ブレイディアDELTA 第6話「水面+水=カナヅチ?」

 

 

 初夏のとある日のことだった。

 普段はいつもみなもが先に起床する。だがこの日は秋葉が先に目を覚ました。正確にはみなもが先に目を覚ましていたが、ベットから起きようとしない。

「おはよう、みなもちゃん♪・・あれ?どうしたの?」

 いつまでもベットの中でうずくなっているみなもに、秋葉が疑問符を浮かべる。

「もしかして病気?・・ホントに大丈夫・・・?」

 秋葉が声をかけるが、みなもは反応しない。

「もう・・とにかく顔だけでも見せてよー!でないとどうなってるのか分かんないよー!」

 秋葉が不満げにみなものシーツを取り上げる。すると秋葉は、みなもが震えているのを目の当たりにする。

「みなも、ちゃん・・・?」

「秋葉・・今日の授業は何・・・?」

 恐る恐る声をかける秋葉に、みなもが声を振り絞ってきた。

「今日はプールだよ♪楽しく泳いじゃうんだから♪」

 秋葉が大喜びに答えた瞬間、みなもが再び震えだした。

「みなもちゃん・・・まさか・・・!?

 この事態で秋葉はすぐに察した。みなもが泳げないことを。

 

「えっ?みなもさんが?」

 いつきが投げかけた疑問に、秋葉が頷く。あれから学園に行くのを嫌がっていたみなもだが、秋葉に無理矢理連れてこられていた。

「でも納得して登校しましたね。今日は水泳があるのに・・今も大人しくしている・・・」

「そう見えるよね・・・?」

 呟きかけるいつきに、秋葉が気まずさを浮かべる。じっと前を向いて着席しているように見えるみなもだが、その態勢のまま気絶していた。

「それほどまでに嫌いなのですね・・・」

「今じゃ完全に思考回路がショートしてるよ・・声をかけても全然反応がなくて・・・」

 絶望しているみなもを見て、いつきも秋葉も困惑していた。

 

 そして、運命の瞬間が訪れた。

 水着に着替えたものの、みなもは水泳への絶望を抱いたままだった。震えている彼女に、秋葉もいつきも気まずくなっていた。

「星川さん、どんな泳ぎをするのかな?」

「きっとオリンピック選手みたいにスイスイ泳いじゃうよ♪」

 周囲のクラスメイトたちがみなもへの期待を口にする。みなもは運動万能で、体育ではいい成績を残している。そのためクラスメイトは、彼女は泳ぎも達者であると思ってしまっていた。

「今からでも先生に言って、個別に練習したほうが・・・」

 秋葉が心配の声をかけるが、みなもの耳には入っていない。緊迫した状況のまま授業が始まり、プールに入ることとなった。

 秋葉たちが入る中、みなもはプールに入ろうとしない。

「星川、どうしたの?早く入りなさい。」

 先生が呼びかけるが、みなもはそれでも入らない。

「もー、みなもちゃんのすごい泳ぎをみせてちょーだーい♪」

 クラスメイトの1人がみなもをプールに引っ張り込んだ。するとみなもがその場で溺れ出した。

「み、みなもちゃん!」

 秋葉が慌ててみなもに近寄る。彼女に助けられて、みなもが一瞬安堵を覚える。

「星川さん、もしかして・・・」

 周囲からの微妙な反応。みなもは久方ぶりに水に入り、溺れてしまったのである。

 その後の水泳は初歩のものであったが、みなもはそれすらもこなすことができなかった。

 

 その日の水泳の授業が終わって、昼休みに入った。一難を乗り切ったみなもが、机に突っ伏していた。

「まさかまた溺れることになるとは思わなかったわ・・・」

「なぜそこまで泳げないのですか?私が見る限りでも、みなもさんの鍛錬に怠りはないはずなのですが・・・」

 疲れ果てているみなもに、いつきが疑問を投げかける。

「・・・実は子供の頃に溺れて・・それからプールや海に入るのが怖くなってしまって・・個室のお風呂は大丈夫なんだけど、大浴場は大きさによっては入れなくて・・・」

「大浴場も入れない・・それはちょっとまずいんじゃないかな・・・」

 みなもの説明を聞いて、秋葉が呆れていた。

「やはりこれも特訓あるのみです!私たちが指導しますので、泳げるようになりましょう!」

 いつきが呼びかけてくるが、みなもは首を大きく横に振る。

「ムリムリムリムリムリ!私でも絶対ムリ!」

「ムリという気持ちが、可能を不可能にしてしまうのです!何事も経験です!」

「や〜だ〜!やりたくない〜!」

 駄々っ子のように拒否するみなも。1度ため息をついたいつきが、秋葉と視線を合わせる。

「獅子堂さん!」

「了解です!」

 いつきの呼びかけに秋葉が答える。2人が素早くみなもをロープでぐるぐる巻きにする。

「強硬手段を取らせていただきます・・・!」

「や、やめなさい!やめなさい、2人とも!」

 いいかけるいつきと、悲鳴を上げるみなも。秋葉といつきに引っ張られて、みなもは特訓を強いられることとなった。

 

 市民プールに連れてこられたみなも。水着には着替えたものの、彼女は全く乗り気ではなかった。

「私はうまく泳げるようになるつもりはないのだけれど・・・」

「やる気を出してください、みなもさん!やる気がなければ、うまくなるものもうまくなりません!」

 憮然とした態度を見せるみなもを、いつきが叱咤激励する。

「まずは手すりにつかまってのバタ足の練習!このくらいのことができれなければ、他の泳ぎはできませんよ!」

 いつきの呼びかけに従って、みなもがバタ足の練習をする。だがすぐに体が沈んで溺れてしまう。

「泳ぎの道のりは遠い・・・」

 みなもの姿を見て、秋葉は呆れていた。

 それからいつきが徹底的に訓練させるが、みなもの成長は見込めなかった。

 

「・・・筋金入りですね・・ここまで絶望的とは・・・」

 全く泳ぎのうまくならないみなもに、いつきは頭が上がらなくなっていた。練習後、彼女たちは近くのレストランで小休止していた。

「ここまで泳げないのは逆に芸術かも・・」

「うるさい、秋葉!」

 的外れな感心を見せる秋葉に、みなもが涙目で怒鳴る。

「もうお手上げです・・私たちの手には負えません・・・」

「後は先生に任せるしかないね・・・」

 ついに観念するいつきと秋葉。ひどく落ち込んでいたみなもも、やむなく同意するしかなかった。

「それじゃ気分転換に零球山に散歩にでも行こう・・山なら水はないから、みなもちゃんが困ることもないし・・」

「もう体も心も疲れきっているのよ・・それなのに零球山に寄り道だなんて・・・」

 秋葉が呼びかけるが、みなもは乗り気にならない。

「こういうときこそ気分転換だよ、さぁさぁ♪」

 またも秋葉に引っ張られて、みなもはレストランを後にした。

 それから零球山を訪れたみなもたち。そこで秋葉が深呼吸を始める。

「誰にだって向き、不向きがあるもんだよ・・みなもちゃんに比べたら、あたしなんて全然だよ・・勉強も運動も成績悪いし・・・」

「秋葉が自分を悪く考えるなんて・・そこまで私が参っていたってことね・・・」

 物悲しい笑みを見せてきた秋葉に、みなもが肩を落とす。

「いつの話かは分からないけど、いつか泳げるようになってみせるから・・・」

「その意気だよ、みなもちゃん♪あたしも応援してるから♪」

 意気込みを見せるみなもに、秋葉が笑顔を見せるひと段落ついたと思い、いつきも笑みをこぼしていた。」

 そのとき、周囲の木々がざわめき、みなもといつきが警戒を覚える。様子を一変させた2人に、秋葉も緊張を募らせる。

「ハデスか・・それとも大胆不敵なブレイディアか・・・」

「どちらにしても、注意は怠らないように・・・」

 呟きかけるみなもに、いつきが注意を促す。周囲はさらなるざわめきを巻き起こしていた。

 秋葉も周囲を見回しながら、後ずさりする。後ろに下がった彼女の足が、水たまりに入った。

「・・獅子堂さん!」

 いつきがたまらず叫んだ瞬間だった。その水たまりの水が突然舞い上がり、秋葉が巻き込まれた。

「キャアッ!」

「秋葉!」

 悲鳴を上げる秋葉に、みなもが呼びかける。舞い上がった水が形を変えて、人型の怪物となる。

「やはりハデス・・こんなところに・・・!」

 ハデスの出現にみなもが毒づく。水のハデスの体内には秋葉がおり、水の中にいるような息苦しさをあらわにしていた。

「うまく切り裂いて助けないと、秋葉が溺れてしまう・・・!」

 みなもがブレイドを手にして、ハデスに飛びかかる。秋葉を助けようとハデスのわき腹を切り裂くが、水の体のハデスはすぐに再生してしまう。

「水だからすぐに解け込んで元に戻ってしまう・・これじゃきりがない・・・!」

 ハデスの性質に毒づくみなも。そのとき、いつきがハデスの尻尾の先端にある赤い塊を発見する。

(あの塊・・もしかしてハデスの核をなすものでは・・・!)

「みなもさん、ハデスの尻尾を・・!」

 みなもに呼びかけようとしたとき、いつきがハデスに捕まってしまう。その右手に引きずり込まれて、彼女もその体内に引き込まれてしまう。

「いつき!キャッ!」

 みなももハデスの体内に引きずり込まれてしまう。溺れて苦痛を覚える彼女だが、ブレイドを離すまいと必死になっていた。

(いけない・・このままでは溺れてしまう・・早く脱出しないと・・・!)

 みなもはもがきながら、ブレイドでハデスをつつく。だが外からは簡単に切れたハデスの体は、膜のようなものに防がれて、中からは突き破ることができない。

(破れない・・ま、まずい・・早くしないと、息が・・・!)

 息苦しさに必死に耐えて、みなもが思考を巡らせる。いつきは息を止めるのが精いっぱいで、秋葉は溺れて意識を失っていた。

(そういえばいつき、尻尾って・・・)

 みなもがいつきの言葉を思い出して、視線を移す。彼女はハデスの尻尾にある赤い塊を発見する。

(もしかしてあれは、このハデスの心臓のようなもの・・あれを壊せば、助かるかもしれない・・・!)

 思い立ったみなもが、塊にブレイドの切っ先を向ける。

(確実にうまくいく保障はない・・でもこれ以外に方法が思い浮かばない・・・!)

 心の中で自分に言い聞かせて、みなもが意識を集中する。

(伸びろ・・ブレイド、長く伸びろ!)

 ブレイドに意識を傾けるみなも。その意思に呼応するかのように、彼女のブレイドが伸び出した。

 ブレイドはハデスの体内を伸びていき、体内の膜にも勢いを止められることなく進んでいく。そして光の刃は尻尾の中をすり抜けていき、先端にある赤い塊を切り裂いた。

 ハデスが絶叫を上げる。その水の体が崩壊し、形を保てなくなった。

「ぐっ!」

 ハデスの体から解放され、みなもたちが地面に落下する。せき込みながらも、彼女たちは呼吸を整えていく。

「助かった・・やはりアレがハデスの心臓部だったのね・・・」

「助かりました、みなもさん・・私のブレイドでは、塊を狙うことはできませんでした・・・」

 安堵を覚えるみなもと、感謝を口にするいつき。秋葉は意識を失っていたが、命に別状はなかった。

「それにしても、まさかブレイドの形状が変わるとは・・・」

 いつきがみなもの力を称賛する。

「うん・・念じれば形を変えることができる・・さっきもブレイドを伸ばすことができた・・・」

 みなもは微笑んで頷く。彼女はブレイドを扱う感覚を確かめて、右手を軽く動かす。

「秋葉も大丈夫ね・・でも一応、心臓マッサージを・・・」

 みなもが眠っている秋葉に歩み寄る。心臓マッサージを行い、人工呼吸を施そうとする。

 だが人工呼吸をやろうとして、みなもが躊躇する。

「どうしたのですか、みなもさん・・・?」

 いつきが声をかけるが、みなもは困惑を浮かべるばかりである。

「・・・これって、キスということになるの?・・・そうならこれって、私にとってのファーストキスということに・・・」

「何を言っているのですか、みなもさん!?もし獅子堂さんに何かあったら・・・!」

 動揺を隠せなくなるみなもに、いつきが声を荒げる。みなもはやむなく、秋葉への人工呼吸に踏み切ることにした。

 だが顔を近づけるにつれて、みなもは緊張を膨らませていく。

(やるのよ・・私がやらないと、秋葉が危ないのよ・・・!)

 必死に自分に言い聞かせて、みなもが秋葉に顔を近づける。

 そのとき、秋葉が突然目を開いた。その瞬間にみなもが驚く。

「うわっ!」

 同時に悲鳴を上げるみなもと秋葉が、たまらず後ろに飛び退く。顔を近づけてきたみなもに、秋葉が動揺をあらわにする。

「ち、ちょっと!なにをしようとしたの、みなもちゃん!?

「ち、違う!私はあなたに人工呼吸をしようとして・・!」

 声を荒げる秋葉に、みなもが必死に弁解する。

「みなもさんの言っていることは本当です。あなたを助けようとしたのです・・」

 いつきが言葉を投げかけて、秋葉は納得して落ち着いた。

「ゴ、ゴメンね、みなもちゃん・・あたしを助けようとしていたのに・・・」

「明らかに信じていない目をしていたわね・・・」

 苦笑いを浮かべて謝る秋葉だが、みなもは彼女に疑いの眼差しを送っていた。だが2人はすぐに落ち着きを取り戻して、笑みをこぼす。

「本当によかった・・秋葉が無事で・・・」

 喜びを浮かべるみなもの目から涙が浮かび上がる。

「これが友情というものなのね・・前々から大切なものだとは思っていたけど・・この友情を失いたくないって思える・・・」

「みなもちゃん・・・」

 自分の心境を打ち明けるみなもに、秋葉が戸惑いを覚える。

「改めてよろしくね、秋葉・・いつき・・・」

「みなもさん・・・こちらこそ、よろしくお願いします・・・」

 笑顔で声をかけるみなもに、いつきも笑みを見せる。みなもが秋葉に手を差し伸べて、握手を求める。

 秋葉も喜んでみなもの手を取ろうとしたときだった。

「クシュン!」

 みなもがくしゃみをした。2度、3度くしゃみをする彼女に、秋葉もいつきも唖然となった。

 

「もう、泳ぎなんて・・・」

 その日の夜、ベットで寝込むことになったみなも。どう声をかけたらいいのか分からず、秋葉も困惑するばかりだった。

 

 冥王の間の中央にて、1人佇むクリムゾン。そこへブラッドが現れ、クリムゾンの前に歩み寄ってきた。

「まだお前が戦いに赴く必要はないぞ、ブラッド・・」

 クリムゾンがとがめるが、ブラッドは首を横に振る。

「それほどまでにこだわるものがあるのか?お前は過去を捨てたのではないのか?」

 クリムゾンが質問を投げかけるが、ブラッドは何も答えない。

「そこまで決心が固いならば好きにするといい。だがくれぐれも軽率な行動はしないことだ。なぜならお前の力は・・」

 クリムゾンが言いかけたとき、ブラッドが彼ののど元に右手を突き出した。締めようとする手前で止まっていたブラッドの手に、クリムゾンが息をのむ。

「す、すまない・・口が過ぎたな・・・」

 呼吸を荒げるクリムゾンの前から、ブラッドは立ち去っていった。その後ろ姿を、クリムゾンは見送ることしかできなかった。

 

 

次回

第7話「深紅の剣士」

 

秋葉「みなもちゃんのブレイド、すごいねー♪

   長さや形がどんどん変わっちゃう♪」

みなも「そんなに珍しいのかな・・・?」

秋葉「だったらいろいろなことができちゃうね♪

   くすぐり、走り高跳び、マキマキ♪」

みなも「私のブレイドをふざけたことに使わないで!」

 

 

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