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『アラ、神尾さん』

『あ、こんにちは』

もうすぐ太陽が沈み、変わりに月が空に君臨しようとする時間帯。

『神尾さん』と呼ばれた20代前半の女性が、その場所に止まる。

『こんにちは、もう新しい生活には慣れたかしら』

30代から40代になろうとする女性が、『神尾さん』に話しかける。

『はい、おかげさまで…あの人も良い人ですし……』

『最初は誰だってそんなものよ…うちのお父さんもそんなだったわ

…神尾さん、いつでも私の所に逃げてきて良いのよ』

『はい、そうさせてもらいます!』

元気な声で言う、若い女性。

既に既婚者で、しかも自分も相手も決して裕福では無い。

子供も二人おり、かなりの苦労を抱えていそうなのに…、彼女は心の其処から笑顔が出来る。

人生経験が豊富(と本人は言っている)相手の女性にも、それが解った。

其処まで芯が強いのか、はたまた鈍感なのか…。

 

『……所で…』

女性は話を変える。

…それは、先程から気になっていた物を質問するチャンスだと思ったからだ。

『はい?』

『その袋…、一体何かしら?』

袋…、若い女性が持っている物。

質問された側は、再び笑顔で答えた。

 

『アイスです、ユキがとても好物なので』

 

 

この物語は、16年前の6月1日に始まった。

二人の若い夫婦に、二人目の愛の結晶が、地上に現われた。

『喜んでください!女の子です!!』

非常に元気に…少し五月蝿いくらいに泣き叫ぶ乳児を見て、両親はほっとする。

そして、二人の…最初の愛の結晶は、何が起こったかわからずに、戸惑う。

『…ふふ…貴方の妹よ……』

苦しみに耐え、命を産んだ女性が、自分の子供に話しかける。

 

『……名前はどうするんだ?』

『ずっと前から考えていた名前があるの

……雪、あの白い氷の舞姫の様に美しく

…そして、自身を雪融け水に変えてまで、しぶとくあれ…

 

彼女の名前は、ユキ

神尾ユキ、それがこの子の名前』

 

ユキは泣いていた。まるで己の存在を表すかのように……。

 

 

それから4年間、家族は幸せに過ごしていた

決して裕福では無い生活だったが、心は豊かだった。

家族の笑顔は耐える事が無く、周りの人達が敬う程の生活で…。

 

 

形あるものは潰れるもの。…と誰かが言った。

しかし、形はなくても、潰れるものもある。

まだ4歳で幼いユキを、親戚の家に預けて、彼女の姉と三人で、買物に行ったきり

……もう、あの幸せは戻ってこなかった。

 

涙は出なかった。というより、何が起こったのかが把握出来なかったといった方が正しいだろうか?

優しかった母親と父親は、後ろの車の衝突によって運転席に頭を打ち……、森の中に突っ込んだ。

両親は即死。死体が誰かと解ったのが、最後の…不幸中の幸いだったのだろう。

そして…姉はその日から、行方不明になった。

 

 

何か全く解らない4歳の少女は、突然見知らぬ人間達の間に放り込まれた。

…否、見知らぬと言うよりは、記憶出来ていないと言った方が正しいだろうか?

ユキを取り囲んだのは、彼女の母親の兄…、既婚者で子供が2人いる。

 

 

それからは、ユキから笑顔が消えた。

両親が突然いなくなったからではない。この家族が『幸せ』では無いからだろうか?

長男は中学生だが余り家には戻らず、次男は、母親を途轍もなく嫌っている。

父親自身も浮気を繰り返し…、家の中がとてもギシギシしていた。

彼らも、表向きはユキの事を歓迎していたが…、心の中では非常に鬱陶しがっていた。

 

ユキをずっと幼稚園に預け、『仕事』を理由に、遅くまで迎えに来なかったりもした。

 

 

重苦しい空気。バラバラに食事を取り、会話を交わそうとはしない家族。

『妹の家族はアレだけ幸せだったのに…どうして…』と、彼らの親は表現する。

しかし、そうやってお互いに干渉しなかったときは、まだ良かったのかもしれない。

…人は辛い状況に、長く耐える事は出来ない。

 

 

いつも通り、幼稚園から帰ってきて、さてご飯と思っていたユキに飛んできたのは、足だった。

お腹に入れられた強烈な蹴り。

何が起こったのか全く解らない。…幼いからではなく、唐突だったから、そう思った。

 

犯人は、夫。

今の彼女の…義理の父親に当たる人間だ。

子供を護るはずの親が、突然子供に暴力を振るう。

『……お前、邪魔なんだよ!』

男から言葉が漏れる。

『妹の為を思って今まで食わしてやって来たが、幼すぎて何も出来やしない…役立たずのただ飯くらいが!

お前は此処で死ね!そして奴らと一緒に、天国で暮らす事だな!!』

もう一度、今度は先ほどよりも更に深く、入れられる。

何本か骨が折れて、4歳児の全身に激しい苦痛が走る。

『……とどめだ!!』

男が叫ぶ。

 

……以降、男が動くことは、無くなった。

変わりにユキが感じたのは、女の子の言葉。

…始めて聞くし、久しぶりに聞く、温かみのある、人間らしい声。

『…ふぅ、一丁上がり……』

内容はともかく。

 

それが、ユキとフブキの出会いだった。

 

主人の命が危険になった時、内に秘められた『スキャップ』という力が目覚める……。

 

ユキの命が危険だったから、彼女の『スキャップ』であるフブキが登場し、命を救った。

 

……ある意味では不運で、ある意味では幸運なのかもしれない。

一つだけ言える事は、フブキはこの時、自分の不運を呪った事だけだろう。

 

『…ぬあ!!若!?』

叫んだ。

流石に4歳だとは思っていなかったのだろう。

『く!後3年歳を取っていたら彼女の友達をこっそり凍らせて遊ぶつもりだったのに

何と言う座間だ!このフブキ様の名折れだわ!!』

と、非常に危ない事を口走る、白の浴衣姿の少女。

それを見て…既に瀕死の筈のユキが、声を漏らす。

痛みから来る声では無い。それは明らかに笑い声だったのだ。

 

『…キャハハ』

『……笑うな!死に掛けの分際で!!』

当時のユキに、彼女の言う言葉は余り理解できない。常人にも理解は出来ないかもしれないが。

だが、フブキのおかしいポーズを見て、ユキは久しぶりに

…両親が生きていた時以来になる、笑顔を見せていた。

 

 

余談だが、ユキは骨を数本折っていたのだが、命に別状は無かったらしい。

フブキに言わせれば『…つくづく丈夫な娘さんだこと』らしい。

 

しかし、困った事があった。

再び彼女に対する驚異が現われれば、スキャップでも無い限り追い払うことは出来るし

 

彼女の精神も、どうやら『私』という存在が現われた事で解消できそうだが。

 

余りにも若すぎて、物事の重大さを

…人とは違う力を持つことの意味を、理解させる事は出来ない。

『あーくそ!どうして私はこうも不幸なのよ!!』

覚醒して3時間後、フブキはそう叫んだ。

 

 

それからも、生活自体は変わらなかった。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

彼女の幼稚園の先生は、彼女の家の事を案じ、様々な援助をしてくれたし

フブキというお姉さん的存在と、幼稚園に通う友達たち。

いつしか、ユキにとって、幼稚園が『家』になっていた。

 

そして、2年後の幼稚園の卒園式。彼女を見ていた若い先生が、いきなり発言した。

『そうだ、ユキちゃん、うちに来ないかしら?』

ユキはその申し出に、二つ返事で答えていた。

 

 

先生の名前は『神尾凪子』…そして、ユキの『本来の』苗字も『神尾』

今までのあの暗い家族の名前とは違い、再び、あの幸せな家族を、名前だけでも取り返したのだった。

そして彼女は、凪子の元で暮らした。

偽者の家族だったが…問題は無かった。

もし、ユキの母親が生きていたとしても、今の状況に満足してくれただろう。

まだ23歳という若い凪子だったが、幼稚園で沢山の子供の世話をしているだけあり、面倒見は良かった。

 

小学校に入ってから、彼女はどんどんと無邪気になっていった。

しかし、決して他人を不快にさせる事の無い、むしろ、他人を元気にさせる、そんな無邪気さだ。

余談だが、無邪気すぎて羽目を外すフォローをしていたのはずっとフブキだったりする。

 

 

毎日が幸せだった。凪子がいて、フブキがいて、沢山の友達がいて。

凪子は怒ると怖いけど、それは自分を思ってくれているから。

10歳になるユキは、『母親』の心理をしっかりと読み取っていた。

 

 

無邪気で元気な娘には、冷静さも備わってきていた。

しかし、決して悪い意味では無い。

精神力が図太くなり、精神年齢が高まり、小学生なのにリーダーシップがあり……。

後、馬鹿で目立たなくなっており、殺人的料理を作るセンスが見え始めたのもその時である。

 

そして、11歳になったユキに、フブキは始めて『スキャップ』としての運命を語った。

 

とても遅いとは、語るほうは思っていたが、…ある程度『理解出来る』まで育たないと困る理由がある。

と言っても、ただ単にフブキが二回以上説明するのが嫌なだけだが…。

 

『てなわけよ、解った?』

自分が死んだら貴方は永遠に氷漬け…という所を念押しつつ、フブキは説明を終えた。

 

それはまるで、物語の中の話。

得体の知れ無い力、人を凍らせるフブキ、そして…、命を共用する事に近い、スキャップとの共存…。

余りにも吹っ飛んだ内容だったが『最初は何事も『不思議』だから』という、屁理屈に近い事を思い

また、『自分が凍るのって、何か不思議な感じで良いかも』と呟き、フブキが少し後退りした事で、この話は終了した。

 

どうやら、フブキが思っていた以上に、ユキは感情に出来ているらしい。

 

 

中学生になったユキは、肉体的にも精神的にも強くなっていった。

上級生の男の不良グループを(スキャップの力を使わずに)のして、学校の権力を手に入れてしまったり

相変わらず料理が下手だったりもするが、それ以外は至って普通の『体力馬鹿』で過ごしていた。

決して頭の方も悪くは無いのだが、神尾ユキの印象を聞かれると大体『体力馬鹿』と答える。不憫な少女である。

 

この頃から、ユキ自身も悩み事が増え始めていた。

まず、フブキの事。

彼女はとってもお馬鹿なのである。

天然で少しボーッとしており、隙あらば誰かをカチンコチンに凍らせる。

酷い時なんか自分を除いた全校生徒を氷の中に封じ込めてしまった事もある。

今までは『頼れる姉』だったのが、いきなり『世話の掛かる妹』になってしまったのだ。

 

彼女曰く『御免、吹っ切れた』らしい。

勘弁してと呟きながらも、マンザラでも無い自分に、やっぱり悩んでいるユキ。

 

突然のパートナーの変貌…というよりは、今まで猫被っていたのかもしれない。

 

結局これは、『愛のある暴力』で抑える事にしたのだが…。

 

 

そして、思春期にはありがちの、恋愛の事。

彼女は恋をしていた。

その人と話すだけで…いや、その人の声を聞くだけで、胸がドキドキしてきて

体中が熱くなり、…その人に苛めて欲しくなる。

フブキに言わせれば『それは性欲から来る事ね、因みに私は速攻で凍らせちゃうけど♪』らしい。黙らせたが。

 

 

そうやって悩んでいるユキにも、一つの出合いが訪れた。

それは、『今』の神尾家の親戚に集まった時だった。

 

車椅子に乗り、非常に顔色の悪い、自分と同い年くらいの少女…。

『貴方は誰?』

自分と同じ位の年頃が彼女しかいない事もあり、ユキは真っ先にその少女に話掛けていた。

『ん?他人に名前を聞く時は、自分から名乗りなさい!』

その言葉に、ユキもフブキも驚いた。

触ったらすぐに潰れそうな病弱な娘の口から出た言葉は、とても大きな声。

『あ…ご、御免!私は神尾ユキ』

『凪子さんの所ね…、私は片桐カナデ

世間で今流行りの病弱娘よ!』

ある意味、衝撃的な出合いだった。

 

ふと、ユキは考えた

『…もし、自分が病弱だったら……』

結論としては、やはりこの『カナデ』と同じように、自身の病気を気にしない性格になりそうだが…。

『人の生き方にも、色んな物があるんだなぁ…』

病弱だから大人しくベッドの上にいるのではなく、病弱だからこそ、外で遊ぶ…。

ある意味反骨心の固まりである彼女に…惹かれているユキが、其処にいた。

 

余談だが『凍らせたい指数99%』とかほざいていた自分の中にいる少女にはバイブの刑で懲らしめておいた。

 

 

カナデや友達たち、凪子さんやフブキと楽しい中学校生活を過ごしていたユキだったが

 

始まりあれば終わりがある。『本物の母親』達との楽しい時間と一緒で、中学校の楽しい時間も…終わった。

そして、ユキは『霜月学園』を受験する事を決意した。

 

凪子に相談をし、自身の成績と相談をした結果もあるが、何よりも好きなあの人と一緒に、ブレザーを着て登校したい…。

『ああ…愛しの…ナギサ様……』

 

『え!?女性に恋してたの!?』

というのはフブキの談。因みにフブキも女の子好きだったりする。

 

 

試験には無事合格した。

しかし、ユキは心の中から喜ぶ事が出来ていない。

理由は簡単だ。ナギサが落ちたからだ。

 

 

『……まぁ、そう落胆しないの…』

『解ってるけど……なんか…ねぇ……』

 

受かっていたら、ナギサと二人部屋になってウハウハの人生だったはずなのに…。

 

 

『く…神様、そんな事ありですか……』

机にへばりながら滅茶苦茶へこんでいるユキ。

 

『はいはい、みんな席について』

そんな彼女を含む生徒達に、担任の大谷が話しかける。

『はい、今日は出席を取る前に、このクラスに新しく入る転入生を紹介します』

(転校生!)

真っ先に反応したのがユキだった。

…その転校生が……、後に『無二の親友』と呼べる程の存在になる事を、ユキはまだ知らない。

そして…これから彼女を巻き込み、非常に大きな戦いが始まる事も…まだ、知らなかった…。

 

 

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