ブレイディアDELTA 第5話「紅い螺旋」
みなもの意思に呼応して、彼女が手にしていたブレイドが変化した。速さと突きに特化した細身の刀身が、力と斬りに特化した太さと大きさに変わっていた。
「まさか、ブレイドの形を変えてくるとはね・・この原石、磨けばダイヤモンドになるわ・・・」
驚きと同時に歓喜も膨らませていく若菜。彼女はみなもに向けて剣を振りかざす。
だがみなもが掲げたブレイドに、若菜のブレイドを軽々と受け止めてみせた。
「強度も見せかけではないのようね・・こんな短期間でここまで成長するなんて・・・」
みなもが発揮した力に感心しながら、若菜が後退して距離を取る。
「これじゃ力ずくで連れていくこともムリそうね・・・今日はこの辺にさせてもらうわね・・・」
若菜は笑みを見せて言いかけると、ブレイドを消して立ち去っていった。みなもは彼女を追おうとせず、自分のブレイドを消した。
「危なかった・・・もしもブレイドの形を変えられなかったら、負けていた・・・」
危機を乗り切ったことに安堵を覚えるみなも。そこへ秋葉といつきが駆け込んできた。
「みなもちゃん、何があったの!?」
「何者かに襲われたのですか!?」
呼びかけてくる2人に、みなもが笑みを見せる。
「ブレイディアに襲われた・・その人、プルートの生き残りだって言っていた・・・」
「プルート!?・・・生き残りがいる可能性もないですが・・・」
みなもが口にした言葉に、いつきが一瞬声を荒げる。
「それで、そのブレイディアは・・?」
「逃げられた・・追う余力がなかった・・・」
いつきの問いかけに、みなもが気まずそうに答える。
「今は寮に戻りましょう。みなもさんの手当てをしないと・・」
いつきの呼びかけに秋葉が頷く。3人はひとまず女子寮の部屋に戻ることにした。
みなもたちに巻き起こった出来事を、大貴と要は耳に入れていた。
「やっぱり、またにぎやかになってきたね・・しかも結花ちゃんも戻ってきた・・・」
期待に胸を躍らせていく大貴。その態度に要は呆れていた。
「そんな楽観的になっている場合ではありません・・プルートの生き残りが、本格的に行動を開始したのですから・・・」
「そんなことは分かっているよ・・むしろ大歓迎だよ。盛り上がるんだから・・」
「私たちも狙われることになるのです・・・」
あくまで悠然と振舞う大貴に、要は呆れ果てていた。
「そこまで遊び半分でこの事態に対応しようというのでしたら、私は私で独自に行動させてもらいます。お兄さんは自分の身は自分で守ってください・・」
「そんな殺生な・・・」
毅然とした態度を見せる要に、大貴が気まずくなる。だが大貴はすぐに悠然さを取り戻す。
「それにしても、ブレイドの形を変えてくるとは・・これでますます先が読めなくなったよ・・・」
「本当に傍観者なのですね、お兄さんは・・・」
「そうさ・・もうどこまで行っても傍観者のままさ・・それ以上でもそれ以下でもない・・そう位置づけられている・・・」
肩を落とす要に、大貴が意味深に語っていく。
「僕たちがその運命を受け入れたからね・・・でも結花ちゃんは違った・・戦乙女に宿る運命を乗り越えてしまったんだから・・・」
「確かに運命を脱しようとしていました・・ですが運命はどこまでも、彼女たちを付きまとってきます・・・」
大貴の話に要が言葉を返す。
「もしかしたら、私たちでさえ予期していない最悪の事態が起こるのではないでしょうか・・・?」
不安を口にする要だが、大貴は急いで手を打つようなことはしなかった。
プルートの残党の出現と襲撃に、みなもだけでなく、秋葉といつきも困惑を感じていた。
「その水無月若菜という人は、あなたを仲間として誘いに来たというのですか・・?」
「うん・・でもプルートはブレイディアを利用する組織だと聞いたから断ったわ・・・」
いつきが投げかけた問いかけにみなもが答える。
「でも簡単に諦めてくれる相手ではない・・また来るかもしれない・・あの人かもしれないし、他の人が来る可能性も・・・」
「本当は戦いに参加させないというのが最善手といいたいところなのでしょうが、これではみなもさんも気持ちをないがしろにしてしまうことにもなります・・ここはみなもさんの判断に任せます・・」
呟きかけるみなもにいつきが意見を持ちかける。
「あたしもみなもちゃんを信じるよ・・相手の気持ちを考えないで勝手に話を進めるのはよくないから・・・」
秋葉もみなもへの信頼と同時に、自分の心境を口にする。彼女には姉との苦い思い出が数多くあったのだ。
「ありがとう、いつき、秋葉・・大丈夫よ。私は誰かに守られてばかりでいたり、尻尾巻いて逃げたりはしないから・・」
感謝の言葉を口にするみなもに、秋葉といつきが微笑む。3人の絆が一層強くなっていた。
「ではもう休みましょう・・私たちは学生。学生の本分を忘れてはいけません。」
「う〜、勉強は難しいよ〜・・・」
毅然とした態度を見せるいつきに、秋葉が涙目を見せる。このやり取りを見て、みなもも笑みをこぼした。
その翌日、式部学園に登校したみなも。彼女は休み時間に屋上に赴いた。
「やはりここにいましたか・・・」
みなもが声をかけた先には、結花がいた。彼女は振り返り、みなもに目を向ける。
「よく分かったな・・私がここにいるのが・・」
「口外を避けたい話をするなら、学校では屋上か校舎裏。校舎裏は辛気臭いから・・」
結花が投げかけた言葉に、みなもが淡々と返事をする。
「なるほど・・私もそう思った。もしかしたら気が合うのかもしれないな、私たちは・・・」
屈託のないことに苦笑いを浮かべる結花。だが彼女もみなももすぐに真剣な面持ちを見せる。
「回りくどいのは好ましくないと思いますので、単刀直入に訊ねます・・」
「そのほうが助かる・・私も小賢しいのは苦手だ・・」
「では早速・・・あなたもブレイディアの1人で、私たちのことも知っているのですよね・・・?」
みなもが結花に向けて質問を投げかける。その問いかけには、みなもの腹の探りの意味が込められていた。
「あぁ。私もブレイディアで、1年前、私もブレイドを使って戦っていた・・理由は、プルートへの復讐・・・」
「復讐・・・」
結花が打ち明けた話に、みなもが当惑を覚える。
「家族の仇がプルートのメンバーだった・・復讐を果たしたものの、その人を愛していた私の仲間に憎まれることになった・・・」
「そんな・・・そんなことが・・・」
「その仲間は身も心もボロボロになり、ついにはプルートのブレイディアにまで堕ちていった・・そこで私は、復讐は虚しいもので、破滅しかもたらさないことを思い知らされた・・・」
「それで、その人は・・・?」
「死んだ・・・私が殺したようなものだ・・・」
結花の告白にみなもは心を揺さぶられる。自分を大きく超える悲劇を体感していた相手に、彼女は困惑していた。
「これからお前たちは苛酷な戦いを強いられることだろう・・おそらく私も・・・何のために戦うのかはお前たちの自由だ。私も勝手に戦っていた節が多かったからな・・・だが・・・」
みなもに呼びかける結花が、徐々に表情を曇らせていく。
「自分を見失うな・・私のような悲劇を体感したくなければ・・・」
結花の言葉を痛烈に感じて、みなもは緊張感を膨らませていた。彼女は戦うことの意味を思い知らされたような気がしていた。
「他の2人にも忠告しておいてくれ・・しっかりしているヤツほど、深みにはまってしまう可能性が高いからな・・・」
結花は言葉をかけると、みなもの前から去っていった。困惑を拭うことができず、みなもは結花の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
結花から語られた戦いの過酷さに、みなもは苦悩していた。自分はどうすべきなのか分からず、彼女はため息ばかりついていた。
(母さんからいろいろ仕込まれてきた私が、戦うことに悩むなんて・・・)
考えを深めていくみなもだが、考えるほどに苦悩は深まるばかりだった。
その途中、廊下の角を曲ったときだった。
「キャッ!」
人とぶつかってしまい、みなもがしりもちをつく。
「ご、ごめんなさい・・考え事をしていて・・・」
謝ったときに相手の女子と言葉が重なり、みなもが唖然となる。紫の長髪をした女子が、顔を押さえて痛がっていた。
「ほ、本当にごめんなさい・・・どこか、ケガを・・・?」
「う、ううん・・平気・・ケガがないのが私の自慢なんです・・・」
再び謝るみなもに、女子が苦笑いを浮かべる。
「そういうのを自慢にするのもどうかと思うのだけど・・・」
彼女の発言にみなもは呆れていた。そのとき、授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「い、いけない!急がないと!・・・私、檜山ライムです・・」
「私は星川みなも。よろしくね・・って、私も急がないと・・・!」
互いに自己紹介をすると、ライムとみなもは慌てて駆けだしていった。
(でも優しそうな人だったわ、ライムさん・・・檜山?・・・もしかして・・・!?)
考えを巡らせるうち、みなもが思いだして驚きを覚えた。だが急いでいた彼女は、すぐに答えを追求しようとしなかった。
みなもの誘いに失敗し、戻ってきた若菜。彼女が来たのはプルートの本拠地「冥王の間」だった。
瞑王の間は昨年の戦乙女の舞で崩壊を喫したはずだった。だが完全には崩壊しておらず、プルートの生き残りによって修復が施されていた。
「まさかあそこまで力を引き出していたなんて・・でも逆に味方につければ、それだけ有利になれるということよね・・」
「ならばなぜ連れてこなかったのだ?」
ため息をついていたところで、若菜は1人の男に声をかけられた。全身を黒ずくめのスーツで多い、かけているサングラスも黒だった。
「強くなっているとはいえ、今の彼女なら連れていくのは不可能ではなかったはずだ。それなのにお前は・・」
「私はムリは好きではないの。ゆっくり仕事をさせてほしいわ・・」
苦言を呈する男に対し、若菜が悠然さを崩さない。
「どういうやり方をするかは自由だが、時間はあまり取れないことも忘れるな。」
「分かっているわ。ゆっくり待っていて、クリムゾン・・・」
男、クリムゾンに言いかけると、若菜はこの場から離れていった。危機感のない彼女に、クリムゾンは呆れていた。
「力はあるのにやる気がない・・困ったものだ・・・」
呟く彼の前に、1人の人物がやってきた。全身を紅い鎧で覆っており、素顔をうかがうこともできない。
「まだお前の出番ではないぞ、ブラッド・・」
クリムゾンが呼びかけると、鎧の人物、ブラッドが去っていった。
(まだお前の力を見せるときではないぞ、ブラッド・・・)
心の中で言いかけるクリムゾンも、この冥王の間から去っていった。
崩壊後も暗躍を続けていたプルート。新たなるプルートの勢力が、新たな戦乙女の舞を仕組もうとしていた。
その日の授業が終わると、みなもは慌ただしく教室を飛び出していった。
「みなもさん・・そんなに慌ててどうしたのでしょうか・・・?」
みなもの様子にいつきが疑問を覚える。
「もしかして、またブレイディアが・・・!?」
「それだったらあたしたちに相談してくるはずだよ。あるいはあの結花さんという人に・・」
緊迫を覚えるいつきに対し、秋葉が苦笑いを浮かべる。
「あの慌てっぷり・・もしかしたら、病院で会ったあの人に・・・」
秋葉が病院での出来事を思い出して、にやけ顔を浮かべる。
「何か事件が起きているのでしょうか・・・そうならのんびりしてはいられません!」
「ここはみなもちゃんをきちんとチェックしないとね〜♪」
妙な意気込みを見せるいつきと、興味津々の秋葉。2人はみなもの尾行を行うのだった。
急いで教室を出て正門に来たみなも。彼女が待っていたところで、トオルがやってきた。
「トオルさん・・こんにちは・・・」
「みなもちゃん・・待っていたの・・・?」
挨拶をしてきたみなもに、トオルが当惑を覚える。
「学園でも、お目にかかりたいと思ったのですが・・なかなか会えなくて・・・」
「ムリして会いに来てくれなくてもよかったのに・・・でも会いに来てくれて、オレは嬉しいよ・・」
「ありがとうございます・・それで、ひとつお聞きしたいことが・・・」
みなもがトオルに話を切り出した。
「トオルさん、もう妹さん、退院されたのですよね?・・その妹さん、ライムさんというのでは・・・?」
「えっ?もしかして会っていた、ライムに・・?」
みなもに問いかけられて、トオルが当惑を覚える。
「はい・・とても入院していたとは思えないくらい・・・」
「うん・・実は盲腸だったんだ・・でも慌てんぼうなところは、盲腸が治った後も変わってないみたいで・・」
「そうだったのですか・・実は休み時間にばったり会いまして・・・」
話を弾ませて笑みをこぼしていくトオルとみなも。そこへ紫の髪の女子が走り込んできた。
「お兄さん、ごめんなさい!遅くなって・・!」
「えっ!?君はあのときの・・・!」
トオルに謝る女子、ライムにみなもが声を荒げる。
「あ、あなたは休み時間で・・・お兄さんの知り合いだったの・・・!?」
「うん・・病院で会って・・こうして兄妹と会うことになるなんてビックリ・・」
驚きの声を上げるライムに、みなもが微笑みかける。
「お兄さん、今までお兄さんに迷惑をかけてきたから、今夜からしばらくは私がご飯を作るよ・・」
「いや、もう少し休んでいてくれたほうがいい・・病み上がりにムリをしたら、また病院送りになってしまうから・・」
優しく言葉をかけ合うライムとトオル。兄妹のやり取りを見て、みなもは喜びを感じていた。
「本当に仲がいいですね・・私も羨ましくなってしまいます・・・」
「そんな・・羨むようなものでもないと思うんだけど・・・」
褒めてくるみなもに、トオルが苦笑いを浮かべる。
「今度、都合の会う日にでも、どこかに遊びにでも行こうか。買い物でも何でもいいよ。」
「本当ですか?・・でもそれだとライムさんに迷惑をかけてしまうのでは・・・」
トオルからの誘いに一瞬喜ぶも、みなもは気まずくなる。すると彼女にライムが笑顔を見せてきた。
「では3人で行きましょう。そうすれば仲間はずれがなくていいから・・」
「それでいいのか、ライム?・・お前とみなもさんがいいなら、オレは構わないけど・・・」
ライムの提案にトオルが当惑する。するとライムとみなもが笑みを見せて頷いた。
「では3人でお出かけと行こうか・・」
「ありがとうね、お兄さん♪」
「ありがとうございます、トオルさん!」
トオルの言葉を受けて、ライムとみなもが喜ぶ。
「では時間の空いている日が分かりましたらお知らせしますね・・」
「ありがとう、みなもさん・・それじゃ、また明日・・」
みなもの言葉に頷くと、トオルはライムとともに帰っていった。
「トオルさんもライムさんも優しい・・本当にいい兄妹・・・」
トオルとライムの仲のいい姿に、みなもは喜びを感じていた。だが彼女はすぐに目つきを鋭くする。
「隠れるならもう少しうまく隠れなさい、2人とも・・・」
みなもは言いかけると、そそくさに後ろの茂みに迫る。そこには尾行していた秋葉といつきが隠れていた。
「あなたたち、ずっと私を付けてきたんじゃないでしょうね・・・!?」
「だ、だって、あんなにドキドキしてるみなもちゃん、見たことなかったから・・・」
問い詰めてくるみなもに、秋葉が照れ笑いを見せる。その隣でいつきが気まずさを感じていた。
「あーきーはー!」
「う、うわっ!」
目を吊り上げてきたみなもに、秋葉が慌てて逃げ出す。追いかけるみなもを見て、いつきは頭が上がらなくなっていた。
次回
秋葉「どんどんどんどん面白くなっていくね♪
ますます見逃せなくなってきたよー♪」
みなも「秋葉にとって何が見逃せないのかしら・・・!?」
秋葉「それはもちろん、これからの学園生活だよ〜・・・」
みなも「私とトオルさんのことだってバレバレ・・・」