Ogre SID
-死を背負いし剣-
第26話「運命 –死神と天使の剣-」
時間の跳躍と再生を駆使して、シドとミリィはデュオを捉えた。デュオの体を貫いたまま、オーガが消滅の光を発した。
(ここで消滅の力を発動しても、シドたち自身のダメージは私より少ない・・ここで発動させてはならない・・!)
デュオが危機感を募らせて、右手に灯している光を刃に形を変えた。
「私たちの腕を切って抜け出るつもり!?」
「引き抜いてかわそうとしても逃げられる・・斬られる前に放つ!」
ミリィが緊迫を募らせ、シドが集中力を高める。オーガが手の光をその場で解き放った。
デュオが右手を振り下ろして、オーガの手首を切り落とした。しかし消滅の効果は既に発動されていた。
(間に合わない・・相殺するしかない・・!)
デュオも消滅の力を発して、オーガの力を打ち消そうとした。しかし2つの力は相殺ではなく、空間の歪みを引き起こした。
(私たちの力の衝突で、空間が歪み、引きずり込まれる・・・!)
ブラックホールのようになった空間の穴に、デュオがオーガとともに吸い込まれていく。
「きゅ、吸引力がすごい・・私たちでも耐えられない・・・!」
「どこか、別の場所へ飛び越えて・・・!」
ミリィが圧力を覚えてうめき、シドが移動を意識する。しかし移動する前に、オーガがデュオとともに空間の穴に吸い込まれた。
「シドさんとミリィさんが・・!?」
テルがシドたちの消失に愕然となる。彼らの見ている先で、空間の穴が閉ざされた。
「シドさん!ミリィさん!」
テルが叫んで、穴のあったほうへ向かおうとした。
「ダメだ、テル・・我々に空間を超える能力はない・・・!」
ハントに呼び止められて、テルが足を止めた。
「しかし2人が・・!」
「2人が戻るのを信じるしかないわ・・2人なら必ず戻るはずよ・・死に直面しても生き残る、あの2人なら・・」
困惑するテルにシーマも呼びかける。辛さを噛みしめて体を震わせながらも、テルはシドたちが戻るのを待つしかなかった。
別空間に吸い込まれたシド、ミリィ、デュオ。意識を失っていたシドとミリィが、空間を漂う中で目を覚ました。
「私たち、中の空間に入ってしまったのね・・・」
「オーガがいなくなっている・・また呼び出して、早く戻らないと・・」
ミリィが状況を把握して、シドがオーガを呼び出そうとした。
「えっ?・・シド、これは・・・!?」
そのとき、ミリィが声を上げて、シドが視線を移す。2人が目にしたのは地球だった。
「地球・・・オレたち、宇宙に出てしまったのか・・!?」
シドが地球を見つめて、驚きを覚える。空気のない宇宙でも生きていられるのは、不死の肉体によるものだと、シドもミリィも思っていた。
「え、えっ!?・・これって・・!?」
ミリィが周りの光景に目を疑った。彼女はもう1つの地球も目撃した。
「何だとっ!?・・地球が、もう1つ・・!?」
「それだけじゃない・・地球がいくつもある・・みんな、幻とかじゃない・・・!」
シドが驚愕を見せ、ミリィが困惑を深める。2人の周りには多数の地球が存在していた。
「全て本物の地球のようだ。あらゆる平行世界をここで見ることができる・・」
そんなシドたちの前にデュオが現れた。
「デュオ!・・ここはどこなの!?大気圏のそばではないの!?」
ミリィが多数の地球についてデュオに問い詰める。
「この光景を見たときに確信した。ここは宇宙ではなく空間の狭間。平行世界、パラレルワールドを垣間見える場所だ。」
「空間の狭間・・空間を超えて、こんなところに来たというのか・・!?」
デュオの話を聞いて、シドが声を荒げる。
「ここから見える地球は全て、平行世界を隔てたそれぞれの世界の地球だ。中には同じ人間が存在している。同じ人間でありながら、生き方や性格がまるで違う場合もある。」
デュオがシドたちに向けて語っていく。
「この地球の中に、私たちそっくりの人が・・・私たちと違って、平和に暮らしている別世界の私たちが・・・」
「だとしても、オレたち自身にとっては他人でしかない・・オレたちはオレたちだ・・!」
別世界の自分と比較して戸惑いを感じていくミリィだが、シドは自分であろうとする。
「並行世界も1つ1つ違うものだということか、ここから見ても分かるものだ。情勢も文明も皆、大きく違う・・」
デュオが数々の地球を見渡して呟く。
「しかしどの地球もどの世界も、愚かしい進化しか果たせていないようだ。私が全て正しく導く必要があるな・・」
「お前・・オレたちの世界だけじゃなく、他の世界も思い通りにするつもりなのか!?」
不満を口にするデュオに、シドが憤りを見せる。
「世界が愚かな道を進み、破滅に向かおうとする。そんな醜い末路を迎えるくらいなら、私が正しく導いたほうがいい・・私は、愚か者に支配された世界を知っている・・」
「お前も愚か者だ!自分が絶対だと思い上がる畜生が!」
顔から笑みを消して告げるデュオに、シドが怒鳴りかかる。
「自分が蔑んでいる人間と同じになっていることに、あなたは分かろうとしていない・・自分たちのために他人を虐げる人に・・・!」
ミリィもデュオに対する怒りを見せつける。
「愚か者はもはや人ではない。私が動かさなければ過ちを繰り返す。」
「どこまでもふざけたことを・・!」
嘲笑を絶やさないデュオに、シドが怒りで体を震わせる。
「ならばお前たちは、私たちのいる地球の愚かさをどうするつもりだ?愚か者を野放しにするか、愚か者を粛正するか。どちらにしても、お前たちはお前たちの言う愚かさを自ら体現することになるのだよ。」
「自分のことを棚に上げるな!オレたちはお前たちのように自惚れるつもりはない!」
問いを送るデュオに、シドが怒りを込めて言い返す。
「私たちは私たちのすることを正しいことだとは思わない・・ただ、間違っていることを正しいようにするやり方を許せないだけ・・・!」
ミリィもデュオの考えに反発する。
「私たちは誰かを傷付けてしまったなら、その人の痛みや辛さを私たちの心と体に刻みつける・・その上で、私たちは戦い続ける・・・!」
「お前たちのように、オレたちや他のヤツを道具のように扱う敵を滅ぼすために・・心から安らげるようになるために!」
自分たちの考えを言い放つミリィとシド。2人とも自分たちの信念を貫いて、デュオを討とうとしていた。
「本当に強情なことだ・・あくまで私に逆らおうとする・・私の思い通りだと言われても・・・」
デュオがシドたちの頑なさに呆れ果てる。
「あなたと私たち、どちらかが消滅するしかない・・!」
「オレたちが融合を果たせば、時間を超えられる分、お前に勝ち目はない・・!」
ミリィとシドが言い放ち、意識を集中する。
「オーガ!」
2人がオーガを呼び出して掛け合わせて、その中に入った。融合を果たしたオーガがデュオの前に立ちはだかる。
「お前たちにできたことだ・・私にできないということはない・・・!」
自分にできないことはないと考えて、デュオは巨大な姿に変化した。
「私は負けはしない・・私が、全ての世界を動かすことになるのだ・・!」
「お前の思い上がりを聞くのも我慢がならない・・!」
悠然と振る舞うデュオに、シドは敵意を向けるだけである。
「私たちを思い通りにしないなら、私たちを完全消滅するしかない・・でも消えるのはあなたよ、デュオ!」
ミリィも言い放ち、シドとのシンクロを高めた。オーガが感覚を研ぎ澄ませて、デュオに向かっていく。
(この空間で歪みを起こせば、何が起こるか分からない。しかしそれでもシドたちは、ためらいなく力を使うだろう・・)
デュオがシドたちの心理状態を推測する。
(ならば、私が力を解放したところで同じこと・・・!)
ためらいを捨てたデュオが、全身に力を込める。
「デュオも本気で力を使うつもりなのね・・!」
「関係ない・・ここでヤツを倒すだけだ・・!」
デュオの敵意を感じて緊張を噛みしめるミリィだが、シドは躊躇を抱かず信念を変えない。
オーガとデュオが体から出ている光を右手に集めて繰り出す。2つの光がぶつかり合い、空間を歪めていく。
狭間の空間で起こった歪みは、通常の世界の異変や崩壊を上回る変動を発生させていた。
オーガとデュオが光をまとった拳を振りかざして、立て続けにぶつけ合っていく。その衝撃があらゆる世界に揺さぶりを掛けていた。
シド、ミリィとデュオの戦いによる空間の歪み。テルたちのいる世界も、その影響が地震という形で現れていた。
「な、何っ!?何が起こっているんだ!?」
「ただの地震じゃねぇ・・地中だけじゃなく、海も空も揺れているみてぇだぞ・・!」
テルとギギが揺れの正体を確かめようとして、周囲に注意を向ける。
「みんな、1度外へ出て、高台へ避難するわよ!」
海岸に寄せたアルシュートから、シーマがアルマたちを連れて外へ出た。
「アポストルたちはオーガで我々を運んでほしい!」
「あ、あぁ!」
ハントも呼びかけて、アロンが答えて彼らを乗せて移動する。
「みなさん、僕につかまってください!」
テルも駆けつけて、ハントたちを手に乗せて連れていく。揺れによって海が荒れ、津波も起こっていた。
「ア、アルシュート・・・!」
「無事なら引き上げてやればいいけど、この荒波じゃ・・・」
レイラが困惑して、アルマが不安を口にする。
「たとえシドさんたちが戻ってきても、世界がこんなんじゃ・・・!」
混迷する世界を目の当たりにして、テルは困惑を募らせる。そんな中で、彼はシドとミリィの帰りを待つしかなかった。
オーガとデュオの激闘は続く。今まで感じたことのない歪みの衝動を、シドたちもデュオも感じていた。
「思っている以上に体力の消費が激しい・・・!」
「ここで戦うことが、ここまで厳しいものだなんて・・・!」
シドとミリィが息を乱しながらも、歪みの負担に耐える。
「力を使い果して意識を失っても、回復はするだろう・・しかし目が覚めたときに、どの空間に流されているか・・」
デュオが力をぶつけ続けた先にある悲惨さを予感する。
「しかし遅かれ早かれ私は蘇る。そして私が世界を動かす・・たとえ違う世界を動かすことになっても・・」
自分の野心を募らせて、デュオはオーガとの戦いを続ける。消滅の効果を持った力のぶつかり合いが互いの体を崩壊させようとするが、不死の体がすぐに復元させていく。
「ヤツを滅ぼすには、もっと力を上げるしかない・・・!」
「そのために、もっとシンクロを上げるしか・・・!」
力を求めるシドと、その方法を模索するミリィ。
「シンクロを上げるといっても、オレたちはお互いを信じ切っているはずだ・・・!」
「ううん・・きっと、もっと上げられるはず・・・」
信頼を口にするシドに、ミリィが寄り添ってきた。
「ミ、ミリィ・・・!?」
「ここでもう1度抱き合おう・・心を1つにした上で高めていけば・・・!」
動揺を見せるシドに、ミリィが提案を投げかけた。
「こうして融合してシンクロを上げているだけでも、交わりがある・・その中で、本当に交わるのか・・・!」
「どうなるかは分からない・・でも、オーガの力をさらに上げるには、これしか思い浮かばない・・・!」
困惑するシドに、ミリィが必死の思いで呼びかけていく。
「アイツのような敵を滅ぼすためなら、オレはどのような手も打つ・・ミリィ、お前のことを受け止める・・・!」
「シド・・ありがとう・・それじゃ、行くよ・・・!」
抱擁を受け止めることを決めたシドに、ミリィが深く抱きしめてきた。
ミリィの肌と胸の感触が伝わり、シドが恍惚を覚える。ミリィも秘所にシドの性器が入り込み、快感を覚える。
(感じる・・シドの鼓動と意思が・・・ううん、それだけじゃない・・・!)
(これは、ミリィとオレ自身の鼓動・・ここまで高ぶっているということか・・・!)
自分たちの衝動を実感して、ミリィとシドが戸惑いを募らせる。
(お互いを守りたいという気持ちも、強くなる要因なのね・・)
(分からない・・だけど、この気持ちはウソじゃない・・・!)
心の声を伝え合い、ミリィとシドが口付けを交わす。この瞬間、2人の思いとシンクロが最高まで高まった。
そしてオーガの体からまばゆい光があふれ出した。
「この光・・この力・・・今までにない2人だ・・・!」
オーガの発揮する力を感じ取り、デュオが緊張を覚える。
「時間も空間も確実に超えてくる・・しかし、2人にできて私にできないことはない・・これが、私の限界などではない・・!」
デュオも力を全開にして、オーガを迎え撃つ。
「時間をも超える・・その域に達すれば、世界の変革を確実に遂行できる・・!」
時間移動のイメージを練り上げて、デュオが動き出す。その瞬間、オーガの姿がデュオの視界から消えた。
「空間を超えても、私には分かる・・!」
デュオが感覚を研ぎ澄ませて、オーガの行方を追った。
だが次の瞬間、デュオの周りにオーガの姿が大量に現れた。
(こ、これは!?)
周りを見回すデュオが驚愕する。彼は大勢のオーガに囲まれていた。
(幻でも残像でもない・・あらゆる未来から、シドとミリィがこの時間に戻ってきたのだ・・・!)
時間を超えて今に来たオーガたちに、デュオは脅威を感じずにはいられなかった。
「デュオ、あなたを消すわ・・確実に・・・!」
ミリィがデュオに向けて鋭く告げる。
「これだけの時間の跳躍を行えば、多次元にどのような影響が出るか・・お前たちは、そのことを分かっているのか・・・!?」
デュオが笑みを浮かべて、シドたちを問い詰める。
「お前の言葉には耳を貸さない・・・!」
「まずはあなたを倒す・・他の問題はその後で治めるわ・・・!」
シドとミリィが言い返し、オーガたちが一斉に動き出す。オーガたちの手に光が灯る。
「デュオ、お前とオレたちは共存することはできない・・・!」
「あなたはもう、どの世界にいてもいけないのよ!」
シドとミリィが言い放ち、オーガたちが光の拳を繰り出した。デュオが空間を飛び越えて回避しようとした。
しかしオーガたちも空間を超えて、デュオを追ってきた。
「ただ空間を超えただけではない・・他にも時間を超えるシドたちもいる・・!?」
オーガたちに行く手を阻まれて、デュオが愕然となる。
「私はここで終わりはしない・・私はこんなものではない!」
自分も時間を超えられると確信して、デュオが体に力を入れた。
「超える・・超えるのだ・・2人を・・全てを!」
自分の感覚と野心を研ぎ澄ませて、デュオはオーガに追いつこうとする。
「私は全てを動かせる!それだけの力を手に入れた!不死にもなった!空間を超えた!私に、限界などない!」
「いいえ、これがあなたの限界よ・・!」
声を荒げるデュオに、ミリィが鋭く言い返してきた。
「デュオ、あなたはいつも1人・・自分のことしか考えていなくて、他の人を利用する・・自分だけが絶対だと思い込んで・・だから、あなたしかいない・・・!」
「だが、オレとミリィは1人じゃない・・2人、力と心身を合わせていることで、1人では出せない力を出せるようになる・・・!」
ミリィに続いて、シドが自分たちの力を実感する。
「オレだけではここまで力を上げられなかった・・ミリィと出会わなければ、融合を果たさなければ・・抱き合わなければ、ここまで来れなかった・・・」
「バカな!?・・それだけのために、私はお前たちより劣るとでもいうのか・・・!?」
ミリィへの想いを口にするシドに、デュオが愕然となる。
「認めない・・私がお前たちに屈すれば、私は私でなくなってしまう・・・!」
自分を貫こうとして、デュオが空間を跳躍する。しかし次々に現れる大勢のオーガに行く手を阻まれる。
「全てを変える・・私が全てを正すのだ!」
目を見開いたデュオが力を全開にして、時間を超えようとした。
(シドたちが時間を超える前の時間・・そこへ行き、私を包囲しに行く前に消す・・!)
時間を飛ぶイメージを膨らませた瞬間、デュオが時間を超えた。彼は未来のオーガが大勢現れる前の過去まで来た。
(ここでお前たちを完全に消す・・デュオ、ミリィ・・!)
デュオがオーガを消そうと、消滅の光を両手から出した。
その直後、別に現れた光の中にデュオがのみ込まれた。
(これは消滅の光・・まさか!?)
驚愕するデュオが移した視線の先には、大勢のオーガたちの姿。デュオよりも一瞬前に、シドとミリィは回り込んでいた。
(私は間違いなく、時間を超えることに成功した・・だが、シドとミリィは私以上にこの能力を使いこなしている・・・!)
完全にシドたちに負けていると思い知らされて、デュオは戦意を失った。
「私を拒絶し、私を消したとしても、世界の愚かさは変わることはない・・絶対の力を見せつけないで、愚か者に理解させることはできないぞ・・・」
肉体が崩壊する中、デュオがシドたちに忠告を送る。
「私の目指す道を歩まない以上、お前たちでも世界を正せない・・愚かな世界の中で朽ちるだけだ・・・」
「オレたちは屈しない・・お前たちにも、お前の言う愚か者たちにも・・」
あざ笑うデュオにシドが言い返す。
「私たちは、私たちを脅かす敵を倒すだけ・・相手がメフィストでも、人間でも・・・」
ミリィも自分たちの考えを口にする。2人は自分たちの安息のために戦おうと考えていた。
「愚かだ・・実に愚かだ・・・お前たちも・・また・・・」
シドたちを嘲笑しながら、デュオは光の中に消えた。彼は破片1つ残らずに完全に消滅した。
「消えた・・デュオが完全に・・・」
ミリィが周りを見回して、デュオの行方を追う。
「生き残っていたとしても、何度でも消すだけだ・・過去を変えようとしても、そのときのオレたちが許さないだろう・・」
シドが自分の意思を変えずに貫こうとする。
「オレたちは戻るぞ・・オレたちの世界に、テルたちのところに・・・」
「えぇ・・」
シドの声にミリィが微笑んで頷いた。
「でもその前に、過去の私たちを助けに行かないと・・」
「そうだったな・・何度も飛ぶことになるな・・・」
ミリィが投げかけた言葉を聞いて、シドがため息混じりに答えた。
「オレたちに力を貸すのは、オレたちか・・・」
「そうね・・私たちのために、私たちの未来を変えさせてはいけないね・・・」
シドが皮肉を言って、ミリィが苦笑いを浮かべた。2人が意識を集中して、オーガが時間を超えた。デュオを倒す瞬間へ。
それからシドとミリィは次々にデュオを倒す時間に向かった。2人はデュオを消滅させると、また同じ瞬間に戻っていった。
そうしてシドたちは飽きるほどの時間の跳躍を繰り返した。2人は確実にデュオを消滅させたと確信してから、休息を取った。
「これで、十分か・・・短時間のことなのに、長い戦いだった・・・」
「まるで年単位で戦っていたかのような感じがするね・・ここまでやって、デュオを消せた確信が持てたなんて・・・」
シドとミリィがひと息ついて、囁くように声を掛け合う。
「テルさんたちのところに戻るには、少し休んでからになりそうね・・」
「オレたちには時間がたっぷりある・・時間を戻ればいいし、仮にそれができなくても、アイツらなら待っているはずだ・・・」
苦笑いを浮かべるミリィに、シドも微笑んで答えた。
「体が休まるまで、またそばにいさせてくれ・・・お前がいないと・・・」
「うん・・私も、あなたがいないと辛い・・・」
シドの頼みにミリィが頷く。2人は抱き合って、互いのぬくもりを安らぎとともに感じていった。
シドたちとデュオの攻防による空間の歪み。その衝動による地震が治まり、テルたちが状況を確認していた。
「地震が治まった・・何だったんだ、いったい・・・!?」
アロンが戸惑いと不安を感じながら、周りを見回す。
「まさか、シドのヤツが何かやらかしてこんなことが起こったんじゃねぇのか・・!?」
ギギがシドに対して不満を口にする。
「あっ!アルシュートがあそこに!」
アルマが声を上げて、レイラが彼が指さしたほうに目を向ける。アルシュートが浮上して浜辺に寄せられていた。
「隊長、すぐにチェックに行きます!」
レイラがハントに声を掛けて、アルマとともにアルシュートに向かった。
「私も行くわ!」
シーマも2人についていって、アルシュートに乗り込んだ。3人は艦内のチェックをして、航行に問題がないことを確かめた。
「隊長、動かせます!近くの港で本格的な整備を行います!」
「分かった!出発はシドとミリィが戻ってからだ!」
シーマが報告して、ハントが答えた。
「シドさんたちは必ず戻ってくる・・殺しても死なない2人なんですから・・・!」
「あぁ・・そうだな・・・」
シドたちを信じるテルに、ハントが表情を変えずに頷く。シドたちが戻ると確信しながらも、ハントは感情を前面に出さずに、冷静に状況を見定めていた。
そのとき、テルたちのいる場所に再び地震が起こった。
「ま、また!?」
「また地面も空も全部が揺れてる感じだぞ・・!」
アロンが動揺して、ギギが揺れを実感して毒づく。彼らのそばの空に歪みが現れた。
「あれって、もしかして・・!」
テルがその歪みをじっと見つめる。歪みからオーガが出てきて、アルシュートの近くに着地した。
「シド!」
「ミリィさん!」
ハントとテルがオーガに向かって叫ぶ。オーガからシドとミリィが出てきて、砂地に倒れた。
「シドさん!ミリィさん!」
テルが慌てて2人のところへ駆けつける。ハントたちも彼に続いていく。
「しっかりして、シドさん、ミリィさん!」
テルが呼びかけて、シドを支える。
「も・・戻ってこれたんだな・・オレたち・・・」
シドが意識をはっきりさせて、テルたちを視認した。
「シーマさん、ミリィさんをお願いします!」
テルに呼ばれたシーマが、ミリィにタオルを掛けて、アルシュートへ連れていった。
「シド・・無事に戻ってきたな・・・」
「あぁ・・時間はかかったが、戻ってこれた・・・といっても、“オレたちの中の”時間が長引いたんだが・・」
ハントが微笑んで、シドがデュオとの戦いを思い返す。幾度にも時間を超えた長い戦いに、シドは思わず苦笑を浮かべていた。
「詳しい話はここを出てからだ・・アルシュートに乗り込むぞ。」
ハントが指示して、シドが頷いた。彼らはアルシュートに乗って、島を後にした。
メフィストはグリムリーパーとの戦いとデュオの力によって大半が消滅した。しかしインバスを始めとした数人が生き延びていた。
「これで済んだと思わないことね・・今までのような支配は今はムリだけど、またすぐに世界に思い知らせてあげるわ。私たちの力が、人間を超えていることを・・」
自分たちが窮地に追い込まれた現状を痛感しながらも、インバスはシドたちへの逆襲を考えていた。
「あなたたち、行くわよ。他の生き残りのメフィストを集めて、体勢を整えるわよ。」
インバスがメフィストたちを引きつれて、島を後にした。彼女たちはしばらく、せかいから表立って行動することはなくなった。
アルシュートの修理が終わり、シドたちはグレイブヤードに戻ってきた。そこでハントたちは世界の変動を確認した。
時間が経つにつれて、各国の政府や上層部がメフィストの脅威が去ったものと思い、平穏のために本格的に行動を見せるようになった。しかし長い時間メフィストの言いなりになっていた彼らは、思い切った決断になかなか踏み切れなかった。
さらにデュオやメフィストを心酔する者、彼らのために命を投げ出すことも厭わない者もいた。
「滑稽なことだ・・一方的に制圧されて、メフィストへの不満を少なからず持っていたはずなのに・・」
「デュオたちに従うことを、本能的に植え付けられてしまったのでしょうね・・絶対的な力と恐怖によって・・」
世界の現状に苦言を呈するハントに、シーマが深刻な面持ちを浮かべる。
「隊長、これから私たちはどうするのですか・・?」
レイラが当惑しながら、ハントに聞く。
「メフィストは壊滅的な打撃を受けた。しかしヤツらに味方する者は、我々の敵だ・・」
「隊長・・・」
ハントの口にした言葉を聞いて、アルマが戸惑いを覚える。
「グレイブヤードの修復と補給が完了次第、我々はメフィストの従者の追走に向かう。」
「はい・・!」
ハントの指示を聞いて、アルマが緊張を感じながら答えた。
「シドさんとミリィさんは・・?」
「部屋にいますよ。でも今は、2人きりにさせてあげてください。」
シーマがシドたちのことを聞いて、テルが気さくに答えた。
アルシュートに戻ったシドとミリィは、彼の部屋で2人きりの時間を過ごしていた。
「長かった・・オレたちの中では長い時間だった・・・」
「ずっと2人きりだったけど、ずっと気が張り詰めたままだったから・・・」
ひと息つくシドに、ミリィが微笑みかける。長く時間を飛び越えていた2人は、気が遠くなるような緊張感を持ち続けていた。
「でもこれで、とりあえず今はひと安心できるね・・・」
「あぁ・・・アイツは消えたけど、まだオレたちの戦いが終わったわけじゃない・・・」
ひと息つくミリィに、シドがこれからのことを考える。
「デュオやメフィストのように、自分たちのためにオレたちを思い通りにしようとするヤツはまだいる・・そいつらを倒すのも、オレたちの戦いだ・・」
「今度はメフィストじゃない・・そもそもメフィストも、元々は人間だった・・・」
「人間だろうがそうでなかろうと、関係なかった・・重要なのは、敵であるかどうか、それだけだ・・・」
「話して分かり合えるなら、それがいいけど・・あくまで敵対しようとするなら・・・」
「分かり合える、か・・そうならない、そうしようとしない敵に、オレたちは会い過ぎた・・・」
「それでも、私たちは分かり合えた・・分かり合って、心も体も1つになった・・・」
これからの決意と思いを口にしていくシドとミリィ。
「私たちは、お互いがいないと生きていられない・・心に穴が開いてしまうような辛さに、押しつぶされてしまう・・・」
「それがオレたちの弱さであり、強さでもある・・すがるものがあるから、生き抜こうとする・・・」
自分たちのことを語り合い、ミリィとシドがすがりつくように抱擁を深めていく。お互いのぬくもりに、2人は安らぎと刺激を感じていた。
「ミリィ・・しばらく、お前と一緒にいさせてくれ・・・」
「私も、シドを抱きしめていたい・・・」
シドとミリィが口付けを交わして、性交もしていく。心身ともに引き離すことができない関係になっていると、2人とも自覚していた。
グリムリーパーの、シドとミリィの新しい戦いが始まった。
利己的に世界を動かそうとする者、メフィストの意思を受け継ごうとする者を、シドは徹底的に叩いていった。
ミリィとハントたちは対話による和解を試みてきた。分かり合えた人も中にはいたが、グリムリーパーというだけで敵対しようとする者もいた。そのような敵対者を、シドは迎撃していた。
全ては平穏のため、自分たちの安らぎをこれ以上脅かされたくないためだった。
そのシドの戦いが始まってから、1年が経った。
シドが戦いを続けている中、復興したエスポランス家にミリィは身を置いていた。彼女は1人の赤ん坊を優しく抱いていた。
戦いの間も抱擁を続けてきたシドとミリィ。2人の宿した命が生まれ、ミリィは出産を果たしたのだった。
(戦っているよ。あなたのお父さんは・・たとえ世界を敵に回しても、安らげる場所を守るために・・・)
ミリィがシドのことを想って、心の中で呟く。
(シドも私も、私たちが安心して過ごせる場所を守るために戦っている・・私たちの中に、もちろんあなたも含まれているわ・・)
ミリィが抱いている赤ん坊に視線を戻す。この子を守るため、自分たちの安らげる場所を守るために、彼女たちはこれからも戦い続けることを誓っていた。
そんなミリィたちのいる屋敷の庭に、シドがテルと共に戻ってきた。
「戻ってきましたよ、ミリィさん。みんな無事です。」
テルがミリィに声をかけて、テルと目を合わせて頷いた。
「ハント隊長たちは少し離れた場所で休息を取っています。エスポランスに気を遣っているということですね・・」
テルがハントたちのことを話して、海辺のほうに目を向ける。
「おかえりなさい、シド・・・」
「あぁ・・ただいま・・」
ミリィとシドが互いに挨拶して、子供に目を向けた。
(オレの安心できる場所が増えた・・オレたちの子がいるところだ・・・)
シドが子供の顔を見て、安らぎを感じていた。
(この子まで理不尽な世界に振り回されて苦しむようなことにはさせない・・敵を徹底的に叩いて、オレ自身も生き延びて、また必ずここに戻ってくる・・・オレが、オレたちが落ち着けるこの場所に・・・)
自分たちの安息のための戦いを続ける決意を強固にするシド。彼は自分だけでなく、自分の仲間や家族のいる場所を守ることを、固く誓っていた。
安息の場所を守るための戦いを続けるシド。
世界から理不尽を退け、敵を撃退する戦いに、彼は身を投じていく。
死神と天使の戦いと愛は、これからも続く。