたち、何をやっているの!?

かなえ「とてもハレンチだよ、お姉ちゃん・・・!」

 

 

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